1話 終わる世界と少女の夢
『おはよ〜〜! 海色。今日の授業ってなんだっけ?』
『おはよ、湊ちゃん。さては湊ちゃん、先生の話ろくに聞いとらんね?』
そんな他愛もない会話をしながら私達は教室へと向かう。ガラガラ、とドアを開けると妙に色めきだっている男子陣。と言ってもうちの学校には一学年に10人程度しか生徒が居ないのでそのザワザワなんて小さなもの。そしてそのメンツももう慣れたものだ。なんせ出入りの少ない小さな街の唯一の小中高一貫校ではクラス替えなんて無い。このメンバーももう10年目の付き合いになるんだから。
『ちょっと男子〜! 昨日の大雪知ってるでしょ? チョコなんて作れないかったんだからね!』
『……ああ、そっか。今日が2月14日だからか』
どうりで男子が優しいと思った。世間ではバレンタインデーと呼ばれるその日は主に女性が恋する男性にチョコレートを贈る日。そしてそのせいかやけに男子がソワソワして優しくなる日でもある。
『……俺にチョコは無いんかみーろ』
荷物を席に置いたところに“アイツ”がやって来た。ニヤニヤと何かを期待しているような表情で。でも私は肩をすくめて冷たく言い放つ。
『てっぺーにはやらんよ。それに湊ちゃんも言ってたように昨日、すごい雪やったけん。今街から市内への道は封鎖されとるらしか』
『本当か? そりゃあ、びっくりだな。……ハッ! てことは湊ちゃんも、、、』
『ごめんね鉄平くん。弟の分しか材料がなくてさ』
鉄平ががっくりと机に突っ伏す。相変わらずのお調子者っぷりだ。
相変わらず、というのも私と鉄平は幼なじみだからだ。家が隣同士で小さい頃からよく一緒に遊んできた。それはもちろん小学生の頃は鉄平にもチョコをあげていた気がする。でももう大きくになったのにチョコあげるとなんか、本命みたいで勘違いされそう、と思ってやめたんだっけ。去年までは、ね。
『そっかぁ〜。てことは俺、今年もチョコ0個ばい......』
突っ伏した鉄平の体がズズズと地面に埋まっていきそうな勢いで沈む。でもそんなにチョコが欲しいのだろうか。バレンタインデーなんてたかが2月14日じゃない。そう、思っていた。
『……でさ、海色。あんた今年こそは鷹咲先輩にチョコあげるの?』
『ヒャッ! お、驚かさんとってよ湊ちゃん。……うーん、、、そのつもりなんやけど......』
鷹咲先輩、というのは高校3年生の鷹咲凛桜先輩のことだ。バスケ部の元エースでこの学校一番のイケメン、と言っても過言ではない。そんな先輩に私は中学生の頃から密かに好意を持っている。きっかけは鉄平に連れられてバスケ部に見学に行ったこと、だったと思う。その時見た先輩のかっこよさに一目惚れしたのだ。もちろん速攻でバスケ部に入部した。マネージャーとして。
『心配だな〜。海色さ、去年もチョコ渡すって言って結局渡せなくて二人で食べたじゃん』
『いや、今年こそは渡すよ。だって先輩は高3やけん、来年はこの街におらんかもしれん』
なのでチョコを渡せるなら今年がラストチャンスだ、と私は私に気合を入れる。
今から渡しに行こう!
昼休みに渡そう!
放課後一番に......
『……で、結局帰りを待ち伏せするわけ?』
あ、あっという間に放課後が来てしまった。結局私は一日中この教室から動けずじまいだったな。これでは去年までと何ら変わりない! そして先生の終礼も終わりバラバラと皆帰りだす。
『おう、田山やけに帰るの早かね』
『塾らしか。てっぺーと違って田山くん勉強しとるんよ?』
うっせー、と鉄平がべーッと舌を出し『また明日な!』と教室を飛び出していく。あっ、一応材料が余ったからこっそりと鉄平の分のチョコも作ってはいるんだけど......まあいいか。渡すのなんて明日でいいよね。
『――さて、ラストチャンスだぞ海色氏』
『分かっとるよ。こうなったら校門の前で待つしかなか!』
私達も荷物を持ち、高3の終礼が終わる前にと足早に校門へ急ぐ。そこでは生徒会が何かを配っていた。小さな銀色の包み紙、間違いなくチョコだ。
『黒羽会長、寒い中何やってるんです?』
『見たら分かると? 小学生限定でチョコ配っとるばい』
ハァーッと吐き出す会長の息が白い靄を作る。一昨日の大雪と言い今日の寒波といい、まるでなにかが起こる前触れかのような異常気象だ。湊ちゃんがコソコソと会長の持っている籠に手を伸ばす。
『ダメや、大月さん。これは小学生限定やし、それに大月さんは女の子ばい?』
『えー! でもさっき女の子にもあげてませんでした?』
『それは小学校低学年の女の子ばい。あーゆー年頃の子にはな、性別がないんよ』
それは問題発言な気がします......よくわからない理論を持ち出す会長。
黒羽有朱生徒会会長。高校3年生でこの街の町長の娘だ。あ、もしかして高3の会長がここに立ってるってことは鷹咲先輩はもうすでに、、、気になった私は会長に聞いてみることにした。
『あの、、、高校生って誰がここを通りましたか?』
直接は聞かない。回りくどく、それでいて得たい情報は得られる聞き方を取る。会長は『ちょっとまってや』と少し上を見て思い出すように目をつむる。人が少ないから“誰が通った”とか意外と覚えているものだ。少しして黒羽会長が『そうそう』とポンッと手を叩く。
『……えっと、田山くんが一番やったかしら。あまりに早すぎてチョコ一個あげちゃったくらいだし。その次が空知くん......そしてその次が七星さんと大月さんの二人かな』
と、いうことは鷹咲先輩はまだということだ。ホッとどこか安堵する自分がいた。そんな私に会長がニヤニヤとした視線を向ける。
『な、なんですか......?』
『分かっとるよ〜。凛桜くん、やろ。図星と?』
会長に見抜かれウッと言葉に詰まる。でもこの人の前で嘘はつけない、と本能的に理解した私は『はい、、』と小さく首を縦に振った。『当たった〜!』と小さくガッツポーズをする会長。そして私にだけ聞こえるように小声で囁く。
『あっちにベンチ、あるやろ? そこに立っとったら凛桜くん来るよ。それにもうひとつ朗報ばい。凛桜くん今日まだチョコ一個も貰っとらん。これは結構なチャンスばい! じゃ、頑張ってな〜』
そのベンチはあまり人気のないところにあった。会長なりに配慮してくれたのだろう。朗報、も私に高揚感を与えた。トクトクと心臓が高鳴り、頬が火照ってくるのが分かる。湊には先に帰ってもらい、今はここで私一人。そう、先輩を待つ時間が永遠のように感じられた。と、その時――、先輩が来た。赤いマフラーを巻き雪道をゆっくりと歩いている。……かっこいい、、と思わず見とれてしまうほどだった。
『あ、あの鷹咲先輩!』
それでも私は覚悟を決めて先輩の前に飛び出した。先輩が軽く驚いたように立ち止まり、『何かな?』と小首をかしげる。その仕草にもうバクバクは最高潮。緊張で次の言葉が出ない。何をすれば良いのかもわからないほど頭は真っ白だった。そんな私に助け舟を出したのは先輩だった。
『とりあえず寒いし、、、帰ろうか』
先輩が赤いマフラーを私の首に巻き、ゆっくりと歩き始める。私はそのぬくもりにハッと我に返り、先輩の後を追う。渡さなきゃ、、伝えなきゃ……それなのに何も言い出せないまま私は自分の家の前まで来てしまった。同じバスケ部ということもあり、先輩は私の家を知っている。家の前まで送ってくれた先輩は『じゃあまた明日』と手を上げ、クルッと踵を返す。
――ダメッ、、今年こそ......伝えなきゃっ......!
『……どうしたの、海色ちゃん』
『――ッ、、、!』
気づいたら私は先輩のコートの端を摘んでいた。先輩が歩みを止め、優しい顔で振り返る。その顔を見ることが出来ず俯いたままの私。そのままポケットに入れていた手作りのチョコを手渡す。
『あ、あのこれ、、作ったので貰ってください――!』
やっと言えた。目は見れなかったけど、差し出せた――。あとは先輩が受け取ってくれれば、、、下を向いたままプルプルと震えていた私の不安を笑うように、先輩は『ありがとう、すごく嬉しい......』とチョコの入った袋を受け取ってくれた。驚きと喜び、安堵と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた私に笑いかけ、先輩がポンポンと私の頭を撫でる。
『ありがとう、海色ちゃん。すごく嬉しいよ、、、』
本当に良かった、と私の全身から一気に力が抜ける。どっと疲れがのしかかってきて体が重い。でも、ようやく果たせた悲願に心は軽かった。それに先輩が受け取ってくれて、そして喜んでくれたことがとても嬉しかった。
『じゃあ、今度こそまた明日ね。ありがとう』
手を振った先輩の後ろ姿が雪の中に消えてゆく。私もホッと白い息を吐いて暖かい家に戻る。
『ただいま! あっ、今日は鍋すると?』
『そうばい。だってお兄ちゃん明日にはトウキョーに帰るんやて』
こんなに温かい気持ちで、ルンルンした足取りで家に帰れたのって久しぶり、だよね? それほどまでに有頂天な私はもうテンションがおかしかったかのように思う。鞄の中にはもう一つのチョコ。鉄平にあげようと思ってた分だ。ハハッ、鷹咲先輩が最優先で忘れてた。まあ、家は隣だけど鉄平になら明日でも良いよね?
こうして満ち足りた気持ちで自室に戻り、勉強机に向かう。嬉しくて勉強に手を付けることは出来なかったけどね、アハハ。あとはこのままベッドに入って眠って朝が来て、そして明日からはまた楽しい学校生活が始まる......はずだったのに――。
2月14日、20時17分。長崎県山村部の空乃坂街に当時地球に接近中だったショコラ彗星の熱エネルギー及び光エネルギーのみが分離する、という謎現象が直撃した。その衝撃で街は壊滅的被害を被った。
死者は街の住人の3分の1ほどとなる524人。それだけなら不運な事故として終わっただろう。でも、不思議なことは原因となった彗星のエネルギー分離現象だけではなかった。なんとその死者全員が、男だったのだ。
『――鉄平!! いやっ、どうしてっ......!!』
『おい、海斗君が瓦礫の下に!!』
『お兄ちゃんまで、、、いや、、いやぁぁっっ......!!』
『これは一体、、』
『……良かったっ。凛桜くんは無事、だったんやね。小学生の子達も多くが巻き込まれて、、私辛か......』
『田山くん!? 良かった、、1年生の男子は皆死んじゃったかと思ったよ......』
『大月さん、、嘘、じゃなかと? これ、いまだに信じられんよ......』
信じられるわけがない。女性は無傷で生き残り、男性はその多くが死んだ未曾有の大災害。その奇妙さから全国からミステリーハンターが集まり、そしてそれに反比例するかのように立ち退きを強制された空乃坂から人はどんどんと減っていった。そしてある日、廃村になった空乃坂で一人の学者が突拍子もない結論に至った。
――バレンタインデーにチョコレートを貰わなかった男のみが死んだ、、、と。
『……これを知っているのは、君だけだよ。ねえ、ミロちゃん――』
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ......
「――ッ!! ……はぁ、はぁ、はぁ、、、」
朝日差し込む部屋の中で私、七星海色は目を覚ました。静かな朝の部屋には私の荒い呼吸とピピピと目覚まし時計の音のみが鳴り響いている。
今日は2月8日――。ここ最近ずっと、同じ悪夢で目が覚める。
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