復讐の決意
「ーーーーーーー俺はナナシ。ここじゃあそれで通ってる」
「………ナナシ?」
「これで自己紹介は互いに終わりだな。お前さんの依頼内容を聞かせろ」
「ーーーーーーーー殺してほしいのは、私の婚約者のカルロス家嫡男『ビリー・カルロス』という男です」
■ ■ ■ ■ ■ ■
元気な笑顔が素敵なこの子の名前はエレン。
歳こそ私より4つも下だが、その齢を感じさせない家事の腕前は使用人の中でも一番と、執事長からも太鼓判を押されるほどの働き者だ。
私は幼少期から屋敷から外に出してもらえなかったため、同年代の『ともだち』というものはいたことがなく、馴染みのない存在だった。
だからなのか、自分より幼い使用人見習いがまるで自分の『きょうだい』のように思えて仕方がなかった。
最初はエレンも使用人と雇い主という関係を意識してか、ぎこちないやり取りがしばらく続いたが、次第に打ち解けていったのは言うまでもない。
父や母も教育に関しては厳しい人だったが、エレンが私に対して気さくに接してきても怒ったことは一度もなかった。
エレンとの交流が私にとってささやかな楽しみだったことは両親も理解してくれていたのだろう。
「コーデリア様!ぼく花を摘んできました!とても綺麗で、この花はコーデリア様に凄く似合いますよ!」
「ふふ、ありがとう。本当に素敵なお花だわ。お部屋に飾らせて貰うわね」
そんな他愛ない日々が続いて、私はエレンの15歳の誕生日が迫っていることに気がつきました。
誕生日は毎年祝ってきましたけど、使用人として一人前と執事長から認められてからの初めての誕生日でしたので、今までとは一味違うものにしよう、そう決めたのです。
あまり高価な贈り物は気を遣わせてしまうし、かといって料理でおもてなししようにも、私は料理だけは得意でないのです。それに家事や基本能力はエレンより遥かに劣るのだからもてなすのは論外だ。
そこで困り果てた私は、婚約者の『ビリー様』に相談を持ちかけたのです。
「誕生日ぷれぜんと?君は心得ているだろうから、言うまでもないが大事なのはもちろん気持ち、どんなものでもそのー………『えれん』なら喜んでくれるはずだよ」
「それはわかってますけど………、いくら気持ちが籠っていても、粗末なものを贈るわけにはいかないのですよ………」
眉を寄せる私の相談事に付き合って下さったビリー様は何一つ嫌な顔をせずに耳を傾けてくださいました。
親が勝手に決めた、婚約というものは至極そういうものです。それに関しては今さらどうこう言うつもりもありませんし、不満も抱いてなんかいません。
そう思えたのはこの人おかけでもあるのかもしれません。交流こそ多くはありませんが、私が困ったときはよく知恵を貸して頂くほど頼りになるお人でした。
婚約者、というよりは兄のように思っていたことは、彼には内緒です。
「あ、だったら僕にいい考えがあるよ。これを…………あげるといい」
「…………劇のチケット?」
差し出されたのは一枚の紙切れ、もといチケットだ。
「今若者の間で流行っている『トドロキ一座』のチケットだよ。大人気だからチケットは即日完売、手に入れるのは普通のやり方じゃほぼ不可能だよ」
「へーすごいですね!でもそんなものを何故ビリー様が?入手困難だとたった今言いましたよね?」
「父上がコネで貰ってきたらしいんだけど、僕はいらないからね。これをその子にあげるのはどう?っていう提案」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろんさ」
ビリー佐間の提案には落ち込み気味だったさすがの私も目を爛々と輝かせた。
確かにこれはいい。
高価過ぎなければエレンも遠慮はしないだろう。それにエレンも劇は決して嫌いではなかったはずだ。
他人から譲って貰ったものを誕生日プレゼントにする、というのは少し気がかりだがエレンが喜ぶならこれもありなはずだ。そうに違いない。
「あの……これ、誕生日プレゼントなんだけどー…………受け取って!」
「わぁぁ!これって巷で噂の『トドロキ一座』の限定チケットですよね!?いいんですかこんな貴重なもの!」
「う、うん。私はあまり劇とか興味がないから………」
この反応は予想以上にいいものだ。
ここまで喜んでもらえるとは思っていなかったのでちょっと笑顔が引きつってしまったが、エレンはそんなの気にしないくらいに跳びはね喜んでいる。
貰い物を贈り物にした、というのがやはり最後まで引っかかるが、この笑顔を見るとこの選択は正解だったと心からそう思えた。
その後、エレンは休みを貰い、街に出掛けることになった。
エレンは日頃真面目で働き者なので、多少の急な休みも執事長は許してくれたらしい。
「コーデリア様、本当にありがとうございます!馬車まで用意してもらって………こんな素敵な誕生日プレゼントは生まれて初めてです!」
「今日は目一杯、楽しんできてね!」
「はい!」
馬車はエレンを乗せ、そのまま街まで車輪を回した。
次の日、エレンは冷たい肉の塊になって、屋敷に戻ってきた。
「………………は?」
「…………落ち着いて聞いてくれ、我が娘コーデリアよ。今回の事は非常に残念で………エレンのことは、本当に……その………」
父の青ざめた顔が泥を塗ったように濁っていく。父の口から並べられた言葉が頭に入ってこない。どんどん曇っていく父の表情はとても苦しそうで、脂汗が額に浮き出ていているのに気づいていない。
「エレンの乗った馬車が事故に遭った。エレンは死んだんだ」
「…………なん、で?………じ………こ………?」
突然のことで、私の思考はまともに機能していない。
なんでこんなことになったんだ?
意味がわからない。
死んだ?
昨日まで普通に話してたんだよ?
「相手の馬車との衝突、と聞いている。あちらの不注意だという話だが、あちらは小さな子と夫婦の3人が亡くなったらしい」
「…………だから、なんなのですか?」
「わかってくれコーデリア!辛いのは我々だけではないのだ!仕方のない……ことなんだ」
父のくしゃくしゃになった顔から涙が溢れ落ちていく。悔しそうに、苦しそうに、怒っているような表情で肩を震わせている父の姿を見て、私は全身の力が抜けるように床に座り込んだ。
「お父様、私は別に、誰も………恨んだりはしてませんわ」
そうだ、恨むのは自分自身だ。
「仕方ない、ですよね」
仕方のないことなのだ。
エレンが死んだのも、あの笑顔がもう二度と見れないのも、あの声がもう二度と聞けないのも、全て、仕方のないことなのだ。
私はそう自分に言い聞かせるように、自分自身に呪いをかけた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「その話のどこに、カルロス家の嫡男を殺す理由があるんだ?」
兜の男、ナナシは銀のコップに注がれた安い葡萄酒を飲み干すと、テーブルの上に置かれた紙切れに話の内容を記す。
確かに、彼の疑問はもっともだ。
ナナシはしばらく黙ると何か考え込むように兜を人差し指で叩く。物思いにふけると無口になるのか、さっきから口数が少なくなってきている気がする。
「………………逆恨みか?」
「違います」
まぁ、今の話を聞いた限りじゃ、そういう印象を持たれるのも無理はない。
「話を聞いていた限りじゃ、そのカルロス家の嫡男はお前さんの悩みを親身になって聞いてくれたんだろ?」
「最初は私も感謝していましたし、いい人だと信じていました」
コーデリアは深く息を吐くと何かを覚悟したように、神妙な顔つきになった。それ察したのか、お代わりの葡萄酒を注いだ銀の容器をテーブルに置いた。
「これは情報屋からの、確かな情報です」
情報屋、という予想外の単語が彼女の口から出てきたことにナナシは少し意外そうに頷いた。
「叔父に頼んで紹介してもらったんです。王都一の情報屋だと、そう聞いています」
「…………ああ、アイツか」
顔見知りなのか、彼の反応がやや気にかかった。やはりこういう仕事柄、 そういった職業の方と交流を持つことも少なくないのだろうか。
「エレンの遺体を確認したら、首もとに縄で締めたような後がありました」
「……………なに?」
「事故と言っていたのに、そんなのおかしいですよね?父には内緒で情報屋の方に探ってもらったんです。そうしたら街で目撃情報がありました。フォルネシア家の使用人がガラの悪い連中に連れ去られた、と。後からわかったらしいですが、そのゴロツキはとある貴族から金で雇われたらしいです」
「あー待て待て」
ナナシは初めて強い口調のトーンで、コーデリアの会話を制止した。話が飛躍し過ぎたからだろうか。
確かに急な展開ではあるが、彼がやっと人間らしい反応を見せたのはこれが初めてでもある。
「そりゃあ本当の話か?あーいや、そうか。そうだよな、いい、続けろ」
ナナシは兜の奥から睨むようにコーデリアを凝視した。
だが少し考え込むと、独りで勝手に納得し、静かに頷いた。
「首謀者はビリー・カルロス。彼は私にチケットを渡したあと、街の無法者に金を握らせ、街にいたエレンを襲わせ、殺させた。遺体の受け渡しをした憲兵も、街の憲兵もカルロス家の息がかかってるため事故として処理されてます。全て、情報屋さんが調べてくれたことです」
「あーなるほど、わかった。そうだな、その情報屋は信用に値する奴だ。そいつの仕事に間違いはない。そこは断言する。しかしな、こんなこと言うのもあれなんだが、お前はビリー・カルロスを信じてやらないのか?」
「ーーーーーーーー。」
話を聞いていたナナシからしたら、当然の疑問。誰が聞いていたとしてもそうだ。
ビリー・カルロスはコーデリアの悩みに親身になってくれた男だ。婚約者だから、という理由もあったのだろうが、ひとりの人間として立派なもんだと太鼓判を押してやりたいほどだ。
その婚約相手のコーデリアだって、何年の付き合いなのかは知らないが、相談事に乗ってもらうぐらいだ。
多少気心の知れた仲なのだろう。
しかし、いくら友人の死に心を痛めていたとはいえ、そんな見ず知らずの情報屋の言葉をあっさりと信じ、殺害まで計画し実行を決意するだろうか。
誤解のないように言っておくが、その情報屋は本当に有能な男だ。
『俺に知らないことはない』
それが情報屋の口癖でもある。
ナナシはその情報屋が噂だけではなく優秀な男であると身を持って知っているのだ。
だが、今ナナシの目の前にいるご令嬢は違う。叔父に紹介してもらっただけの関係、友達の友達以下の関係だ。噂しか知らず情報屋がどれほど有能であるか、なんて知らないはずだ。
そうでもなければ、王都一の情報屋だと聞いています、だなんて言わないだろう。
なのに情報屋の情報を鵜呑みにするのは、人間の心理的に抵抗はないのだろうか。
「エレンの遺体を確認した時、顔に被せられてた布を取ったんです」
ナナシはあることに気づく。
ご令嬢の碧色の瞳から滴が溢れていることに。それがただの水でないというのはひと目でわかった。
「…………泣いているのか?」
コーデリアは袖でそれを拭いながら首を横に振る。いや、泣いてるだろ、と一喝するわけにもいかず、ナナシは黙ってそれを眺める。
酷いことは、泣かすようなことは言ってないはずだ。
わかりにくいがナナシは今困っている。すると彼女は再び口を開いた。
「布を取ったら、凄い苦しそうな死に顔だったんです。エレンのあんな顔、初めて見ました。あんなに、辛そうで、憎しみに満ちた表情は、初めて見たんです」
「……………そうか」
「お願いです。何か、エレンを殺さなくてはいけない理由があったのなら、知りたいんです。どんな訳があったのか、知らなくちゃ、いけないんです」
「殺した動機は調べてないのか?」
「私のお小遣いではそこまでしか………それに、復讐代行の代金も残さなくては、いけませんでしたから………」
小遣いでよく払えたもんだとナナシは素直に感心するわけでもなく、普通に呆れる。貴族というのはこれだから好かんのだ、と。こんな世間も知らない無知な小娘に大金を持たせた結果が、これだ。
本当に、愚かな娘だ。
しかし、本気なのは伝わった。
「取り敢えずわかった。明日の午前、10時にここに来い」
「ここ……にですか?」
「復讐代行ギルドは夜に開かれるが、ここは昼間、酒場なんだ」
飲み終えた葡萄酒の容器を手の甲で押し退けるように、端に寄せた。代金をテーブルの上に置いて、ナナシはその席を立つと、何かを思い出したように振り向いた。
「あー、ちなみにお前さん、どこでここの場所を?うっかり情報を漏らすような【紹介人】はいないと思うんだが」
「えーと・・・一応ちゃんと【紹介】して頂いたのですが・・」
「お前さん、紹介状は持っていないんじゃなかったか?」
「紹介状というものは頂いていませんが・・・・この酒場までの地図と入るときの作法はメモに書いてくださったので・・・・」
「・・・・・一応聞くが、その【紹介人】の名は?」
「名前はたしか・・・・オリバー様、と」
「・・・・やはりあいつか」
ナナシ様はオリバー様の名前を聞いた途端、深いため息を吐いた。
二人ともお知り合いなのでしょうか?




