亀は万年
七千年ほども生きているカメがおりました。毎日のそのそと動くばかりで、何もしようとはしません。
ある日一人の男がカメのもとへやってきました。
「寿命を十年ほど分けてもらえないか。私は余命半年といわれた。だが娘はまだ七つになったばかりだ。娘が立派な大人になるまでの時間が欲しい。礼として今まで蓄えた財産を譲り渡そう。」
しかしカメは言いました。
「その願いを聞くことはできない。私はまだまだ生きていたいから。」
男は憤慨しながら去っていきました。
それから千年たったころ、一羽のハトがカメのもとへやってきました。
「私は明日、猟師に討たれます。その前に家族の仇を取りたい。家族を食い殺したオオワシをこの手で…。どうか寿命を一ヵ月ほど、分けてはいただけませんか。
代わりに空を飛べるこの羽を差し上げます。」
しかしカメは言いました。
「最近ますます生きていたいのだ。あなたが何をささげようと、それだけはできない」
ハトはさめざめと泣きながら去っていきました。
それから千年たったころ、一匹のアリがやってきました。
「五分だけ寿命をください。僕は次の瞬間にも踏みつぶされるでしょう。その前にヒトのこぼした菓子をひとかけら、女王へ献上したいのです。
僕の育てた後輩たちが、あなたのために働きます」
しかしカメは言いました。
「一分一秒だって渡せない。帰って死んでしまえ」
アリはとぼとぼ去っていきました。
それから千年たち、いよいよカメにも寿命の刻が近づきました。それでも生きていたいと思う年老いたカメは生まれたばかりの若いカメのところへ、寿命をもらいに出かけました。
若ガメは「どうして寿命を分けてもらおうだなんて考えたんです」と老ガメへ
たずねました。そこで老ガメは、かつて自分のもとを訪れた者たちについて、話して聞かせました。
病に侵された男はほどなくして帰らぬ人となったが、残された財産によって
娘《なに》不自由なく育ち、嫁いで多くの子と孫に囲まれたこと。
ハトは猟師に捕まりその羽もすべてむしられたが、たった一羽食べ損ねたハトを
追っていたオオワシもまた猟師に見つかり頭を撃ちぬかれたこと。
アリは甘い匂いにつられ子供に踏みつぶされたが、代わって後輩のアリたちが
菓子のかけらをすべて拾い集めたこと。
全ての話を聞き終えた若ガメは再びたずねました。
「それでどうしてあなたは生きていたいんですか。」
老ガメは答えました。
「私は昨日まで生き続けたから、明日もまた生きていたいのだ。」
「寿命を分けることはできません。今のお話を聞いて、僕にはやりたいことが
できました。それにどれほどかかるかわかりませんから。」
まさか断られるとは思っていなかった老ガメは冷水を浴びせられたように感じ、そうしてそのまま気が遠くなっていきました。とうとう寿命が尽きたのです。
がっくりとうなだれ動かなくなった老ガメを尻目に、若ガメは続けました。
「これから旅に出るつもりです。あなたが出会ったような生命に出会いたい。
あなたが経験してきたこと、教えてくれたことは、これからも僕の中で生き続けるでしょう」
そう口にしてからなんだかあほらしいような気分になり、若ガメはくすくす笑いました。
目の前の相手はいったいどんな顔をしているだろうと考えながら、くすくすと笑い続けました。