僕の降臨
「お前らごときに人間の体はもったいねえ」
「この体に転生するのは、高貴なる私がふさわしい」
「黙れ、貴様ら! この体を貰うのは、強者たる俺様に決まっているだろうが」
ここは、天界の魂闘技場。日々これから生まれる体の、争奪戦が行われている場所だ。毎日大会の前から激しい口争が勃発する。
今日は、人間のイケメン――超絶金持ちの家に生まれる予定の体が、優勝賞品として出る大会のある日。会場は、通常とは比較にならないほどに荒れ狂っていた。
大会に出場する予定の魂たちのなかでも、ひときわ目立つ存在が一つ。そいつは、ほとんどの自信過剰な出場者たちとは違い、とてもおどおどしていた。
「新米の僕なんかが出てもいい大会だったのかな。でも、出場条件はないって書いてあったし。でもでも、他の人たちはみんな強そうだ」
とても緊張する。目標は高く持たなきゃと思って出てみたけれど、やっぱり高すぎただろうか。
ピンポンパンポーン
『魂闘士、28746番。今から五分以内に128番リングに来なければ、失格とみなします』
僕の番号だ……。気づかぬうちに、試合時間になってしまっていたようだ。
試合にもならなかったらどうしようとか、負けたらどうなるんだろうとか、色々考えていたら、いつのまにかリングについてしまった。
「おう、お前が俺の対戦相手か? 貧弱そうだな。おっと、棄権はするなよ? 俺は戦いたいんだ」
僕ら魂の見た目は変わらないというのに、貧弱そうってなんだろう。それにしても、すごい自信だ。きっとなにかとても強い能力を持っているんだろうな。
試合は、両者がリングに上がったら始まる。相手はもう待ち構えているので、僕がリングに立った瞬間に仕掛けてくるだろう。憂鬱だ。
「リングに上がったな。棄権しなかったことだけは褒めてやろう」
棄権は敗北よりリスクのある行為だからね。敗北で失われる魂の輝きは、後の勝利で取り戻すことができる。しかし、棄権したときに失われる輝きは、絶対に戻ってこないのだ。
「それじゃあ行くぜ。喰らえ! 龍流星衝撃!!!」
なんて恐ろしい技名なんだ! これは――死んだか? そう思ったが、迫ってくるのはただの思念弾だった。これくらいなら僕でもだせる。
「思念弾」
「くっ、俺の龍流星衝撃を相殺するとは。なかなかやるじゃないか!」
こいつはなにをいっているんだ? ……いや、わかったぞ。今のはハッタリだ。僕を油断させてから、力の差を見せつけて絶望させ、魂の輝きを奪おうとしているのだろう。ただの戦闘狂にみえて、策士だったか。
「しかたない、できれば使いたくはなかったが、俺の真の必殺技を受けるがいい……。えーっと。龍流星衝撃!!!」
さっきと同じ攻撃じゃないか。こいつ、僕を散々もてあそぶ気だ。くそっ。こんな奴に負けるのか。だったら、せめて油断している間に一撃だけでも喰らわせてやる!
「思念弾!!!」
「なっ、バカな! グッハァァァァァッ」
龍流星衝撃を打ち破ってなお、勢いあまって奴に向かっていった、僕が本気で撃った思念弾。それを喰らった奴は、悲鳴を上げる演技をしていた。この野郎、僕をからかっていやがる。
ん? なんか様子がおかしい。奴はいっこうに動かない。今度は僕から仕掛けて来いっていう意味だろうか?
「思念弾」
「ちょっとまったぁ」
僕の思念弾は、リング外から出てきた邪魔者によって遮られた。これって、反則じゃないのかな。
「もうすでに輝きを失った奴に、それ以上鞭を打つのはマナー違反だぜ」
輝きを失った……。今までのは演技ではなかったということか? 試合前の自信は何だったんだ。でも、相手がこんな奴でも一回戦を勝ち抜けてよかった。思ったより僕は弱くないのかもしれない。
次の試合は、十分後か。少しは休みたいけれど、早く回さないと出場人数が多すぎて、今日で終わらないからね。休む暇なんてない。
次の試合も同じリングでやるようだったので、リングに上がったままでいる。しばらくすると、対戦相手がやってきた。
「あら、あなたが私の相手かしら。貧弱そうね。棄権するなら今のうちよ?」
なんかさっきも聞いたような言葉だ。こいつも口先だけなんじゃないか?
「私は、能力持ちよ。だから、勝てるなんて思いあがらないことね」
能力持ちなのか。さっきの奴は、ハッタリという能力持ちだった。でも今回の奴は本物らしい。でもでも、僕だって一回戦を勝ち抜いたんだ。試合になるくらいには頑張りたいな。
「行くわよ! 変形恐怖!!!」
敵の魂形がみるみるうちに変形していく。一体なにが起こるというんだ!
「見なさい、この恐ろしい形態を!」
なんだこれは。漆黒で、全体的にひょろりとした魂形だ。パッと目につくのは、異様に長い指。そして、首と足がなく、顔のパーツも口だけしかない。口はギザギザで、確かに恐ろしい容姿といえるだろう。
「それじゃあ、喰らいなさい! 漆黒恐怖弾!!!」
くっ! これが敵の能力か。なんて攻撃だ。明らかに僕の目からみても巨大な思念弾。避けられないし、素直に僕の全力で迎え撃って、華々しく散ろう。
「思念弾!!!」
敵が放った漆黒恐怖弾と、僕の思念弾が衝突する。そして、闇が爆ぜた。
「キャアァァァァァッ」
訳がわからない。あんなに強そうだったのに、僕が放った思念弾で一撃で沈んでしまった。今は、明らかに魂の輝きを失っている。その代わりに僕が輝きを増し、能力を手に入れたみたいだ。
「フッ、見掛け倒しな能力だったか。それにしても、僕は思ったより強いらしいな」
この調子ならいいところまでいけるかもな。
そして、なんだかんだで二桁以上も連勝し、決勝戦にまで来てしまった。フハハ、僕は強いなんてものじゃなかった。最強だ。やはり僕こそがあの素晴らしい体にふさわしいな。
そこは、今までの比ではないほど広く、美しかった。
周囲を透明なカーテンで囲われている巨大な円形のフィールド。上からは神々しい光が僕を照らしていて、気分がいい。地面は、宝石のような輝きを放っている。僕が戦う場所として、不足はないリングだといえるだろう。
「この僕と戦える光栄な人物は君かい?」
「俺様にそんな口をきくたぁ、良い度胸してるじゃねえか」
なんだこいつは? この高貴なる僕と戦えるというのに敬意を表さないとは、間違っているぞ。リングには不足はないが、相手は不足だな。
「君、礼儀がなっていないぞ? しかたない、この僕が魂に叩き込んであげよう」
「黙って喰らえ、思念吸収!!!」
おお? 力が吸われているみたいだ。今までのゴミとは違って、なかなかいい能力を持っているじゃないか。だが、一度に吸収できる量はそこまでではないようだな!
「思念弾!」
「甘いな、思念吸収!」
この僕の思念弾を吸収しやがった。どうやら直接触れれば、いくらでも吸収できるみたいだな。とても強力な能力だ。だが、僕の能力よりは数段劣る。
「どうだ、俺の能力は魂同士の戦いにおいて無敵だ。降参してもいいんだぜ?」
無敵? そんなわけないだろう。無敵とはかなう者がいないということ。それは、僕の能力にこそふさわしい言葉だ。
「思念弾!!!!!」
「はっ、無駄だという事がわからんのか?」
奴は、僕の思念弾を完全に吸収してしまった。確かにすごい能力だ。それは認めよう。でも、それでいい。すごいだけで、僕の能力に勝つことはできないのだからな。
「グワァァァァァッ」
「僕の思念を吸収した君は、五分もしないうちに内部から破壊し尽くされるだろうな。降参するのは君の方だ」
「な……んだと。お前の能力は、全てを思い通りに破壊する能力だとでもいうのか!?」
それは違うな。僕の能力は、想像を創造する能力だ。僕は、破壊されるという結果を想像して、その思念を飛ばした。その僕の思念を吸収した君の中で、破壊されるという結果が創造されたんだよ。
「早く降参することだな。このまま僕が能力を解除しないと、君は消滅してしまうぞ?」
「そうか……。だが、俺は降参しないぜ? ここで、本当の死を受け入れることこそ、魂の輝きを保つ最後の手段だからな」
面白い奴だ。僕は、相手に不足があると思っていた。だが、それは間違いだったな。君はこの僕にとっても、これ以上ないほど立派な好敵手だったよ。
「最初の無礼を詫びよう。君は気高き魂だ」
それじゃあな。君と会うことはもう二度とないが、僕は君のぶんも生を楽しむとするよ。
ピンポンパンポーン
『優勝者が決定しました。魂闘士、28746番には、優勝賞品として、体が送られます』
イケメンで金持ちの体か……。この僕にはそれでも不足があるんじゃあないか?
そうだ! 僕の能力で創造してしまおう。
僕にぴったりの体。神々しくて、巨大で、人間に崇められるような体だな。想像しなければ。
白銀色の鎧に、黄金の槍。そして、なにより純白の翼は外せない。さらにいうと、顔はない方がいい。顔があればどんなイケメンだとしても、ただのイケメンに分類されてしまう。人智を外れた存在でなければ、僕にふさわしくないからな。よし、決めた!
僕は神体を創造し、その神体に宿る。そして、下界に降臨した。
「フハハハハハ! 人間共、この僕を崇め讃えるがいい」
天から降りてきた、神々しい光に包まれた天騎士。白銀色のなかに、取り込まれたような僅かな赤色が、目立つフルプレートで、顔すらも隠されていて見えない。手に持つのは、黄金色と、ところどころに散りばめられた銀色が美しい、伝説の聖槍のような神槍。背中にみえるのは、金色の羽が混ざった純白の大翼だ。このお方こそが私たちが崇拝するべき神様だろう。
人間共にはこんな感じにみえているに違いない。