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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人形だった私は、ただ貴方の側にいたい。

作者: 都築 はる

 お願いだから、見捨てないで、側にいてほしい。

 それがどんな感情でもいいから、利用されてもいいから、貴方の側にいたい。








 その奴隷がいつやって来たのか、私は知らない。

 私がまだある程度の自由を許されていた頃、それでも昼間に出歩くと忌避されていたから、屋敷が静かになった真夜中に少しだけ散歩をすることがささやかな楽しみだった。これまであまり外に出たことがなかったことに加えて、日中は力に翻弄されてずっと頭が痛かったから、外の空気を吸うと少しだけ和らいだ。

 屋敷の主人に手荒に扱われたのだろう馬小屋に倒れていた人間を見て、その時はまた1人奴隷が増えたのかとしか思わなかった。


 人形に奴隷が与えられたのは、闇の魔力が弱っていることに焦った国が人形の負の感情を増幅させるためだった。

 正確に言うならば、人形に奴隷が与えられたのはではなく、奴隷に人形が与えられた。

 適齢の男の奴隷がこれまた適齢の女の側にいればやがて手をつけるだろう。人形だから声をあげもしなければ、助けを呼ばない、呼んだとしても無視するように屋敷の人間には言いつけられていたはずだ。でなければ、利用価値のある人形と奴隷を侍女もつけることなく二人きりにさせるだろうか。

 負の感情を大きくすれば、闇の魔力が増すとでも考えたのかもしれない。

 逃げないようにとはめ殺しにされた窓辺の席に座ったまま、奴隷を一瞥してからすぐに興味をなくした。


 自分の中の力が弱まっていることは感じていた。それが、国中に散らばった奴隷を支配する首輪に影響していることも。

 でもそれは私にはどうしようもできなかった。力の使い方なんて、魔石を維持することと首輪の付け方以外に何も知らなかったから。


 生まれた時から膨大な闇の魔力を持っていた。

 国は闇の魔力を欲していた。

 子供をもて余していた親は生まれたばかりの我が子を国に売った。

 王宮の魔石と子供を繋げ、魔石を維持するために生かした。そして以前の維持者と同じように、奴隷に首輪をつけさせる役目を負わせた。首輪をつけることができる人は他にいたものの、拘束力は私がつけた首輪の方が強いから。

 首輪は奴隷と主人が契約を結んだ証であり、主人に絶対服従させるためのもの。

 子供は王宮に飼われていた。幼い頃から、仕えることに疑問を持たないようにイヤリングの魔石に操られながら。

 それを上回る魔力を持っていながら子供は逃げる選択肢など持っていなかなった。小さな小さな世界の中で、魔石に従事することだけしか知らなかったから、他国の暗殺者に狙われるまで子供は危険なことをしていることすら知らなかった。

 王宮では居場所が知られているからと、実家に匿われていたのも束の間のことで分家に厄介払いされた。けれども幾分かの自由も与えられた。

 例え部屋に軟禁されるかのように押し込まれていても、与えられる情報に検閲が入っていたとしても、イヤリングに支配される力が強くなっても、王宮の魔石がある部屋で一日中1人で過ごしては主人と奴隷との間に契約を結ぶだけの日々よりは。


 ある日、ふと奴隷が視界に入った。

 これまで数々の奴隷たちを見てきた。その奴隷たちは反抗する意思を削がれながらも、首輪をつける私への殺意は顕にしていた。

 そんな奴隷しか知らなかったから、その奴隷は私にとって物珍しかったのかもしれない。

 その奴隷は、・・・彼は私を観察していたから。


 彼はひ弱な私を傷付けはしなかったし、形ばかりの主人にすり寄ることもしなかった。

 彼は黙って私の側にいた。ずっと私の目が届くところにいてくれて、私が呼べばすぐに来てくれた。

 安心すると同時に不意に虚無に襲われる。

 私は形ばかりとはいえ主人であり、所詮彼は不自由を強いられて堕とされた奴隷である。私が主人でなくなれば、彼が奴隷でなくなれば、すぐに消え失せてしまう。

 奴隷という身分から解放されたら、その時彼は自由になっても私の側にいてくれるだろうか。


 ほんの少しでも温かな気持ちが伝わってしまったのか、私の力を全て魔石に注ぐため他の余計なことに体力を使わぬようにと意識の混濁が酷くなった。

 その時から、彼を本来の立場に戻さなければと彼の首輪を外そうと試行を繰り返すようになった。


 主様には絶対服従の暗示がかけられていた人形の、小さな希望。








「あなたが、それを望むなら」


 シャルルが困ったような笑みを浮かべながら、私の手を取り立ち上がらせてアパートの外に出る。


 あなたがそれを望むなら、私はなんだってする。

 だって、あなたの側にいたいから。


 そんなあさましい欲を間違っても口にしてはいけない。

 何故ならもうすぐ私の利用価値は無くなるからだ。


 シャルルに手を引かれ、何を話すこともなく街を歩き続ける。

 未だイヤリングの干渉を受けている私を、シャルルはそれはとても丁寧に扱い、同じアパートの部屋に住み、甲斐甲斐しく世話をしてくれて、一分の隙もないように監視している。

 私が残党に利用されないように、私は彼等に利用されている。


 外を出歩き、多くの人を見るようになって気付いたことはたくさんある。

 例えば善良な人もいること、食べ物も知っている以上に種類があること、着るものもたくさんあること、私が同じ年頃の子よりも背が低くてシャルルは背の高い部類に分けられること。そして、彼はきっと容姿が整っている部類にも分けられていて、周囲からは一目置かれるような存在であること。


 シャルルが私を気遣いながら道を歩き、そして警戒を怠ることなく、私がふと目を向けた先に気付けば、気になりますか?と問いかける。

 私はシャルルを見上げながら、どう答えればいいのかわからずにただ首を横に振る。かしこまりましたとシャルルは微笑んで、また歩き出す。


 シャルルは、私を置いてきぼりにしたことは無い。

 国が崩れ、屋敷にいた全員が逃げ出し、奴隷の証であった彼の首輪を外したあの日から。


 国の悪事に関わりながら、私には何の処罰もなかった。死刑にでもなるかと思っていたのに。

 いつか会った双子の魔術師は言った。


『その右耳のイヤリング。今すぐ外してもいいのだけれど、それだとこちら側に不都合が生じるのよね』

『だから暫くはそのまま過ごしてもらうよ。イヤリングの干渉だけは緩めたから。君自身ではそれをどうにもできないみたいだし』

『これからのことはあの馬鹿に頼るといいわ。ここに一緒に暮らすのだから、思う存分に使ってあげなさいよ』

『そうそう。何かあれば僕達に連絡してくれていいからね』


 私の処罰は緩い。ほとんど無いに等しい。

 けど、それには理由がある。


 国が崩れ、王族や貴族の大半は処刑されたけれど逃げ出した人達もいるのだ。その逃げ出した人達が国を取り戻すために動かない、なんてことはない。

 彼等は支配欲が強く、人の上に立つことを何よりも好んでいる。そんな彼等が国を追われたままで黙っているわけがなく、だからと言って向こう見ずに出てくることはない。主様は狡猾だから、時期を読みながら勝算があると確信すれば動くだろう。

 何故なら、奴隷たちを従わせる魔石はまだあるからだ。

 私の中の繋がりが薄れたとは言え、完全に切れてはいない。双子の魔術師は2年前にいずれ破壊すると言っていたけれど、成人男性くらいの大きさの魔石を破壊するのは難しいはずだ。それに奴隷たちを全員解放できていない。魔石の存在を感じる私にも詳しい人数はわからないけれど、首輪を外さずに先に魔石を壊すと魔力が残って精神に異常をきたす可能性がある。逃げ出した人達が連れている奴隷を見つけ出し、解放するまでは魔石を壊すことはしないはずだ。

 だから、その魔石を利用しようとも思えばできるし、取り戻すことができればまた私を完全に利用することもできる。


 私の意識は生まれた時から右耳のイヤリングに干渉され続けている。

 それは対となる左耳のイヤリングを持っている主様がいるからだ。

 そして、当然の如く左耳のイヤリングの方が優位であり、右耳のイヤリングを着けた者の主人として従わせることができる。どんな命令であっても、私が抗うことは許されず、ただただ絶対服従するしかない。

 今までのように。


 今、私は代筆の仕事をしている。ずっと閉じ籠っているのは退屈でしょうと、初めてシャルルから与えられた仕事だ。そして、時折シャルルに連れていかれて外を当てもなく歩いている。

 逃げ出した人達をあぶりだすための囮として。

 シャルルから屋敷を連れ出され、このアパートで暮らし始めて数日後に彼は私の髪を切った。普段は柔らかい笑みを向ける彼は、珍しく感情を顕にして、とても傷付いたような顔をしていた。それもきっと何かに使ったのだろう。

 それでも収束しなかったのは、私が生きていることを主様が知っているから。

 そして、最近になって外を出歩くようになったのは、私が生きていることを見せて街に潜んでいるだろう人達を誘き出すため。


「帰りましょう、お嬢様」

「・・・・・」


 シャルルが立ち止まり、私を振り向いて見下ろす。

 こくりと頷くと、いつの間に横にいた馬車へと手を引かれて入り、アパートへと戻る。


 もう形ばかりの主人でもない、名ばかりの貴族の令嬢でもない私は、シャルルよりもずっと立場が低い罪人だ。

 なのにシャルルはとても丁寧に私を扱ってくれる。

 例えそこにどんな意図があったとしても、私はシャルルの側にいれることが嬉しい。








 主様の声が二度と聞こえなくなった翌日。


 シャルルが私の右耳のイヤリングを破壊した。主様が持っていたはずの、左耳のイヤリングと共に。

 微かに触れた指先はきっと震えていた。


 耳の奥で、遠くから何度も何度も叫ばれた。

 主様以外が呼ぶことのなかった自分でも忘れかけていた私の名前を呼んで、助けてくれ!!、と。けれど私は主様を助けることもできず、助けたいとも思わず、私はベッドの上に座ってずっとその声を聞いていた。

 部屋には(まじな)いがかけてある。認められた者以外が立ち入ることはできず、もし私が出ればすぐに誰かに連絡がいくように。だから私が主様を助けようと部屋を出ても行けはしない。けれどそんなことよりも、私がシャルルの側から離れて、シャルルに会えなくなってまで、頭がどれだけ痛くて体が辛くても主様の元に行きたくなかったのだ。


 呆然とする私の目の前で、膝をついていたシャルルが立ち上がる。


「これでお嬢様は自由ですよ」


 酷くゆっくりと紡がれた言葉は、役立たずになった私を容易に突き放すものだった。

 もう要らないと暗に伝えられ、これ以上シャルルの無関心な目を見ることができなくてうつむく。


 シャルルが普通の奴隷とは違うことはわかっていた。首輪の違和感にも気付いていた。私を観察していたことも、私を気遣ってくれることも、利用しようとするためのものだったこともなんとなくわかっていた。

 それでも、初めてだったのだ。

 ただ側にいてくれた人は。


 それがどんなにうれしくて、不安で、どうしたらこの先も側にいてくれるのか考えてもわからなかったから首輪を外そうとした。

 首輪がある限り、主人の命までは奪えない。

 私を利用してほしかった。そうすれば、私はシャルルの側にいれると思ったから。


 側にいてほしい。

 利用されてもいいから、シャルルに。


 願いがあるなら、口にしなければ伝わらない。

 それは、昔々に主様から教えられたこと。


「シャルル」


 震えながら、シャルルの服を掴み握る。


「お願い・・・そばに、っ!」


 自分でも伝わったのかわからないほどに震えた言葉は力強く抱き締められた腕に遮られて、そのままベッドの上に背中から倒れてしまった。

 シャルルに抱き締められている。

 初めてのことに私は動揺し、どうすればいいのかわからなくて混乱する。


「セスティア」

「っ・・・、はい」


 伝えたことのない名前をシャルルが目尻を下げて嬉しそうに紡いだ時、何故だか涙が出そうになって私は肩に顔を押し付けた。


「好きです。セスティア、永久に側にいてください」


 名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいものだとは知らなかった。

 これまで名前を呼ばれることが苦痛で、でもシャルルから呼ばれるととても嬉しくて、それと同時に側にいさせてくれることを許してくれたことが幸せで。

 それが言葉に出せない。


「セスティア、ずっと永久に二人で生きましょう」


 シャルルの柔らかな声音が頭に響き、その心地好さに酔いしれ、唐突に訪れた眠気に誘われて意識を手放した。


「セスティア、・・・ずっと側にいますよ」


























 抱き締めていたセスティアから体を離し、その寝顔をシャルルは秘かに堪能する。


「大丈夫。セスティア、貴女の名前も体も記憶も何もかも、俺のものですよ」




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[一言] シャルルさん視点、セスティアさん視点、楽しく拝読しました! ありがとうございました^^
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