国会を茶番にした男1(喜劇王)
最近の国会答弁は、小説のねたにもならない。なぜなら、まともな論理のぶつかりになっていないからだ。
アリバイも示さずに、証拠がないから自分は白だという総理が、証拠が提示されても自分が知らないことは嘘だと叫ぶ。自分は間違っていない、周りが間違っていると本気で思っているなら、自分から非を認めることなどしないからだ。これでは、どんな名探偵や名刑事でも、相手を攻略することはできない。
議論の内容は、国政だろうが不正追求だろうがかまわないが、フィクションの登場人物には互いに守るべきルールというものがある。ルールを勝手に解釈する人物が出てきた場合、読者はその思考が理解できず、まったく共感できないものになってしまう。
昨今の大臣たちには、共通のルールというものがない。親分の言う通り。こんな小説を誰が読むだろうか。悪役は悪いことをしているという自覚を持って、悪事を行なうからこそ、攻め入る隙ができる。善人も自分のためという後ろめたさがあるから、偽善者となる。100%他人のために行動する人間を見れば、逆に読者が自分自身の行動に後ろめたさを感じてしまうだろう。が、100%のエゴも手のつけようがないのである。
『うそつき』発言で、小学生の喧嘩だと揶揄されているようだが、あれは幼児レベルだった。テレビでは明智十兵衛で盛り上がっているが、国会はキュウベエで大騒ぎをしていた。
とにかく、国会では何も実りの無い人格攻撃と説明拒否を繰り返す男が、ちゃっかりと内閣決議で物事を進めていく様子に、もはや国会は茶番としか映らなくなってしまった。
独裁と毒裁。茶番は見ている分には面白いが、巻き込まれる国民には笑い事では済まされない。