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神童による野球部再興  作者: 芹沢翔太
34/36

狙う金星 VS天道 (8)

 9回の表を迎える。この回さえ抑えられればまだ勝機はあるんだ。絶対に無失点で切り抜けなければ。


 マウンドの柴崎さんはいつものようにマイペースにボールをいじっている。あの人は緊張などには縁がないだろう。

 7回は2番から始まる攻撃で三連打を浴びた。この回も同じく2番から始まる。ここは注意しなければ。出来れば平塚の前にランナーは置きたくない。


 投球練習を終え、いよいよ打者が打席に入る。

 まずはツーシームで様子見する。内角に決まり、ストライク。相手も初球は見逃してくる。

 2球目はワンシーム。外に投げ込まれるボールをバッターは打つ。しかし手元で動くボールを捉えきれずにファールとなった。これで追い込んだ。

 3球目、相手はおそらくチェンジアップを警戒していることだろう。普通の変化球が苦手な柴崎さんにとっては一番自信のある緩球で、決め球と言ってもいいだろう。

 だが、この間の練習試合を終えてから短期間ではあるが、柴崎さんと二人で磨いた球がある。


 3球目を投じる。ボールは緩やかに軌道を描いてストライクゾーンに入ってくる。チェンジアップを警戒していた打者はタイミングを合わせてバットを振りだす。

 しかし、ボールはシンカー軌道のチェンジアップとは反対方向に大きく曲がる。変化に対応できなかったバッターはあえなくして三振に取られる。


 この大会に向けて準備してきた変化球、スライダーがびしっと決まった。

 本来投げることはできたが完成度が極端に低かったスライダーを短期間で特訓し、決め球に使えるくらいには改良した。

 練習通りに投げることができて柴崎さんも心なしか嬉しそうだ。


 この特訓を提案したのは柴崎さんだった。

 大きく曲がる変化球がやっぱり欲しい、と相談され、数日間研究しながら1000球ほどスライダーを投げ込んだ。

 結果、打者の手元で鋭く曲がるスライダーを習得できた。


 予想していないボールが来て打者も困惑しながら打席から出ていく。

 次の打者にもこの情報は伝えられるだろうが、別にいい。手数は多いと思わせた方が有利だ。

 

 3番が打席に入る。先程の打席では粘られつつヒットを打たれた。勝負は急いだほうがいいタイプか。

 初球、スリーシームを投じる。それを打ってきた。

 鋭いスイングはタイミングばっちりでボールを捉える。しかしやや沈んだボールはバットの芯を外した。

 鋭い打球がセカンド方向に転がる。増田さんは素早く反応すると打球の正面に入り、体で打球を止める。捕球しきれなかったボールは地面に転がったが素早く拾って送球し、アウト。2アウトだ。


 よし、4番をランナーなしで迎えられた。何とかあと一つ抑えていい流れで攻撃に入りたい。

 そして、平塚が打席に入る。前の打席ホームランを打ったからか球場に歓声が飛び交う。

 一度マウンドへ向かう。


 「柴崎さん、ここが勝負です。気を張っていきましょう!」


 「・・・ああ、リードは任せた。出来る限りの球は投げる。」


 心配で声をかけてみたが、どこまでも柴崎さんは冷静だ。俺なんかよりよっぽど肝が据わっている。

 ホームに帰り、打席に入った平塚さんを見ると、こちらも一切表情を変えずいる。・・・この勝負においては俺が一番未熟なようだ。

 気を取り直しマスクを被って勝負に移る。

 

 さあ、このバッターどう料理すればいいか。

 まずはムービングを外に。これは外れてボール。

 次にカーブを外に外す。これにも一切反応せずに見逃す。2ボール。

 3球目は内角にツーシーム。打者は一瞬反応したが手は出さずストライクになる。

 バッティングカウントになってしまった。最悪このバッターは歩かせてもいい。とにかく慎重にいく。

 4球目は再び外角にムービング。今度は手を出していく。逃げるように沈むボールを捉えきれずにファールになる。何とか追い込めた。

 5球目はスライダー。外ギリギリに要求する。悪くないコースだったが打者は見逃し、判定はボール。これででフルカウントだ。


 場内は緊迫した雰囲気に包まれている。特にバッテリーと打者はかなりの緊張があるだろう。しかし、柴崎さんも平塚さんもそんな素振りは見せない。だからこそこの勝負はハイレベルになる。


 6球目、ツーシームを内角に要求する。いいコースに入ってくる。バッターは当然振ってくる。そして、バットがボールを完璧にミートした。

 打球はレフト線に大きい当たりとなる。場内の誰もが息を呑む。打球はレフトのポール付近まで飛び、左に切れた。ファール。場内はその当たりにしばらくざわつく。

 救われた。しかし、あのコースのあのボールをあそこまでもっていくのはさすがというところだ。

 そして7球目、今度はアウトローにワンシームを要求する。投じられたボールは構えたところに吸い込まれる。打者が振ったバットはそれを捉えた。

 打球が今度はライト線を襲う。しかし、やや振り遅れたせいか打球に力はない。ライト定位置より前の方に打球は落ちていく。フェアかファールか微妙な場所だ。

 ライトの下山は全力で打球を追う。打球はライト線の真上の当たりに落ちていく。下山はそこに飛びつく。そして、落下点にグラブを差し出すと、見事にボールはそのグラブに入っていった。アウトだ。

 

 素晴らしいプレーに敵味方関係なく場内から拍手と歓声が飛び交った。下山は嬉しそうにガッツポーズをしながら走ってベンチに帰ってくる。

 最終回を見事なプレーで抑えきった。目論見通り、勢いも完全にこちらに傾いた。

 あとは裏の攻撃で打つだけ。2番から始まる攻撃、俺にも打順が回ってくる。

 あの天道にここまで食らいつけているのは凄いことだ。ここまで来たらさらにその上を目指すしかない。

 渡部さんも出てきて投球練習を始めた。球威が衰えている様子はない。しかし、必ず打ち崩す。

 ついに最終回、9回の裏を迎える。

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