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神童による野球部再興  作者: 芹沢翔太
32/36

狙う金星 VS天道 (6)

 7回の裏は2番の森山から始まる。

 今のところあの投手を打てたのは俺だけ。そしてこの回以外で俺に打順を回すのはこのままでは厳しい。

 つまりこの回が勝負の回だ。何とか森山と石村さんに出塁してもらいたい。

 ここまでもただやられてきただけではない。各々が球筋を見て対策は練っている。

 

 森山が打席に入る。バットを短く持って打席の後ろの方に下がって構えている。

 渡部が投球動作に移る。そしてリリースすると、その動作に合わせて森山は地に足を着けたまま、ノーステップでバットを振りだす。打球は後方へ飛びファール。

 森山はバットコントロールには優れている。ノーステップ打法でバットにボールを当てるだけなら相手がどんなピッチャーだろうと出来るだろう。

 その後もノーステップ打法を森山は続ける。打球は前には飛ばないものの、ファールで粘り、10球目まで来た。カウントは3-2だ。

 渡部が投じたボールは高めに大きく外れてフォアボールとなった。この試合で渡部が初めて出した四死球だった。

 

 これで無死一塁、バッターは石村さんだ。

 石村さんも森山と同じように打席の後方にバットを短く持って立つ。そして同じようにカットを続けた。

 先程の打席での教訓でか、渡部は簡単にボール球を投げなかった。5球連続でファールで粘るものの、カウントはまだ2-2。

 そして8球目、投じられたスライダーを石村さんは普通に打ちに行く。打球は強くはなかったが一二塁間を転がっていく。

 相手のセカンドが懸命に追う。そして深い位置で飛びつき、捕球した。素早く起き上がり一塁に送球するが、石村さんの足が僅かに速く、内野安打となった。


 無死一・二塁。願い通りに出塁してくれた。もうこれ以降チャンスはほとんどないだろう。ここで打って少しでも点差を縮めたい。

 マウンド上の渡部は動揺は見せていない。でも内心はやや焦っているだろう。隙はあるはず。

 打席に入り呼吸を整える。ここは冷静さを欠いた方が負ける。落ち着いていこう。

 渡部が投球動作に入る。初球はストレートが内角に入りストライク。

 続いて緩い変化球が外に外れてボール。1-1。ここまでは読めている。

 3球目、外角高めにストレートが投じられる。やや外れている球だったが構わず振りに行く。空振ってストライク。追い込まれる。


 しかしここまでは想定内。最初から狙いは次の4球目にある。

 渡部が投球動作に入る。

 このピッチャーには自信のある配球がある。それはストレートで追い込んだ後のスライダー。これが一番空振り三振を取れる配球なのだ。

 平静さを保っているものの、おそらくこのバッテリーも少し冷静さを欠いている。冷静さを欠いているとき、取る行動は自然といつも通りの、自信のある行動をとるものだ。

 さっきの3球目、わざとボール球を空振った。すべては次に来る球を引き出すため。

 4球目が投じられる。ボールは内角から外に弧を描くように曲がっていく。

 

 これを待っていた。このスライダーを待っていた。

 バットを振りだすとボールとタイミングは完璧に合う。そして芯でボールを捉えると、打球はレフト方向に高く舞い上がる。

 レフトの頭上をはるかに超えて打球は伸びていく。レフトも下がるがやがてその足を止める。

 ボールはレフトスタンドに突き刺さった。3ランホームラン。


 場内は乾いた金属音とともに一瞬静まり返ると、次の瞬間には爆発したかのように沸いた。

 全国区の好投手、渡部から1年生がホームランを打つ。そんな事実に皆ニューヒーローの誕生を確信していた。


 ホームに帰ると森山と石村さんが満面の笑みで迎えてくれる。

 ベンチでは皆が笑ってナイスバッティングと騒ぎ立てながら祝福してくれる。

 ふとマウンドを見ると、渡部が無表情だった顔に悔しさをにじませているのが分かった。

 それまで天道ムード一色だった場内もこちらにかなり傾く。この調子で攻めていきたい。


 しかし県下ナンバーワン投手はそう甘くはなかった。

 ポーカーフェイスを少し歪ませながらも後続をピシャリと抑えきり、それ以上の反撃を許さなかった。

 そして8回を迎える。これで1点差、勝機も大分見えた。この回を乗り切ってまたこちら主導の試合展開に戻して次こそ逆転してやる!

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