主力の葛藤
練習を再開する。西郷は道具や練習着は持っていないので今日は見学してもらうことになった。
しばらくして、練習も一段落着いた頃に西郷に話しかけてみる。
「どうかな、うちの練習は」
「そうだな。雰囲気は明るいし楽しそうだけどやってる内容は割とハードで、しっかりしている。これが俺のやりたかった野球だよ!」
西郷もなんだかうれしそうにそう言った。
「そっか。それなら良かったよ」
「ところで、さっきからグラウンドの脇から練習をずっと見ている生徒がいるんだが・・・」
小声で西郷がそう言う。
見てみると、確かに誰かがこちらを見ているようだ。
「あの感じは見覚えがある。確かコンドルズの森山だ。何度か試合したことがある」
「そうか、見に来てくれていたのか。・・・実はもう一人勧誘している人がいて、それが森山君なんだよ」
「そうなのか。あいつのプレーは印象に残っている。ことごとくヒットを打たれては盗塁されて、守備でもファインプレー連発だったな。あれが味方なら相当心強いだろうな。
そうなのだ。森山君は県内でも割と有名な名センターだった。俊足巧打、強肩堅守、三拍子そろった好選手で、ぜひとも入部してもらいたい存在なのだ。
「・・・ちょっと俺声かけてくるよ」
「・・・ああ、それがいいと思う。なんだか寂しそうな様子だったから、ひょっとしたら野球がしたいのかもな」
石村さんに許可を貰い、グラウンドを出る。そして、佇んでいる人影に駆け寄る。やはり森山君だった。
向こうもこちらに気づき、なぜか逃げ出した。それを走って追いかける。
程なくして、体力勝負に勝って森山君を捕まえる。
「はぁーっ・・・やっぱ現役球児には敵わないな・・・」
なぜか少し嬉しそうに息を切らして森山君はそう言った。
「おい、なんで逃げ出すんだよ。俺はちゃんと君と話したいんだよ」
「・・・わかった。捕まったし、素直に話すよ」
そう言ってこちらに向きなおった。
「じゃあ何か聞きたいことがあるの?」
「ああ。・・・野球をやめたって聞いたけど、それは本当なのか?」
「ああ、本当だよ。6年の夏に辞めたんだ」
思ったよりも軽い口調で答えた。
「どうして?君は県内でもトップクラスの選手だったじゃないか!」
「・・・そうだね。でもさ、面白くなくなったんだ。野球が」
また軽い口調でそう言った。
「なんで面白くないと感じたんだ?」
そう聞くと、さっきよりも重い口調で語りだした。
「・・・俺は確かに活躍したよ。それでチームも引っ張ってきた。このまま優勝するんだ、って意気込んでたよ。でも、それは空回ってたみたい。俺がいくら頑張ろうと、気合を入れようと、チームメイトはやる気がなかった。皆俺が活躍してくれるからーとか言ってたんだよ。・・・俺はそんなことはしていたくなかった!」
少しずつ語気が荒くなってくる。
「俺は皆が一丸となって勝利に向かって戦いたかった!でも周りはそんな気はゼロだ。俺が一人で頑張ってただけ。そんな野球なにも面白くない!だから辞めたんだ」
そう声を大きくして言うと、また冷静さを取り戻したように語りだした。
「しばらくは野球も見たくないくらいだったんだけどね。今も野球部に入る気なんてさらさらなかった。でも、君たちの練習を見る限り、俺の求めている野球がそこにあった気がするんだ。だから、今正直凄く迷っている。また野球を続けるか、続けないかを」
「迷う必要なんてないさ。入ればいい。みんなお前に頼りきりなんてことはないさ」
「でも、それを信じれるかは・・・」
「自慢っぽくなるが、俺は日本一になった4番だぞ?人数こそ少ないが、西郷や下山といった面子もそろってる。名前くらい聞いたことがあるんじゃないか?きっとお前にだけ負担をかけるなんてことはしない。皆が皆を支え合って勝利を目指しているんだ。ぜひそれを森山ともやりたい」
「神谷君・・・」
しばし考えた末、決心して、
「わかった。これからよろしくお願いするよ」
と言って手を差し出してきた。
それを握り返し、共にグラウンドに戻る。
「桐山コンドルズ出身の森山です。センター守ってました。お願いします!」
パチパチと拍手が起こり、歓迎される。
「いやー、しかし県内トップクラスの実力者を二人一気に連れて来るとは、さすがは神谷だね」
武藤さんがそう褒めてくる。
「いやいや、たまたまうちの学校にいたのを声かけただけですよ。しかし、これで大幅なパワーアップになったでしょう」
これならさらに地区大会の優勝が近づいてきた。
あと少しの期間、春大まで頑張るぞ!




