強打者の苦悩
翌日の放課後、また西郷君の元を訪れる。
「やあ、ちょっと時間あるかな?」
そう言うと、振り返った西郷君の表情はまた曇っていた。
「・・・また野球部の話か。入らないと昨日言っただろう」
「いや、せめて話を聞かせてほしくて。小学校の時見た君のプレーを覚えているだけにさ」
「・・・分かった。だが場所を移そう。どこか空き教室で話そう」
まだ表情は暗いものの、話は聞かせてくれるようだ。
「・・・で、何が聞きたいんだ?」
近くの教室に二人入ると、あちらから聞いてきた。
「そりゃ、なんで野球部に入りたくないかだよ。俺たちは人数が少ない。だからぜひとも入部して欲しいんだ。君の実力派ある程度知ってるからなおさらね」
「・・・俺はもう野球はやりたくないんだよ」
西郷は少し俯いてそう呟いた。
「だから何でさ。君が野球をやらないのはもったいないと俺は思ったんだ。一緒にやりたいんだ!」
「そういうのが嫌だったんだ!」
西郷が少し声を荒らげる。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、
「君とは試合したことがあったよな?なら俺の周りの雰囲気も知っているだろう」
彼が所属していた山岡ベアーズは県内でもかなりの強豪チームだった。そのため、何度か試合したこともあったのだ。
彼はそこで4番を打っていた。実力は相当なもので、試合でもホームランを量産していた。
そして、そのチームでは常に怒声が飛び交っていた。
「俺は確かに野球においては誰よりも凄い自信があった。だから将来も嘱望されていた。チームを優勝に導くようずっと言われていた」
西郷は悲しそうに語りだした。
「でもそのせいか周りはやたらと俺に厳しく接してきた。ホームランは打っても当たり前、凡退したら走らされたりした。もう辞めたいと言っても当然断られた。もうこんな思いはしたくない!」
「そんな思いさせるわけないだろ!」
思わず叫んでいた。
「俺たちは確かに勝利を目指している。優勝を目指している!でも俺は何よりずっと楽しいと思える、笑顔のあるチームを作ることを目指している!そんな結果にしか興味がないようなチーム、俺が許さない!」
西郷は少し驚いたような表情でこちらを見ている。
「西郷、俺は君を理解しているつもりだ。確かにその長打力はとても魅力がある。でも、俺が印象に残ったのはそこじゃない」
「・・・え?」
「打席ではそこまでの長打力を持ちながら、チームバッティングのことを考えていただろう。その後に監督に怒られようが、自己犠牲の精神を持ち合わせた打撃をしていた!守備だって一塁ではことあるごとにマウンドに駆け寄って投手を励まして、大きな声でチームを鼓舞していた。そういうところこそが真のいい選手だと俺は思った。だから今こうしてお前を誘っているんだ!」
「・・・そうか、そこまで見てくれてたのか」
西郷は嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ。俺はチームが勝つための打撃がしたいと思っていた。監督はそれを許そうとはしなかったけど、そこに関してはずっと反抗していた。それが俺のやりたい野球だから・・・!」
「うちではそんな選手を歓迎してるよ。部員は少ないけどみんないい人たちだ。皆で野球を楽しんでいるよ」
少し考えこんだ後、薄く笑いながら西郷はこちらに歩み寄ってきた。
「まだ君たちのチームのことはよく知らない。けど今は君のその言葉を信じてみようと思えた」
「じゃあ、入部してくれるのか!?」
「ああ、これからよろしく頼むよ神谷」
そう微笑んで、共に手を握った。
グラウンドに出ると、皆は練習に入っていた。
「あれ、神谷、その人は?・・・あ、もしかして」
「そうですよ石村さん。新入部員です。」
「本当か!?ちょっと、みんな集まってくれー!」
石村さんが嬉しそうに皆を呼ぶ。
全員が集まると、西郷は挨拶をした。
「山岡ベアーズ出身の西郷です!ポジションはファーストでした!これからよろしくお願いします!」
これから西郷にとって楽しいと思えるような野球をしていきたい。そうじゃなければ西郷を入れた意味がない。
新たなメンバーとともに、さらに良いチームを作っていこう。




