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七月の出来事B面  作者: 池田 和美
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七月の出来事B面・①

★登場人物紹介

海城 アキラ(かいじょう -)

:本作の主人公。周囲の人間がことごとく非常識のため、ツッコミ役…、のはずだった。最近ではボケの方が多くなったのは、そんな人間たちに囲まれていた悪影響か? 春に交通事故に遭って、人ではない『創造物』とやらに『再構築』された身の上。

御門 明実(みかど あきざね)

:自称『スロバキアと道産子の混血でチャキチャキの江戸っ子』の天才。そして変態でもある。アキラの体を『再構築』した張本人。今回はその『施術』に磨きがかかっている。

新命 ヒカル(しんめい -)

:自分を『構築』してくれた『創造主』の仇を追ってアキラたちと出会った『創造物』。二人の護衛と引き換えに、自分の体のメンテナンスを明実に任せている。段々と乙女化が進行中。

海城 香苗(かいじょう かなえ)

:この物語のメインヒロイン(本人・談)その美貌に明実の心は虜になっている。今回の出番は少ない。

藤原 由美子(ふじわら ゆみこ)

:清隆学園高等部一年女子。アキラのクラスメイト。外伝なのだが、やっぱりというか何というか出番が多くなってきた。

真鹿童 孝之(まかご たかゆき)

:同じく高等部一年男子。由美子とはクラスで「仲良くケンカする仲」である。今回は主人公ほど出番がある。

佐々木 恵美子(ささき えみこ)

:同じく高等部一年女子。その美貌のおかげで『学園のマドンナ』の肩書を持つ美少女。

サトミ

:ヒカル曰く「超危険人物」。本人は清隆学園高等部に所属していると言うが、本当かどうか分からない。

不破 空楽(ふわ うつら)

:同じく高等部一年。今回は端役。

権藤 正美(ごんどう まさよし)

:同じく高等部一年。今回は泣くだけ。

マーガレット 松山(ー まつやま)

:アキラたちの一年一組に副担任として赴任してきた女性。その正体は春に襲撃してきたトレーネの『施術者』であるクロガラス。

鍵寺 明日香(けんじ あすか)

:明実、クロガラスと同じように『施術』が使える「美人のおねえさん」。しかし、その正体は未だよくわかっていない。

天使

:天界から降臨した存在。地上をある目的を持て捜査する。

メイ、ロジャー、ジョン

:天使の僕であるキューピットという存在。



 安い防火タイルが敷き詰められた場所に、一人の男が横たわっていた。

 瞼は静かに閉じられ、その表情は穏やかだ。

 体格は、誰が見ても一目で「良い」と断言できる程の恵まれた物。その筋肉質の体をタンクトップとウォッシュドジーンズという、町でも普通に見かける服が包んでいた。

 白いタンクトップからは、腋毛と胸毛が溢れ出ているようにはみ出しているのは、いまの日本ではあまり好まれない姿だろう。まあ、それも仕方のないことかもしれない。その健康的に日焼けしている風貌は、どう見ても日本人とは思えない彫の深さであった。

 彫が深いと言っても欧州系というより南アジア系の顔立ちであった。だとすると日焼けに見える肌の色は、もしかすると生来のものなのかもしれない。

 オールバックに整えている髪も、染めているわけではないようだ。それは艶を持つ暗褐色であった。

 鼻の下には口髭。これも暗褐色をしている。よく見ると、歯並びが悪いようだ。もしかしたら、これを隠すために髭を生やしているのかもしれない。

 そんな男を、一組の男女が見おろしていた。

 男はワイシャツに紺色のスラックス、赤色のネクタイ。女の方はブラウスに紺色のベスト、同じ色をしたプリーツスカートに、これまた赤色のネクタイという姿。しかし、この場所では不思議な格好ではない。それはこの学園の夏季制服であり、それを身に着けることは服飾規定によって定められていたからだ。

 どこかで雲雀が鳴いている声がする。

「で? だれだよ、これ」

 沈黙に耐えられなくなったのか、女子生徒が乱暴な口調で喋った。平均的な体つきで、ボブカットにしていた髪がのびてしまったような頭をしている。とくに特徴は無いように思える彼女であるが、唯一瞳だけが強い意志を感じさせる輝きを持っていた。

「だからぁ」

 お腹の上で指を組んで昼寝をしているように見える男の横で、しゃがんでいる男子生徒の方がこたえた。

「オレに分かるわけないでしょ」

 こちらの男子生徒も、平均的な体つきをしていた。太陽が中天にかかろうとしているのに、後頭部には昨夜の寝ぐせが残っている。それぐらいが特徴で、他にはこれといった物が無い。目を引かれるような整った風貌でもないし、目を背けるような異貌でもない。とても平均的な姿をしている。隣に立つ少女のような印象的な瞳も持っていなかった。

 あまりにも平凡すぎて印象に残らない、そんな少年であった。

「見てたんでしょ? 藤原さんも」

 男子生徒が眩しそうに彼女を見上げた。

「だいたい、藤原さんがなんでココにいるの?」

 まわりを見回す。視界を遮るものは、黒く塗られた鉄製の手摺ぐらいしか無い。ここは三階建てである清隆学園高等部B棟、その屋上である。

 土曜日の今日は、六月というのに快晴だったので、天文部に所属する彼は、ココに天体望遠鏡を持ち出していた。

 行っていたのは昼天における一等星の観測である。

 彼が覗いていた屈折式望遠鏡は、脇でいまも三脚の上に鎮座していた。

 そんな高等部の日常に、大量の白い羽根と共に、この横たわっている男が降りてきたのだ。けっして落ちてきたのではない。ゆっくりと制御された速度で、彼の前に降りてきたのだ。

 それ一つ取っても、超常現象であることは間違いない。

「あたしは真鹿児、あんたを捕まえようと…」

 彼女…、藤原(ふじわら)由美子(ゆみこ)は図書委員会副委員長であった。同じクラスで図書委員に任命された彼…、真鹿児(まかご)孝之(たかゆき)に、カウンター業務という名の強制労働をやらせようと、いつもサボる彼を探していた。

 土曜日である今日は、由美子は図書委員会の活動拠点である図書室及び司書室にいた。そこから窓の向こう、ちょうど図書室のあるC棟と校庭を挟んで反対側になるB棟の屋上に、望遠鏡を覗きこんでいる孝之を見つけたのだ。捕まえるには好機と慌てて駆け付けたところ事件の目撃者になってしまったという寸法。

 男の周りにだけ敷き詰められたように積もっていた白い羽根が、風によって吹き散らかされていった。

「で? どうしよう?」

 困ったように孝之は由美子を再度見上げた。

「どうするって…」

 由美子は強気な瞳を、少し弱らせる。なにせ、ここは高等部の校舎である。こんな筋肉ムキムキの男が突然現れるような場所ではない。おそらく教員に知らせたら、侵入者として、最悪の場合は警察沙汰になることまで予想が付いた。

 といっても、この横たわる男が変質者の類でないという保証も無いのだが。なにせ普通の高校には現れないような、この異形である。

 さらに付け加えれば、こんなに立派な体格をした男を、高校生とはいえ普通の体格、しかも片方は女子という二人に、どうにかできるとも思えなかった。

「とりあえず、こンなトコじゃなンだから、運ぶ?」

 それでも由美子は提案してみた。

「どうやって?」

 当然の質問が返って来た。

「誰か呼ぶか?」

 周囲を見回す。校庭で活動している野球部の声が遠くに聞こえた。

 由美子はスカートのポケットに手を突っ込んだ。愛用しているスマートフォンが指に当たる。

「まずは起こしてみない?」

 孝之は男を上から覗き込むと声をかけた。

「もしもーし」

「ふむ」

 孝之の呼びかけに、わずかだが反応がある。男の瞼は閉じられたままだが、ちょっとだけ顔をしかめてみせた。

「おーい、起きないと風邪をひきますよー」

 孝之は緊張感の無い声で呼びかけを続けた。しかし男は、眉を寄せたり呻き声を上げたりはするが、一向に目を開こうとしなかった。

「耳元で大音量の音楽ってどうだろう?」

 孝之は質問するように由美子を再び振り仰いだ。

「あたしンのはダメよ」

 スカートの上からスマートフォンを抑えた由美子がこたえた。

「もう電池、切れちゃうもの」

「まだ、お昼だよ? いつもどうしてるの?」

「司書室で充電」

「ふーん」

 孝之のジト目で、つい自分が校則違反すれすれの行為を自白させられたことに気が付く由美子。

「あ、あたしは業務でもスマホ使うンだから、いいンだよ! 逆に通信代、請求できるぐらいなンだから。あんたは、どうなンだよ」

「俺? いちおうモバイルバッテリー持ってるし、それに…」

 ズボンのポケットから薄いスマートフォンを取り出した孝之は、由美子の前で電源スイッチを入れた。

「それに、いつも切ってるんだ」

「それ『携帯』の意味あンの?」

「電話ごときに、俺の時間は…」とか生意気な事を言おうとした瞬間に、孝之のスマートフォンが「エリーゼのために」を流し始めた。

「?」

 由美子が訝しんでいると、孝之はスマートフォンを耳に当てた。

「あ? アイコか。え? 黒点観測の時間? ヤマトも待ってる? 先輩たちも怒ってる? ごめんごめん。いまトラブルに巻き込まれちゃってさ。うん。先輩には差し入れのリクエスト訊いておいて。アイコは? アイコは何が欲しい? 和菓子の詰め合わせ? 了解了解。じゃあ調達してから部室に行くね」

 どうやら孝之が所属している天文部からの連絡であったようだ。耳をダンボにして漏れ出る声を聞いていた由美子は、不機嫌そうに腕を組んだ。

「じゃあ後でね~」

 軽い調子で電話を切った孝之に、口を尖らせた由美子が訊ねた。

「アイコって誰だよ」

 スピーカから漏れていた声は、怒っている調子でドスが利いていたが、間違いなく女子の物であった。

「天文部の同じ一年。お昼の黒点観測に行かなかったから、怒られちゃった」

「その、し…、親しそうじゃない。か、彼女とか?」

「え?」

 孝之は目を丸くして見せてから、小さく笑った。

「まだ俺に彼女なんていないし。それに俺にはできないだろ、地味だから」

「でも、いま…」アイコなんて親し気に呼んでいたじゃないと言おうとして、けっきょく訊くことができない由美子。

「うーん」

 そんな、おかしな由美子の様子を放っておいて、孝之は手にしたスマートフォンを振った。

「耳元で電話してても目が覚めないかぁ」

 それからシゲシゲと横たわる男を見ると、なにか思いついたことがあったらしい。スマートフォンを尻のポケットに戻すと、自分の顎を撫でながらちょっと躊躇するような態度を見せた。

「?」

 なにを戸惑っているのだろうと見おろしていると、決心が着いたようだ。孝之は男に向かって語り掛けた。

「…And Nobody Played Synthesizer」

 途端に男の瞼がクワッと開き、髪と同じ暗褐色の瞳がギョロリと孝之を見た。

 頬を緩ませ、目尻を下げ、口髭の下の唇を少し開く。こんな厳つい男のくせに、なんとも愛嬌のある微笑みであった。

 グイッと親指を立てて見せる。

「よかった、気が付いた…、え?」

 孝之が安心した声を出した瞬間に、B棟の屋上は白い光に包まれた。

「わ、まぶし…」

 無意識に腕を前にまわして防御態勢を取った由美子は、その太陽のような光の中で、それを見た。

 横たわっていた男の体が細かい粒子となり、孝之の体へ纏わりついてゆく。何とも幻想的かつ超常的な現象であった。

「ま、真鹿児!」

 光は十秒も続かなかった。発生した時と同じく、唐突にその眩しさが失われた。

 後に残ったのは、しゃがんだ姿勢の孝之、忘れられたまま立っている望遠鏡、そしてそれを見ていた由美子だけである。

 先程まで横たわっていた男の姿はもう無かった。

「?」

 あの光が目をくらましている間に、どこかへ移動したかと慌てて周囲を見回したが、ここは校舎の屋上である。

 手摺の他は、階下に通じる階段を収めたペントハウス以外に視界を遮るものは何もない。そのペントハウスにしたって、短距離走の選手ならば駆け寄ることはできただろうが、身を隠すまでの時間があったとは思えなかった。

「どこいった?」

 由美子がもう一周、周囲を見回そうとした瞬間に、前かがみになっていた孝之が、バランスを崩して顔から倒れ込んだ。

「真鹿児!」

 慌てて駆け寄って、うつぶせの彼をひっくり返す。彼の瞼は開いていたが、完全に白目になっており、全身がピクピクと痙攣していた。

 開けられたというより閉められないといった口元から「ぜーひゅー」と安定しない呼吸音がする。

 見ている間に泡を噴き出した。

「やばいやばい」

 突然の出来事に由美子はまた周囲を見回した。他に誰もいない。かといって彼女に彼を救護する知識は無かった。

「こンなことなら防災委員会の救急講習、真面目に受けとけばよかった」

 せめて呼吸が楽になるようにアゴを反らさせ、慌てて脱いだベストを首の下へ敷く。

 気道の確保ができたところで、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。こんな状態では、見ていない間に何かを胃から吐いて窒息の危険がある。よって孝之を一人にするわけにはいかない。

「どうしよう…」

 迷った由美子は、スマートフォンの画面を覗き込んだ。

「あれ?」

 何も操作していないのに、一面全部が青い画面となっていた。

「壊れちゃった?」

 しかし見る間に青い光は弱まり、いつもロック画面に指定している、近所でノラ猫を撮影した画像に戻っていく。

 安心した由美子は、画面に触れると、電話をかけようとリストを呼び出した。

 そこでハタと気が付いた。

「助けって言ったって…」

 まず一一九番を思いついた。が、救急車が到着するよりも早く助けを呼べるかもしれないと考え直した。

 校庭からは、相変わらず野球部が練習している声がした。

 土曜日の今日は、授業の予定は無いが、各種講習会や部活などで大半の教職員や生徒が登校しているはずだ。

 いま学園にいる人間で登録しているのは、クラスで仲良くなった女子に、現図書委員会役員。それと生徒会の主要人物に加えて、バカとバカとバカである。

 女子であるクラスメイトを呼び出しても、そう役に立たないであろう。いま欲しいのは孝之をこんなところではなく、ちゃんとした医療設備があるところへ運ぶための男手である。

 もちろん清隆学園高等部も学校であるから、A棟にはちゃんと保健室が備わっていた。

 ココからそこまではB棟西側の階段を一階まで下りる必要がある。

 いちおうクラスメイトを介して教職員を呼ぶという案を思いつくが、それでは時間がかかってしまうかもしれない。他に案が無ければ選ぶが、先に別の方法を検討する方がいいだろう。

 次に思いついた現図書委員会役員の面々であるが、二年生である委員長はまったくやる気を見せず、司書室に顔を出す事も稀、いまどこにいるかさえ分からなかった。他の役員はすべて女子で、これまたクラスメイトと同じ条件である。

 その次に思いついた生徒会主要人物たちという線も、これまたかけにくい。

 現図書委員長がやる気を見せないので、生徒会における過去の書類を管理するという、図書委員会が受け持つ業務の一つが滞りがちになっていた。そのため代理で委員長会議に出席している由美子の立場は非常に肩身の狭い物となっていたからだ。

 ここで新たに「借り」を作ることはできるだけ避けたい。まだクラスメイトから教職員に連絡してもらう方がマシであった。

 最後に思いついたバカどもであるが、これも彼女の眉間に皺を寄せさせた。

 彼女が副委員長を務める図書委員会の主要業務であるところの、図書室の管理運営。バカというのは、その図書室に自らを「常連」と称して毎日のように顔を出す同級生男子たちのことである。

 これがまた由美子がバカと断言するだけの有象無象が揃っていた。一人は外見だけは頭脳明晰といわんばかりのメガネ男子のくせに、その実ボーッとして何考えているか分からない少年だし、一人は読書と同じくらいに居眠りとアルコールを愛しているという高校生にあるまじき未成年。そして最後の一人に至っては、彼女の天敵ではないかと思えるぐらいの存在であった。

 その誰もがバカ騒ぎが好きな連中で、秩序と静寂が求められる図書室において迷惑な存在となっていた。誰が名付けたか、その名も『正義の三戦士(サンバカトリオ)』。ここ最近、由美子が感じる主な頭痛の原因(タネ)である。

「でも…」

 四月、五月と、ちょっとした変な事件事故に遭遇した時、もっとも頼りになった存在であることには間違いなかった。

 意を決して、その中の一人の名前を、震える指先で選択する。

「なんで躊躇するかなぁ」

「きゃっ!」

 指先が画面に触れる直前で、背後から声をかけられて由美子は背筋を伸ばした。

「『きゃ』? (ねえ)さんも可愛い声出すんだ」

 振り返ると、さらさらで茶色がちな髪を少女のような短い髪型にした人物が、孝之の横に膝をつく彼女を見おろすように立っていた。

 アーモンド型の綺麗な瞳や、まるでつついてもらうことを待っているような柔らかそうな頬、どこを見ても学校で一、二を争う美少女に見える存在。しかし、その者が身に着けているのは男子用の制服であり、間違いなくその布地越しに推定される体のラインも少年の物だった。

 肩には彼が肌身離さず持ち歩いているディパック。顔にはいつも浮かべている曖昧な微笑み。いつもの通りの彼がそこにあった。

「さ、サトミぃ!」

「はいサトミですよ」

 名前を呼ばれてサトミが素直に返事をした。

「いま、オレに電話かけようとしてたでしょ?」

「確かにそうだけどさあ!」

 なぜか沸き上がって来た怒りにまかせて、由美子は立ち上がった。

()でタイミングよく現れるンだよ、あんたは!」

 激しい剣幕で指を突きつけると、ついでにツバまで飛んでしまった。

「そんな難しい話じゃないけど」

 と、まるでネコのように目を細めて微笑みを強めると、言葉を続ける。

「司書室からこの屋上まで、いざとなったら脱出できるように『仕掛け』を準備しておこうと思いついてさ。それの下見に」

 そう言って、西側のペントハウスを指差した。東西両端にある内、そちらのペントハウスは大きめになっていた。それというのも真下にエレベーターがあるために、その機械室を備えているからだ。さらに上には給水用のタンクまで乗っていた。

「そしたら姐さんの危機に立ち会った、と」

「危機って…」

 孝之とサトミを見比べる。

「で? どこに埋めようか?」

「は?」

 素っ頓狂な声が出た。

()っちまったものは仕方ない。後片付けしないとね。幸い、この学園の敷地は広いから、埋めて証拠隠滅するところには不自由し無さそうだし」

「誰がヤっちまっただ!」

 サトミの腹へボディブローを叩きこむ。

「かはっ」

 あまりの痛さに身を屈せさせたと思ったら、そのままサトミは孝之の横にしゃがみこんだ。

「まあ、冗談はさておき。ふん、ショック症状だな」

 いつの間にか閉じていた孝之の瞼を指で開いたり、ネクタイを緩めて首筋へ触れて脈を確認したり、なんだかまともに救護活動のようなことを始める。その手には戸惑いが一切見られず、まるで本職のような手際であった。

「ダレ? これ」

「え…」

 背中で訊かれて、なぜか責められているような気がする由美子。

「同じクラスの真鹿児だけど」

「ふーん。姐さんのクラスメイトねえ」

 手を休めずに、そしてつまらなそうな声のサトミ。

「ダメだよ姐さん。こういう時は上じゃなくて横を向かせなきゃ」

 と言いつつ孝之の姿勢を変えて、さらに呼吸が楽にできるようにしてやる。

「妙に手馴れているな」

 慌てて孝之の足の位置を調整するのを手伝いながら由美子が訊いた。

「いちおう消防署で一通り教わったからね~」

 何でもないような事のように答えると、サトミは肩にかけていたディパックから小さなプラスチックケースを取り出し、さらにその中から小さなビンを細い指で摘まみ上げた。

「それは?」

 由美子の質問に、ニヤリと半分振り返ってみせるサトミ。

「アンモニア」

「ンでそんなものを…」

「こういう時のために決まっているでしょ」

 蓋を緩めると軽く孝之の鼻の下を行き来させて、すぐに仕舞う。

「がはっ」

 孝之がそう声を上げて、大きく一呼吸した。それがきっかけとなったのか、不規則だった彼の呼吸が安定する。

「ほら、しっかり」

 サトミが孝之の頬を叩く。腕がゆっくりと動いて反応が現れた。

「とりあえず保健室に運ぶから、姐さんはコレをお願い」

 サトミは、薬品ケースを戻したディパックを差し出した。

「あんたはどうすンのよ」

「もちろん、背負うに決まっているでしょ」

 まるで女の子のような腕の細さのわりに、サトミは軽々と孝之の体を持ち上げた。慌てて由美子は手を貸して、孝之がその背中に収まるようにしてやる。

「その望遠鏡は?」

 両手が塞がったので、顎で差した。

「真鹿児が使ってた奴。たぶん天文部の」

「じゃあ、後で御門にでも連絡しておけばいいか」

 よいしょと細身の体なのに負荷を感じさせない勢いで立ち上がった。

「三階からはエレベーターでいいよね?」

 B棟には身体障碍者のためのエレベーターが備わっていた。屋上のここまでは来ていないが、一年生の教室が並ぶ三階までは来ている。普段は生徒が使うことがないようにと、厳しく戒められているが、いまは状況が状況である。

「う、うん」

 軽々と歩き出すサトミについて、由美子も、慌てて脱いだべストを拾い上げると、A棟一階にある保健室に向かうことにした。



「脈も安定しているし、もう大丈夫だと思うよ」

 ベッドで横たわる孝之の脈を、白衣を着た男性が取っていた。

 もう壮年も終わりかけ、老人と呼んでもいいような風貌をした男性である。脂肪分は体つきから全く感じさせない。

 この髪を年なりにロマンスグレーにした男性が、清隆学園高等部の養護教諭である山井である。

 山井は、誰が聞いても安心するような、落ち着いた調子で由美子に微笑みかけた。

 脇に立つ看護師役の女子保健委員が、ちょっとだけ不満げな顔をしてみせた。

 ここはA棟一階にある保健室。そこに並べられた白いベッドに、孝之は寝かせられていた。

 それまで脈を取っていた左手を布団の下へ納めてやりながら、山井先生はもう一度孝之の顔を観察して言った。

「変な病気とかでも無さそうだし。しばらく様子を見て、それから連絡するなり決めましょう」

 今年度いっぱいで定年退職が決まっている山井先生は、男性とは思えない程の柔らかい笑みを浮かべると、よっこらしょと椅子から立ち上がった。

「それまでは、えーと?」名前を訊ねる雰囲気に。

「一組の藤原です」とこたえる。

「藤原さんがついていてあげて下さいね」

「は、はあ」

 それは養護教諭や、そこにいる保健委員の仕事ではないだろうかと思ったりしたが、乗りかかった船という言葉もある。由美子は、それまで山井先生が座っていた見舞い用の椅子に着いた。

「キミは、本当にトラブルを持ち込むねえ」

 しみじみといった感じで、山井先生が同席しているサトミの方を向いた。

「いやいや」

 慌ててサトミが首を振った。

「今回は、たまたま通りかかっただけですよ。殺人未遂の現場に」

「殺人未遂?」

 キョトンとした山井先生が、説明を求めるかのように由美子を見た。

「そ、そんなことありません!」

「しー」唇に人差し指を立てたサトミが偉そうに言う「保健室で騒いじゃいけません」

「あんたさあ」

 いつも由美子が図書室でサトミに言っている事である。

 怒りのあまりに声が震えそうになっている由美子を、さも楽し気に見おろしたサトミは、わざとらしい演技で語り始めた。

「てっきり姐さんが、そちらの…、マカゴ君だっけ? 彼を殴り飛ばしてしまい、いつもとは違って手加減を失敗した結果なのかと」

「ンなわけあるか」

 孝之に遠慮して押し殺した声でサトミを睨みつける。

「まあ、こんな晴天に望遠鏡で空の観察なんてしてたら、目に強烈な光が入ったり入らなかったり、チカチカと神経に障るものねェ。ちょっとした寝不足で具合も悪くなるでしょ。姐さんが心配する事じゃな…」

 そこで不自然にサトミの声が途切れた。

「?」

「まさか…」

 とても真面目で、それでいて微笑みが浮かんでいるという、なんと表現しようがない不思議な顔を作ったサトミが、由美子に訊いた。

「ゆうべはお楽しみだったようですね」

「はあ?」

(なに言ってンだ? このバカは?)と思考が顔に浮かび上がってから三秒後、ゆっくりと頭に血が上って来た。

「なに言ってンのよ!」

 座った状態から、サトミへ遠慮なしのボディブローが炸裂した。

「いてて。いや、てっきり二人で、そういうことをして寝不足になったのかと」

「コロス!」

「こらこら」

 脇から仲良くケンカする二人へ、半ば吹き出しながら山井先生が口を挟んだ。

「真鹿児くんが寝ているんだから、騒がないように」

「はーい」

 返事だけは真面目なサトミ。

「くっ」

 唇を噛んで、視線だけで殺人が行えそうな顔になる由美子。

「じゃあ、オレは屋上に戻るわ。もし真鹿児くんが起きても、もう望遠鏡を片付ける元気無さそうだしね」

 チョキで軽い敬礼を作ると、サトミは飄々とした態度のまま行こうとした。

「あ、サトミ…」

 その背中を呼び止める由美子。

「?」

「あ、その…」

 自分で呼び止めたのに、なぜそうしたか分かっていない由美子は、戸惑いつつも言葉を選んだ。

「その、ありがとうね」

 結局、そんなことしか言えなかった由美子へ、気にするなという意味だろう軽く手を振ったサトミは、保健室から出て行った。

「じゃあ先生も用事があるから、真鹿児くんをよろしく。もし彼の目が覚めて、大丈夫そうだったらアリタガワさんに言って帰っちゃっていいから」

 すっかり灰色になっている髪を撫でつけると、そう言い残して山井先生は白衣から袖を抜いた。それを、ずっと脇についていた女子保健委員が手伝った。

「え?」

「職員会議があるんだよ」

 困ったように微笑む山井先生に、不安そうな顔を向ける由美子。

「何かあったら、この内線で教頭の番号にかければ、そこで会議しているから。そうしたら、すぐに駆け付けるから」

 と、保健委員からきれいに畳まれて返された白衣を、いつも彼が来訪者を出迎える事務机に乗せる。その横にはたくさんの短縮ボタンがついた内線電話が鎮座していた。

「これね」

 分かりやすいように、一つのボタンを指差してくれた。たくさんのボタンの横にはアドレスがちゃんと書いてあり、示されたボタンの横には「職員室教頭」とある。

 職員室はここと同じA棟であるから、孝之の容態が急変しても、なかなか戻ってこないということは無いだろう。いざとなれば外線にだって繋がっているのだから、由美子の判断で救急車を呼ぶことも出来るはずだ。

「じゃ、よろしくね」

 山井先生が看護師役を務めてくれた保健委員に声をかけて出て行った。彼女は微笑んで一礼するだけでこたえた。

「えと、その」

 由美子は最敬礼で山井先生を送り出した保健委員に声をかけた。

「?」

 彼女は不思議そうに振り返った。夏季は制服のベストの胸に下げることになっているクラス章や、上履きの学年カラーから判断するに、一個上の二年生のはずである。

 由美子は保健委員会の規約には詳しくなかったが、相対した彼女は胸にネームプレートをつけていた。そこに几帳面な字で「有田川」とあるから、彼女が先生の言っていた人物で間違いないだろう。

「あたしも、図書委員会の仕事があって、本当は図書室に戻りたいんですけど…」

 困ったように眉を寄せ小首を傾げて聞いていた有田川は、スカートのポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 平均より豊かな胸元からボールペンを取り出すと、そこへ何やら書きつける。

「?」

 書いた帳面を由美子に示すように向けてきた。

<私だと、いざという時に電話連絡できないので、つきそいお願いします>

 その文面を目にして、はじめて由美子は彼女の不自由に気が付いた。

 長い髪に白い肌。きっと歌を歌わせたら玄人はだしな高音歌手ではないだろうか、といった印象の面差しとは全く反対で、彼女は声が出ないようだ。これでは緊急時に電話をかけることはできそうもない。

 ただ先程までの山井先生や、由美子本人の問いかけに対する反応は悪くなかったようなので、聴覚の方に異常はなさそうだ。

「わかりました」

 不承不承という態度で由美子は頭を下げた。それを見て、彼女はメモ帳のページを捲った。そこには定型文が書き並べてあった。

 その一つを細い指で指し示す。

<よろしくお願いします>

「はあ」

 由美子がなんとも歯切れの悪い返事になったのは、その一文の下に<オープンマイハート! 陽の光を浴びる一輪の花!>とあったためだ。もちろん見なかったふりした。

 有田川は微笑むと、薄緑色をしたクロスパーテーションの向こう側へと姿を消した。

 保健室は保健委員会の事務室も兼ねているため、いつも数人の保健委員がたむろしているのだ。

「あ、ミチル遅い」

「まってたよ」

 他にも数人の保健委員がいるのか、女声が聞こえてきた。それを聞いて(なんだ、他にも保健委員がいるンじゃない)と由美子の顔が曇る。どうやら体よく仕事を押し付けられたようだ。

 そのまま何枚かのクロスパーテーションを並べた向こうから、楽し気に雑談する女子委員の声が聞こえてきた。

 こちらのベッド区画もカーテンでグルリと囲われているので、その内容が耳に入ってくるほどの騒音ではない。

 校庭の方からは活動している野球部の掛け声。遠くから聞こえてくる、どこかの部活が声を揃えて走っている音。すべてが薄い色のカーテンで弱められて、由美子は少し寂しいような疎外感に包まれた。

 目の前にはベッドで寝ている孝之。

(そうだ。ハナちゃんに連絡しとかなきゃ)

 やることが無くてただ座っていられることができないなんて、由美子も立派に日本人特有の病(ワークホリック)に罹っていると言えよう。

 ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。

(電池の残量、ないんだよなあ)

 真っ白な毛玉に目が付いた「ケセランパセランの妖精」という不思議なキャラクターがモチーフとなっているストラップを掴むと、スカートのポケットから一気に引き抜く。そんな使い方をしているから、すっかり白い毛玉だった本体は、手垢で汚れて黒くなり始めていた。これが真っ黒になったら、誰かの隣に住むというミミズクみたいな妖怪とお友達になれるのだろうか。

 脇にある電源ボタンを入れる。先ほどは画面が一面青くなるという動作不良を起こしたが、今回はそんなことにならず、普通に立ち上がった。

(病院じゃないし、いいよね)

 医療機器の誤作動を引き起こす恐れがあるため、病院などではスマートフォンや携帯電話を使用する事は禁止されていることは、由美子も知っている。とはいえ高校の保健室に誤作動を起こす医療機器が置いてあるとも思えなかった。

 ただ常識的な判断として、原因不明の気絶で倒れたクラスメイトの横で電話をするのもどうかと思う。しかし山井先生からは様子を見ていて欲しいと言われていることだし、電話をするために席を外すのもどうかとも思えた。

 由美子は、カーテン越しに保健室の出入り口と、手にしたスマートフォンを数回見比べた。

 その時、由美子の背後にあたる方向から、保健委員たちが上げたひときわ高い笑い声が聞こえてきた。

(ちょっとぐらいなら、いいよね)

 騒がしくしてはいけないはずの保健室での雑談に、いつも図書室の静寂を守ろうと努力している由美子は思うところがあった。しかし今は、その自分の心にある障害を破る手伝いとなってくれた。

 由美子は画面に、図書委員会で同じく副委員長を務めている同級生、(おか)花子(はなこ)の電話番号を呼び出した。

(鳴らして出なかったら、連絡がつかなかったのが悪いという事で…)

 色々と自分への言い訳を考えながらコール音を聞く。相手は三コールで出た。

「はい、花子です」

 最近の電話では、かけてきた相手が分かるようになっているのに、まるで自己紹介するように花子が出た。

「あ、あたしなンだけど。いま、電話してても大丈夫?」

「うん、ちょっとまって」

 スピーカからは風景が流れるような気配。おそらく図書委員会の拠点である司書室にいた花子が、エチケットから廊下へ移動したのだろう。

「はい、どうぞ」

 まるで昔の交換手のような感じで花子の声が聞こえてきた。

「ハナちゃんさあ。ちょっと悪いンだけど…」

 手短に自分が置かれた現状を伝え、そのせいで滞りそうな図書委員会の業務と、それとカウンター当番の代役を依頼。あと生徒会から依頼されている過去の書類の話しをしておく。

「…仕事はそんなトコなンだけど、任せちゃっていいかナ?」

「…」

 しばらくスピーカに反応がなかった。

「?」

「藤原さん」

 とても真面目な花子の声に、怒鳴られているわけでもないのに恐怖を感じてしまう。もともと華道部にも所属している花子のイメージは、和風の物静かな美人というもので、滅多に声を荒げたりしないのだ。

「そんなに一人で抱え込んでいたのね」

 電話越しの深い溜息。

「私も副委員長なんですから、もっと仕事を振ってくれてもいいんですよ」

「はい」

 静かな口調で怒っているらしい同級生に、消え入りそうな声で返事をする。と、とたんに明るい声に代わった。

「バツとして、お茶菓子のお煎餅を買ってきてくださいね」

「えー」

 つい出た声に、花子はコロコロ笑ってくれた。

「突然委員会を抜けたんですもの。それぐらいお願いしてもいいと思うけど?」

「わかりました」

 司書室でお茶を飲むときなど、どうせ集まっても同級生だけ。それか二、三人上級生が混じる程度の集まりだ。スーパーに行って値段だけで決めた物で、苦情が出ることも無い。

「じゃあ、よろしくね」

「こちらこそ」

 念を押されて電話を切られる。耳から離したその通話終了の画面を見てから、由美子はスマートフォンをポケットに戻した。

 予想通り保健室で通話していても、特に注意されることも無かった。

 することを終えてしまうと、手持無沙汰になってしまう。これが、あらかじめ用意してきた看病なり見舞いならば、小冊子の一つも持って来るのだが、なにせ突然の事だ。ポケットに入っているのは、いま使用したスマートフォン以外はハンカチぐらいしか入っていない。

 そして、そのスマートフォンだって電池切れ寸前だから、適当なアプリで遊ぶわけにもいかない。

「はあ」

 膝の上に両拳を置いて、深いため息が出た。

 と、それが合図であったかのように、寝ていた者がムクリとベッドから上半身を起こした。

「あ、真鹿児…」

 話しかけてギョっとする。そこにいたのはクラスメイトの男の子ではなく、先程屋上で寝ていた口髭の男だったからだ。

 いつの間に入れ替わったのだろうと考える暇も無く、男の口が動いた。

「いや。驚かせてすまなかったね」

 男は、由美子を振り返るのではなく、視線を天井にやったまま一人語りのように話し始めた。

「別に、あなたへ害意があったわけではないのですが。自己紹介しましょう。私は天使。天使ラモニエル。いと高き至高の御方に使える僕です」

「天使?」

 自分がイメージする天使とはだいぶ違うビジュアルに、由美子の顔が歪んだ。口髭の男を観察しても、巷で言われるような頭の上に光る輪っかは無いし、背中から白い翼も生えていなかった。

「そんな天使、名前を聞いた事がないなあ」

 のんびりとした声にハッとなって瞬くと、ベッドで上半身を起こしているのは、いつの間にか孝之に代わっていた。その一瞬の出来事に、由美子は瞼を手で擦った。

「ラモニエル…、さん? 本当に天使なの?」

「そう問われると、非常に難しいですね」

 瞼を擦った指が視界を塞いだ一瞬だけで、また孝之と天使が入れ替わっていた。

「ただ信じて欲しいとしか言うことができません」

「試しに奇跡の一つでも見せてくれれば、すぐに納得すると思うよ」

 また孝之に戻っていた。どうやら喋る時にお互いの存在が入れ替わる、そんな不思議な状態であるようだ。

「それはできません」

 とても辛そうに天使は自分の胸に手を当てる。

「汝、主の力を試す事無かれ」

「えー」

 孝之が、無気力ながら非難たっぷりという、変な声を漏らした。

「じゃあ、まずラモニエルさんは、どこから来たの? それぐらいは答えられるでしょ?」

「私は第二天である水星からやってきました。普段の業務は、至高天へ向かう魂の選別です」

「魂の選別?」

 キョトンとした孝之が、脇に座る由美子と顔を見合わせる。すると由美子と目を合わせた天使がニコリと笑った。とても少年っぽい純真な笑みだった。

「この世を終えた人たちは、次の世界に向かうことになります。罪深き人は地獄。そうでない者は煉獄へ。そして清き人は天国です。私はその天国への門に至る道で仕事をしている、と言った方が分かりやすいですか?」

「とすると…」

 眉を顰めた孝之が、声のトーンを落として訊いた。

「宗教で正解は、キリスト教ということになるのかな?」

「それは違います」

 慌てたように頭を振った天使が、孝之とは逆にトーンを上げた。

「この姿や言葉は、あなたたちが観測しているから、こういう姿や言葉なんです」

「どういうこと?」

 由美子の声に半分だけ振り返って言葉を続ける。

「私たちは、観測される対象によって姿形が変わるのです。ですから他の国、別の人のところへ現れていたら、地獄の門番である悪魔に見えるかもしれません」

「それじゃあ、あなたがあなただということが証明できないじゃない」

 つい問い詰めるような声が出たが、そんな由美子の言葉にも爽やかな微笑みを返して天使は言った。

「はい。ここで嘘をついて、あなたたちを丸め込むのは簡単ですが、『秩序』側の存在として、それは望みません。あるがままを受け入れてほしいのです」

「イスラム教の人の所に行ったら?」

「それなりに」

「仏教の人の所へ行ったら?」

「それなりに」

「なんじゃそりゃ」

 由美子が頭を抱えると、孝之が冷静な声で訊いた。

「わざわざ嘘をついていないと教えてくれるなんて親切だね。でも、それ自体が嘘である可能性もあるっていうことか…」

「その点は、私はあなたたちに信じて下さいとしか言うことが出来ません」

 残念そうに肩を竦めて頭を横に振る天使。

「もし信じなかったら? ラモニエルさんはどうするの?」

「私は天使と言っても下の下。まだ修行中の身。こうして地上で活動するには誰か人間の体を宿主にしないと、顕現し続けることができません。よって、信じてくれるまで説得します」

 グッと右手で握り拳をつくる天使。

「呆れた。それじゃあいつまでも解決しないかもしれないじゃない」

 由美子が指摘すると、最初は真面目な顔で、そしてまた少年のような笑顔になって天使は言った。

「この地上に、見過ごせない『悪』が確認されました。その『悪』を滅ぼすために、私は降臨したのです。あなたの体を借りることになったのは、おそらく主の導きでしょうから、あなたのそばに、その『悪』が忍び寄っているのかもしれません。それでもいいのですか?」

「それは困るなあ~」

 孝之が呑気に後ろ頭を掻きながら声を上げる。

「あんたは黙ってなさいよ」

「え~」

 孝之が現れている時は天使と話せないと思った由美子は、クラスメイトに厳しい目を向ける。

「俺の体のことなのに…」

 しょぼんと人差し指同士を突き合わせてイジけてみせる。

「で? 『悪』って()によ?」

「その前に」手元から顔を上げながら天使は由美子に顔を向けた。「あなたは誰なんですか?」

「あたし?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまった。そういえば天使に対して自己紹介していなかった。

「あたしは、ここの一年生。藤原由美子よ」

「俺は真鹿児孝之。同じく天文部一年」

「図書委員でもあるわよねえ」

 ついカウンター当番を思い出して、由美子は彼に牙を剥いた。

「おお、怖い怖い」

 その顔と正対する事になった天使が、おどけて怖がってみせる。

「タカユキくんに、ユミコさんね。これから、しばらくよろしくお願いしますね」

 天使の微笑みという言葉があるが、それを間近に見て由美子は思った。

(髭さえなければいいのに)



 自転車で五分強。歩くと一〇分をちょっとすぎるぐらい。そんな距離にある住宅地に、木造モルタル二階建ての一軒家が建っていた。

 道に面した空間は、コンクリートが張られた自家用車一台分の駐車スペース。そこには車は停められておらず、かわりに自転車が数台置かれていた。その脇には、緑色の芝生が目へ優しい刺激を与える中、石が二枚敷いてあった。それを辿って視線を移すと、そのまま来訪者を出迎える玄関となっていた。

「ここ」

 いつもはバス通学の由美子にあわせて、愛車であるシティサイクル…、いわゆるママチャリを引きずって来た孝之が、その一般的な住宅を指差した。

 敷地と道の境に、郵便ポストの幅だけしかない壁に嵌っている表札には「真鹿児 若彦」という名前が彫り込んであった。

「へえぇ」

 由美子の口から曖昧な声が出た。

 保健室のベッドでの会話は、あの後すぐに遮られることになった。原因不明で倒れた孝之を心配した山井先生が、職員会議を早めに切り上げて戻って来たからだ。

 戻ってきて孝之の意識が戻っていることに喜んだ山井先生に、二人ともさすがに「孝之の体に天使が憑依しました」と、とんでもない事実を告げることは出来なかった。

 天使も空気を読んだのか表に出てくることはなかった。

 いちおう体温もまだ高めだし、顔色も普段の彼からして「青い」と通り越して「白い」と言えるほどだったので、誰かが孝之を家まで送って行くことになった。

「まだ残務が残っているし、藤原さん頼めるかな」

 その山井先生のお願いを、由美子は断りきることができなかった。このまま孝之を見捨てるのも気分が悪いし、天使が追っている『悪』とやらにも興味がある。もちろん普段は真面目な由美子だって好奇心ぐらいはあった。

 ただ渋々ながらも由美子が承諾した時の山井先生の表情は、なんとも言えない微妙なものだった。あれが同級生ならば、絶対殴り飛ばしていただろう。

 司書室に置いたままの自分の荷物を取って来るまで孝之には保健室で待ってもらい、二人は一緒に下校する事になった。

 ちなみに孝之は、呆れたことに手ぶらで登校してきたそうだ。清隆学園高等部では、たしかに土曜日は必修科目の授業が行われないとはいえ、あまりにも不真面目な態度ではないだろうか。由美子は午前中にあった英文法講座を受けるために、しっかりと一式持ってきたというのに。

 まあ土曜日に行われる各講座は、大学受験を真面目に考えている生徒のための授業であって、必修科目ではないのだが。

 帰る段階で、一つの問題が発生した。

 体調が優れないのだから、電車なりバスなりの公共交通機関を利用すればいいのに、孝之は自転車を回収して帰るの一点張り。クラスメイトが意外と頑固だったことを知った由美子が折れて、二人して歩いて真鹿児家に向かうことになったのだ。

「普通の家ね」

 白い外壁と、玄関前の芝生の色が、目に程よい刺激を与えてくれる。

「まあ、お茶でも出すから、寄っていってよ」

 他の自転車と同じようにコンクリート敷きのスペースに愛車のスタンドを立てながら、孝之は何でもない事のように言った。

「え」

「おかあさんいるはずだから、お茶菓子の一つも出てくると思うよ」

 ちょっと怯んだ様子を見せる由美子に、孝之は顔色が悪いながらも笑顔を見せた。

「天使さんの説明も途中だったし、送ってくれた礼も言いたいし」

 肩に通学用のバッグをかけて固まっている由美子を誘うように、玄関のノブへ手をかける。

「ただいまぁ」

「おじゃまします」

 普段の元気いっぱいな態度からは想像できない程のしおらしい声で挨拶しながら、由美子は玄関の扉をくぐった。

「おにいちゃあん。東の町にいったのに、しずえさんのキャラ解放ができな…」

 玄関の気配で家族の帰宅を悟ったのか、両手でゲーム機を持った赤いスカートの女の子が廊下に飛び出してきた。

 その玄関に孝之一人だけでないことに気が付くと、ゲーム機を落としてしまうのではないかと思えるぐらい、目を丸くして驚いて見せた。

 小学校低学年ぐらいに見えるその子は、慌てたように背中へゲーム機を隠した。

「い、いらっしゃい」

「お邪魔します」

 由美子が丁寧に頭を下げると、女の子は後ろも見ずに来た道を駆け戻った。

 遠くから母親に報告しているらしい声が聞こえてくる。

「おかあさああん。おにいちゃんが“かのじょ”つれてきたああ」

「え?」

 ひょいとダイニングキッチンらしいドアから、中年女性の首が差し出された。

 ビスケットらしいお菓子を咥えたままだったその人は、由美子と目が合ったのでヒョコンと頭を下げた。

「お、お邪魔します」

 礼儀正しく体の前に腕を揃えて由美子も挨拶を返した。

「クラスメイトの藤原さん。俺のおかあさん。ねえ、お茶出してくれる?」

 孝之が簡単にお互いを紹介すると、玄関のすぐにある階段に取りついた。

「部屋は二階なんだ」

「あ、うん」

 慌てた様子で首を引っ込める孝之の母親に、突然押しかけて悪い事したなあと思いながら、由美子は彼の後に続いた。

 二階に上がってすぐの扉が孝之の部屋だった。

 家の外壁と同じイメージの白い部屋である。壁紙から天井まで真っ白だ。そこに学習机が一つだけポツンと置いてあった。

 木目調の折り畳み扉が右の壁に取り付けられており、そこが開けっ放しになっている。中は一般的なクローゼットであるようで、いまはだらしなく積み上げた布団と、部屋着らしいジャージがはみ出していた。

「はい、どうぞ」

 部屋に常備されているらしいクッションの一つを孝之が差し出した。

「適当に座って」

 学習机と壁の間から卓袱台を引きずり出しながら孝之は言った。その言葉に甘えて、荷物をおろしながら受け取ったクッションに座る。

 パタパタと慣れた調子で広げた卓袱台に、肘をつく孝之。なるべく彼に視線を固定しようと由美子は意識した。そうでないと好奇心から部屋の中を見回してしまいそうになるからだ。

 卓袱台の完成をどこかから覗いていたようなタイミングで、半開きにしていたドアが無遠慮に叩かれた。

「おにいちゃん、おちゃあ」

 どこか苦しいところがあるような声が廊下からした。孝之が慌てて立ち上がってドアを開けてやると、先ほど出迎えてくれた女の子がお盆を手に立っていた。

「お、ありがと」

 受け取ろうとする孝之の手を華麗にスルーすると、組みあがっていた卓袱台までお盆を運んでくれる。

 お盆の上には茶器が一式と、それと茶請けであろうビスケットを山盛りにした菓子椀が乗っていた。

 手慣れた手つきでそれらを並べると、由美子を見てはにかんで笑った。

「?」

「お茶、いまいれますね」

「いいから出てろ」

 甲斐甲斐しく給仕をしようとした女の子の首根っこを、まるでネコの子のように摘まむと、そのまま廊下へと運んだ。

「あ、ちょ、おにいちゃあん!」

 非難するような声には一切耳を貸さずに、そのまま廊下へ放り出した。

「ど、どうぞごゆっくり~」

 孝之が勢いよく閉めたドア越しに、声だけが聞こえた。声はそれだけでなく、なにやら叫びながら、階段を猛烈な勢いで駆け下っていく。

「すっごい美人さんだよ! おにいちゃんにもったいない!」

 孝之は溜息をついた後に、由美子の前に戻って来た。

「ごめんね。騒がしい家族で」

「別に好奇心なら誰でもあるもの」

 さすがに苦笑が浮かんできたのを止めることはできなかった。

「妹さん? 元気ね」

「ああ。結実(ゆみ)っていうんだ。まだ小学校」

「でしょうね」

「藤原さんは妹いないの?」

 茶器を取り上げながら孝之が興味無さそうに訊いた。

「ウチは弟。いま中学生」

「へえ、だからかあ…」

 納得いったようなその態度の意味が分からずにキョトンとしていると、孝之は言葉を繋いだ。

「図書室で見てると、みんなの面倒見がいいもんね」

 お互いの兄弟事情なぞ話しているうちに、真鹿児家秘蔵(とっておき)らしい可愛いカップに、紅茶が準備できた。どうやら孝之の妹は居座る気だったようで、カップは三つあった。

 孝之はその三つ全てに褐色の液体を満たした。

「?」

 不思議そうに廊下の方を見た由美子が、孝之に訊いた。

「妹さん、戻って来ンの?」

「ん? ああ、コレは天使さんの分」

 孝之の説明に、由美子はちょっと小首を傾げた。なにやら言おうとするが、結局なにも言わなかった。代わりに、ちょっと厳しい目つきで、まだ顔色が優れない相手を睨んだ。

「で? あんたは天使の言うことを信じンのかよ」

 由美子の質問に、孝之は迷うそぶりを見せずにこたえた。

「信じるよ。正直に話してくれたし。それに『秩序』を守る側だということが分かったもの」

「ちつじょ?」

「うん。俺に取りついたり、空から降ってきたり、超常的な存在であることは間違いないでしょ? それなのに俺たちに説明して協力をしてもらおうとしているでしょ。人間の大人だって強権的に命令する人がいるっていうのに、ちゃんとしているから大丈夫かなあって」

「呆れた」

 孝之をバカにするような目で見て由美子。

「最初は誠実でも、いつの間にか大量殺人の片棒を担がされてるかもよ」

「え~、それは嫌だなあ」

 のんびりと孝之は後頭部を掻きながら天井を見上げた。

「俺、いちおう今の日本を気に入っているんだよね。それを神の意思とかで滅ぼされるのは遠慮したいなあ」

 宗教的にとても中立という一般的日本人である由美子だって、聖書に載っている『ソドムとゴモラ』の話しぐらいは知っている。それに世界の全てが水没したという『ノアの箱舟』だって聖書に載っている話だ。さらに付け加えれば、新約聖書は世界の終末を描いた『ヨハネの黙示録』で終わっている。

「ンなことは、あたしだって嫌だけど」

 いきなり世界の終わりという、高校生が関わるには壮大な話しになった気がして、由美子は想像してみた。

 火の玉が降り注ぐ東京。都内各所で手の付けられない程の火災が発生し、さらに巨大地震の揺れで足元のアスファルトにヒビが入る。そして海からは巨大な…、怪獣が上陸したところで、自らの思考を遮った。

「そんな事をするつもりは、ありません」

 二人の会話を、孝之の中から聞いていたらしい天使が、自分の分とされたカップを手にしながら言った。

「いまのところはね」

「いまのところぉ~」

 猜疑心たっぷりの目で睨みつけると、天使は由美子とは反対側の天井へ視線を逃がした。

「許してください」

 言い訳がましく天使が言う。

「私みたいな下っ端に、終末がいつ始まるか、なんて知らされるわけないじゃないですか」

「まあ、いずれ来るっていうのが教義だから、否定はできないか」

 天使が口をつけたカップを置きながら孝之が納得した声を出した。

「それもそうだけど。それが来るってわかるのも嫌な話しね」

 由美子が顔をしかめて素直な感想といった感じで返した。

「嫌なら信じなければいい」

 ちょっとだけ、からかうような成分を混ぜた声で孝之は言った。

「仏教とか、ヒンズー教なら、世界はずっと続くんだろ?」

「そんなモノかしらね」

 日本人らしい、いいかげんな宗教観である。ちなみに、そのどちらの宗教でも世界滅亡の話しはある。

「まあ、いちおう私がココへ来ているわけですし。今は、いちおうキリスト教みたいな世界が『正解』という前提で話を進めてよろしいですか?」

「世界を滅ぼさなければ」

 由美子の言葉に、天使は肩をすくめてみせた。

「私にそこまでの力はありません。せいぜい、こうして人間の力を借りて、地上を捜査する程度です」

「ホントかな」

 やはり天使を疑いの目で見てしまう。

「あと、ちょっとだけ主の力をお借りできるだけですよ」

「そのちょっとが、どれくらいか分からないから怖いンだけど」

「ちょっとだけですよ。フワリと飛んだり、邪な物が私の体に触れることができない。その程度です」

「よこしま?」

 キョトンとした由美子は、自分の掌を見つめた。それと卓袱台を挟んで座る天使を見比べてみた。そしてワイヤーロープのような筋肉が中から皮膚を押し上げているような印象の、天使の腕に触れようと、手を伸ばした。

 しっとりとした肌触りの頑丈な腕である。

「? どうしたのですか?」

「え? だって邪なモノは触れないんでしょ?」

「あなたは善人ではないですか。しかも清らかな体ですし」

「きよらか?」

 小首を傾げた由美子に、何でもない事のように天使は微笑みかけた。

「『色欲』にまみれたことも無い、節度ある方であるぐらいは、私でも分かりますよ」

「しきよく?」

 何をこのオジサンは言っているのだろうとキョトンとしていた由美子が、その何かに気が付いたらしく、瞬時に顔を赤く染めていった。

「変な事を言ってると! ぶん殴るわよ!」

 反射的に手が出た。彼女の右拳は見事に孝之の額に命中する。

「いてえ」

 両手で頭を押さえた孝之が、涙声で訴えた。

「こういう時だけ俺に代わるのズリィ…」

「あっ、ごめんなさい」

 慌てて介抱しようと手を伸ばすが、何でもない事のように天使は頭を振った。

「ちょっとデリカシーが足りませんでした。ごめんなさい」

 ちゃんと頭を下げて謝ってくれるが、いまは孝之の方が心配だ。

「ちょっと、真鹿児は大丈夫なの?」

「いま、私の中で回復中です」

 自分の胸の辺りを示しながら天使は言った。

「これでも、いちおう天界の存在ですから。憑依して、お世話になるだけでなく、ちゃんと見返りもあるんですよ」

 ニコッとしてみせる。

「まだ同調の方がうまくいっていませんが。それが為されれば普通の方が怪我をするような場面でも、それなりに無事でいられるくらいの加護が与えられます」

「じゃあ、あなたがいる間は、真鹿児は不死身ってこと?」

「そうではありません」

 とんでもないとばかりに首を振る天使。

「ただ『死ににくい存在』になるというだけです。主と精霊、それと天使たちの祝福を受ける善き人ですよ。世界の全てが味方と言って過言ではありませんとも」

「そうやって説明されればされるほど、なんか誤魔化されている気がしてきた」

 由美子はお行儀悪く卓袱台に肘をつくと、自分の分とされたカップを取り上げた。

「あ、お砂糖は?」

 孝之が白いシュガーポットの蓋を取った。中にはバラの形の角砂糖が納められていた。

「いンない」

 それを素気無く断って、これも真鹿児家秘蔵(とっておき)らしい高級茶葉から出した褐色の液体を口に含む。残念だが、ちょっと蒸らしすぎていた。

「私に協力したら、死んだ後に天国へ行けますよ」

 とても明るく天使が言った。

「身体を貸してくれるタカユキくんはもちろん。協力者であるユミコさんも、天使の地上での仕事を手伝うのですから、間違いなく善男善女と判断されるということです」

「信者でなくても?」

 由美子が探るような目で見てくるのを、その笑顔で交わしながら、天使は自分のズボンについている尻ポケットから、孝之のスマートフォンを取り出した。

「何でしたら今からバチカンへ電話して、免罪符を一ダースほどデリバリーさせましょうか?」

「は?」

 冗談かと思ったら、本当にスマートフォンを起動させ始める。

「いやあ、三〇分以内に届かなかったらタダになるんですよ」

「まって、まって」

 慌てて両手を振る由美子。日本からバチカンまでの電話代を考えただけで気が遠くなりそうだ。しかも免罪符だってタダではない。その請求先も、呼びつけたことになる自分たちになる可能性が高いだろう。

「それって…」

 自分のスマートフォンを卓袱台に置きながら、孝之は不思議そうに訊いた。

「もしかして、これから人殺しなんかしても、神のための戦いだから地獄行きにはならない、っていう前振り?」

 孝之の質問に、由美子の顔色がどんどんと悪くなっていく。たしかに、この地球上で神のための戦い…、聖戦という名のもとに、どれだけの血が流されたのだろうか。いくら平和な日本で暮らす高校生だって、散々学校の授業で教えられた。それに海外で起きる各種テロ事件は、今日もニュースとなって巷に流れている。もしかしたら、その片棒を担がされることになるかもしれないのだ。

「たしかに私たちは、ただの暴力装置のはずです。私はただの人斬り包丁です。主に使えるただの力です」

 薄い笑顔のまま、さらっと怖い事を言う。

「安心してください」

 一瞬だけ瞳の奥に見えた狂気の光を消して、天使は笑顔を作り直した。

「いまは、その力を異教徒たちに向けている余裕はありません」

「じゃあ、何に向けようとしているの?」

「絶対なる『悪』です」

 天使はカップを取り上げると、口を漱ぐかのように一口含んだ。

「あく?」

 やっと保健室で話していたところまで話しの内容が戻った気がした。

「ええ。おそらく、敬虔な信者ではないあなたがたにも『悪』と認識される存在です」

「お、なんか日曜日の朝って感じがして来たぞ」

 天使のカップから自分のカップへ持ち替えながら、孝之が楽し気に言った。

「そんな、気楽に…」

 眉を顰める由美子へ、ウインクしようとして両目をつむってしまいながら孝之は微笑んだ。

「虹の国を狙う輩がいるのか、それとも世界の破壊者でもいるのか。単純に世界征服を狙う巨大組織が表に出てくるのか」

「そうだったらいいのですけどねえ」

 天使は、呆れるのではなし、ちょっと溜息をついただけで手にしたカップを皿に戻した。

「もっと根本的な『悪』なんですよ」

「根本的?」

 なにを言い出すのだろうと由美子は座ったまま身構えた。

「その『悪』というのはですね…」

 天使はもったいぶって一呼吸置いた。

「死を逃れる者たち、なんですよ」

「は?」

 言われた単語の意味が分からずに、由美子は目を丸くした。

「死を逃れるって、それって生きているなら誰でも…」

「それこそ人間だけじゃなくて犬でも猫でも、それどころかミミズとかオケラとか、アメンボだってそうだよね?」

 言葉の途中で詰まった由美子に代わって、孝之が天使に訊いた。

「まあ、大雑把に言えばそうなんですが」

 落ち着いて下さいとばかりに両手を胸の高さに上げる天使。それで自分が乗り出していたことに気が付いた由美子は、素直にクッションの上に戻った。

「普通に地上で暮らしている方はいいのです。あ、そうでもないか。主への信仰を篤く抱いている方が多ければ多いほど、尚いいですが。まあ地上は人間たちに任せます。私が言っているのは、そういった真面目に生きようとしている方々の事ではありません」

「?」

 何を言っているのだろうと由美子は理解できずに小首を傾げた。

「生きとし生ける者が生まれ、そしてやがて年老いて死んでいく。この主がお決めになった不文律を破ろうとしている者たちがいます」

「まさか医療関係者を皆殺しに?」

 神妙に言った天使に、孝之が聞き返した。

「まあ、私から見ると方向性は間違っているようなところもありますが、その方々ではありません。別の方法で不老不死になろうとしている者たちがいるのです」

「不老不死…」

 人類の抱いている夢の一つだ。神話の時代からそれを得ようとして数多(あまた)の英雄たちが世界を旅した。あるものはそれを成したとされ、ある者には悲劇的な結末が訪れた。

「とある魔術的な方法で、病気も怪我も、そして老衰すら逃れている者たちがいます」

「そんな、まさかぁ」

 突拍子もない話に、由美子は笑おうとして泣き顔みたいな表情になった。

「そんな事ができるなんて、見たことも聞いたことも無い」

「それはそうでしょう」

 天使は真面目に頷き返した。

「普段はとても紳士的に礼儀正しく生活して、そんな主の摂理に逆らっているなんて、おくびにも出しているわけがありませんから。でも裏ではキャビアに煙草、贅沢な食事に高級煙草といったわけです」

「なぜキャビア?」

 由美子がキョトンとすると、物の喩えですと天使は微笑んだ。

「しかし彼女たちは殺し屋ですよ」

「彼女?」

「ええ。そのほとんどが女性の姿を取っているはずです。男性というのは生物学的に奇形ですから。分かりやすい例を上げれば、アリやハチ。あの小さな社会を形成する虫たちのほとんどがメスなのを知っていますか?」

 由美子は天井を見上げた。たしかに代表的な種類の働きアリや働きバチはメスであると習った気がする。

「生物としての基本はメスだからです。他にもメスだけ三匹以上集まれば生殖できる虫などもいますが、まあ昆虫学の講義はこれぐらいにしておきますか」

 ひょいと肩を竦めると、天使は唇をお茶で湿らせた。

「彼女たちは殺し屋です。同族たる人間の肉体を使用して、自分たちだけがその技術…、『施術』によって『構築』した身体は、老いることも死することもありません」

「え、じゃあ…」

 頭の中に不吉な言葉が浮かび上がって来る。

「直接口から食べたりしているわけではありません」

 続く天使の言葉に、由美子は少し胸を撫でおろす。

「しかし魔術的にそれを為すために、彼女たちは裏で人間たちを狩っているはずです」

「ヒトを狩る?」

 天使が持ち上げていたカップを孝之は戻し、自分のカップを持ち上げた。緊張のあまり彼も喉に渇きを覚えたのだろう。

「自分が生き残るためですから、どんな手だって使う事でしょう。私たちはそんな『悪』と戦わなければなりません。彼女たちは銃だって剣だって持ち出すでしょう。爆薬すら使うこともあるでしょう」

「そんな…」

 クラスメイトに鉄砲が好きなのか、モデルガンらしい物を持ち歩いている者がいた。由美子にとってそれはその者なりのファッションだと捉えていたが、天使の話しだと実際に使用するために持ち歩いている者がいるというのだ。

「ちょっとまって」慌てて孝之がブレーキをかける。「いまの日本で、そんな武器を持ち歩くなんて、無理があるよ」

「そうでしょうか」

 孝之の意見を馬鹿にすることなく、問題を整理する声で天使は否定する。

「『施術』などという外道な手段を使っても、自分は生きようとする者たちですよ。私たちを吹き飛ばせるなら、隠し持つなんて当たり前。それを難なく使いこなすでしょう、いつでも」

 由美子は自分が生活している世界が、いつの間にか当たり前の世界でなくなっていることを自覚し始めた。普通に朝起きて学校に行って、夕方に帰る生活。しかし、ある日のこと「私が生きるために死ね」と正体不明の奴らに狩られるかもしれないのだ。冗談ではない、そんな事のために生まれてきたわけではない。彼女だって未来を夢見たり、やりたい事だってたくさんあるのだ。

「でも、そんな人間が狩り殺されるとか、変なニュースは見た事ないけど」

「そんなニュースが流れると思います?」

 天使から逆に質問されて、由美子は思案顔になった。

「それに、いわゆる社会的地位のある方を狙うとも思えません」

 困ったものだと言うように、天使は両手の掌を上に向けると、首を振った。

「狙われるのは弱者です。それも、いなくなっても気が付かれないような人物」

「そんな人、いるわけないじゃない」

「本当にそうですか?」

 ちょっと意地悪気に微笑んだ天使を睨み返す由美子。すると、その視線を受けた孝之が、宥めるような口調で言った。

「日本にだってホームレスとかいるし、海外じゃあ戦争で行方不明なんて当たり前じゃないのかな」

「まあ、たしかに…」

 由美子の家は新宿区に建っているマンションである。大都会故なのか、ちょっと外れた公園などに行けば、不法にブルーシートで作ったテントに居住する者たちがいるのを、見かけたことぐらいはある。まあ彼女とは、ほとんど接点が無い世界だ。

「さすがに彼女たちも、人間の社会に存在する権力機構と真っ向から争うことはしようとしないでしょう」

 天使は口調を改めて、人差し指を立てた。

「けんりょくきこう…」

「さすがに不死に近いとは言え、警察に軍隊などの集団とまともにぶつかったら生き残る事は難しくなるでしょうから」

「さっき不老不死って…」

「あー」

 説明不足だったかと反省するように視線を揺らして天使は続けた。

「いくら『施術』で身体を『構築』した身でも、殺されたら死にますから。彼女たちが安寧暮らすには、他人に興味を持たないほど大きくなった人の集団の中…、大都会に限るでしょう。木の葉を隠すには森に隠せというわけです」

「たとえば、この東京とか?」

 孝之の質問に、そうだとうなずく天使。

「普段はトラブルを嫌がって、その所在を隠している事でしょう。それと知らずに知り合ったら、どこかの貴婦人と誤解させるような立ち振る舞いではないでしょうか」

「貴婦人ねえ」

 ふと由美子はクラスメイトの美人を連想した。剣道部に所属する彼女は快活で明るく、誰とでも仲良くなる程の女子だ。お洒落をさせると確かに貴婦人と呼べるほどかもしれない。

「まあ一例をあげると、私が前回降臨した時に、主がお決めになった通りに導いた方は、中国で一山当てて財を成した男性に取り入って、ニーナと名乗る東洋風の美人でしたよ。その一挙手一投足は、まるで男爵夫人ではないかと思わせるほど、気品に溢れていましたね。実際に彼女は『とある貴き血筋の末裔』を自称していましたし」

「これが最初ではないの?」

 意外に思った由美子の質問に、眉を顰めた天使は声を落とした。

「残念ながら。この『施術』という物は、それに関する記録や記憶、すべてを消去したつもりなのに、いつの間にかまた現れる厄介な存在なのです。でも、だからといって私たちは諦めることはできません。主のお決めになった掟を変えることはなりません」

「あのさあ」

 白い天井を見て決意を新たにしていたらしい天使に、由美子へ視線を戻した孝之が訊ねた。

「さっき『主がお決めになった通りに導いた』って言ったよね?」

「はい」

「それと『記録や記憶、すべてを消去した』とか」

「ええ」

「もうちょっと前には『貴婦人と誤解する』とも言ってたよねえ」

「そうですが?」

「つまり、その『施術』だっけ? それを使う人は、普通の人間に見えるってことでしょ? 俺、人殺しは嫌なんだけど」

「しかし世の理から外れた『悪』ですよ」

「まてまて」

 二人の会話に由美子が手を突き出した。

「そんなにチャカチャカ入れ替わると、見ているこっちの目がチカチカする」

「ああ、すみませんでした」

 天使は由美子へ頭を下げた。

 孝之は唇を尖らせながら顔を上げる。

「でも重要な事だよ藤原さん。見た目は人間なんでしょ? 俺から見れば人殺しと同じだし、たぶん他人から見ても人殺しになる。藤原さんも人殺しの片棒は担ぎたくないでしょ」

「ああ、それは安心して下さい。いまはこうして会話できていますが、あなたが承諾して下さって、私の顕現が安定しましたら、お互いのことを認識する事は無くなると思います」

 にこやかに天使が言った。その透明な微笑みにかえって恐怖を感じた由美子が慌てて訊ねる。

「まさか真鹿児の体を乗っとろうなんて…」

「そんなに怖い顔をしないで下さい」

 天使は再び乗り出した由美子を押し戻すかのように、胸の前に両手を上げた。

「まさかタカユキくんに、そんな不便をかけるわけにはいかないじゃないですか」

「本当にぃ~?」

 クッションに座り直しながら由美子が猜疑心の塊のような声を出した。

「顕現が成った暁には、こうして私が表面に出ている時は、タカユキくんの意識は外の様子を感じることがなくなります。まあ、やることもないので寝ていただくのが一番楽だと思いますが。これは、もし私と『施術』を行う者…、『施術者(マスター)』と戦うことになった時に、残酷な出来事があったとしても、それからタカユキくんの精神を守るためでもあるんですよ」

「じゃあ、俺が表に出ている時は?」

 孝之の質問に、天使は微笑みさえ浮かべてこたえた。

「あなたの中で私は眠りについています。ですから、あなたのプライベートは守られると思っていただいて間違いないです」

「なにをキッカケに入れ替わるのよ?」

 由美子が発した当然の質問に、天使はもっともな疑問だと頷いてこたえた。

「私が追っている『悪』を捜査する時と、それらを導く時です。もちろんタカユキくんの学業に影響が出ないように、主に活動は放課後や、夜間になると思いますが」

「夜に休まないで真鹿児の体は大丈夫なのかよ」

 また目の前で頻繁に入れ替わられて目がチカチカするよりマシだと思ったのか、由美子は孝之が訊きたそうなことを先回りして質問した。

「はい。入れ替わっている時は、肉体も別の物だと考えてもらって大丈夫です。ですから私が怪我をしたとしてもタカユキくんが痛いわけでもありませんし、その逆もそうです。ただタカユキくんが死ぬようなことがあると、私は顕現が続けられなくて天界へ戻らなければなりません」

「その逆は?」

 顔を歪めた由美子の質問の意味が分からなかったらしく、天使はキョトンとした顔をしてみせた。

「逆だよ、逆。真鹿児が死ぬような目に遭うって、普通に暮らしていればそうないだろうけど、あなたはその『マスター』とやらと戦うんでしょ? あなたが死んだらどうなるのよ」

「私が負けると?」

 天使は、やっと由美子の言っている意味を理解したようだ。そのまま天井を向いて大笑いをはじめる。

「私が『悪』に負けるなんて。そんなこと…」

 昭和の時代、日曜日の夕食時にお茶の間へ置かれた白黒ブラウン管から流れてきた一社提供のバラエティ番組を、初めて視聴した小学生並みの仕草で、天使はそこに笑い転げていた。

「『悪』はなぜ『悪』なのか分かりますか?」

 あまりにも笑い転げたので、目の端に涙を浮かべた天使が、息を整えながら訊いた。

「悪いからでしょ?」

 今度は由美子が唇を尖らせて言い返した。

「いいえ」

 やっと元に戻った天使がゆっくりと頭を振った。

「ただ悪いことを為すのは、普通の人間ならば当たり前のことです。あなただって、誰も通らない交差点で、赤信号を渡った事ぐらいはあるでしょ?」

 そんな些細な違反すら悪いことにカウントするのかと、半ば呆れながらも由美子は頷いた。

「でも、あなたは『悪』ではありません。かといって『聖人』ほどでもない。まあ、それが『普通』という物なのですが。その『普通』と『悪』には絶対的な違いがあるのです」

「違いって?」

 持って回った言い方に苛立った由美子は、腕組みをして声のトーンを下げた。

「それは『愛』です」

「あい?」

 キョトンとした由美子の前で、天使は座ったまま両腕を大きく広げて、上を向いた。

「この世界を動かしている原動力たる『愛』です。逆に言えば、そこから外れることで彼女たちは世の理の外へ出るのかもしれません」

「言ってて恥ずかしくないの?」

 聞いている由美子の方が赤くなっていた。

「全然。なにせ、この世のすべては主の愛で生まれたのですから」

 チラリと見せる狂信的な視線に、またも薄ら寒い物を感じながら、由美子は眉を顰めて見せた。

「なンにせよ、あたしたちは今まで通り暮らしていればいいんだね?」

「まあ、そうです。たまに捜査協力をお願いするかもしれませんが、タカユキくんもユミコさんも、学業に集中して、立派な大人になる準備をして下さい」

 天使がにこやかに言うと、孝之はパタリと横に倒れた。

「真鹿児!」

 由美子は卓袱台を回り込むと、孝之の顔を覗きこんだ。帰宅してから少し戻っていた顔色は、また真っ白になっていた。つらそうに閉じていた瞼を開くと、心配そうな顔を見せる由美子へ焦点をあわせる。

「学業に集中って言ったって、この風邪をこじらせたみたいな体調は、どうにかならないの?」

 天使は床からムクリと起き上がると、由美子へ安心するように微笑みかけながら立ち上がった。

「まあ顕現直後でタカユキくんの体の波長と、私の波長がうまくあっていない状態なのでしょう。三日も横になれば回復しますよ」

 そのまま天使は、半分開けっ放しのクローゼットの扉に手をかけた。中から布団を引っ張り出して敷き始める。

「それじゃあ月曜日に間に合わないじゃない」

 さっそく孝之の学業とやらに影響が出ることを由美子が指摘すると、天使は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「本当にすいません。謝るしかありませんね」

 天使のその姿に、意外な物を発見したかのような顔になる由美子。

「どうしたんですか?」

「ええと。『悪』を滅ぼすのには必要な犠牲だ、とか何とか言うのかと思った」

 天使がその不思議そうな表情の意味を訊くと、由美子が素直にこたえた。それを聞いて、また天使は微笑みを浮かべた。

「そう言って欲しかったですか?」

「いえ。だって、そんなこと言ってたら『さっそく約束を破ったじゃない』って怒っていたと思う」

「そうでしょうね」

 布団を敷き終わった天使は、枕の位置を調整しながら、そこへ横になった。あわてて由美子は掛け布団を直してやる。

「じゃあ捜査とやらは、火曜日から始めるの?」

 横になった天使を見おろしながら由美子が訊くと、天使は下らない冗談を聞かされたような顔になった。

「それも嫌ですね。なるべく早く『悪』を片付けて、お二人には『普通』に戻ってもらわないと」

 そこで天使は視線を泳がすように周囲を見た。

「私の部下を召喚しましょう」

「部下? そいつも天使なの?」

 他にも孝之みたいに天使に憑依されて体調を崩す者が出れば、その人も寝込んでしまうのではないだろうか。そう考えた由美子の表情が曇った。

「はい。もっとも低級の天使たちである『キューピット』たちを呼びましょう。あの子たちは地上に数時間しかいられませんが、なにせ数が多いので『悪』を探すのに役に立つでしょう」

「数時間しかいられないんじゃ、意味なくない?」

「一日眠れば、また地上へやってくることができますから、ローテーションを組んで捜査してもらいましょう。どのくらい必要ですかね?」

 逆に訊ねられて由美子は即答した。

「ンなもん、居れば居るだけ、あればあるだけ役にたつんじゃない?」

「じゃあ部下の全て六五五三六柱のキューピットたちを召喚しましょう」

「えっ」

 天使はせっかく肩までかけてもらった掛け布団をめくり、右腕で天井を指差した。

「ちょ、ちょっと!」

 こんな普通の家の子供部屋に、六万からの集団が現れたら、入りきれなくて押しつぶされてしまう。由美子は慌てて天使を止めようとした。

「眷属召喚!」

 しかし由美子が腕を伸ばした時には、まっすぐ天井を指していた人差し指が光を放っていた。

「きゃ」

 あまりの眩しさに目が眩み、由美子は無意識に自分の体を庇うように腕を回していた。

 部屋の中を眩しい光が支配した。



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