9話 薬師堂にて その後
ローランからお金を受け取り、しばらく浮かれていた菜摘だったが、サマンサが来るまで、薬師堂から退室出来ないことを思い出し途方に暮れていた。椅子に座っていても落ち着かずそわそわしていた。
なぜかといえば、数刻前にローランに手を握られ動揺してしまったからだ。
年甲斐もなくと言わないで欲しい。故に二人きりでいることに緊張していたのだ。
ローランはというと何事も無かったように、買い取った薬草を選別していた。
鮮度の良いうちに出来るだけの事はしておくそうだ。
「姉はもうすぐ来ると思いますよ!」
そわそわしているのに気づいたのか、ローランは菜摘にそう言った。
しばらくすると、サマンサが菜摘を迎えにやってきた。
「やあ姉さん。時間通りだね。こちらの用事は済んだから、菜摘さんのこと頼んでいい?」
と、出迎えに気が付いたローランは、作業を中断して声をかける。
「もちろんさローラン。今日は菜摘が世話になったね。次も是非お願いするよ!」
菜摘を手招きしながらローランへそう言うと、サマンサは外へ出て行った。
菜摘は後に続こうと、椅子から立ち上がりローランへ軽く会釈した。
歩き出そうと背中を向けた瞬間、「ちょっと待って」という声が聞こえ、ローランに肩をつかまれていた。菜摘の心拍数は再び上昇した。
全く気にしていないローランは、
「菜摘さん。今日は本当にありがとうございました。いつでもお待ちしていますので、薬草を売りにまた来てくださいね」
と言って、止めのウインクを送ってよこした。菜摘は少しよろめきながら外へ出るのであった。
「菜摘ちゃん。顔が赤いけど大丈夫かい? 気分が悪いなら言っておくれよ?」
外で待っていたサマンサは、菜摘が顔を赤くして出てきたのを見て体調を心配していた。
サマンサさん。原因はお宅の弟さんですよ! 菜摘は声を大にして言いたかった。
ご存知の通り、私結婚してますけど、恋愛経験なんて旦那が初めてで、無いに等しいから、いきなり手を握ったり、帰り際にウインク飛ばしてくるローランさんに、顔から火が出るウブな反応をして、めちゃくちゃ恥ずかしいんです!穴があったら入りたい……等と、思いのたけをぶつけようかと思ったが、失笑されてしまうのも嫌だったので、言葉を呑み込んだ。
顔はやや引きつりはしたが、心配するサマンサへ、菜摘は体調は問題ない事を伝えた。
二人はとりあえず、サマンサの自宅へ向かって歩きだした。
道すがら、薬草に対するローランの反応が面白かった事や、薬草の情報が知れたことを話した。
思った以上に良い取引が出来たのは、サマンサのおかげだと菜摘は感謝の言葉を伝えた。
「それなら良かったよ。紹介した甲斐があったというもんさね」
サマンサはそう言って、ニカッと笑った。
ほどなくしてサマンサの自宅に着いたが、二人はもう少し話しをしようとティータイムと洒落込んだ。
……………………
サマンサさんの家族について少し話そうと思う。
サマンサさん家は、四人家族だそうだ。男の子と女の子が一人ずつで、ご主人の名前はレオンさん。
私はまだ他の三人には機会が無くて会ったことはない。ご主人のレオンさんは、城勤めをしているとのことで、普段は自宅から通っているそうだが、ここ最近頻発している事件のことで、連日お城に泊まりこんでいるそうだ。
男の子はジョン君十一歳。女の子はマギーちゃん五歳。二人とも、今日は隣町のお婆ちゃん家に出掛けているとの事だ。夕食時には戻ってくるらしい。
それにしてもお城かー。きっと素敵なんだろうな!いつか見に行ってみたいな。いや。絶対行こう。
私は、写真やネットで観たヨーロッパのお城を思い浮かべた。
海外なんて生まれてこのかた行ったことないから、ここで体験できるかも知れないなんて!素敵すぎる。
ここでのやりたいことリストに追加決定だ!
サマンサさんは、その事件の絡みで、市場に出回る薬草が品薄になっていることも教えてくれた。
薬師堂のローランさんも、そんな風なことぼやいていたことを私は思い出していた。
それじゃ、私が今日持ってきたのは丁度良いタイミングだったんですね。
「そうさね ローランも売って貰えて助かったはずだよ」
サマンサさんも納得して頷く。
菜摘の脳内では、自宅裏庭で生え放題の、雑草いや薬草達が黄金に輝く、金の山に変換されていた。
瞳には¥が浮かんでいたに違いない。
これひょっとすると、今が売りどきってやつじゃないかしら。菜摘は素人考えながら、高値で売れそうな予感がしていた。薬師堂で高値で売れたのも、きっと市場が品薄傾向だったおかげかも知れない。
また摘んでこなきゃなと菜摘は思った。
日も翳ってきて、そろそろサマンサは夕食の支度をするとのことで、菜摘はそうそうにお暇した。
夕食を一緒にどうかと誘ってもらったが、丁重にお断りして、クイーツ村のお薦め宿を教えてもらった。
菜摘はその宿へ行ってみる事にした。