8話 魔道士団団長
ちょいちょい間違えている魔導士→魔道士へ修正しました。誤字を削除。
ーラミハサーガ国 魔道士団団長室ー
「クリス! クリストファー・サリュー団長はいるか!」
魔道士団団長室の扉を荒々しく開け、一人の男が大声とともに入ってきた。
魔道士団団長クリストファー・サリューは、団長専用の回転椅子に深く腰掛け、自ら入れた香りの良い紅茶を堪能しながら、窓から見える景色を眺めていた。
クリストファーは、黒髪にモスグリーンの瞳を持つ少年、と言ってもいい容姿の若者だった。
後、数ヶ月で二十歳を迎えるが、類い稀なる魔法の才能を認められて、三年前から若くして魔道士団団長の地位についていた。
「朝から騒々しいなアビゲイル・ウルバート伯爵。ノックくらいしたらどうなんだ」
クリストファーは、涼やかな声音で言葉を返し、室内へ入ってきたアビゲイルの方へ座ったままくるりと向き直った。
騒々しいと言われたアビゲイルは、金髪碧眼の持ち主でクリストファーの幼馴染だった。
「クリス。これが騒がずにいられるか。摂政殿下から嫌味を言われる我の身にもなってみろ!」
アビゲイルの顔をあらためて見れば、焦りと疲労に満ちた浮かない顔をしている。
クリストファーを愛称で呼ぶアビゲイル・ウルバート伯爵は、騎士団団長を務めている。
彼もまた、彼自身の実力でその地位まで上り詰めたのだ。そこに至る道程は、並大抵の努力では勝ち取れ無かっただろう。
そんな、将来有望な若者を周りが放っておくわけがない。
摂政殿下の娘と最近婚約した事も分かるように、周りからの期待は半端ない。
彼は国の重鎮でもある将来の父親から、相当なプレッシャーを受けているのだった。
人ごとながら気の毒な奴だと思うクリスであった。
「まぁアビー落ち着け。お前らしくもない」
クリストファーは、興奮冷めやらぬ幼馴染を落ち着かせようと宥めた。
アビゲイルの様子を眺めながら、クリストファーは摂政殿下の嫌味の件について、おおよその見当はついていた。
今朝、自身の使い魔からの情報で、大体の状況は把握していたのだ。
「我が国の薬草地帯が、先日の大火事で消失し、これから収穫予定だったものが全て灰に帰したのだ」
アビゲイルはそう話し出すと、これまで起こっていた事のあらましについて説明した。
「我の部下たちに調査させたところ、先日の火事はかなりの確率で、魔法が使われている事が分かったのだ」
国で管理している薬草地帯については、魔物避けに防御魔法がかけられている。
人間に対してはどうかといえば、特になにもしていなかった。
国で管理している薬草地帯へ手を出せばどうなるか。
聞くに耐えない拷問の数々が待っている。
例え、法を犯したのが一人であっても、その家族、一族郎党までが厳罰の対象となる。
小さな子供までが問答無用で罰せられる。国民全てに周知徹底しているはずだった。
命知らずか、余程の馬鹿でもない限り法を犯す輩はいない……
その大前提に基づいているため、対人間用の魔法はかけられていなかったのだ。
盲点を突かれたか……
アビーの話しを聞きながら、クリストファーはそう思っていた。
「それでどうするつもり何だ。アビー」
アビゲイルがただ愚痴を言うためだけに、クリストファーを訪ねてきたわけでない事は分かっている。
クリストファーはアビゲイルに問いかけた。
「ああ。お前に。魔道士団への出動要請に来た」
アビゲイルは、懐から勅旨の封書を取り出した。
「事は急を要す。王宮の薬草園の他、各地に点在している管理下の薬草地帯へ赴き、魔法の防御布陣を敷いてもらいたい」
手渡された封書を受け取ったクリストファーは、封蝋を羽根飾りがついたナイフで開封し、中身に目を通した。クリストファーの口元が僅かばかり上がった。
「承知した。魔道士団の総力をかけて事にあたるとしよう」
クリストファーは、アビゲイルへそう言いながら、封書の端に火をつけて皿の中に投げ入れた。
「それじゃ行くとしよう。先に失礼するよアビー」
クリストファーは椅子から立ち上がると、入り口近くに掛けていたローブを取り、袖を通した。
「クリス。期待してるぞ」
背中にアビゲイルの声援を受けたクリストファーは、片手を上げ、振り返らずに手をヒラヒラ振って歩き出した。
行く先は、魔道士団隊舎だった。