5話 薬師堂のローラン1
昼食を済ませて森の小人亭を出た菜摘は、通りに出ると左手に曲がって直進した。
二つ先の十字路を右に曲がれば、まもなくサマンサさんの住む赤い屋根の家が見えてくる。
家の前へ丁度着いた頃、タイミングよく玄関のドアが開く音がして、中から恰幅のいい女性が出てきた。
「あっ サマンサさんこんにちは菜摘です」
「いらっしゃい菜摘ちゃん そろそろくるんじゃないかと思ってたとこよ」
一言で言えば、サマンサさんは肝っ玉母さんという感じだ。
歳はそんなに変わらないはずだが、人としての度量の違いというか、包容力の差というのか、菜摘の中では、子供と大人の差ぐらいに感じていて、この人には何だか敵わないなと思っていた。
「ところで、お願いしていた野草は持ってきてくれた?」
「はい 。いわれた通り準備万端ですよ」
菜摘は手に抱えていた籠をサマンサに見せた。
「注文通りのようだね」
「早速で悪いんだけど、一緒に薬師堂まで行ってもらえるかい」
薬師堂は村の中央広場に面した通りに建っている。
菜摘の世界で言えばドラッグストアと調剤薬局の中間といったところだろうか。
専門家が常駐していて、症状に対応した薬を調合してくれる。
医者の処方箋があれば、それに沿った薬を出すところでもあった。
今日は、菜摘が籠に入れてきた野草を、その薬師堂が買い取るということになっていた。
「ローランいるかい?」
薬師堂の裏手に回り、勝手口から中へサマンサが声をかける。
「ああ、今行くからちょっと待っててくれ」
中から声が聞こえてからしばらくして、眼鏡をかけた白衣の男性が奥の方から出てきた。
「ローラン悪いね 。仕事中に呼び出して」
「かまわないさ姉さん。 ちょうどひと段落着いたところだったからね」
ローランと呼ばれた白衣の男性は、サマンサさんの末の弟さんだそうだ。
「それで 、そちらの方が薬草を売りにきた……」
ローランは、眼鏡の縁を指で押し上げながら、菜摘へ話しかけた。
「はっ はい 初めまして菜摘と申します。サマンサさんのご紹介で、二種類とりあえずお持ちしました」
「こちらこそ初めまして。サマンサの弟のローランです」
ローランさんは確か30代後半位だと聞いている。
理知的な感じのイケてる眼鏡男子で、たいがいの女性は好感を持つに違いない。
初対面で菜摘はそう感じていた。
「確認しますので、どうぞ中へお入り下さい」
やだなー。久々に緊張してきたな。と菜摘は思う。
「ああそれと姉さん 後はこちらでやるから、また後で来てくれるかな?」
ローランさんが、余計なことを口走る。
えー 。初対面でそれはきつい。無理ですって! 菜摘はかなり焦った。
菜摘は極端ではないが、人見知りする方だ。
「そうかい? 菜摘ちゃんそういうわけだから、また後でね」
いきなり1対1の商談なんてハードルが高いよ!
菜摘の心中など分かりはしないサマンサさんは、ニコッと手を振って行ってしまった。
菜摘は緊張を紛らわせようと、何を聞かれても答えられるように、脳内シュミレーションをはじめる。
「それじゃ菜摘さん 中へどうぞ」
ローランにうながされて、薬師堂の勝手口から入ると商談用の部屋へ通された。
四人掛けのテーブルが置いてあり、菜摘はローランに勧められるまま、椅子に腰掛ける。
ローランは対面に腰掛けず、菜摘の隣に座った。
いきなり隣だなんて近いな……
菜摘は若干引き気味だったが、ローランにとっては特別なんともないことのようだった。
「菜摘さんが持って来たものを、早速見せていただけますか」
「はい。こちらがご要望の品です」
と言いながら、菜摘は持ってきた野草をテーブルの上に並べて行った。
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