継ぎ足す命 中編
今回長さ戻りました。
「坊来たみたいやわぁ」
「うん」
明かりが山道から現世と萌芽のいる山の頂上を照らし始める。するとぞろぞろと村人が山頂に押し寄せその数は萌芽の住む村のほとんどのようだ。村人達の最後尾に母の姿が見え萌芽はホッと息を吐く。
「いたぞ!ひぃっ!」
先頭に立つ男が萌芽に気づき、松明の明かりを木に向けると男は悲鳴をあげ地面に尻餅をつく。それもそうだろう。萌芽は現世といることに慣れただけで最初は怖かったのだ。だが他の人が見ればどうだろう。萌芽の頭の上には未だ現世の手、木の上から伸びる手が乗っている。明らかに気味の悪い光景だ。木の上から伸びる腕の長さは常人の長さではないのだから。およそ大人の手3つ分くらいもありそうな手が萌芽の頭の上で動いていれば誰だって悲鳴をあげるだろう。動いている理由としては現世が萌芽の頭を撫でるのが癖になってきているというなんとも拍子抜けな内容なのだけど。
「物怪だ!子供達が言っていたのは本当だったんだ!」
村人達がざわざわと騒ぎ出す。
「待て!」
そう言ったのは村長であるまだ年若い男だ。
「皆の者、待つんだ。この山の上に住む者は何もしないと俺の父が言っていた。ただ眺めているだけだと」
「じゃあ、どうするんだ!ずっと眺められていろっていうのかい!」
弥太郎の母が言う。その隣に弥太郎がいる。萌芽を見る弥太郎の目には嘲りが見えるが萌芽はただ母が心配で弥太郎など眼中にない。萌芽にとって目の前のことだってどうだっていいのだ。ただこのまま自分と現世の関係が続いて母と暮らせれば。でもそうは行かないから半ば諦めたような気持ちで村長が話しているのを眺めている。現世は萌芽の頭を撫で、目の前に広がる光景がさも面白い劇を見ているかのようにクスクスと笑う。
「まずは眺める者と話をしないといけないだろう。さあ、眺める者よ。話を聞いてくれ。私達はただその子を返して欲しいだけなんだ」
おいらは知ってる。戻れば死ぬと。母も。
「貢物が欲しいなら作物を捧げに来よう。だからその子は返してもらえないだろうか?」
ここに来ては行けなかった。村の掟で来ては行けなかったから。だからおいらと母は村から消される。村にとっては見せしめだ。ここには来ては行けないと。掟を守らなければこうなるぞ、と。
「足りないと言うならばこれから毎年供物を捧げよう。それに眺める者を奉る祭りもしよう」
祝うわけでも敬うわけでもなく掟の為に殺すのに?
「だからその子を渡して欲しい」
なんて体がいいんだろう?いくらおいらが子供だからといって。ふつふつと湧き上がる怒りを理解しているというように優しく現世がおいらの頭を撫でる。
「なぁに言うてるん?ぜぇんぜん足りひんよぉ?」
現世は呆れたような声で言う。
「この子はわっちのもんや。この子に会った時にもう決めたことやさかい、この子を渡すわけにはいかへんなぁ」
萌芽の体に、にゅっと木の上から新しく2つ伸びてきた腕が絡まる。
「じゃあ何を渡せば足りると!?」
「この子や。それでこの問題は解決やろぉ?わっちはこの子を貰う。あんたはんらはそれだけで貢物も供物も祭りもせえへんですむ、これでええやろ?」
「それは、そうだが」
「他にも何かあるん?」
「村長じゃあ拉致が明かないわね!さっさとその子を渡してあんたは消えな!その子は見せしめに殺すんだから!ほらあんたも言っておやり!あんたの子は気が触れたんだよ!」
そう弥太郎の母が言って背中を押したのは萌芽の母だ。
「母」
「村長……あの子は気が触れた子なのです。だからここで眺める者と一緒に楽にしてあげましょう」
萌芽の母は村長に言う。その時ひゅっと息が詰まり心臓が鷲掴みされたような痛みがおいらを襲った。
「母っどうして?」
消え入りそうな声でボソッと萌芽は呟く。おいらが家から出る時に母が言ってくれた言葉を今でも覚えてる。でも……それでも心が痛い。
「坊」
抱きしめるように交差した腕は少し力を強め萌芽を抱きしめる。
「そうだそうだ殺してしまえ殺してしまえ!木は燃やせ燃やせ燃やせ!」
目に移るものが途端に怖くなって萌芽はブルっと震える。
「坊怖い?」
「怖い」
「見んでもええんよ。後はわっちがやるさかい。坊は眠っててええ時間やし。目ぇ瞑っててもええんよ?」
もう1つ伸びてきた腕が萌芽の頬を撫でる。
「大丈夫、ありがとう」
「そう、ええんやね?」
「うん」
萌芽は力強く頷く。けれど現世は萌芽の耳元で囁く。
「その決意はほんまに坊の歳でするもんやない。だから尊重したいんやけどな……これから先の事を見せるんはもうちょっと坊が大きくなってからの方がええ。せやから、坊堪忍な」
「現世なに言って……」
現世の手が萌芽の目を覆うとたちまち萌芽を急激な眠気が襲い萌芽が抗うまでもなく意識を底に沈めた。じりじりと近寄ってくる村人達は木を取り囲むようにして歩く。木を包囲すると村人達は松明を前にして萌芽達に寄ってくる。
「あんたはんらの命の総量はいくらやと思う?」
ピンと張った冷たい声にピシリと村人達は近づくのをやめる。
「わっちは眺めてただけやのに、あんたはんらがそないにするんやったらもうええわ。何年前からか贄も来んしそろそろもうええやろ?ここであんたはんらとわっち1人で賭けせえへん?勿論あんたはんら全員でええよ。ただ賭けるのは命や。わっちの命一つとあんたはんらの命全て。わっちの命があんたはんらの命の総量とどちらが大きいか、勝負して負けた方は命が尽きるいうんはどないやろ?」
村長は村人と集まり意見を聞く。眺める者の命一つと村の人全員の命だったら勝てるだろうと。
「いいだろう。その賭け、受けて立つ」
と村長は快諾する。
「ほんまにええの?」
「こちらに異論はない。してどうやって勝負すればいいのだ?」
「簡単や。ほれ」
現世の1つの腕がクイッと手を上げると村人達の頭の上から白い塊が飛び出す。
「頭の上に浮かんどるそれがあんたはんらの命や。合わせるとこないな大きさやね」
現世が手をぎゅっとすると大きな白い塊ができた。
「これがあんたはんらの命の総量。そしてわっちの命の総量は」
現世がもう1つの手をクイッと上げると見上げんばかりの大きな白い塊が空を覆う。
「これがわっちの命の総量や。あんたはんらの負けやねぇ。せやからあんたはんらの命、1つ残らずわっちが奪ったる」
「そ、そんな!出鱈目だ!インチキをしただろう!」
村長が声を張り上げる。
「インチキ?あんたはんらにわっちは賭けを挑んだんよ?そないなことも考えんで賭けを受けたん?」
「そ、それは」
「インチキなんてしてへんよぉ。ただあんたはんらの命がいかに小さいもんか分かったやろ?喧嘩売る相手、間違えたんちゃう?」
「た、頼む子供だけは!」
村長の必死な声に現世は
「聞く耳もたへんよぉ」
手が伸び村人達の上で浮かぶ白い塊に触れると白い塊は小さくなり現世の手に収まる。それを現世の手が包み込みと村人達はたちまち砂になった。が村人達の砂の中で頭を下げる者を除いて。
「坊が目ぇ覚ますまでお話ししよか」