指きり
外に出るなと言われて次の日、眠れない夜を過ごしやっと朝になった。朝食も食べずに外に出ようとするおいらに母は握り飯を持たせてくれた。村から山までの道には誰もおらずいじめっ子もいない。萌芽は緊張した面持ちで山道を登る。最初になんて声をかけようか、嫌われてはいないだろうか、そんなことを考えながら登っているといつの間にか山の頂上についていた。頂上にはいつもと変わらず青い花を咲かせた木が、ポツンと立ちその木の周りには草一つ生えず茶色い土が見えている。いつもなら山道を抜けて木を見た途端に声を掛けていたがどうしようか?
「ああ、坊やわぁ。もう来んのかと思ぅとったよ」
「現世……」
色々言おうとしていた言葉が頭の中でぐるぐると周り萌芽の頭の中は軽くパニックになっていた。
「話があるんやろ?おいで」
「うん」
おずおずと頷くと萌芽はいつも通り木の幹に寄りかかるように座る。
「あのさ現世」
「なぁに?」
「その……前に言ってた怖いことをもう言わないんでほしいんだ。殺すとか殺さないとか……」
「なんでなん?」
「それは……現世に言ってほしくないから」
萌芽は理由を聞かれたらどうしようと眠る時、山道を登る時ずっと考えていた。結論が出ないまま頂上に着いてしまったが聞かれてみるとあっさりと答えることができた。
「わっちが殺す殺さない言うんが嫌なん?」
「うん、どうしてかよくわからないけど現世からそういうことを聞くとそうしなくちゃいけない気になってくるんだ。こう頭の中に黒いのが溜まっていくような」
それを聞いて現世は微笑する。当たっているからだ。現世の言葉にはそれ相応の力が混じる。魅了、または惑わすと言っても言いかもしれない。現世の言葉には魔の力めいたものがあるのだ。これに現世自身が気づいたのは遠い昔物好きな旅人で実験して確信していた。以来度々くる者をたぶらかしては最悪の結末、または最良の結末に導いたりもしていた。一人余さず全員、現世を信じて。なのにこの少年は騙されず自分の意志で跳ね除けた。現世は感動めいた気持ちを抱きながら萌芽に視線を注ぐ。
「うっ、なんか現世の視線が痛い」
「痛い?わっち何もしてへんよ?」
「いや視線が強いというか見られているというのをビシビシ感じるというか」
「だぁいじょぶ。わっちは坊が村にいる時もずぅっと見てるから気にせんでええんよ」
「怖っ!えっ!ちょっと待って、ここから僕が見えるの?」
「そらなぁ、眺めてるんが遠くて見えないんやったら眺めてる意味ないやろぉ?丁度いいくらいに調整して興味があるんには注視して眺めなおもろない」
「そう……なのかな?」
「でも坊と話してたらただ眺めるん飽きてきたわぁ。坊責任とってくれるん?」
「責任!?責任ってどんな?」
「そうやねぇ、わっちはもう坊の前で坊の怖い思う言葉は言わんことにする。せやから代わりに坊が村を出る時はわっちもついて行く」
「それおいらの負担が大きくない?」
「嫌やわぁ。じゃあわっちのことそないに好きやないの?」
「そういうわけではないけど」
萌芽が照れたように言葉を濁すと現世は
「やっぱおもろいわぁ」
とクスリと笑う。
「からかわないで!もうっ、わかったよ。じゃあ約束」
萌芽は子指を木の上に向けて差し出す。
「?何するん?」
「いいから手」
言われるがままに現世は手を伸ばす。萌芽は伸びてきた手の小指に自分の小指を繋ぐ。
「指切りげんまん嘘ついたら絶交指切った!」
「なんやのぉ?これ?」
「これで僕か現世が嘘ついたらもう二度と会わないっておまじないだよ」
「それわっちに不利やない?」
「そんな、現世は僕のことそんなに好きじゃないの?」
萌芽はわざと悲しそうな声を出す。
「それは……」
そこで現世は気づいた。
「現世も可愛いね」
「からかわんといてぇ」
萌芽はお返しができてしてやったりと笑う。
「やっぱおもろいわぁ」
「おいらも楽しいよ」
そう言って2人は笑いあった。影で覗く数人の子供達が見ている中で。
案外あっさり仲直りしました。明日も同じ時間に投稿する予定です。