眺めるもの
新しい物語を書いてみました。読みにくいかも知れませんが読んでいただけたら幸いです。
こんもりと並び立つ山々の木々は深緑だった季節から、赤や黄色に染まる季節へと
移り変わり、新たな枯れ葉が降り積もる。山々に囲まれた盆地にある村を一際高い山のてっぺんに生える大きな木の上から眺める者1人。その木はこの季節にそぐわない深緑に、この世のものとは思えない青い花を咲かせ、吹いてもいない風にそよぐように揺れる。その者は何百年もその木の上から村と山を眺めてきた。この者は流れる時を眺めているのが好きだった。山々は桃色から緑、赤や黄色、そして白色に染まる。人々も家が増え人が増え子を成し、老いた者が死に若い者が弔う。そんな風景をその者はただただ何百年も眺めていた。ここ数年はその者がいる山に登ろうとする人などいない。だが数年ぶりの珍客が山を駆け登っていた。
「ちくしょうちくしょう!!」
山を駆け登る珍客は息を切らし、鼻水と涙で顔をグチョグチョにしながら急な傾斜を駆ける。立ち止まりまた登る、そしてまた立ち止まっては登ってを5回ほど繰り返した後ゼエゼエと息を吐きながら珍客は山の頂上に着いた。珍客はその場に座り込むのではなくヨロヨロと歩いて眺める者の木の下に座り込んだ。
「はあっはあっ。登ってきた。登ってきた。ここに恐ろしい者がいるって?綺麗な花を咲かせてる木が1本あるだけで何もないじゃないか。おいらは泣き虫じゃないのに」
グスッと鼻をすすり珍客は身を縮こませ俯く。
「どないしたん?そないにぎょうさん泣いて」
「えっ」
珍客はさあっと顔を青くして固まる。なぜなら声が聞こえたのは前とか後ろとかじゃなくて真上だったからだ。
「この花きれいやろ?わっちも好きで気に入ってるんよ」
「ひえええええええええ!!」
珍客はわたわたともんどりうちながら木から離れる。
「そないに怖がらんといて。別に喰うわけでもないんやから」
眺める者はその姿にクスリと笑い言った。
「ご、ごめんなさい?」
青ざめたまま客は恐る恐る言う。
「木の下やとあんま声を張らずに済むんやけど」
「こ、怖い」
「大丈夫や、別に怖いことはせえへんよぉ?だからおいで」
珍客は一歩一歩と木に近づき木の下に着く。
「ほぉら、別に怖いことなんてなかったやろ?」
「う、うん。でも上から声が聞こえるのが慣れない」
「だぁいじょぶ、そのうち慣れるてぇ。それより坊、名前は?」
「萌芽」
「いい名やねぇ。それは坊の母がつけた名やの?」
「そうだよ、でもおいらは嫌だ。なんだか女みたいで。この名前のせいでいつもいじめられる」
「そぉ、それは大変やねぇ。わっちはいい名だと思うんやけど」
「そんなことない」
ぶっきらぼうに珍客は眺める者に返事を返す。木に背を預けて珍客、萌芽はしらぬ内にすっかり上から聞こえる声に馴染んでしまっていた。萌芽はいじめられていた時のことを思い出したのか最初の時と同じように俯く。
「まあ、そない拗ねとんといてぇ。わっちにとって久しぶりのお客さんなんやからぁ」
「拗ねてない。ここに来たのもいじめてた奴等が言ったんだ。お前みたいな泣き虫があの恐ろしい山を登れるわけないって」
「ああ、それで登ってきたんやねぇ。今は怖い?」
「ううん怖くない。あ、なんて呼べばいい?自分は名乗ったのに聞いてなかった」
「わっち?ああそうやねぇ名乗ってなかったわぁ。わっちは現世。長かったら現でも世でもええよ」
「現世。なんかかっこいい」
「わっちの名前気に入ってくれたん?嬉しいわぁ」
「いいなあ、おいらも現世みたいな名前が良かった」
怖さなんてすっかり無くなった萌芽は上を見上げ現世を探す。
「ふふっ、萌芽の名もええよ」
声の聞こえる場所を凝視してもちっとも現世の姿は見えない。
「わっちの姿が気になるん?見せてもええけど覚悟しとかんと」
「大丈夫、おいらは怖がらないって決めたから」
「そう、じゃあ今は手だけ見せるってことで堪忍な。折角のお客さん、逃げられたら傷ついてまうわ」
「分かった」
萌芽が返事をすると肩をポンポンと叩かれ萌芽が振り返る。そこには青白い手が木の上からありえないほどの長さで伸びていた。多分大人の上で2本分くらいはあるだろう。萌芽は手を見て悲鳴を飲み込み固まる。
「無理せんでええよ。上から伸ばすとこないになるからこれだけでも充分怖いやろ?」
「ごめんなさい。怖いです」
萌芽は正直に頭を下げる。現世はその頭を伸ばした手でポンポンと叩くと萌芽ははっとしたように顔を上げた。
「どないしたん?」
「えっと手触ってみてもいい?」
「ええけど」
萌芽は現世の了承を得ると手を握る。
「冷たいやろ?」
「うん、でも綺麗な手」
「………」
「?現世?」
「萌芽は変わった子やねぇ」
「そう?」
「ふふっそないに不安そうにしなくてええよ」
「う、うん」
萌芽は握った手を離すとすっと手は上へとするすると登り消えた。
「ねえ、またここに来てもいい?」
「わっちは眺める者。近くで見てしかも話せるなんて願ったりや。わっちも来てくれると嬉しいわぁ」
「ほんとに!?じゃあまた来るね!ばいばい!」
「ばいばい」
萌芽は手を振ると現世もまた木から手を伸ばし手を振る。萌芽はまるで木の上から猿が片手だけ出して手を振っているようで少し笑い来た道を戻っていった。眺める者、現世は木々の切れ間から山を下る萌芽をずっと見ていた。
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