故郷十一
「どうして、お金の価値がばらばらだと面倒なの?」
アイクが少し驚いた表情をしている。
「気になるのか?」
「うん」
「どうしてだと思う?」
「うーん・・・。旅をする傭兵とかだと、いちいち違うお金をいくつも持っていなきゃいけない・・・から?」
ぱっと思いつくところはそれくらいだった。それで正しいようにも思えたが、いまいちピンとこない。
しかし、アイクとアベルとフレイアは驚いたようで、目を見開いている。
「それも正しい・・・。よく分かったな」
「いや・・・何となくだよ・・・。それで?それ以外に理由はあるの?」
褒められて照れ臭かったので、話を促す。
「有名な話だ。北大陸で、その国の中で流通していた通貨を真っ先に変えたのは帝国だ。今から百年ほど前の話だそうだ」
随分前の話なのだなあ、と驚いてしまう。
「当時、すでに南の大陸ではすべての国で通貨が統一されていたが、北の大陸ではまだ国によってばらばらだったそうだ」
「ふーん」
「当時の帝国は、やはり北大陸一の強国だったから、その覇権を示すように、貨幣に関しても、他の国よりも使用する金、銀、銅、の含有量を多くしていたんだ」
「どういうこと?」
「これを見ろ」
アイクが取り出したのは、きらきらと鈍色に光る銀貨だ。
「もしこの大きさがこれの二枚分の大きさだったら、そして、もしその貨幣で、お前が今腰に佩いている剣を銀貨十枚で買うと言われたら、お前はどうする?」
そんなふうに聞かれても答えられない。この剣はとても手になじみ、気に入っているので売るつもりはない。
そう言おうと思ったが、それよりも先にアイクが口を開く。
「もし、お前がさっき取り出したパンを俺がこの銅貨二枚分の大きさの銅貨二枚で買おうとしたらどうなる?」
「やったあ!ラッキーって思う」
「そうだろう?実質、他の国にとっては、当時の帝国の貨幣と言うのは大体二倍くらいの大きさ、要は大体二枚分くらいで一枚だったんだ。そして、何か商品を売るときに、帝国で売れば、その大きな貨幣が手に入る。となればどうなる?」
「でも、他の国では使えなかったんだよね?それなら必死で手に入れようとしても意味ないんじゃない?」
「そうだな。普通の俺や、お前が手に入れたのであればそうなるな。でももし、貴族が、それも、貨幣を作っている貴族が手に入れたらどうなる?」
「うーん・・・。それ一枚で二枚の貨幣を作り直す・・・?」
「そうだ。よく分かったな。そうやって、山から金、銀、銅を取ってこないで、帝国が作っていた通貨を作り直してお金を作り始める国が増えていき、ついには帝国の中でも、これ以上はもう当時の通貨を作り続けることができなくなってしまい、時の皇帝が、今の南大陸の通貨を真似て、全く同じ通貨にしたそうだ」
「なるほどね」
「逆に小さな通貨を利用していた国では、商人たちが寄り付かなくなって、どんどん北大陸でも南大陸の統一通貨を利用するようになっていったそうだ」
「そんなことがあったんだ・・・」
過去の歴史を聞くことは少しわくわくする。とても難しい話だし、どうしても理解できないことはあるけれども、アイクが分かりやすく話してくれたおかげで、とても面白かった。
そして今僕らが歩いているのは、長閑な畑道である。
一面に見渡す限り黄金色の穂を実らせた麦が風に吹かれて揺れている。
麦穂を抜けて吹き込んできた風が少し肌寒い。
ようよう秋も終わりに近づいているのだろう。朝夕はひどく冷え込む上に、スパーダの街とは違って、昼間の温度もそれほど上がらずにこんな風に風が吹き込んで来ればひんやりとする。
畑の中では、多くの領民が腰をかがめて麦を根元から刃物を当てて刈り取り、収穫している。
「昨日から、一週間かけて刈り取り、収穫をして、乾燥させ、そして脱穀するんだ。そうして一週間後の【豊穣祭】に、一年の実りを感謝し、その上で、来年の豊穣を祈願しながら、飲んで、食べて、騒ぐ」
アベルが、領民を見ながらしみじみとつぶやく。
「私は、この人々の営みがとても好きなんだ」
その瞳には、我が子に対する慈しみ、思いやりのような感情が感じられる。とても温かい目をしている。
「見てみろ。とても楽しそうに歌いながら収穫している」
耳を澄ませてみれば、確かに聞こえてきた。とても明るい歌声で、なんだか楽しくなってくるような、そんな調べだ。
歌っているのは、老若男女問わず、刈り取り作業をしている皆が、声をあげて、一緒になって歌っている。
「皆、この収穫の時期をとても楽しみにしている。一年で一番領内が活気づく時だ」
「祭りはかなり盛大だからな。十年ぶりに今からとても楽しみだ」
アイクがそんなことを言うなんてびっくりだ。でも、故郷に戻って来てから、とても楽しそうだったから、何となく納得してしまう。
そうしてしみじみと話していると、不意に、畑の中から大声で呼びかけられた。
「あ!!領主様だ!!おーーーい!!」
小さい子供だった。
両手いっぱいに抱えきれないほどの刈り取った麦を抱え、手を振っている。
―――あんな小さな子供も、働くのか・・・。
何となく複雑な気持ちで見ていると、その声に、周囲にいた人々も気付いたようで、慌てて子供の口を抑え、頭を下げ始める。
「どれ!私も手伝うか!」
すると何を思ったのか、アベルは腕まくりをすると、ずんずんと歩き出してしまった。
「父さん・・・・。いい歳の、それも領主が、迷惑だろうに・・・」
「おーーーい!!!」と逆に気安い態度で、手を振りながら歩いて行ってしまったアベルの後姿を、やれやれと言ったように見つめながらアイクもその後を追っていく。
勿論、腕まくりをして、だ。
「父さんも、父さんなら、兄さんも兄さんね・・・。兄さんだって、久方ぶりでしょうに・・・」
ため息をついたフレイアは、気を取り直したように僕のほうを振り向くと、手を掴んできた。ぐいっ、と思いのほか強い力で引っ張られる。
「ほら!行くよ!!」
「え!?ちょっと・・・!?」
止める間もあればこそ、ぐいぐいと引かれるままに恐縮しきった領民と、なぜか満面の笑顔で腰をかがめ刃物を振るいだしたアベル、そしてそんなアベルを見ながら、同じように刃物を受け取り、隣の麦穂を刈り始めたアイクにようよう追いつく。
「フレイア様!?これは一体・・・?」
おろおろとする女性と男性を「いいから、いいから」と宥め、二振りの刃物を要求する。
「いえ・・・。しかし、領主様方にお手伝いいただくわけには・・・・」
「いいのよ。好きでやっているのだし」
「それでも・・・。私たちだけ手伝っていただくなど、とても、とても・・・」
「もし、他の人たちより早く終わったら、他の人を助ければいいのよ。そうしてどんどん、どんどん周りの人たちを助けていけば、皆がいつもより早く作業が終わって休めるでしょ?」
そう言ったやり取りを繰り返し、ついには渋々、二振りの刃物を手渡してきた。
フレイアは当然のように僕にもその刃物を手渡してくる。まあ、当然手伝うつもりだったのだけれども・・・。しかし、面白い形状をした刃物だった。
くるりと三日月のように曲がった刃先は、外側にあるのではなく内側に整えられ、刃渡りは、ナイフよりも少し長い。
これでどうやって切るのだろう?そう思っていると、フレイアが手本を見せてくれる。
「いい?こうやって、まず麦の穂を何本か刃物を持っていないほうの手のひらで握るのよ」
そう言うと腰を落として、麦の根元、地面に近い茎の部分を、ぐいっ、と引っ張り、そこに先ほど手渡された刃物の刃先を当てる。
「そうして、茎の部分に鎌の刃先を当てたら、体のほうに引き寄せるように、ぐいっ、と引っ張ると!」
フレイアが力を込めた瞬間、スパッ、と小気味いい音がして、麦の束がまとめて切り取られた。
見よう見まねでやってみる。
意外とこれが難しく、思い切り力を入れても、なかなか切れない。
どうしたものかと思ってフレイアを見てみると、少しコツがあるようだ。
まずは初めに手首の反動で勢いをつけて、切りつける。すると半分ほどまで切れるので、そこからは左右に引くような感じで何度か刃先を入れると、きれいに切り取れている。
そのコツに気が付いたので、再び挑戦してみる。
すると、今度はうまく刈り取ることができた。
スパッ、と小気味いい感触が手に残る。
「やった!」
思わず子供のようにはしゃいでしまった。
恥ずかしくなって、そのまま黙々と作業を続けていると、段々腰が痛くなってきた。
ずうっと同じ体勢での作業の繰り返しで、知らず知らずのうちに腰に負担がかかっていたようだ。
「うーーーん!!」
ぐっ、と腰を伸ばすように体を起こした拍子に、ふと前を見ると、フレイアがかなり慣れた手つきで、すごい速度で刈り取って行っている。
そしてそれ以上に、農夫の夫婦が、淡々と刈り取りをしていき、すでに夫婦二人の作業する列の麦はほとんど刈り取られ、今では地面からぴょこっと飛び出た茎が少し残る道がずうっと続くのみだ。
フレイアは、三分の二程作業を終えている。
ちらり、と隣に視線を転じれば、アベルとアイクが、「うおおおお!!!!」と、なぜか叫び声をあげながら競い合うように刈り取りをしていた。
しかし、叫んでいるからなのか、それとも単に体が大きいから屈む分負担が大きいからなのか、思うように作業は進んでおらず、半分ほどだ。
それでも僕よりは圧倒的に速く、僕はまだ三分の一ほどしか刈り取りができていない。
これは勝負でもなんでもない。そんなことは分かっている。
それでも、競い合うように刈り取りを行っているアベルとアイクを見て、そして、思いのほか進みが遅い自分を見て、ふつふつと心の奥から闘争心が沸き上がってきた。
―――くそ!もっと早く!
必死に手を動かし、今までの倍以上の速さで作業をしようとするが、速くしようとすればするほど焦りばかりが募り、雑になってしまう。そうすると、今度はきちんと一発で刈り取れなかったり、少し柔らかい地面に足を取られ転びそうになったり、気付けば作業スピードはほとんど変わらなかった。
ただ、次第になんだかおもしろくなってきた。
気付けばくすくすと笑いながら、必死で刈り取りをし、時にはぬかるみに足を取られ盛大に転び、時には、アベルとアイクが言い争う言葉を、フレイアが呆れたようにたしなめる言葉を聞きながら、声をあげて笑っていた。
そうして、昼まで作業して、僕らは農夫たちと一緒に昼を食べる。
気付けば、周りで作業していた人たちが集まってきて、僕らは二十人ほどで一緒になって昼食を食べていた。
皆が持ち寄った昼を少しずつ分けてもらいながら、みんなで笑いあって食べる昼食は、とてもおいしかった。




