故郷九
「準備はいいか!?試合は一本取った方が勝ちの一本勝負だ!!」
「分かった」木剣をだらりと垂らしたまま、何の緊張感もなくアイクはただ立っている。
「準備は万全です」方やマシューは、剣先をアイクの正面に構えたまま、片手は、添えるだけで、何の力みもないが、すぐにでも突きかかる姿勢を取っている。
互いに相対している。厭が応にも緊張が高まっていく。
そうして、互いに睨みあったまま、数瞬が経った。
周囲に集まった人々、そして僕らは、ただ、ただ、二人を見つめる。
瞬間、「始めええええ!!!」と言う怒声が響くのと、二人が動き出したのがほとんど同時だった。いや、もしかしたら、二人の動き出しのほうが少し早かったかもしれない。
瞬きの間に踏み込み、剣の間合いに詰めたマシューの突きが、「は!」という、絞り出したような気合いとともに繰り出される。
―――速い!
その突きの速度は、はたから見ている僕が驚くほどに速かった。ましてや、それを間近に見せられたアイクにとっては、反応することさえ難しいように思えた。
しかし、その突きは当たらない。
アイクの顔の横、ほんの指先程の近間を通り過ぎていく。
初撃を躱したことで、周囲から驚きと感嘆の入り混じったため息が漏れたが、僕がそれ以上に驚いたのは、マシューの剣を引き戻す速さだ。
当たらない!と見るや否や、すでにその剣先はマシューの手元へと戻っており、気付けばアイクめがけて、再び、そして三度、と繰り出される。
そのことごとくを、アイクは鼻先で躱して見せる。
ひゅん!ひゅん!という剣が空気を切り裂く音と、突きを放つたびに、マシューが吐き出す「シュ!」と言う呼吸音が、こちらにも聞こえるほど、辺りは静寂に包まれていた。
それもそのはずだ。
あれだけの突きを放つマシューにも驚かされたが、それ以上にそのことごとくを、少し上体を揺らし、傾け、顔を背けるだけで躱して見せているのだから・・・。
ゆらゆら、ゆらゆらと、まるで風にたなびく枝のように、アイクの動きはひどく緩慢に見える。
それとは正反対に、空気を切り裂き、うなりをあげて剣を振るうマシューは、その素早く、直線的な動きも相まって、ひどく躍動的に見える。
「当たらない・・・!さすが・・・!ですね・・・!」
どれだけ攻撃を重ねても、空ぶってしまうことに業を煮やしたのか、それまでとは一転、攻め方を変えるように、左足を振り上げ、蹴りを放つ。
アイクはそれすらも予測していたとでもいうように、すっ、と音もなく後ろに下がって間合いから逃れる。
しかし、マシューも、それは想定していたのか、ぐん!と勢いよく上体を前に倒すと、下から掬い上げるようにアイクの胴めがけて剣を振るう。
アイクは、その剣身に己の持っている剣を横腹から添えるように当て、するりと軌道を変えて見せた。
マシューは空ぶった勢いそのまま、体が泳ぎそうになったが、上半身を撓め、一気に反転することで、左の拳をアイクめがけて振りぬく。
勢いよく飛んできた左の拳を、下に屈みこむことで躱したアイクだったが、マシューはすかさずそこに、飛び上がるように膝蹴りを放ってきた。
―――流石にやられたか!?
その息もつかせぬ連撃に僕でさえひやりとしたが、それでもアイクは、何事もなかったかのように、片足立ちになったマシューの胸先に、膝蹴りが届く前に思い切り当て身を食らわせた。
「うっ!!」息を詰まらせて、吹き飛んだマシューであったが、そのままバランスを崩して倒れるかと思いきや、ふわりと空中で器用に一回転すると、ぴたりと地面に足を突き、アイクから数メートル離れたところで、試合開始前と同じ構えを取る。
「うおおおおおお!!!!」
周囲から、二人の今までの応酬に、歓声が上がった。先ほどまでの、息もつかせぬ攻防はどこへやら、ぴたりと固まって動かなくなってしまった二人に、周りにいた人たちは怪訝な豊穣を浮かべ、どんどんと歓声が小さくなっていってしまう。
アイクは先ほどからと同様に、右手に木剣を掲げ、ゆらゆらと脱力したままその場を動かない。
「アイク様もなかなかやるな!」
「伊達に最年少で【ガルガロスの八剣】に選ばれたわけじゃない・・・か!」
「しかし隊長だってすごかったぞ!!」
「五分で闘っている上に、あの息もつかせぬ連撃!そして息一つ乱していないと来た!もしかしたら・・・・。隊長が勝つこともあるんじゃないか・・・?」
「ああ・・・。あのアイク様が防戦一方だ・・・。もしかしたら、これは隊長が・・・」
口々に回りが噂しているが僕には互角には見えない。
贔屓目に見て、ではなく、事実アイクには余裕があり、わざと攻め気を見せていないように見える。
対してマシューには、先ほどからの連撃に、恐らく全てを賭けていたのだろう、そのことごとくを防がれてしまい、どうにも攻め手が無いように見えた。
そうしてそれは事実だったようで、マシューは確かに生き一つ乱していない。どころか、ほとんど一方的に攻めていたように見えた。しかし、その表情は優れない。
ほとんど睨み付けるように、アイクを見つめ、ようやく口を開く。
「どうして攻めてこないのですか?」
問われてアイクは答えない。沈黙で返すだけだ。
それに対してマシューはひどく苛立ったように続ける。
「どうして開始からほとんど攻めてこないのですか!?先ほどの当身の後も、私が吹き飛んだときに、追撃すらしてこなかった!!どうしてですか!?答えてください!?」
それでもなお、アイクはどこか茫洋とした瞳で見返すだけで、全く答えようとしない。
「ち!」
マシューは一つ舌打ちを打つと、怒りに身を任せ、素直すぎる直線的な動きで、先ほどよりも雑に剣を水平に構え、再び突きを放とうとした。
その時、アイクがくるりと背を向ける。
「―――は・・・・?」
思わず目を疑った僕らと、同じように目を見開くマシュー。
その剣先は、アイクの横を素通りしてしまう。
全く気付かなかったが、くるりと身を反転した際に、アイクは少し横に体を動かしていたようだ。
驚きで数瞬、それこそ呼吸する間、切り詰めていた息を吐き出すわずかな間で固まったマシューの間隙を穿つように、下から、回転を乗せた蹴りがその後頭部めがけて繰り出された。
「くっ!」
反応して見せたのは、マシューがやはり、尋常ならざる使い手だったからか、横っ飛びに跳び、自分からダメージを分散しようとしたが、それでも間に合わず、強かに頭を打ち据えられ、吹き飛ぶ。
それでもなお、ゆっくりと起きだしたマシューだったが、足元はふらふらとして、目の焦点も定まっておらず、これ以上試合を続けられるような状態ではないことは一目でわかった。
「止め!!」
すかさずアベルが試合を止める。
張り詰めていた緊張がほどけるように、周囲に集まっていた人々が、ふう、と息を吐き出し、そして、弾かれたように騒ぎ出した。
「うおおおおおおおお!!!!!」
「流石アイク様だ!!!」
「うちの隊長も強いんだけれどな・・・・」
「すげえ闘いだったな!!!」
辺りを歓声が包み込む中、僕らはアイクに近づいていく。
アイクはマシューに近づくと、そっと手を差し出し、起こしていた。
「大丈夫か?」
問われてマシューは、少しふらふらしながらも、ゆっくりと起き上がる。
「ええ・・・。どうやら直撃の瞬間に少し手を抜いてもらったようで」
少し皮肉気に笑うマシューにアイクが首を横に振る。
「それでもきちんと気絶させるだけの威力は乗せていたさ。お前が反応して見せたのにも驚いたが、直前で蹴りに逆らわずに後ろっ跳びに逃げたことも、ダメージをほとんど負わなかった要因だ。強くなったな」
その言葉にマシューは深く感じ入ったようで、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます・・・・!」
そこにアベルが近づいてきた。
「二人とも、これで満足したか?」
「ああ」
「はい!私の鍛錬不足を痛感いたしました」
二人が互いに見つめ合ったまま答える。
未だ興奮冷めやらぬ中、ふと、マシューが僕のほうに視線を向けてきた。
―――なんだろう・・・?
思った瞬間、彼が意を決したように口を開く。
「ご無礼を承知でお願いがあります」
すでにその場を後にしようとしていたアベルは、背後からかけられた、待った、の声に、くるりと振り返った。
「なんだ?申してみよ」
「は。できますれば、そこにいらっしゃる、アイク様の旅のお仲間のシリウスと闘わせていただければ、と思います」
「え!?」
僕は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。そんな僕らの様子に周りにいた兵士たちが、なんだ?なんだ?と再び物見を決め込む。
「ふむ」
アベルは思案顔でこちらに視線を向ける。
その瞳には面白そうな色が浮かんでいる。
「彼は我が屋敷に逗留している客人だ。失礼のないようにと気を配っている」
その瞳とは裏腹に、かなり渋いことを言っている、何が言いたいのだろう?
「は!それは重々承知しております!」
「そうか。ちなみに聞こう。どうして闘いたい?」
「純粋に興味があります。どれほどの腕前なのか、アイク様とともに旅をするに足る実力を持っていたのか、興味が尽きません」
「そうか・・・。最後に決めるのはシリウス君だ。どうだろうか?」
急に話を振られて僕は戸惑ってしまった。おろおろとする僕に、アイクがそっと耳打ちする。
「嫌なら嫌と言えばいい」
見上げると少し苦笑いしている。どうしようか?迷っていると、周囲の僕を見る視線に気づいた。
―――これは覚えがある。得体のしれない人間を観察する視線だ。
そして隣に立つフレイアとアベルを見る。
そこにはやはり消し切れない、どこか面白がるような視線がある。
そして先ほどのマシューの言葉だ。
―――アイクとともに旅をするに足る実力を持っていたのか・・・・か。
常に誰かに助けられて生きてきたことは、何より僕が一番理解している。
僕がアイクを助けた、とは口が裂けても言えない。
それでも!
それでもなお!そんなふうに言われて、いい気はしなかった。
アイクに、セルバに、そしてローグに、足手まといだ、と言われるのなら、しょうがない、と思える。
しかし、今ここで、僕らが歩んできた道のりを、知らない者に、足手まといなのではないか?と言外に告げられて、なぜだか僕は少し頭に来ていた。
「やるよ!」
アイクが持っていた木剣を奪うように受け取ると、先ほどアイクが試合開始前にいた位置まで歩いていく。
「拳帯は付けなくてもいいのか?」
アベルに問われて僕は答える。
「それなら丸盾が欲しい」
「そうか・・・。おい!盾を準備できるか!?」
その声に反応して、若い兵士の一人が、急ぎ足で、盾を持ってきてくれた。
無言で僕に手渡される。
なんだか嫌な感じだ。それでも僕は何も言わずにそれを受け取り、左手に持つ。
中々程よい軽さで、とても取り回ししやすい。
正面にマシューが立つ。少し申し訳なさそうな表情をしている。
「申し訳ない。だが、闘いを受けてくれてありがとう」
「僕は大丈夫・・・。あなたは大丈夫なの?」
アイクにやられたことを指摘してみる。しかし、向こうの足取りはしっかりしており、問題なさそうだった。
「ああ、問題ない。少し時間を置いたら治った」
そう言って少しその場で跳ねて見せた。




