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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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故郷八

ようやく落ち着いてきたところで、アベルが口を開く。

「ところで、シリウス君。もし今日、良かったら領内を見て回らないか?案内するよ」

「いいんですか・・・?」

領主なのに、仕事をしなくてもいいんだろうか?そんなふうに思って問い返すと、「何

、大丈夫さ!!」と胸を張って返されてしまった。

僕としてはありがたい話だったので、お願いすると、アベルがアイクのほうに視線を向ける。

「アイク、お前も付いて来い。領民にお前の帰還を知らせて歩かなければなるまい?」

アイクは少し嫌そうな表情を浮かべる。

「俺のお披露目は一週間後の【豊穣祭】の時にするんだろう?なら今日はいいんじゃないか?」

「そういうわけにもいかないだろう?まさかお前、一週間この家から一歩も外に出ないわけではないだろう?」

「まあ・・・。そうだけれども・・・」

アイクが不承不承頷く。するとそこにフレイアが元気よく手を挙げた。

「はい!!私も一緒に行く!!」

すると後ろに控えていたエダが苦り切った表情で「お嬢様・・・」と口を開いたが、すぐにアベルがとりなすように宥める。

「まあまあ・・・。今日くらいはいいじゃないか・・・。じゃあ、フレイアも一緒に行くか!」

「うん!」

元気のいいフレイアにつられてこちらも思わず笑ってしまったが、エダが、呆れたようにため息をついたので、すぐに笑いを引っ込めた。


朝食を食べ終わり、特にこれと言った準備もなく、僕らは着の身着のまま屋敷を後にした。

カレンは、屋敷に残るそうで、僕とアベルとアイクと、そしてフレイアが連れ立って歩く。

案内してくれると言うので、僕は一切を聞かずにアベルの後ろをついていく。

アベルは全く迷う様子もなく、ずんずんと歩いていくが、どうも僕には街からどんどんと離れていっているように思えてならない。

人もまばらになっていき、ついには街を抜けて、遠く眺めていたレッドストーン山脈のふもとが近くに見えるところまで来てしまった。

―――一体どうしてこんなところまできたのだろう・・・?

ぼんやりと、だが、怪訝に思いながら後ろを歩く僕の目に、遠くぽっかりと口を開いた大きな洞窟が見えてきた。

近くには木でできた頑丈そうな柵が幾重にも張り巡らされ、柵の内側には、堀が掘られている。

そしてその柵の外側に、大きな建物が立っていた。

周囲には、皮鎧に身を固めた兵士たちが何人もいて、一糸乱れぬ動きで、槍を突き出し、訓練を行っている。

「は!」「は!」と、遠くからでも聞こえる空気を切り裂くような裂帛の呼吸音と、息の合った動きを見せる、歴戦の兵士たちの姿に思わず見とれてしまう。

「あれがこの街を迷宮都市足らしめる所以・・・。ガルガロスの迷宮だ!!」

アベルが自慢するように胸を張り僕を見返す。

驚きで目を見開いた僕を見て、満足そうにしている。

近づくほどに分かる、その迷宮、と呼ばれる暗く続くぽっかりと空いた穴。

のぞき込んでも光が差し込む入口より先を見通すことができない。

ひゅおおおおお!

まるで呼吸でもするかのように、風も吹いていないのに、洞窟内部から、うめき声のような音が聞こえる。

引きずり込まれてしまうのではないか?と思うほどに昏く、そして大きい・・・。

何より、肌がピリピリとざわつくこの感覚は、迷いの森、そして暗黒森林でしか経験したことが無いような、緊張感だった。

「止め!!」

大音声に、思わずびくりと兵士たちのほうを見やれば、先頭に立ち、兵士たちのことを監督していた大柄な男の一声で、それまで必死に槍を振るっていた男たちの動きがぴたりと止まる。

「皆の者!!ご領主様がいらっしゃったぞ!!ご挨拶しろ!!」

ずらりと居並ぶ兵士たちが皆、僕らのほうに体を向けると、一斉に頭を下げてきた。

「おはようございます!!!!」

ビリビリと空気が震えるほどの大音声だ。

思わず、びくりとした僕とは違って、アベルとアイクとフレイアは全く微動だにしていない。

どころか、アベルは片手をあげると鷹揚にうなずく。

「精が出るな!続けよ!」

監督していた兵士がその言葉にうなずくと、「皆の者!続けろ!!」と叫ぶ。その一言で、兵士たちは再び槍を構え、号令に合わせて突き出し、引き、訓練を再開した。

壮観だった。

一糸乱れぬ動き、力強い槍捌き、そして、素早い挙動を何度も続けても息すら切らさない体力に、ただただ圧倒され、気圧されてしまっていた。

言葉もなく呆然と見つめていると、僕らに、監督していた兵士が近づいてきた。

「アベル様!今日はどういった御用で?」

「うむ・・・。皆の訓練を見に来たのだ。アイクも帰ってきたことだしな・・・」

ちらりとアイクを見た。

そして、兵は、アイクに歩み寄ると、感極まったように告げる。

「よくご無事で戻られましたな・・・。私はあの時、領内を守るために派兵には参加いたしませんでしたが・・・・。弟を守っていただき、誠にありがとうございます!!そして、ご無事のご帰還・・・。誠におめでとうございます!!」

見れば、彼の目元には涙が溜まっている。

ふと、静かになったな、と思って振り返れば、今まで必死に槍を振るっていた兵士たちすら、動きを止め、涙している者たちばかりだった。


「して、アベル様、アイク様、他に何かご用はありませんか?」

ようやく落ち着いた彼らが訓練を再開した後に、代表の兵が尋ねてきた。

アイクよりも少し年上だと思われる男性は、窺うような鋭い視線を一瞬こちらに向けてきたが、すぐに逸らされる。

「うむ。当家に逗留しているこちらのシリウスと申す、アイクの仲間に迷宮を案内しに来たのだ。シリウス君、これは、迷宮管理部隊の部隊長を務めるマシューと言う男だ」

紹介されたマシューという部隊長が武骨で大きな手を差し出してきた。

その手を握り返す。思いのほか力強く握られ、驚いたが、向こうも僕の手を握り返して目を見開いている。

「随分と剣を振っているのがわかる・・・。年に似合わず相当に使うのだな・・・」

ぶつぶつと何かつぶやいているが、小さな声だったので僕には何を言っているのか聞こえなかった。

それでもアイクが胸を張っているのがわかる。聞こえていないと思うんだけれども・・・?

「アベル様!もしよろしければ私がご案内してもよろしいでしょうか?」

問われてアベルは少し残念そうだった。

「うむ・・・。まあ、お前が一番ふさわしいか・・・」

「では、シリウス、と呼んでも?」

すぐに向き直ったマシューは僕にそう問いかけてきた。正直ありがたかった。僕よりも年も、実力も、そして身分も高い人にあまり丁寧に話しかけられるのは慣れていない。

「うん。いいよ」

逆に僕が気を使うべきだったのかな?そう思ったが、丁寧な話し方など今更できるはずもなく、どうしても偉そうな話し方になってしまう。

言ってしまった後に思わず、しまった!と思ったが、マシューは何も思わなかったようで、「付いてきてくれ!」と告げると、ずんずんと歩き去ってしまう。

僕らも後を追った。兵士たちが訓練している間を抜け、どんどん洞窟に近づいていく。

柵の目の前まできて、ようやくその全容を確認する。

柵には、ところどころに簡易的な扉のような物が設えられており、堀の上には木でできた橋がかけられている。

柵の扉を開けて中に入って行く。

「私たちがどうしてこんな場所で訓練しているか分かるか?シリウス」

問われて、僕は確かに不思議に思った。言われて見れば、こんな街から離れたところで訓練する目的が分からない。

誰も何も言わないので、必死に考えて答えを絞り出す。

「中に入って魔物相手に訓練をする・・・ため・・・?」

思わず問い返してしまったのは仕方のないことだろう。僕の答えを聞いて、意外だったのか少し目を見開いたマシューは、満足そうにうなずく。

「うむ!まあ、そういった訓練も時にはする!だが、一番の目的は別にある!ガルガロスの街を守るためだ!!」

胸を張って答えるマシューに、僕はそれでも意味が分からず目で問いかける。

「この迷宮から、魔物が餌を求めて這い出して来ることがある。森や、山でも同じことだろう?」

言われて納得する。森も、魔獣や魔物が増えすぎないように間引きしているという話を旅の道中、辺境の村々を回って聞いた。

「そう言った魔物から、この街を守っているんだ!そして、最悪の事態であるスタンピードに備えて、日々迷宮内で魔物の間引きを行う!それも我々の大切な使命だ!」

―――スタンピード・・・?一体それは何だろうか?

ぽかんとしている僕にアイクが教えてくれた。

「魔物の氾濫、のことをスタンピード、と言うんだ。読んでそのまま、魔物が大挙して迷宮の外に飛び出し、周辺の村や街に次々と襲い掛かることを言うんだ」

―――そんなことがあるのか・・・!

僕は初めて聞いた話に言い知れぬ恐怖を感じた。

途端に目の前の暗い穴が、今まで以上に不気味に思えてきた。

「どれくらいの魔物が出てくるの?いったい何が目的なの?どうすればそれは収まるの?」

聞きたいことは山ほどあったが、真っ先に思いついたのはその三つだった。

「伝え聞く話では数万とも、数十万とも言われている。目的は不明だ。治める方法はただ一つ・・・。魔物のことごとくを殲滅すること!それだけだ!」

流暢に説明してくれたマシューは、最後に力強く拳を握り固めながら、はっきりと告げる。その瞳には、強い意志の光があった。

その覇気に、気圧されて思わず後ずさった僕の肩に、アイクがポン、と手を置く。

「まあ、とは言っても、実際にスタンピードがあったと語り伝えられているのは二度だけだ。今までの長い歴史を紐解いて二度しかない。だから過剰に心配する必要はない」

少しホッとしたが、それでも僕には、まだ安心できないことがあった。

「でも、過去に二回起きているんだよね?それはどうして起こったの?」

「一度目ははっきりしている。まだこの国ができていない頃。それこそ、小さな村々や、集落が寄り集まっていたころの話だ」

アベルが語り出した。急に話に入ってくるあたり、どうやら話をしたくてうずうずしていたようだ。

「今から数百以上前の話だ。当時は、戦乱に明け暮れ、集落の中でも力のあるやつが先頭に立ち、周辺の村を襲い、食料を奪い合うような殺伐とした時代だったそうだ。いつ迷宮ができたのか誰にもわからない。ただ気付けば、ここに、こうして迷宮があった。そうして、誰にも気付かれることなく数年、いや、もしかしたら数十年以上たったある日のこと。突然、この地に、降って沸いたように数多の魔物が現れ、血に飢え、まるでその命など捨てるかのように、周辺の村々を襲いだした。その数は万にも上ると伝わっている。奴らが通った後には何も残らなかったとか・・・・。家も焼き払われ、人々は骨も残らず食い尽くされ、田畑も荒れに荒れたそうだ・・・」

不意に洞窟から吹き込んできた冷たい空気にぶるりと体が震える。

「それまで争っていた人々はこの惨状に、ついに結束し、一年近い時間をかけてこの魔物の軍勢と闘い続け、ついには一匹残らず殲滅することに成功した、とされている。のちの研究から、放置され、中で魔物が生み出され続け、ついには飽和してしまった迷宮から、魔物たちが万にも及ぶ軍勢として飛び出し、そして人々を襲ったのは、増えすぎた魔物の数に対して、餌となる生き物が足りなくなってしまったための飢えによるものではないか?と目されている。事実、その後、激戦を生き残ったそれまで争いあっていた人々が国を作り、こうして迷宮の中に兵を送り、間引きすることで、スタンピードは無くなった、とされている」

重々しく告げられた話に、聞き入ってしまい、しばらく沈黙してしまったが、ふと、あることに気付いてしまった。

「あれ?でも、スタンピードは二回あったんだよね?もう一回はいつ、どうして起こったの?」

途端にアベルの表情が苦いものに変わった。

「二回目のスタンピードの原因は全くわかっていない」

「そんな・・・・」

「一回目のスタンピードの反省を踏まえ、人々は国を作り、そして、迷宮の間引きを常に行ってきた。その中には、一般人、中でも、傭兵として、戦闘力を持った者たちへの開放もある。中で倒した魔物の素材、魔石の買い取り、何より、迷宮内で知恵ある魔物が作り出した、魔武器や魔道具が発見されると、一気にその動きが加速した。誰もがスタンピードの恐怖を忘れていってしまったある時、不意に二度目のスタンピードが起こった。当然間引きはされていたし、警戒もされていた。それでも、魔物が万の軍勢を作って迷宮内から飛び出して来たんだ・・・。これももう百年以上昔の話で、当時から、話は随分色あせてしまったが、それでもきちんと伝え聞いた話がある。その話の中で、二度目のスタンピードが大事にはならなかったとされているが、その主な要因は、こうして日々、迷宮の警戒に勤めていたから、と言うことと、たまたま旅の傭兵の一団の中で、とても力を持った者たちがいたため、瞬く間に魔物が殲滅されていった、と言う話がある。何とかこの街で抑えることができたそうだが、それでも被害はかなり大きかったそうだ。それ以来、不測の事態に備え、常に警戒を怠らないようにしている、と言うことだ」

僕が知らないだけで、外の世界には様々な不思議があるようだ。

「まあ、今では迷宮を売りにして、中に入る傭兵たちから入場税を集めていたりと、少し政治向きな側面もあって、旨みもあるんだけれども・・・。それでも、我々兵は、日々精進をして、常に不測の事態に備えている!」

と、言うことで、と一つ前置きしたマシューがアイクに相対する。

「アイク様、一つ私と勝負をしませんか?久方ぶりで勘が鈍っているでしょう?」

そう言うや否や、拳帯と木剣をアイクに手渡してきた。

「よく言う。元からそのつもりだったのだろう?長いこと剣闘士をしていたが、主武器は弓だったから、もはや当時ほど強くはないぞ?」

アイクは苦笑いを浮かべるが、マシューは鼻を鳴らす。

「アイク様こそよく言いますね!その足運び、そして筋肉の付き方、何より肌を刺すようなこの威圧感、いささかも衰えてはいないでしょう?」

にやり、とアイクが笑みを浮かべた。

何も言わずに手渡された拳帯を拳にぐるぐると巻き付け始めた。

僕は突然始まった試合に、おろおろとするばかりでどうにもできない。

アベルは、くつくつと笑いだすと、自ら審判を買って出る始末だった。

フレイアは、と思うと、すでに邪魔にならない隅のほうに移動し、観戦する気満々だった。周囲にいた兵士たちも、訓練をやめ、続々とアイクとマシューを取り囲むように集まり出した。

僕も慌ててフレイアの隣に駆け寄っていく。


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