故郷六
「さて、まず何から語ればいいのか・・・・。あまりにも遠い昔のようで、記憶が曖昧だが、初めから語らせてもらうとするならば、俺が、【ウルの街】防衛において帝国の侵攻から街を守るために派兵されたところから始まるのか・・・」
それは僕も聞いたことが無い話だった。だからだろう。僕もみんなと同じように食事の手を止めて思わず聞き入ってしまった。
「まあ、話せることは少ない・・・。と言うのも、実際に何が起こったのか確かなことは何もわからなかった、と言うのが正しいからだろう・・・」
「帰還した兵たちも口々に言っていたが・・・・どういう意味だ?」
アベルの表情が険しくなる。
アイクが必死に顔をしかめて視線を宙に彷徨わせる。それは霞ゆく遠い記憶を呼び起こそうとしているのか、それとも単に答えを探しているだけなのか、僕らには分からない。
「帝国の侵攻は三日三晩続いた・・・。それを、ウルの兵たちは、そして俺たち遊撃隊は、必死に食い止めていた・・・と思う。実際にあの時、三日続いた侵攻は確かに帝国不利のまま収束するかに思われた。油断していたのかもしれない・・・」
「そのあと何が起こった?」
その問いにしばらく沈黙したアイクは、ゆっくりと口を開いた。
「分からない・・・。正直に話すと本当に何があったのかわからない・・・。ただ、三日目の晩に、気付いたときには街は火の海だった。逃げ惑う人々を必死に宥め、兵士たちと一緒に消火に当たらせていると、門の向こうから帝国兵士が悠々と隊列を組んで攻めてきていた・・・。思わず目を見開いた。何が起こったのか全く分からなかった・・・。気付けば、固く閉ざされていた街の門が全て開いていたんだ・・・」
「もしかして・・・。内部から崩れたのか・・・?」
「状況を考えればそうだろう・・・。だが、俺には、どうしてもそうは思えない」
アベルの言葉を否定するアイクの口調には、何か確信があるように思えた。
「ほう・・・?どうしてだ・・・?」
「あの晩、見張りについていた兵士と実際に逃げる時に会う機会があったから聞いてみたんだ。どうして門を開けたのか?と」
「なんと言っていたのだ?」
「開けていない!!と怒鳴り返されてしまった」
苦笑するアイクに、誰もがぽかんと口を開く。
「それは・・・一体・・・?」
「そうだ。俺も疑問に思った。だからこそ、すぐにこう怒鳴り返した。ならばどうして門が開いている!?とな」
「すると向こうは何と答えた?」
「分からない・・・・。と明らかにおろおろしている様で嘘を言っている風ではなかった・・・」
皆一様に黙り込んでしまった。
するとアベルが少し考えていたのだろう、口を開く。
「まあ、もしかしたらその門番が嘘を言っているのかもしれない・・・」
「そうは見えなかったがなあ・・・」
アイクは納得していないようだった。だが、アベルはそれ以上に続きが聞きたかったのだろう。先を促す。
「それから市街の中で民衆を守りながら、同時に消火を続けながら必死に闘った。それでも、結局、城まで追い詰められた俺たちは、逃げようとした。ウルの街の兵たちと協力して、帝国兵の囲みを一点突破してその場を逃げ切ったはいいが、結局追いつかれ、追い詰められてしまったんだ」
「そこでお前が犠牲になって皆を逃がした・・・か・・・」
アベルが拳をぎゅっと握りしめている。悔しかったのだろう。当時の無念を思い出したのだろう。
手のひらが真っ白になるほど握りしめていたが、その手にアイクが自分の手を重ねる。
「少し違う」
「なに・・・?」
「ウルの街の兵士たちの中でも、一番実力のあったグラント将軍を覚えているか?」
「ああ。あの厳つい親父だろう?」
グラント、と聞いて、僕は真っ先にスラムで出会ったグラントを思い浮かべたが、恐らく人違いだろう。
「父さんも十分厳つい親父だろう・・・」
くつくつと笑いだしたアイクにアベルが少し苛立ったように先を促す。
「それであの爺がどうした?」
「グラント将軍がな。ガルガロスの精鋭である俺たち全員を逃がそうと。必死で退路を守ってくれたんだ。そして、ありがとう、って言って敵中に一人で討ち入って行ったんだ・・・。無謀だった。どう見ても無謀だった。味方は誰もついていけずに、己一人が突出していた・・・。どれだけ将軍が強かろうが、破綻するのは目に見えていた・・・。必死で後を追った兵士たちが、一人、また一人と倒れていき、多勢に無勢で、俺たち全員が逃げるまでの時間を稼ぐことなど到底無理に思えた・・・。自然身体が動いて、気付けば俺も敵中で己の武具を振るっていた・・・」
その後結局将軍はどうなったのだろう?気になったが、僕はただ黙って聞いていた。
「将軍がな・・・。にやりと笑って俺に言うんだ。よう坊主!いい腕してるな!って。それで続けて、お前が命を張ることはねえ。逃げろ!!って。だから俺もその時にすぐに言い返したんだ。仲間のために命かけるって決めたんだ!死ぬときは一緒だな!って」
アイクも若かったのだろう。随分無謀なことをしたようだ。
「しばらく戦っていたら、やはり多勢に無勢。たちどころに劣勢になって、将軍が後ろから強かに殴られ気絶してしまった。ずるずると引きずられてそのまま連れていかれそうになったから、必死に守り抜こう、俺だけでも最後まで戦い抜いてやる!そう思っていたら、援軍が駆けつけてくれて、何とか持ち直した。将軍もそのまま味方に連れられて安全な場所に運ばれていった。そのまま交戦し、盛り返してきていたから、折を見て逃亡しようとしたら、帝国の本体が合流してきて、そのまま一気に囲まれ、飽和戦法で、疲労により戦えなくなるまでひたすら戦い続けた。そしてそのまま、気付いたら、俺は奴隷となっていた」
努めて淡々と事実だけを語るアイクに、僕らはじいっと聞き入ることしかできない。
「そして、奴隷となって、剣闘の街【スパーダ】で剣闘士として暮らし、そこでシリウスを含め、多くの仲間たちと出会った」
そこから、僕とアイクは、時々何かを確認し合いながら、ゆっくりと今までに起きた出来事を話していく。
気付けば、外は真っ暗で、びゅうびゅうと吹き付ける風の音がいやに耳に残る。
室内はぱちぱちと暖炉の薪が爆ぜる音とアイクの声以外には何の音も聞こえない。
先ほどから轟轟と暖炉の中で炎が躍っているのに、なぜだか肌寒さを覚えてしまう。
話が、リックの犠牲でようやく僕らが奴隷から解放された所まで行ったとき、僕は急にふと思い出してしまった。
―――そう言えば、リック、故郷で食べたシチューのことを話していたなあ・・・。
ふと、自分の目の前を見ると、すでに冷めてしまったシチューがある。
ドロッとしたスープをスプーンですくって一口、口に含む。
濃厚な味わいがする。わずかに独特なにおいがするが、それが全く気にならないほどに美味しかった。
癖になるような、塩辛さだった。大ぶりな肉は、少し触れただけでほろほろと崩れるほどに柔らかく、それ以外のニンジンだったり、キノコも、味が染みていてとてもおいしかった。
じんわり涙がにじんできた。
それを気付かれないように、必死にお皿の上を見つめていたが、どうにもこらえきれなくなって一粒、ポロリと涙が零れ落ちた。
涙が零れ落ちてからは、もうどうにも止まらなかった。
顔をくしゃくしゃにして、何とか止めようとしたが、どこか壊れてしまったように、後から、後から、涙が零れ落ちる。
「どうしかしたか・・・?」
すぐに僕の違和感に気付いたのは、向かいに座るアイクだった。
ぽろぽろと泣き出した僕を見て、アイクは心配そうに僕をのぞき込む。
―――駄目だ・・・。今皆に心配をかけるのは・・・。
必死に袖で拭うが、それでも零れ落ちてくる。
しまいには嗚咽をあげて泣き出してしまった。
みんながおろおろとする中、僕の隣に座っていたフレイアが、慰めるように僕の背中をさすってくれた。
優しく、優しく、何度も僕の背中をさすってくれる。
何も言わずに、落ち着くまでそうしてくれるのだろう。しばらく泣いていると、段々眠くなってきてしまった。それに気付いたのだろう、フレイアが僕の頭を撫でながら、ゆっくりと横抱きに抱きかかえてくれた。
それがとても温かくて、気付けば僕は深い眠りに落ちていく。
最後に聞いたのは、耳元でささやくようなフレイアの「大丈夫。安心して。ゆっくり寝るといいよ」と言う優しい声だった。




