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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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故郷五

屋敷の中に入ると、まず僕を迎えてくれたのは、柔らかい暖炉の炎に照らされた大きな室内だった。

壁材として使われている灰白色の石が、炎の温かさを映し、オレンジ色に輝いて見える。

部屋の中央に設えられた大きな木製のテーブル、そしてそのテーブルに備えられた皮張りのソファーが、目につく。

入室して真向いの、暖炉の上の壁には、大きな、それこそ普通の弓矢と比較しても大きな弓が飾られており、それで射るための矢だろうか、大人の背丈ほどあるのではないかと思うほど長く、そして僕の腕ほど太いのではないかと思うほどの矢が数本同じく飾られている。

―――いったい誰があの弓を使うのだろう?

巨人が使う弓、と言われても信じてしまうほどに大きい。

地面に敷き詰められた柔らかい絨毯は、優しい色合いのもので、僕は、汚れた靴で汚くしてしまうのが忍びなく、靴を脱いで入ろうとしたら、フレイアに止められてしまった。

「ここは靴のまま入ってもいいのよ!」

「え!?でも、それじゃあ汚れてしまうよ!?」

「いいから!!」

躊躇いを見せる僕の腕を引っ張り、そのまま室内に入ってしまう。

案の定、入り口の近くが少し土で汚れてしまったが、そんなものお構いなしにずんずんと中に入って行ってしまう。

「ここが客間よ。まず、お客様をお通しして、ここでくつろいでもらう部屋よ」

左手側と右手側に扉があり、左手側の扉を開ける。

そこには光が差し込んでくる大型の窓と、木枠でできた寝台が一台置いてあるだけの殺風景な部屋だった。

「こちらが、お客様が寝泊まりしてもらうための客室ね。恐らくシリウスにはここに泊まってもらうことになるわね」

泊まって行ってもいいのだろうか?迷惑にならないだろうか?

ここまで来て、他に泊まる当てなどないにもかかわらず、そんな疑問がぐるぐると僕の頭に浮かんでは消える。

そんな僕のことなどお構いなしと言ったように、フレイアはそのまま右手側の扉に向かう。

そこを開けると、客間を小さくしたような部屋があった。

「ここが、私たち家族が団らんするための居室よ。そしてその奥の扉が、台所と倉庫に繋がっていて、もう一つの扉が、私たちの寝室に繋がっているわ」

「なるほど・・・。ありがとう」

一通り案内が終わったところで、台所の扉が開いて、そこから白髪の、それでいて年齢を感じさせないほど背筋がぴんと伸びた随分年を取った女性が出てきた。

「これは、ようこそいらっしゃいました。お話は主様より窺っております。私、マルトの妻のエダと申します。この家で、料理や洗濯、掃除と言った家事全般を、主人であるマルトと一緒に行っています」

「エダさんとマルトさんはこの家に仕えている唯一の使用人よ」

―――随分と少ないんだな・・・。

なんだか想像していた貴族とは違って、落ち着く。

「もういい時間です。夕食の準備ができましたので、皆さんはどちらにいらっしゃいますか?」

「あれ?お父様とマルトさんは先ほど屋敷の中に戻りましたけど・・・」

そう言えばどこに行ったのだろう?三人で首をかしげていると、そこに寝室側の扉を開けて二人が姿を現す。

「今日は祝いだ!!存分に飲むぞ!!」

「はあ・・・。ご領主様。お酒を飲まれるのはいいですが、ほどほどになさってください・・・」

そう言いながら二人で抱えきれないほどの樽を抱えて台所に入ってきた。

「それで、肝心のアイク様とカレン様はどちらに?」

まるで何も見なかったかのようにエダが冷めた表情で僕らに聞いてくる。

「あの二人は・・・・。まだ庭にいるかもしれません・・・」

フレイアの言葉にエダがふうと一つため息を吐いた。

「昔から変わりませんね・・・。もういい年ですのに・・・」

そう言うや否や、外につかつかと歩いて行ってしまった。

少しすると、エダの凛とした叫び声が屋敷の中まで届く。

「こら!!いつまでそうしているんですか!!アイク様、よくお戻りになられましたと本当であればお祝いしたところですのに・・・。こんな寒い中、年頃の女性を外に立たせて!!本当に昔から気が利かないんですから!!早く中に入りなさい!!」

―――ええ・・・?なんでアイクが怒られているの・・・?

思わず喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。なぜなら、そこにいたみんなが、まるで何も聞こえていなかったかのように席に座り始めたからだ。

 「ほら!シリウス君も早く座りなさい!」

 アベルに促されるままに、僕はフレイアの隣に座る。

 そのまま待っていると、呆れ顔でまだぶつぶつと小言をつぶやいているエダと、どうして俺が怒られているの?という納得できないような表情を浮かべるアイク、そしてそのアイクに未だ抱き着いたまま離れようとしないカレンが入ってきた。

「いつまでもそうしていないで早く座りなさい!!」

なぜかエダはアイクを見つめたままぴしゃりと言い放つ。

ええーー??と言う表情を浮かべるアイクと、どうしていいか分からずおろおろとする僕と、そして全く耳に入っていないと言わんばかりの各々。

そうしてアイクがカレンを宥めて、ようやくみんなが食卓につく。

僕らの前に水の入った木の椀ともう一つ、空の椀が置かれた。

なんだろう?と思って見守る僕の前で、エダが黄金色の液体が入ったガラス瓶を片手に、アベルの椀から注いで回る。

全員の椀に注いで回ったところで、それをアベルが掲げる。

そしてそれに合わせて皆も自分の目の前にあった椀を掲げたので慌てて僕もそれに倣った。

「さて。今日は、アイクが十年の歳月を経てようやく家に帰ってきた」

そこで言葉を切ると、一人一人の顔をぐるりと見る。

「皆それぞれ思うこともあるだろう・・・。この十年の間に辛い日もあれば苦しい日も、そして悲しみに泣いた日もあるだろう・・・・」

エダとマルトがひっそりと泣いている。僕も胸にこみあげてくるものがあった。

「だが!!今日は!!今日ばかりは・・・悲しみにうつむくことは許さん!!失った十年がなんだと言うのだ!!これから私たちは、多くの時間を共に過ごしていく!!また再び、ここに新しく始まる家族の時間を祝って!!乾杯!!」

「乾杯!!!」

皆が手に持っていた椀を突き出し互いにぶつけ合う。

「そして!!今日ここにアイクとともに歩んでくれた仲間を招待できたことを心の底から嬉しく思う!!乾杯!!」

そう言って差し出された椀に僕はためらいがちにぶつける。

「乾杯・・・」

「乾杯!!」

そのまま椀に口をつけ、中に入っていた液体を皆が一気にあおり始めた。

僕も恐る恐る口を付けた。

ふわり、と鼻先に抜ける香りは、ほのかに甘いいい匂いがする。

そのまま、ぐっ、と一息に飲み干そうとし、その液体が喉を通り抜けた瞬間、かあっ、とまるで熱を持ったかのように焼けるような感覚がして、思わずむせてしまう。

「げほっ・・・げほっ・・・。これ・・・・なに・・・?」

アベルが面白そうに僕を見ている。

「これか?これは【林檎酒】だ。酒を飲んだことが無いのか・・・?」

心配そうにのぞき込んできてくれるが、むせてしまってそれどころではない。

「ああ・・・。何せ俺たちは奴隷だったからな」

代わりにアイクが答えてくれたが、奴隷だった、という答えに皆が沈んだ様子で沈黙してしまう。

そこに雰囲気を和らげるように、エダが色とりどりの料理を乗せた盆を持ってきた。

「とにかく!今は、お腹いっぱい食べましょう!お腹が減っていると、元気になれませんからね!」

どん!とテーブルの真ん中に置かれたのは、こんがりと焼けたあめ色に輝く大きな鶏肉だった。骨付きのその肉を、薄く切り分けて一枚一枚皿に盛り付け、僕らに手渡してくれる。

ふわりと立ち上った湯気とともに甘辛い匂いがするその肉は、じんわりと肉汁があふれ出し、思わずごくりとつばを飲み込んでしまう。

更にエダがもう一皿、新鮮な生野菜の上に肉のように赤い、魚の薄切りの切り身が乗った料理を置いた。

それをきれいに取り分け、僕らの前に置いていく。

生野菜の登場に思わず僕が目を見開く。それに、こんなに赤い肉のような魚?なんて見たことが無い。

いや、そもそもよく考えてみれば、魚なんて今までほとんど食べたことが無いかもしれない。

もしかしたら幼い時は村の近くを流れる川で捕れた魚を食べたことがあるのかもしれないが、物心ついてからは、炒った豆か、もしくは乾燥した肉か、くず野菜を塩で煮たうす味のスープとパンしか食べたことが無い。

更にテーブルの上に籠に入った大きなパンが何個も置かれる。

そして、最後に、どろりとした乳白色のスープのようなものが入った深皿が僕ら一人一人の前に置かれる。

湯気が立ち込めるそれは、見たこともない料理だった。

中にはゴロゴロと何かが入っているが、それが何かは僕にははっきりとは分からない。かろうじてニンジンのようなものと、大振りな肉が入っているのは分かったが、それ以外はなんだか全くわからない。

どうもキノコが入っているようだ。

思わず鼻を近づけて匂いを嗅ぐが、嫌な臭いではないが、何とも言えない匂いにすぐに顔を引っ込める。

「さて!料理も出そろったことだし!みんな食べよう!」

言うや否や、アベルは右手に持ったフォークで器用に鶏肉を持ち上げると大口を開けて一息に食べる。

少し熱そうだが、それでもおいしそうに食べる。

つられて僕も肉を口に運ぶ。

なかなかフォークに乗せるのが難しかったが、慣れない中でプルプルと震えながらも食べる。

―――美味い!

口に入れた瞬間、驚きで硬直する。

じんわりとにじむ鶏肉の肉汁が旨みを伝える。そして、普段食べる肉とは違い、とても柔らかく、ぱさぱさしていない上に、味付けも塩辛さはないためいくらでも食べられる気がした。

香ばしい甘辛の味付けがさらに食欲を刺激する。

驚くほどのスピードで食べ終わってしまい、名残惜しげに皿を見つめていた僕にエダがくすりと笑うと、「どうぞ」と言って、盛り付けてくれた。

それがとにかくうれしかった。

「さて!少し落ち着いてところで、アイク、シリウス、今までの十年間にいったい何をしてきたのか、そして何があったのか、教えてはくれないだろうか?」

アベルが唐突に口を開く。

その言葉にシチューと呼ばれるスープにパンを浸し、食べていたアイクが、ゆっくりと重い口を開き、語り出した。


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