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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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狩猟五

「なかなか帰ってこないね」

先ほどのモーリスとの喧嘩から約四半刻(三十分)ほど経ったが、モーリスは全く帰ってくる気配がない。

「ああ、あの二人は遅いな」

兄さんがうなずくが、兄さんが言っているのはどうやらリックとアイクのことのようだ。

「リックとアイクじゃなくモーリスだよ」

「おい、あいつのことはもういいよ」

いつになく冷たい口調の兄さんに僕は思わずびくりと身を縮める。

「あ、いや。だって、あいつはお前に散々ひどいことしていたんだろう?例えあいつが生きて帰ってこなかったとしても知ったことじゃないだろう?」

一瞬しまったという顔をした兄さんは、しかし、先ほど以上にかたくなな顔でまくしたてる。

なぜだろう?そう言われてはっとしたが、僕はモーリスのことを心配している。そしてそれ以上に、今しがた兄さんが言ったようにこの森の中で命を落とすかもしれないと思うと、非常に心が重くなった。

「うん。確かにモーリスはいつも顔を合わせるたびに僕のことをいじめてくる嫌な奴だけど・・・」

「なら!」

「でも!それでも、僕は身近な人には、いや、誰にも死んでほしくないんだ」

「シリウス・・・」

「それにさ、モーリスが言う通り僕はまだ幼くて足手まといだけれども、もっといっぱい訓練して、もっと大きくなって、それでもっと強くなって、認めてもらいたいんだ」

「そうか・・・」

僕の言葉を聞いて兄さんは一瞬ひどく悲しそうな表情を浮かべたが、しかし、すぐに笑顔を見せると、「シリウスはいいやつだなー」と言いながら頭を撫でてきた。

気恥ずかしくなった僕はすっと立ち上がると、「探してくる」と言って、森の中に入って行こうとする

「おい!一人で行くなよ!」

追いかけてこようとする兄さんに、「兄さんはそこにいて。僕が探してくる。迷わないように木に目印をしたら大丈夫だから」と告げると、リックとアイクのこともあるのだろう、すごすごと引き下がってくれた。

一人で歩く森はいまだに怖い。しかしこの三日間で僕は多くのことを学んだ。通り抜ける木に、手に持つナイフでバツ印を入れながら、ゆっくりと進んでいく。森全体に目を向け、何かモーリスの痕跡がないか探していると、あった。モーリスも僕と同じように木に小さく切れ込みを入れていている。

どうして僕がそれに気づき、どうしてそれをモーリスがやったと判断したかというと、傷ついている木の高さが全部一緒なのだ。それもおそらくモーリスの手の高さの上、均一の幅、深さがつくその傷は明らかに自然にできたものではなく、意図して刃物でつけられたものであると気付いたからだ。

それを目印に進んでいくと、どんどん霧が深くなっていく。

僕は視界がどんどん限定されていくので、これ以上進むかどうするか途中何度かためらってしまった。いや、森の中から聞こえてくる獣の叫び声に、かさかさと木を揺らす風の音に、思わず何度も足を止めてしまった。

しかし、ここまで来て引き返せないのもまた確かだ。明らかにモーリスは霧の原因である、森林の奥深くに向かっている。それは二人に見向きもされず、連れて行ってもらえなかったからなのか、それとも兄さんに負けてしまい、腹立ちまぎれに実力を示したかったからなのか、僕にはわからない。

ただしわかることはただ一つ。無謀にも彼はたった一人で魔物に立ち向かおうとしていると僕にははっきりと分かったからだ。いや、僕にしかわからないだろう。この三日間ろくに戦闘を任されず、ただ、三人が活躍しているのをはたで見つめ、荷物持ちに、解体に徹する僕は、僕らはこの持て余しているイライラをどこに向ければいいのか?

しかし、僕にはわからない。どうしてリックやアイクでさえも警戒し、おそらく恐怖している魔物に一人で立ち向かおうというのだろう?絶対に敵わないことがこんなにもはっきりと分かり切っているというのに。

僕が幼いからだろうか?もう少し年齢を重ねて大きくなればこのもやもやした気持ちに収拾がつかなくなって、自暴自棄に自分を投げ出してしまう時が来るのだろうか?

そんなことを考えている時だった。

霧の先から何かの獣の、「ギャアーー!」という苦悶の叫び声が聞こえてきた。

声の発生源は比較的近いがまだ距離があるようだ。撤退したほうがいいのだろうか?しかし、モーリスがまだ見つかっていない。もしかしたら、と思う。もしかしたら、彼が戦っているのだろうか?と。

必死で恐怖を抑え込み声のしたほうに向かっていると、「グルアアアー!」という獣の怒りをはらんだ叫び声が聞こえてきた。

そうしてたどり着いた窪地の真ん中に、四足歩行する真黒な顔のない、いや、よく見ると口だけ異常に発達した獣と、その足元に首から上が無くピクリとも動かない大型の獣が倒れ伏せている。

僕はその捕食の様子を木々の隙間からうっすらと覗き見ている。

とても怖かった。あんな獣は見たことがない。どうやって獲物を「見て」いるのだろう?どうやって「音」を聴くのだろう?どうやって「臭い」を嗅ぐのだろう?目も鼻も耳もなく、口ばかり異常にぎらついた牙が並ぶその大きな犬歯で、地面に倒れ伏している獣を食いちぎって咀嚼している。

前足で押さえつけながら、鋭く発達した牙で獲物を引きちぎり、腹の中に収めていくその様は、まるでお伽噺の中に出てくる怪物のようで、非常に恐ろしかった。

どれだけの時間その魔物の様子絵を眺めていたのだろうか。目が離せなかったからだろう、僕は視界の端に映る彼の存在に気付かなかった。

モーリスだ―。

そろそろと音を立てないように歩きながら、腰に佩く剣のさやからゆっくりと抜刀する。そして死角になる後ろからその魔物に近づくと、その距離が一息にとびかかれる距離を切った。

魔物は依然として食事に夢中のようだが、何せ目も鼻もないため表情がわからない。そしてどうやって獲物を感知しているか分からないからこそ、今のモーリスが正しいのかどうかわからない。

僕は誰知らずぎゅっとこぶしを握り締め、息をひっそりと詰めていた。

「はあ!」

一泊の気合とともに上段から渾身の力をもって剣が振りぬかれたが、がっと地面をたたく音がむなしく響く。

目の前にいたはずの黒い魔物は姿をかき消していた。

僕もモーリスも一瞬何が起こったか分からなかったが、モーリスのほうがたてなおるのが早かった。

きょろきょろとあたりを見渡しながら必死で地面に深く突き刺さった剣を抜こうとするが、焦りからだろうか、全く剣がびくともしない。

一陣の風が吹いた。少し離れた位置にいる僕の髪をなでる風に不思議に思う間もなく、モーリスの体が吹き飛んだ。

気付いた時には大木の幹にたたきつけられたモーリスと、黒い魔物がおよそ五メートルほどの距離を隔てにらみ合っている。

早く立ち上がって逃げろ!モーリスに対し怒鳴ろうとする僕の目に動こうとしないモーリスの腹から赤く血がにじみ出てくるのが見えた。

かなりの出血量なのだろうか?見る間に真っ赤に染まっていく腹を見て僕は思わず駆け出していた。

魔物には顔がなくあまり表情がわからないが、それでも食事を邪魔されていらだっていることははっきりと分かった。

この時、僕はどうしてだろう。近くに落ちていた石を拾い上げながら、その魔物がゆっくりと動き出すのが、いや、動き出そうとするのが見えた。

あっと思う間もなく僕は手に持つ石を思いきりモーリスの近くに放り投げた。

まだ魔物が動いていないにもかかわらず、だ。しかし、その時の僕は確信めいたものを感じていた。今この時、ここに投げれば当たる、と。

僕が石を投げるのと、魔物の姿が掻き消えるのがほぼ同時だった。

モーリスがはっと息をのみ、目をぎゅっとつぶった。

魔物が喉元にかみつこうとする、そこに狙いすましたかのように僕が放った石が魔物の額に当たった。

その魔物がぐるりとこちらに首を向けた。

魔物があまりにも速い速度で突っ込んだからだろう。石が当たったところが少し切れて血がにじみ出ていた。

「カアアアーーーー」

甲高い叫び声をあげてこちらを威嚇するその魔物は明らかに激怒している。

足が震えた。剣の鞘に手をかけるが、震えてうまく握れない。

必死で剣を構えたが、おそらく一矢報いることさえできずに死んでしまうだろう。しかし、おかしなことに圧倒的な恐怖のため、死ぬことの実感がわかない。

どうしてこんなことをしてしまったのだろう?今更になって後悔が押し寄せてきたが、もうどうしようもない。

「うわーーーー!」

腹の底からひきつった震え声が漏れ出る。必死に回らない足を動かして魔物に向かっていくが、近くに感じた距離が一向に縮まる気がしなかった。

魔物が動いた。

異様な圧力を持つ大口を開け飛びかかってくる。

牙がびっしりと生えているのがはっきりと見えた。

魔物との距離が一息に縮まっていく。

気付けば右手に構える剣を突き出していた。

剣の切っ先が、吸い込まれるように魔物の口内に入っていく。

そのまま貫くかと期待したが、魔物は一瞬で首をグルんと回すと回避されてしまう。それだけでも驚きだが、それだけにとどまらず、僕の視界いっぱいを黒い何かが覆ったと思うと、とても強い力で殴り飛ばされてしまった。

ゴロゴロと転がる僕は必死に立ち上がろうとするも、頭が割れるように痛い。視界がぐらぐらとしていて全く体勢を立て直せない。

ぺた、ぺた、と足音が、ぐるぐる、という喉を鳴らす音が聞こえる。

死の足音が近づいてくる。

ここにきて僕は今まで考えないようにしてきた疑問が頭に浮かび上がっては消えていく。

どうしてモーリスを助けようとしているのだろう?

あんなにいじめられていたのに・・・。

どうしてこんなにも必死になっているのだろう?

あんなに嫌いだったのに・・・。

どうして兄の忠告を無視してまで追ってきてしまったのだろう?

兄さんと僕にひどいけがを負わせたのに・・・。

どうして僕が死にそうになってまで立ち向かっているのだろう?

絶対に敵わないと数瞬前まで震えていたのに・・・。

どうして?どうして?どうして・・・?

どうしてだろう?不思議と怒りはわいてこなかった。それが一番不思議だった。

それに、悪くない気分だった。

魔物の顔が視界いっぱいに広がっていた。

あきらめの気持ちが浮かんできた。兄さんに申し訳ないな―。

最後に浮かんだのは生まれてから一番身近で支えてくれた唯一の家族の顔だった―。


新年あけましておめでとうございます。

今年はよろしくお願いいたします。

今年は頑張っていきたいと思います。


Uターンラッシュが・・・。疲れました・・・。

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