故郷一
皆さま大変申し訳ありません・・・。なんとか今日から更新したいと思います。それでも20日まではもたないかもしれません・・・。
何とか今後も応援のほどよろしくお願いいたします。
どれくらいそうしていただろう。
不意に後ろで物音が聞こえた。
がさがさと茂みをかき分けてくる音が聞こえる。一瞬身構えた僕とアイクだったが、その人物が姿を現すと、アイクの動きが止まる。
「おや?珍しい・・・。どうやら先客がいたようだな・・・」
そして、向こうから歩いてきた壮年の男性もぴたりと動きを止めた。
それはとても壮年には思えないほど溌剌とした、覇気を感じる筋骨隆々の男性だった。短く刈り込んだ頭髪と、きれいに揃えた髭が特徴的な、少し角ばった顔つきの男性だ。
―――一目でわかる。強い・・・!
その男性の額には深いしわが刻まれており、頭髪や、髭にも大分白いものが混じっていて年齢を感じさせるが、日に焼けた肌、鋭い視線、少しもたるんだところのない頬、体つき、何より、その立ち姿には年齢を感じさせない凄みがあり、一部の隙も無い。
見た所武器らしい武器は所持していないようだったので、盗賊の類ではないだろう。
思わず警戒する僕と対照的に、アイクはぴたりと止まったままだ。
そして、同じように、最初は胡乱な視線をこちらに向けていた男性も、しばらくすると、その瞳を驚きで見開く。
「ま・・・さか・・・・」
「父・・・・さん・・・・」
二人が同時に口を開いた。
アイクの口から洩れた言葉に思わず僕は硬直する。
「ああ・・・・!神よ・・・・!ああ・・・・!」
感極まったのか、アイクに父と呼ばれた男性がゆっくりと近づいてきた。
「まさか・・・・・。まさか・・・・・アイク・・・・なのか・・・?」
手を伸ばせば触れ合いそうな距離で、二人はお互いを見つめたまま動きを止めた。
「ああ!そうだ!・・・・老けたな・・・・父さん・・・・!」
その言葉を待っていたようにアイクをガバリと抱きしめた。
「よく・・・!よく!無事だったな・・・!ああ・・・。お前と生きて再び会えるとは・・・」
感極まって泣き出してしまった男性は、そのまま一度アイクを抱きしめていた腕を離すと、確かめるように顔を見つめ、再びきつく抱きしめる。
「父さん・・・・。もう離しても、いいんじゃないか・・・?」
幾分苦しそうにアイクがうめくが、力強く抱きしめたまま離さない。
「ああ、これが夢ではないとは・・・・・!何度夢に見たことか・・・!この十数年、お前のことを忘れたことなぞ一度もない・・・・!」
「父さん・・・。分かったから。仲間も見ていることだし・・・・」
アイクがいくら言っても、その男性の耳には全く届いていないようで、しっかりと抱きしめたまま、感極まったように言葉を重ねる。
「お前を、ウルの街の防衛に派兵した時には、嫌な予感がしていたんだ!だが、長男のアトラスを派兵するわけにもいかず・・・。だからと言って若いお前を派兵するのも気が引け・・・。だが、当家から誰にも出さないわけにもいかず・・・・。悩みに悩んだ末お前が名乗りを上げたから内心安堵したが・・・・。お前を行かせなければよかったと、あれほど悔やんだ夜はない・・・・」
「父さん・・・」
血を吐くような言葉だった。アイクもそれを聞いてなすがままになる。
「敗戦したと聞いたときの俺の不安・・・・。そして、派兵した一団が戻ってきて、お前ひとりがいなかった時の・・・・あの、驚愕・・・・。全員を逃がすために、お前が一人殿となって犠牲となったと聞かされた時の誇らしい気持ちよりも先に、胸が張り裂けるような悲しみ・・・・・!」
ここに来てようやく僕は理解した。どうしてアイクが奴隷となったのかを・・・。
「お前は生きているのかと・・・・・、毎日心配だった・・・・。風の便りに、あの帝国の侵略で最後まで戦い抜いた兵たちは奴隷として捕まった、と聞いたときは、生きているのではないか?という期待と、そして、もう二度と会えないのではないか?という恐怖で・・・・、何も考えられなかった・・・・!何度祈ったことか・・・・!何度あきらめたことか・・・・!それでも・・・・いつか、帰ってくるのではないか?と・・・・願い続けていたぞ・・・・・!」
静かに慟哭する男性をなだめるようにアイクはその背中をさする。
たっぷり時間をかけて落ち着いた男性は、ゆっくりと名残惜し気に、それでも満足げにアイクから体を離すと、その手を肩に置いたまま、笑顔で口を開く。
「積もる話もあるが、まずは言わせてくれ。お帰り!」
アイクはとても嬉しそうだ。それでいて、どうしてか顔を歪めている。
「ああ・・・!ただいま!」
そうして見つめ合ったのち、急に男性が僕のほうにくるりと体を向けてきた。
「初めまして。私の名はアベル。アベル・ガルガロス。アイクの父親だ。君は、アイクの仲間、でよかったのかな?」
堂々とした立ち振る舞いに思わず緊張してしまう。
「あ、はい・・・。シリウス、と言います・・・」
緊張して、たどたどしい僕の様子にアイクが助け舟を出すように横から割って入る。
「父さん。こいつはまだ成人して間もないのに、剣闘士として生かされていた時から、そして逃げ出してここまで旅を続けている間、ずうっと俺を、俺たちを助けてくれたんだ。自慢の仲間だ!」
アイクの言葉に目頭が熱くなる。そんな風に思われていたとは考えてもいなかった。
ただし、よくよく考えてみれば、アイクの言葉はどうにも大げさなような気がする。
―――助けていたっけ・・・?助けらていた・・・、の間違いではないのかな・・・?
聞き間違えたかな?と思っていると、アイクの父アベルが目を見開く。
「おお!それはすごい!!まだ若いだろうとは思っていたが、成人して間もないとは・・・。その上、アイクを助けてくれたと聞けば、是非、我が家で逗留して行ってはくれないだろうか?」
「え?」
言葉が難しすぎてよくわからなかった。思わず聞き返す僕にアイクが教えてくれる。
「俺の家に泊って行けとさ。来るだろ?」
悪戯っぽく笑いかけてくるアイクに僕も満面の笑みで返す。
「うん!!」
僕の元気のいい返事を聞いて嬉しかったのだろう、アベルは大きく笑う。
「それは重畳!!しかし、アイクよ・・・。いかなこの十数年市井の中で生活していたとして、その言葉遣いは・・・・」
顔をしかめ苦言を呈するアベルにアイクはどこ吹く風だ。
「父さん・・・。それはとりあえずいいから、家に帰ろう」
それでもまだアベルは釈然としない表情をしているが、再会の歓びに負けてしまったようで、すぐに表情を改める。
「うむ!お前の言う通りだ!!積もる話もあるだろう!この十数年を埋めるために今日は夜が更けるまで話し明かそう。そしてシリウス君!ゆるりと寛いでいくといい!!歓待しよう!!」
元気にアベルが山道を下りていく。
随分と歩いただろうか、段々と坂道が緩やかになっていき、どんどん視界も開けてきた時、その後ろをアイクが歩きながら、アベルの背に問いかけた。
「なあ、父さん」
「なんだ?」
「母さんの墓に、何か用事があったんじゃないのか?」
ぴたり、とアベルの動きが止まった。
「ぬおおおおおーーー!忘れていた!!お前に会うことができた興奮ですっかり頭の中から吹き飛んでしまったわーーー!!」
頭を抱えながら、蹲るアベルに、アイクが、ぽん、と手を置く。
「まあ、まあ。随分と来てしまったし、俺がきちんと挨拶してきたから大丈夫だろう?」
「そう・・・か・・・?」
「そうさ!それに母さんも、俺が帰ってきたことの歓びのほうが大きくて、父さんが今から墓前に向かってもそれどころではないだろう?」
「そう・・・・かな・・・?」
なんだかそれも気の毒な話であるように僕には思える。
しかし、アベルはアイクの言葉を受け、ようやく立ち上がる。
「そうかもしれんな・・・。まあ、いい。とにかく今は家に帰ろう!」
僕は先ほどから黙ったまま二人の後ろを歩いているので、何も言わない。
再び歩き出したアベルは、ずんずんと進んでいくが、ふと、少し歩くと、速度が落ちる。そして、後ろを歩くアイクを振り返った。
「なあ、本当に母さんは怒らないかな?」
「大丈夫だ」
「そうか・・・」
そうして再び歩き出す。どうやら山を出たようで、家並みがぽつぽつと見えてきた。
一面に畑が広がっており、その畑一杯に、黄金色をした不思議な背の高い細長い植物がざわざわと風に揺られてそよいでいる。
風が吹き抜けるたびに、ざあ、と揺れる一面の草に、思わず嘆息が漏れる。
―――きれいだな・・・。
しかし、一体あれは何だろう?一面に咲き誇っているが、どこにも食べられそうな実が見当たらない。
もしかしたら地中に埋まっているのだろうか?そう思うが、背の高い草は、強く引っ張った瞬間にちぎれそうで、どうにも頼りなげに見える。




