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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ー迷いの森八

恐ろしい速度、威力があったようで、後ろにあった大木に直撃し、半ばからすっぱりと切断され、ずどおおん!!と大きな音を立てて地面に落ちる。

そして、男の体も地面に崩れ落ちる。

どさり・・・。

一体何が起こったか分からなかった。

それでもよくよく見てみれば、地面に崩れ落ちた瞬間に、首と胴体が泣き別れ、どくどく、と流れだした鮮血が地面に広がっていく。

その切断面は、風の斬撃で断ち切られた大木と同様、ひどくきれいで、察するに幾筋も斬撃を飛ばしたのだろう。

とてもではないが、勝てる手合いではない。

満足そうに笑むファントムの後ろから、片腕をもがれたにもかかわらず、恐ろしい速度でもう一人の男が飛びかかっていく。

もう逃げられないと悟ったのか?

死角からの決死の突撃もはっきりと分かっていたのだろう。くるりと体をひねると、そのままの勢いに合わせて前足を振りぬく。

男も反撃されることなど分かっていたのだろう、思い切りのけぞってその下を掻い潜ると、天に向かって片腕の剣を振りぬき、その振りぬかれた大きな前足に一条の傷をつける。

鼻先が触れ合うほどの近くまで近づき、その顔面に蹴りを放った。

しかしそれでも全くひるまないファントムはその胴体にがぶりと噛みつく。

「ち・・・・くしょう・・・・・」

ごぼり、と血を吐きながら倒れた男はすでに息を引き取っている。

余りにもあっけなく、そして、最後まで懸命に闘ってみせたにも、顔も知らぬ追跡者たちは、この誰も立ち寄ることもない森の中で、激闘の中、ついに息絶えた。

ひっそりと息を引き取った二人の追跡者たちを見つめながら、そろそろと詰めていた息を吐き出す。

最後まで勇敢に戦って見せたが、最後の最後で、男は致命的なミスを犯した。

余りにも対人戦に慣れていたからこそ、負けたのだ。

 ファントムには目も、鼻も、耳すらない。

のっぺりとした顔の中で、下半分を覆うほどぽっかりと空いた口が特徴的だ。

だからこそ、その顔面めがけて蹴り足を放っても、効果などあるはずがない。

普通の生き物であれば当然急所となるはずの瞳や、鼻柱、そして眉間と言った物が存在しないのだから。

彼らはおそらく帝国でも腕利きの追跡者として特別な訓練を受けてきたのだろう。だが、それは、多くは対人戦闘を想定したもので、中には魔物相手もあっただろうが、こういった、特殊な魔物を想定したことはなかったのだろう。

俺であれば、あそこの密着した状態、危機的状況でもあり、同時にまたとない千載一遇のチャンスの中で、蹴りを放つということは絶対しない。

それは一番の悪手だ。

もし、あの場面だったとして、最善手はリックが当時行ったように、危険を承知で片手を口の中に突き込み、口内から脳を剣や魔法で破壊することだろう。

そんなことを考えているうちに、ゆっくりとだが硬化薬の薬効が抜けてきた。

ファントムは、倒れた男二人を口元に抱え、引きずりながら悠々と森の奥、霧の中へとすでに姿を消していってしまった。

その日はそのままその場から動くことなく、体を休める。

それほど歩いたわけではないし、戦闘をしたわけではない。

それでも、緊張感からか、思いのほか疲労感が押し寄せてきた。頭の奥がずきずきと痛む。目の奥もなんだかひどく重い気がした。

だからだろう、どちらからと言わずに倒れるように眠りに落ちていった。


明けて翌日、禁則域をゆっくりと注意しながら抜ける。今まで以上に警戒が必要だが、何せ、禁則域は人が入ることを禁止した地帯だ。情報が全くなく、その範囲、そして生息している魔物の種類、数すらも分からない。だから、もと来た道を一日かけてゆっくりと戻ることにした。

そうすれば、禁則域から、俺たちが今いる位置は風下となるため、ファントムに気取られることも無くなるだろう。

そこからゆっくりと再び北上し、二日後には東に向かって進路を取る。

最初のうちは強い横風だったが、三日後くらいには背中を押す追い風に変わった。

それはまるで故郷に帰る俺を勇気づけてくれるようでひどく心強く、何よりとても嬉しかった。

ここまで来れば、もう最低限の注意さえ払っていれば森を抜けることも容易になっている。

どんどん霧が薄くなっていくのも俺たちの心と足取りを軽くする要因となっている。

そして、追い風に背中を押されること一週間後、ついに霧が開けた。

森の端で、今まで約一月ほどずうっと感じていた風がぴたりと止み、久方ぶりの眩しい太陽の陽ざしに涙が出そうになる。

森を抜けた先は――――山の中腹だった。

この山を下りると、三方を山に囲まれ、少し標高が下がった盆地になった街がある。

海に面したきれいな港町だ。

何より、三方を囲む山は、海風の影響でほとんどが気が全く生えていない一面草が生い茂る牧草地帯となっている。

この迷いの森だけが、森と森以外を分断するように強い風が吹き付けているために海から吹く潮風の影響を受けない、を昔から言われている。

とにかく、広大な、それでいてのどかな街なのだ。

海から吹く潮風がかすかに漂ってきた。それを胸いっぱいに吸い込んだ。

―――ああ・・・ようやく・・・・。ようやく帰ってきたのか・・・・。

思えば長かった。奴隷となり、十年以上が経過しているが、久方ぶりに見る、夢にまで見た故郷は、かすむ記憶の中と寸分たがわないように感じる。

「シリウス。街に行く前に少し付き合ってくれ。お前に見せたい場所があるんだ」


***


霧深い森を抜けるのはとても怖いはずだった。

しかし、森を抜けた今となっては、なんだかひどく現実味が薄かった気がする。漂う濃霧の中を、強い風にさらわれながら、大きな背中だけ見つめて歩き通した。

それは、まるで夢の中を歩いているような時間だった。

生まれて物心ついてから、今日この瞬間までの、辛く、苦しく、そして悲しい単調な日々の焼き増しを見ているような心持だった。

思えばここまでの日々も、森の中から始まっている。

燃える街をうっすらと思い出した。煙に巻かれ逃げ惑った夜の森は、後ろに残してきた「迷いの森」とどこか似ていた気がする。

うっすらと曖昧な記憶の中で、似ていると感じたのは、そこが苦しみの終点だと思っていたからか、期待していたからか、あまりにも時間的に余裕があった今回の森越えは、僕に、今まで起きた過去のことをゆっくりと思い起こさせ、そして、見つめ直させるのに十分な時間があった。

それでも不安や、迷いは一切ない。

後悔や、悲しみ、そして恐れの感情は全く感じなかったかもしれない。

それは、前を歩くアイクの姿が常にあったからだ。

信じていた。何よりも、この世の誰よりも信じている。

思えば、僕は、兄に支えられ、リックに救われ、ローグと、セルバに助けられ、そしてアイクに導かれて、ここまで来た。

今までの長かったようで短い人生の中で、誰かに手を差し伸べられ、そして誰かの影に隠れ、何とか生きながらえることができた。

感謝の気持ちがあふれ出している。

森の中でとても強かった帝国の尾行者二人を追い詰め、そして追い詰められた時も、それほど怖くはなかった。

隣にアイクがいたから。

いつも僕を守っていてくれたから。

今まで僕を守ってくれていた人たちの多くは命を落としてしまい、もう会うことはできない。

この感謝の念を伝えることはできない。

だからこそ、今この場に立って、こんなにも胸の奥が痛むのだ。

こんなにも熱くなった瞳から涙が零れ落ちるのだ。

張り裂けそうなほどの心の痛みに叫び出したいのに、流れ出てくる涙に任せて、必死にこらえようとしても嗚咽が止まらない。

 なぜならこの場所は・・・・。

兄が憧れてやまなかった場所だからだ。

眼前が開けた山の中腹から、絶壁がそびえ、足元には深い森が広がっている。

だが、その開けた視界の奥には、街並みが、とてもきれいな街並みが見える。

そして、その先には、広大な景色が広がっている。

―――海だ!

アイクに連れられてやってきたところから、木々の間を抜けて日が差し込んできて、その背中越しに振り返ったアイクを、眩し気に見つめ返す僕に、アイクが一言告げてきて。

僕は、それが何だか、一瞬分からなくなって。

随分長いことぽかんとしていた気がする。

それでもようやくその言葉の意味を理解して、アイクの横に駆け寄ると、視界いっぱいに開けた広大な蒼い、どこまでも蒼い景色を呆然と眺める。

空の蒼さを湛えるように、映しこんだ蒼は、どこまでも、どこまでも果てしなく続く。

地平の果てで空と一つに繋がったその景色は、どこからが海で、どこからが空なのか境界すらはっきりと分からない。

雲一つない空に浮かぶ太陽が、磨きこんだ鏡面のような水面に映え込み、空を、海を、あたりを輝きで染めている。

海の水が寄せては返す陸地は、草花が全く生えていない一面の砂地で、どこか寂し気で、それでいて、どこか神秘的だ。

ざあ、ざあと寄せては返す水は、砂地とぶつかると白い泡となって飛沫を飛ばし、一瞬後には何事もなかったかのように消えてなくなる。

その景色に見せられたように涙があふれ出し、しまいには声をあげて泣いた。

ずうっと、ずうっと、それこそ声がかれるんじゃないかと思うほど、その場で泣き続けていた。

隣に立っていたアイクが優しく僕の背中を撫でてくれた。

ゆっくりと見上げると、アイクの顔も涙でぬれている。

声もなく、たださめざめと静かに泣いている。


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