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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ー迷いの森七

思いたち、ゆっくりと、繊細に魔力を練り上げ始めたその時、追跡者の男の振り上げた剣が、ひとたび空を切った。

しかし、次の瞬間にはまるで何事もなかったかのように襲い掛かってきたファントムをいなし、すれ違い際にもう一太刀浴びせようと剣を振り上げた。

再び空を切る!!

まさか・・・!

そしてそれを境に雪崩を打つように押され始める。

もはや、ファントムの速く、重い攻撃をしのぐので精一杯なのか、すれ違うたびに衣服を破かれ、軽傷を負い、ぶつかるたびに吹き飛ばされ、しまいには、木々の間を縫って必死にその場を退避しようとしだしたが、それでも逃げること敵わず、背中から組み伏せられてしまう。

ガバリ!と今にもその頭を食いちぎらんと開いた口を必死に両手で抑え、何とか踏ん張っているが、体勢と力、何より体重の関係で、その押し合いが終わるのは時間の問題に思えた。

もう一人のほうも大木に追い詰められ、立ち上がったままの体勢だったが、交差した剣を構え、懸命にファントムの噛みつきを抑えている。

ぎしぎしと腕が軋んでいる。

―――いけ!!倒せ!!

心の中で快哉を叫んだ瞬間、追い詰められていた男たちの体から爆発的な魔力の高まりを感じた。

「―――舐めるなああ!!!!」

「―――くそがああ!!!」

初めて聞く大声に、思わず驚きをもってその場を静観していると、目を疑うことが起こった。

追跡者たちを追い詰めていたファントムの体が、急にゆっくりと傾きだし、そして、ずどおん!!と大きな音を立てて地面に倒れてしまった。

―――はああ!?一体・・・・何が・・・起こった・・・・!?

俺の頭は混乱の極みにあった。

確かに魔法発動の兆候はあったが、それでも、何か目に見えて魔法を発動したような形跡は全くなかった。

そしてそれ以上に、男たちは先ほどの追い詰められた体勢のままで、今、目の前で奴らを追い詰めていたファントムが横倒しに倒れるまで、その一挙手一投足に着目していたが、動いた形跡すらない。

―――何が・・・・起こった・・・・!?

未だ混乱の淵にある俺と同様に、ファントムも混乱しているのだろう、ゆっくりと仲間の死骸と、そして追跡者たちの周りをぐるぐると回るだけで、すぐに飛びかかるような真似はしない。

ゆっくりと立ち上がった男と、大木から体を起こした男は、パタパタと着ていたマントの汚れを落とすように叩く。

そしてだらりと、剣を構えていた両手をたらすと、じろり、と、まるでまだ闘うのか?と言わんばかりの傲岸不遜な態度であたりを見渡す。

その雰囲気を感じ取ったのだろう。一斉に威嚇の唸り声をあげ、再び飛びかかって行ったファントムに向かって、魔力を高めてじっと待つように、ただ、佇む。

そしてその爪牙が体に触れる、と思った次の瞬間、力を失ったようにファントムが地面に落ちる。

それを冷めた目で見つめながら、わずかに体を動かすだけで逃れ傷一つ負っていない。

三度ファントムが襲い掛かる。

そしてそれは全く同じように奴らの体に触れる前にばたりと魂が抜け落ちるように力を失い地面に倒れる。

だが、ここまで三度見たおかげで、そのからくりの一端をわずかに垣間見ることができた。

―――恐らく周囲に漂う濃霧と疑うほどの霧を使っている・・・。

―――水を操る・・・のか・・・?

―――ファントムが吸い込んだ、魔力を多分に含む霧を、奴らの体内で一瞬で固めて、体を内側から破壊して・・・いる・・・?

よくよく地面に倒れ伏したファントムを見やれば、その口内から多量の血がどくどくと流れている。

―――その有効範囲は?威力は?なにより、弱点、攻略法は・・・、一体なんだ・・・?

必死で考えを巡らせたが上手い手はまるで見つからない。ばかりか、気が付けば、あれだけいたファントムが全滅し、すでに地面には夥しい量の血と死骸が転がっている。

くるりとこちらに体を向けた追跡者たちが、一言も話すことなくずんずんとこちらに向かって歩いてくる。

―――まずい!まずい!まずい!

「硬化薬」のせいで動かない体がもどかしく、焦りでうまく働かない頭を必死で回転させ、現状の打開方法を考えるが、まるで浮かばない。

彼我の距離が十メートルを切ったとき、あきらめの感情が浮かんだ。

不気味な奴ら追跡者たちがこれから俺たちに一体何をするのかはわからない。

それでも、生かされて返されることはないだろうと思える。

運が良くても捕まってしまうだろう。最悪の場合は殺されてしまうかもしれない。

―――シリウスだけでも・・・・。生きてほしいなあ・・・。

そう思ってはみるが、どれだけ相手に懇願してもそれは叶わないだろう。

何より、たとえそれが叶ったとして、それをシリウスは決して良しとしないだろう。

はあ、はあ、はあ・・・・・。

シリウスも緊張しているのだろう、じゃりじゃりと土を踏んで男たちが近づくにつれて、浅い呼吸の音がいやにはっきりと聞こえてきた。

―――いや!違う!!

その呼吸音は後ろからではなく、前から聞こえる!

よくよく見やればフードを目深にかぶった眼前の男たちの肩が何度も上下している。

―――「硬化薬」の効き目さえ切れれば、もしかしたら・・・!

むくむくと淡い期待が芽生えてきた。

―――いや、そもそも「硬化薬」自体が、前線で大盾を持って守りを固める兵士が、吹き飛ばされないようにと作られた丸薬だ。

―――であるならば、一度、もしくは二度くらいなら奴らの攻撃に耐えることができるのではないか・・・?

その距離が数メートルを切った。

二人の男はぴたりと足を止めるとゆっくりと息を吐き、吸う。

だらりとぶら下げたままの両腕が、ゆらゆらと風に揺れている。

ひどく不気味だった。

―――早く!早く!早く!

内心冷や汗をかきながら、「硬化薬」の薬効が切れるのを、今か今かと待ちわびる。

じゃり!

二人の男が一歩を踏み出した次の瞬間、遠くから風切り音が聞こえてきた。

ひゅん!!

男たちもすでに限界を迎えていたのだろう、それは、幻覚を見せる霧の影響か、もしくは先ほどのファントムとの戦闘からくる疲労か、はたまた、連続した魔法の行使に伴う魔力不足が原因か、俺には分からなかったが、それでも、反応が遅れたことだけは分かった。

どおおん!!

近くの地面が揺れ、思わず吹き飛ばされそうになるが、必死でこらえた。

巻きあがった土煙の奥に、今、飛び込んできた大型のファントムの姿が映る。

―――よし!!!

思わず心の中で快哉を叫んでしまった。

それもそのはずで、眼前まで迫っていた二人の男は、背中を強かに打ち抜かれ、左右の大木に全身を強打し、ゆっくりと起き上がろうとしているが、うまく立ち上がれていない。

カアアアアアアアアアア!!!!!

びりびりと鼓膜を震わせるほどの大音声でファントムが吠える。

その威圧感は先ほどの比ではない。

それを追跡者たちも理解しているのだろう、くるりと背を向けると、大木の後ろに回り、そのまま霧深い森の中に消えようとしたが、それを許してくれるほど優しくはない。

左に走って逃げようとしていた男に、目で追えないほどの速さで、まず飛びかかると、くるりと振り返って迎撃しようとした男の左手を、一瞬でばくりと食いちぎってしまった。

「くっ!!」

思わずと言ったようで苦悶の声が漏れる。

その姿を追うように振りぬいた片腕の剣は空を切り、すでに目の前からファントムの姿は消えてなくなっていまっている。

そして、右手側に逃げた男を追うように飛びかかったファントムは、木々の間を縫うように飛びかかり、地面に引き倒してしまった。

先ほど同様に必死で噛みつきから逃れようと口元を抑えるが、今度は力及ばずがぶりと噛みつかれてしまう。

だが、男もさるもので、懸命に身をよじり、何とか急所は避けたが、それでも肩口を抉るように嚙み千切られ、「ぐ、ああああああ・・・・!」と苦鳴が漏れ出る。

しかし、ファントムはすでに致命傷の男から一瞬で飛びのいた。

恐らく危険を察知したのだろう、ファントムが今までいた場所には魔力を多量に含んだ濃密な霧がぐるぐると渦巻いている。

非常に勘が鋭い。眼前の男の危険を察知し、一瞬で退避したようだ。

ゆっくりと肩口を抑えながら立ち上がった男はフードの下から無機質な瞳に昏い光をたたえゆっくりと睨み据える。

ファントムはにやりとその特徴的な唯一の表情出る口元を笑み歪めると、魔力を高め始めた。

一瞬で高まっていく魔力に、男は必死に飛び退ったが、その横を高速で何かが通り過ぎる。

―――風の斬撃だ。


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