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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ー迷いの森五

次第にぼんやりしていた意識が覚醒してきた。

ゆっくりと眠りから覚めるように夢が消えていく。

嫌にはっきりした夢だった。普段であれば、夢うつつの中でどんどん、まるで手のひらで掬った水が零れ落ちていくように無くなっていく夢の記憶が、いまだにはっきりと、鮮明に残っている。

視界は霧で覆われ、日の光もあまり差してこないために、薄暗く、今が何時なのか全くわからない。

それでも、今吹き付けてきている風向きが、背中を押す追い風であったために、夕刻ではないことは確かだった。

ゆっくりと視線をあげると、シリウスがゆっくりと目を閉じたまま座っている。

「寝ているのか・・・?」

小さな声で窺うように問いかけると、「起きてるよ」と返された。

どうやら起きているようだ。

ゆっくりと目を開けたシリウスが、ひどく不安げな表情で問いかけてくる。

「さっきからずうっと考えていたんだけど・・・・。風向きがどんどん、どんどん変わっていって、全然一定じゃないんだ・・・・。だからかな?ずうっと同じ場所に座っているはずなのに・・・・、霧に覆われた森の景色が変わらないせいもあるんだろうけれど、自分のいる位置がふとした拍子に分からなくなってしまうんだ・・・・」

「そうか・・・」

「どうして、朝方だけ風向きが一定だったの?もしかしてそれもそう感じているだけで、ぐるぐる同じところを回っていただけ・・・・なの?」

思わず感心してしまった。気付いたようだ。昔の俺とは違って、あらゆることに無知で、純粋なだけで、洞察力は鋭い。

「いいや。ここでは朝方と夕方だけ風向きが一定になる。だからこそ、その時にしか歩みを進めないんだ。よく気付いたな」

にこりと微笑みかけると、シリウスも照れたようにうつむきながら笑う。

「いや、あれだけヒントをもらえれば気付くよ」

「そうか・・・。とにかくそういうことだから今はゆっくり体を休めろ」

後ろの追跡者たちも気になる。

まだ、いや、この森の中だからこそ、その気配を感じ取ることは容易ではない。

だが、日を重ねれば必ずその時がやってくる。

それまで焦らないように、気長にこの森を歩いていかなければならない。

そうして夕刻になる。日が沈みかける時、風向きが変わる。

吹き付ける風を受け、ゆっくりと体を起こし、風に逆らうように進む。

宵闇が漂う深い森は、それでなくとも歩きづらいのに、足元は完全に数歩先すら見通せないほど暗く余計に歩きづらい。

一歩一歩確かめるように歩いていく。

時たま聞こえる生き物の鳴き声が恐ろしく不気味に聞こえる。

一度通り抜けた森ではあり、その時も不思議に思ったが、気配は感じるのに、ほとんど生き物の姿は見えない。それが異様に不気味だった。あの時はほとんど感じなかったが、今大人になった自分が恐怖しているのが手に取るように分かった。

そしてこの森で追跡者を振り切るために、無茶をして禁則域と呼ばれる地帯を抜けるために否が応にも緊張が募る。

その時、不意に後ろから声をかけられた。

「大丈夫だよ。アイクなら大丈夫!」

思わず後ろを振り返ると、シリウスが、にっこりと笑いながら付いてきていた。

―――そうか・・・、一人じゃないのか。

なぜだか不思議と落ち着いてきた。たった二人だけなのに・・・。

「何を根拠に・・・」

思わず笑ってしまった。

その日はきっちり半刻だけ歩みを進め、風向きが変わった瞬間、それ以上進むのをやめた。日は完全に沈み、もはや手元すら見えないほどの暗さである。

辺りに霧が立ち込めているからか、ひんやりと冷たく感じる。そして、着ている衣服がしっとりと濡れている気がしてならない。

それがひどく不快感を増す。

冷たくなった固いパンと乾燥させた肉をぼそぼそと食べながら、ゆっくりと眠りにつく。

口元を覆う布がまだ慣れていないからかうっとうしいが、これは生命線だ。この布を取り払ってしまえば、幻覚作用を持った霧を吸い込んでしまい、この森で生きていくことは困難になってしまう。

だからこそ、寝ている時でも絶対に外すことはないし、外れないようにきつく結びつける。それはシリウスにも厳命している。


それから何日歩いただろう。

毎日、朝日が昇る前に起きだし、半刻だけ歩き、そして夕日が沈むころまでゆっくりと体を休め、それからまた半刻だけ歩く、と言う生活を続けていたら、今がいつなのかもわからなくなってきてしまった。

気が狂いそうなほど単調で、何より、後ろからついてきている追跡者たちの存在と、この森の不気味さが神経を削る。

一週間ほど歩いただろうか、その日の夕刻の前に、羅針盤と呼ばれる魔道具を取り出した。

この森の全長ははっきりと分かっているために、森の中心を避けるために、一週間ほど歩いたら進路を南か、もしくは北に変えなければならない。

俺たちは北に進路を取ろうと思っている。そちらのほうが、故郷が近いからだ。

円形の器に並々と水を湛え、その中心に先が細くなっている針のような金属板を乗せる。

くるくると針が回転し、赤く色がついているほうが右手側を向いた。

―――よかった・・・。

内心の安堵を押し隠しながら、じっくりと針の動きを見ていたが、それ以上変わることはなく、羅針盤は俺たちが正しく東に向かって進んでいたことを証明してくれている。

「よし!今日からは左手側に進むぞ!風を右手から感じながら進むことになる。だが、進めば進むほど斜め後ろから吹き付けてくる風になるから注意が必要だ」

「歩きやすくなるね」

シリウスの言葉に思わずニヤリと笑ってしまった。

「そうだな」

ここから歩いて三日、四日ほど進んで、ようやく再び東にかじを切ることになる。

そうして、そこが禁則域だ。シリウスには伝えていないが、聡い彼のことだ。もしかしたらもう気付いているかもしれない。

いや、気付いていてほしいと言うのが、正直な願いだった。

―――なぜなら、今から向かう禁則域とは、【ファントム】の住処なのだから・・・。

どうして、この森にファントムが生息しているのかはっきりとしたことは分からない。もしかしたら故郷の人たちには分かる人間もいるのかもしれない。

ただし、まだ大人になりきっていない、それこそ今のシリウスと同じくらいの年のころに奴隷となった俺には分からなかった。ただし、初めて【ファントム】と言う名前を聞いたのはここだ。

賢しら顔でリックにはあの時説明していたが、俺もまた聞きの話を話しただけだ。

この森の深い霧がファントムのせいなのか、それとも深い霧が出ているからファントムが生息しているのかは分からない。

それでも言えることは、中心から少し離れた、一段と霧深い森の中に、何頭ものファントムが生息しており、奴らの住処近くは禁則域として、誰も入らないことが当然のこととなっている。

今の俺とシリウスですら、いや、誰も、群れのファントムに囲まれて生きて帰ることができる者はいないだろう。

そして、そこで、後ろを付けてきている追跡者を殺す。

どうやら、あの老婆はきちんと説明せずに適当な品物を渡したようで、初日は深い霧に隠れてほとんど、いや、全く気配すら感じさせなかった奴らが、どんどん、どんどん、日を追うごとに尾行が甘くなっていき、今では、こちらから少し目を凝らせばその姿をちらりと視界に収めることができるほどには近付いてきている。

どうやら、口元を布で覆うこともしていないし、気付け薬を服用もしていないようであり、幻覚に苦しんでいる様子で、俺たちの姿を捉えるのがひどく難しくなっているのだろう。

言葉や表情には出さないが、シリウスも今でははっきりと追跡者たちを確認しているようだ。

できれば、禁則域に入った後に、どこかで彼らの背後を取りたい。どうやら聴覚に優れた人間がいるようだから、できれば言葉にはしたくない。そうだとすれば、一体どうやってシリウスを誘導するか・・・。悩みどころではあるが、出たとこ勝負で行くしかない。

横から吹き付けてくる風は、少し体の向きを変えるだけで簡単に流すことができ、歩きやすさは今まで以上だが・・・・、何より寒い。

意識して我慢していたからだろうか、今までは必死に身を縮めてこらえていたが、横からくる強風に、右半身の感覚がなくなるほど冷たくなっていく。

必死に右手と左手をこすり合わせて暖を取ろうとするが、それでも、どんどん半身が冷えていく。

今までは俺の後ろにいて風よけをしていたシリウスも、この横風に幾分参ってしまっている様で、ぶるぶると震えている。

「大丈夫か?」

朝と夕方の冷え込む時間に歩いているのもまた、体温を奪う要因の一つになっているのだろう。

後ろを振り返りながら、シリウスに問いかける。

「うん・・・・何とか・・・・」

気丈に笑いながら返事を返してきたが、その表情は優れない。歯の根が合わないほど震えているのだろう、少し言葉がふわふわと浮かんだように聞こえ、聞き取り辛い。

「頑張れ・・・!」

「うん・・・・」

ざくざくと枯葉を踏む音が、聞こえる。寒いとはいっても、半刻しか進むことができないこの森の中では、その苦労もほんの一時でしかない。

「もう少し頑張ろう・・・!」

「大丈夫だよ・・・・」

何度も声をかける俺に、少し呆れたように、それでも嬉しそうにシリウスは答えを返してくれる。


歩き続けて三日が過ぎたころ、今まで以上に霧が深くなってきた。

―――早い・・・!

思いのほか歩く速度が速くなってきているようだ。

シリウスがこの森に慣れてきたことが一番大きいのだろう。それと同じくらい、斜め後ろから吹き付けてくる強い風が背中を押してくれる。

ぐんぐん速度を上げて歩くことができた。

そして、何の事前準備もないままに禁則域に踏み込んでしまった。

いや、厳密には、俺のほうは準備ができている。

だが、シリウスには伝えていない・・・。

―――どうしよう・・・・。

ごちゃごちゃと悩みながら進んでいたからだろうか、少し速度が落ちた俺の背中に、後ろから、ぽんと手が添えられた。

「大丈夫だよ。アイクの言うことを信じているから」


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