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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ー迷いの森三

今しがた、去って行った奇妙な男二人、いや、一人は体つきこそしっかりとしていたが、顔つきから考えても、まだ年若い、それこそ成人して間もないくらいの、わしから見れば子供と言ってもいい青年だろう。

彼らの去って行った店の中で、やれやれ、と重たい体を起こし、先ほど手に入れた鱗と魔石を机の下に隠す。

そして、奇妙な感覚を覚えた。

それは、空間が揺らいだとでもいうのか、とにかく、体験したこともない感覚だった。思わず上げた視線の先に、黒よりも暗い、闇よりも深い黒色のローブに身を包んだ、フードを目深にかぶる男二人が立っていた。

これまた珍妙な・・・。

久しく感じることが無かった背中が粟立つ感触におののきながら、それでも内心の不安を見せることなく問う。

「これは、これは・・・。こんなあばら家に一体どういった御用ですかな?」

二人の男は口を開かない。重苦しい沈黙が立ち込める中で、内心舌打ちを突く。

―――ち!割に合わないねえ・・・。こんなピリピリとした感覚は本当に久しい・・・。これなら月雫草の花蜜くらいもらってもよかったかもねえ・・・。

しわくちゃの顔を奇妙に歪めながら、それでもなお汗一つかくことなく、そして表情を崩すことなく見つめ続けたことを褒めてもらいたい。

前に立つ男がおもむろに口を開いた。

「先ほど来た二人の男と貴殿はいったいどういう関係か?」

「え?なんて?」

それは、驚くほど低い声だった。そして小さい声だったが、それでも、よく耳に届いた。あえて聞こえないふりをして聞き返したのは、向こうの様子を探るためだ。

「先ほど来た二人の男とはどういう関係だ?」

しかし、返された言葉にほとんど変わりはなく、抑揚のない低い声も、小さな声量も、まるで感情が読めずに、逆にざわざわとこちらの神経を逆なでする。

「ただのお客さんだねえ・・・。それがいったいどうしたんですかい?」

「いったい何を売った?」

「薬をあれやこれやと」

間違ってはいない。これは真実だ。恐らく目の前にいる二人には、下手な嘘をつけばすぐに見破られるだろう。だからこそ真実は言いながら、確信はつかずにのらりくらりと躱すつもりだった。

「金はいくらでも出す。奴らが買ったものと同じものを売ってくれ」

「そうだねえ・・・」

しばし考え込むそぶりを見せていると、袋を投げられた。ガチャリと大きな音がして、袋の口から、蝋燭の小さな灯りでも分かるほどの煌びやかな光が漏れる。

―――金貨だ。

それも大量の金貨だ。いったいこれでどれだけの物が贖えるか分かった物ではない。恐らくこの店を丸ごと買ってもお釣りがくるだろう。

「それだけあれば、月雫草の花蜜?とやらも贖うことができるだろう?」

そう言われても、それほど驚きはなかった。そして、だからこそ分かったこともある。彼らが欲しているのは情報だ。恐らく遠耳と呼ばれる能力を持っているのだろう、遠くの音が拾えたり、ほんの些細な音を聞き分けることができたり、聴覚が異常に発達しているのだ。だが、視力が発達していたり、千里を見通せたりという特殊な魔眼持ちで無いことははっきりとした。

だからこそ、あの男は紙の切れ端を渡すと言う迂遠な真似をしたし、目の前の男は、あいつらが何を買ったのか分からないからこそ、この大量の金貨でその情報を贖おうと言うのだろう。

「ああ、そうだねえ・・・・。ちょっと待ちな」

素早く金貨の大量に詰まった袋を大事そうに懐に入れると、奥の部屋にそそくさと引き戻る。

そして、パタリと扉を閉め、奴らの視界が塞がったと同時に、防音の魔道具の稼働を感じながら、無造作に金貨の入った重い袋を床に放り投げる。

金に目がくらんだ馬鹿な年寄りを演じれば、もしかしたら騙せる確率が上がるかもしれないと思ったからこそ卑しい年よりを演じてみた。

正直に言えば金などまるで興味が無いし、いらなかった。

奴らは分かっていない。月雫草の花蜜が金で贖うことができないほど貴重なものであることを。そして、そのとんでもないほどの薬効の切れる速さを。だからこそ、下らない、と思い、端から失せていた興味が一瞬で無くなっていた。

そして、適当に薬類を放り込むとその袋をひっつかみ、奴らの前に姿を現す。

わしがとんでもなく早く戻ってきたからか、少し奴らがたじろいだ気配を感じた。

そのことが逆にわしをひどく落ち着かせる。

―――どんな化け物かと思っていたが、ただの人間だ。

そんな風に思いながら、それでもなお微塵もそんな様子を見せることなく、「ほれ」と手に持つ袋を放り投げた。

受け取った男が、ゆっくりと袋の口を開け、中を確認する。

「いったいこれは何に使うのだ?」

無造作に掴み取り、取り上げたのは黒い布だった。

「さて?何に使うのでしょうか?わしには分かりません・・・・。ただ、彼らが望んだものの一つではありますねえ・・・」

「嘘をつくな!!お前が知らんはずないだろう?」

どうやら、わしが、迷いの森に入るのか?と言ったことまで聞こえていたようだ。

―――ち!どうやってごまかしてくれよう・・・。

必死に考えたが、うまい言い訳を思いつくはずもなく、わざとらしく身を縮めながら、ひたすらに謝る。

「本当に分からないんだよ・・・・。許しておくれよ・・・・。お願いだよ・・・」

「ではどうしてお前はあの二人が迷いの森を越えるつもりだと分かった?」

そう言われることはあらかじめ分かっていた。ここまでは思い通りだった。だからこそ、何とか必死にごまかす。内心の不安が悟られないように必死になりながら・・・。

「そんなこと簡単さ。そこの袋の中に、先端がとがった針のようなものと、丸い容器が入っていないかね?」

「これか?」

取り出したのは、両端が槍の穂先のようにすぼまった手のひらに収まる大きさの金属の板とこちらも金属でできた丸い容器だった。

「それさ。その容器に水を張って、その金属の板を浮かべるんだよ。するとその板がくるくると回って、方角を示してくれる。赤く色がついているだろう?赤いほうが南だねえ。そして、そんな物が必要なのは、己が立つ位置、そして、方角さえも狂わせ、しまいには同じところをぐるぐると回らせ続ける魔の森、「迷いの森」を越えようとする者、もしくは海を航海する者くらいしか買うことが無いからねえ」

その説明に間違いはない。そして、渡した方位計、もしくは南の大陸由来の物だが、かの大陸では羅針盤、と呼ばれるものは、わしが作り上げた特別製で、迷いの森でも確かな精度で方角を指し示すことができる自信作である。

しかし、それ以外は全くのでたらめだ。あの二人に請われて準備したものとは内容がまるで異なる。だから内心では嘘がばれてしまわないかとひやひやしていた。

「そうか・・・・」

納得はしていないようだった。それでも、それ以上疑問を口にすることができないのだろう。そのまま言葉を引っ込めてしまう。

―――よかった・・・。

わしはほっと胸をなでおろす。

「もし、これらの品々が間違った物だったら、覚悟していろ」

「その時は貴様の命はないと思え」

「ほっ、ほっ、ほ、すでに死出の旅路に片足を突っ込んだこんな年寄りに何を大切にするものなどありましょうや?ましてや己の命など・・・・。真っ先に捨てることができましょう?」

フードの奥からこちらをのぞき込む昏い瞳を見返す。

一体どれくらいの時間がたっただろうか?じりじりと背中を一筋の汗が零れ落ちる。

ふっ、と視線がそらされた。

「まあ、いい・・・。食えない婆だったが・・・、その時は、覚悟するんだな」

そう言い残すと来た時と同じように闇に溶け込むように消えていった。

現れた時と同じく、扉が動く音すら聞こえなかった。

しばらくそのまま気配を探っていたが、まるで最初からいなかったかのように、その気配すら感じさせない。

そこでようやく詰めていた息をゆっくりと吐く。

「ふうーー・・・。どうやら大変な連中に付け狙われているようだねえ・・・。己らが生きて迷いの森から出ることを信じて疑っていない・・・。自信があるのか、それとも、世界を知らないのか・・・。前者だろうねえ・・・。シェダルよ、あの二人を導いておあげ。でなければ、もしかしたら・・・・。いや、いらない心配だろうねえ・・・」

不意に浮かんだ懐かしい顔は、困難など笑い飛ばす剛毅なもので、その美しい容姿に似合わぬ豪快な笑いであった。

「そうだねえ・・・。あんたなら、あんたの教え子なら、こんなことどうとでもなるさねえ・・・」


***


その夜、俺とシリウスは宿の狭い部屋の中で、額を突き合わせるように話し合う。

「いいか、【迷いの森】は本当に危険なところだ。だからこそ。俺が為すこと、話すことに決して疑問を持つな。俺の言う通りに動くんだ。そうすれば、きっと抜けられるはずだ」

「うん」と頷くシリウスの表情は硬いままだ。

ついそっと自分の手のひらを頭の上にのせて撫でる。

はっとしてしまったが、嫌がる様子はない。

「俺は一度この森を越えているんだ。絶対大丈夫だ」

ふと、窓の外に眺める深淵なる森は、夜だと言うのに深い霧に覆われており、その霧は、不気味にとぐろを巻くようにぐるぐる、ぐるぐると、森と街の境目を隔てている。

―――恐ろしいなあ・・・。

あの時は、幼く、無鉄砲だった自分が恥ずかしい。何でもできると過信し、油断し、増長し、その結果が十年近く奴隷として捕らわれの身となったことだ。

今ならわかる。あの森の恐ろしさが。当時の俺では理解できずに、牽引してくれたベテランの兵士に言われるがままに歩いていたことを、ひたすら頭の中で反芻しながら、ふける夜を眺め続ける。


***


「気付かれているのか?」

「ああ、もしかしたら気付かれているだろうな。気付かれていないかもしれないが、気付いていると思って行動したほうがいいだろう」

「そうか・・・」

「そうだな・・・」

「この森は俺たち尾行者を巻くには絶好の環境だな」

「ああ・・・。だからこそ陛下もこの森を越えることができなんだ・・・。今我らは絶好の機会に恵まれている」

「この森を越えるヒントを奴らから探る・・・か・・・。もし戦闘になったらどうする?」

「その場合は逃げて身を潜めて再び尾行すればいい。何、我らの力ならばいとも容易いことだろう?」

「そう・・・だな・・・」

「なんだ?ひどく不服そうではないか?」

「いや、なに・・・。あの婆が信用できないと思っただけだ」

「だとすれば、これを使用しなければいいだけだろう?あの、方位を特定する魔道具は利用するとして、それ以外は状況を見ながら使えばいい。我々の力であれば、どんな困難も乗り越えてきたし、乗り越えられるだろう」

「そうだな」

夜の闇の中で交わされた会話は、それ以上話されることはなく、示し合わせたように消えていく気配は、まるで宵闇のようにあたかもそこには何も存在していなかったかのようであった。


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