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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ー迷いの森二

それにしても人が多い。

 こんなに人が多いとは、今日は祭りでもやっているんだろうか?

 先ほどから、人にぶつかっては頭を下げているが、向こうは何も思っていないようで、体がぶつかっても何も言わないどころか気にしていないようだった。

 アイクはそんな街の雑踏を器用にひょいひょいと歩いて行ってしまう。全く人にぶつかることが無い。対して僕は、ふらふら、ふらふらと、まるで気分は激流に逆らう小魚のようだ。

 先ほどのように腕を引かれることが何度かあったが、無理矢理振りほどく。だんだん、だんだん、頭がくらくらしてきた。

 気分が悪くなってくる。いったいどうしたのかわからないが、街にあふれる様々な人のむせかえるような匂い、そして熱気に、思わず吐きそうになってしまう。

 そうして、こみあげてくる気持ち悪さを必死に我慢しながら付いていくと、不意にアイクが足を止めた。

 そこは裏通りに面した、寂れた細い道の入り口だった。

 ごみごみとした大通りとは対照的に、ぽかんとそこだけ街から切り離されたように人の流れが無い。

 いや、よく見れば、建物の影からこちらをうかがうような鋭い視線が向けられている。

 汚らしい格好をした厳つい顔つきの男たち、血色の悪いやせ細った老人と子供。生気のない目で彼らは皆こちらをにらみつけるように見つめてきている。

 なんだかひどく怖かった。

 しかし、アイクはまるで気にすることなくその細い裏道に足を踏み入れていく。その表情はまるで変わらない。

 僕も恐る恐るアイクの後ろに隠れるように裏道に足を踏み入れた。

 すると、先ほどまで感じていた、むせかえるようなむっとした熱気はどこへやら、すっ、と目の前が急に開けたと錯覚するほど、あたりを包む冷たい空気に頭の底がしんしんと冴えわたってくる。

 ただし、空気がよどんでいるのか、どんよりと重苦しく、何より、奥に進むほどに嫌なにおいが鼻に突くようになってきた。ごみの匂いなのか、人の体臭なのかはわからない。それでも、思わず眉をしかめてしまう。

 そして、奥へ足を踏み入れれば踏み入れるほど、大通りの喧騒が耳に届かなくなってきた。アイクが足を止めた木造の掘立小屋の前はもはや、時の流れが止まってしまったのかと疑うほど静かで、何も生き物の気配がしない。

 アイクは、申し訳程度に設えられた引き戸を二度、三度、こんこんと叩くと、そのまま「失礼する」と声をかけ引き戸を開けながら入って行ってしまった。

 僕もゆっくりと小屋の中に入って行く。

 そこは、日が差し込まないためか、ひどく薄暗い室内だった。

 小屋の中は左右に大きな棚が並んでおり、そこには、ごみとしか思えないような、いったい何に使うのか分からない物が様々に置いてある。

 何か綺麗な模様が描かれた一見木製の丸い板や、ぼろぼろの色あせた布、そして、よくわからない透明な容器に詰められた色とりどりの鉱石、黄ばんだ角のような物、見ていてその気味の悪さに思わず、うえっ、と目をそむけたくなるのに、それでもなぜだか気になってしまいついついきょろきょろと棚を見回す。

 アイクが、ずんずんと小屋の中を進み、奥にあるカウンターの前で立ち止まると、大声で小屋の奥に声をかけ始めた。

 「おーい!!誰かいないかー!?」

 数秒待ってみたが、応答がない。どうも、小屋の中は無人のようだ。それにしては引き戸は開いており、誰でも自由にできる上に、棚も、何が置いてあるのかわからないが、一見すると価値のありそうなものもある。

 不用心だなあ・・・。ふと、思った瞬間、僕の後ろ、ちょうど腰のあたりから、「なんだね?」としわがれた声が聞こえ、それこそ思わず飛び上がるほどに驚いてしまった。

 「うわ!!!??」

 飛び上がって驚く僕の横を、ひょいひょいと身軽な様子で老婆か老人か分からない、黒い衣服に全身を包んだ、小さなお年寄りが愉快そうに笑い声をあげ、通り過ぎていく。

 「何の用だね?」

 くるりとカウンターの中まで進みこちらに顔を向けたその老婆?はしわくちゃの顔を歪めて僕らに問う。

 「調達したいものがあってこちらに寄らせてもらった」

 アイクは、それでもなお顔色一つ変えない。

 「それなら生憎だねえ。大通りのほうが、品揃えが多いだろう?そちらに行くんだねえ」

 すげなく断ったかと思うと、もう何も言うことが無いと言うようにカウンターの下から何か本を取り出すと、指をぺろりと舐め、パラパラとページをめくる。

 「いや。大通りでは見つからなかったから、こちらに寄らせてもらった」

 アイクはそれでも引き下がらない。

 アイクの言葉を受け、一瞬本から顔をあげ、きらりと光る瞳でアイクを見上げたが、すぐに、本に視線を落とすと、尋ねてきた。

 「いったい何が入用だね?」

 「ここに書いてあるものを用立ててほしい」

 アイクが一枚の茶色く黄ばんだ紙きれを手渡す。

 それを受け取った老婆は何やら胡散臭そうな表情でしげしげと眺めていたが、途中から急に真面目な顔つきに変わった。

 視線をあげるとしわだらけの顔を歪めて、面白そうに笑いだす。

 「ほっ、ほっ、ほ・・・・。あんたらこれから【迷いの森】を越えようと言うのかね?止めときな?命がいくつあっても足りんよ・・・」

 驚いた。どうして分かったのだろうか?これにはアイクも苦笑いだ。

「流石に分かるか・・・・。だが、止めたりはしない。久方ぶりの里帰りだからな・・・」

老婆の動きがぴたりと止まる。

アイクをまじまじと見つめるとぽつりと口を開く。

「そうか・・・・。あんた、ミダス王国のお人か・・・。それもおそらく迷宮の街、ガルガロス・・・・道理で腕が立つわけだねえ・・・・」

「どうして分かった・・・?」

「ほっ、ほ・・・・、それくらい見れば分かるわい。しかし、面妖な・・・。恰好はぼろぼろで、まるで浮浪者のような身なりの、腕の立つ年若い男二人が、恐ろしく強い尾行者を引っ付けて迷いの森を越えようとは・・・・」

こんどこそアイクが目を見開いて驚く。

「どうして・・・?尾行されていると・・・?」

「ほっ、ほっ、ほ。ここは不可思議な魔道具を売る店だ。こちらの様子をうかがう妖しい二人組の男などわしには筒抜けだねえ。しかし、面倒な・・・。あんたらが店を出た後にわしはあの二人に脅されるだろうねえ・・・・。そうしたら、あんたら二人が買ったものと同じものを渡さないわけにはいかんだろうねえ・・・」

ちらちらとこちらを見ながら、何か言いたげな老婆に、アイクは、軽く舌打ちする。

「ち!食えない奴だな!どうせ、口をつぐむこともできるだろうに・・・・。何が望みだ?金・・・・ではないんだろう?」

老婆は、アイクの言葉に嬉しそうにうなずく。

「うん、うん。物わかりのいいやつは好きだねえ。その首のネックレスは・・・」

「これは俺たちの命を救ってくれた友の形見のネックレスだから渡すことはできん!」

先回りするようにアイクが断る。老婆は少し残念そうな顔をして、僕をちらりと見たが、僕の決然とした表情に諦めたようだ。

「残念だねえ・・・。それもかなり貴重な魔道具だろうに・・・・。それなら、その緑色の毛皮なんかは・・・・」

ビックフットから切り取った毛皮のことだ。しかし、ここでもアイクはきっぱりと断る。

「駄目だ!!これから迷いの森を越えるのに、この毛皮は必要だからだ!!」

「それは・・・・残念だねえ・・・。代わりに渡せるものがあると言っても駄目かねえ?」

「この毛皮ほど衝撃を抑えたり、防刃性能に優れ、しかも保温性も高いわけではないだろう?」

「そのビックフットの毛皮ほどではないねえ・・・。だから欲しかったんだけどねえ・・・。しかし、あれも嫌、これも嫌とは・・・。それなら、何を渡せるんだい?」

「そうだな・・・」

問われたアイクはしばし考え込む様子だったが、おもむろに、背嚢の中から一本の細長い牙を取り出した。

「これが何かわかるか?」

渡された牙をまじまじと見つめる老婆は途端に興味をなくしたように机に置く。

「馬鹿にしなさんな。これは水蛇の牙だろう?こんなものに価値などないよ。麻痺毒は、この牙を引き抜いた瞬間から抜けてしまう上に、これ自体はすぐに生え変わるから、沼地か水場に行けば、運が良ければ見つかるさね。まあ、毒を貯めやすい構造になっているから、飛び道具を作る時、もしくは短剣を作るのには重宝するだろうけれどねえ」

よくよく牙を見てみれば、細かい溝が見える。どうやらあの溝に麻痺毒を蓄えているようだ。

「よく知っているな」

アイクは突き返された牙を目にしても、慌てることなく、感心したように頷いている。

「これじゃあ、約束は守れな・・・・。ちょっと待ちな・・・・」

アイクを恨めし気に見上げていた老婆は、ふと何かに気付いたのか、脇に放った牙を再び手に取ってしげしげと見つめ始めた。

「驚いた・・・。これは、五メートル級の、もしくは、それ以上の体長の水蛇の牙だねえ・・・。そんな大きさの水蛇は、あそこにしかいない・・・・と言うことは・・・」

ぶつぶつとつぶやくように発せられた言葉は、最後のほうが全く聞き取れなかったが、目を見開いて、驚いているようだ。

「まさか、あんたら水竜の洞に行ってきたんじゃないだろうねえ?」

アイクが、悪戯っぽくにやりと笑みを浮かべながら、何かを机の上に放った。

ガシャン!と音を立てて蒼く発光する大きな薄い水蛇の鱗が、何枚もその場に散った。

あれは、僕が振るっていた業物の剣の一太刀ですら切り裂くことができなかった五メートル級の水蛇の鱗だ。

「そのまさかだ」

慌てて鱗が落ちないように手で受け止める老婆は言葉もないようだ。

「これは・・・・。まさかあんたら、月雫草の花蜜、なんて持っていやしないだろうねえ・・・?」

「知人がどうしても必要だったので、あげたよ」

その言葉に、恐る恐る水蛇の鱗を受け止めていた老婆が急に、くわっ、と目を見開いて、叫び出す。

「なんてもったいない!!どうしてそんな馬鹿なことをしたんだい!!?ああ・・・ここに持ってきてくれれば・・・・。使い道が山ほどあったのに・・・」

がっくりとうなだれる老婆が何だかかわいそうになってきた。

「残念だな。そもそも、あれを手に入れるためにあの洞窟に行ったんだ。そして、その知人に渡すためにな」

じろりとアイクをにらみつける。

「ふん!!あれが無いんじゃあ考え物だねえ」

アイクが付き合いきれないとばかりに肩をすくめた。

「はあー・・・。そもそも、今俺たちが欲しい物は、あれ一つと釣り合いが採れるほど高価な物でもないだろう?ならば、報酬として月雫草の花蜜を要求するのは、間違っているのではないか?」

「それは・・・」

少したじろいだ老婆に畳みかけるようにアイクが告げる。

「そもそも、ここならあれが全てまとめて手に入ると思ったからここに来ただけで、この街であれをすべて手に入れようと思ったら大変だが、それでも時間さえかければ手に入らないことはないだろう?もし断ると言うのなら、それでもいいさ。それを返してくれ」

差し出された手と、渡された鱗をまじまじと見つめ、老婆は一つため息を吐く。

「はあ・・・・。あんたもなかなか食えない男だねえ・・・。いいさ、これと、もう一つ、水蛇の魔石をいくつかくれたらここにある物をすべて準備してやってもいい。もちろん面にいる二人の尾行者には何も言わないよ」

「そうか。それは助かる」

そう言うと、おもむろに背嚢から大きめの澄んだ空色の魔石を取り出し、一つ、二つ、と机の上に並べる。それが五個目になったときにアイクの手が止まる。

「これで全部だ」

一体いつの間にこれらを持ってきたのだろう?疑問は尽きないが、僕は意識を失っていたから、すべてを知っているわけではない。

「きれいだねえ・・・」

老婆は、魔石を蝋燭の明かりに照らしながら、まじまじと見つめる。

「おい、こっちの必要なものを早く準備してくれ」

急かされた老婆は、ひどく不満げな顔を浮かべると、「全く、せっかちな男は・・・・」など、意味不明な言葉をぶつぶつとつぶやきながら、裏に消えていった。

そして、息する間もなく、あっという間に戻ってくると、その手には、一抱えの袋が握られている。

「ほれ。あんたらが必要なものはこの中に入っているよ」

「確認させてくれ」

それを受け取ったアイクが、袋の口を開け、中を確認し始める。

「全くぶしつけな男だねえ・・・。失礼ったらありゃしないよ・・・」

しばらく袋の中を見ていたアイクがゆっくりと顔をあげた。

「よし。揃っているな。ありがとう」

そう言って、くるりと身を翻し、店の中を後にしようとしたとき、ふいに呼び止められた。

「待ちな」

アイクが怪訝な表情で振り返った。

「なんだ?」

その声音には警戒するような色がある。

「ほっ、ほ・・・。そんなに警戒しなくてもいい。ただ、わしのことを知っているようなのが気になってな・・・・。どうしてこの店に来たんじゃ?こんな看板も出ておらん場所、街の人間すらも知らんと言うのに・・・」

「そんなことか・・・。知っていたさ。人づてにこの店のことは聞いていたからな」

老婆の瞳がきらりと光る。

「誰に聞いたんだい?」

「シェダルに聞いた」

一体誰のことか僕には分からなかった。それでも、老婆には心当たりがあるようで、ぱちぱちと目を瞬かせた後、おかしそうに顔を歪めて笑いだす。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほ・・・。懐かしいねえ。あんたが彼女を知っているということは、彼女は無事にガルガロスの迷宮都市に着いたんだねえ?」

「ああ、ぴんぴんしていた。こっちがうんざりするほどにな」

アイクの言葉には懐かしさと同時に心なしか疲労が見える。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほ・・・。変わらないねえ・・・。そうか、あの子の知り合いかい・・・。ならわしもあんたらに協力しないわけにはいかないねえ」

「もういいか?」

「ああ、気を付けていくんだよ?」

さも面白そうな笑い声を後ろに、戸惑う僕を引き連れて、アイクは颯爽とその店を後にした。

「ねえ、シェダル?って誰?」

どうしても気になったので、聞いてみた。

「ああ、シェダルは傭兵だな。お前も話だけは聞いたことがあるはずだぞ?」

「ええ!?そうなの?」

全く心当たりがなかった。ぐるぐると混乱する頭の中で考えても、誰のことを指しているのか全く分からない。

「ニールが言っていただろう?真っ赤な鎧に身を包んだ、燃えるような髪をした、女の傭兵に手ほどきを受けたって。彼女のことだぞ?」

「ええ!?そうなの?あれ?じゃあ、アイクも知っているってことは・・・・?」

「ああ、俺も、あの人と幼いころはよく闘っていたからな・・・。まあ、手も足も出なかったけれども・・・。とにかく強い人だった・・・・。今はいったい何をしているんだろうなあ・・・」

懐かしそうに、そして少し寂しそうにアイクは思いをはせるかの如く空を見上げる。

そこには、街を真っ赤に染め上げる夕日が出ていた。何となく一緒に見上げた夕日に目を細めながら、シェダル、と言う傭兵も、こんなに真っ赤な装いをしているのかなあ?とふと思ってしまった。

「でも、それなら、もうとっくに傭兵なんて引退してどこかでひっそりと暮らしているかもよ?」

アイクが、そしてニールたちが子供のころに手ほどきを受けた、と言うことは、今であれば相当に年を取っていることになる。だからこそ、何の気なしに行ってもたが、唐突にアイクが笑いだしてしまった。

「そんなわけない!あの人が、引退なんてしないさ!死ぬまで戦い続けるだろうし、なんなら死ぬときは、戦場で敵に殺される時だろうな・・・・。まあ、殺される様なんて想像もできないから、絶対にまだどこかで生きているだろうなあ・・・」

しみじみとつぶやく言葉はひどく感慨深く、また僕だけ仲間外れにされたようで、なんだかもやもやした気持ちになってしまう。

「さあ、明日、迷いの森に行くぞ。そのためにも今日は、ゆっくり宿で体を休めよう」

そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、アイクは、暮れる夕日に向かってようようと踏み出す。その足取りは心なしか軽く、ようやく見えてきた旅の終点に、わくわくする気持ちが隠し切れないようだった。



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