表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
8/681

狩猟四

それから僕らは三日かけて「暗黒森林」で狩猟を行ったが、僕は最後まで荷物持ちに徹していた。

兄さんは戦闘で活躍していたが、ほとんどの戦闘はリックとアイクで終わってしまう。知識でも、経験でも、体力でも、そして強さでも僕は彼らに全く及ばない。この鬱屈とした気持ちをどうすればいいのだろうか。悶々とする気持ちを抱えながら必死に僕は歯を食いしばって今日も荷物を運ぶ。

だからだろうか、僕は自分のことに必死で、もう一人、鬱屈した気持ちを抱える人間のことを見落としてしまった。

そして僕のことを見ることで精いっぱいだったからだろう。皆もその人間に目を向けることができないでいた。

「今回の祭りも楽しみだな」

皆の雰囲気が悪いからだろう、リックは必死に言葉を探しているようだが、口数は少ない。兄さんと僕は加えて疲労のため足取りが重い。

だが、帰路に着く皆の胸中にはようやく長かった狩猟も終わりを迎えるという安心感があるのだろう。油断していた。それは、僕らが頼り切っていたリックやアイクですらもそうだった。

「少し止まってくれ」

先頭を歩くアイクが何かに気付いたのかふと止まる。

「どうした?」

不思議に思ったのだろう、リックが戸惑いながらも小さな声で問いかけた。

「なにかおかしい」

そう言うと、アイクは目で見えない何かを探すように必死であたりを探る。

僕らもつられてあたりを見回すと、今までどうして気付かなかったのだろうか、薄い霧に包まれていた。

「おかしい。どうやら俺たちは森の奥深くにまで入ってきているみたいだ」

「おい、アイク、いったい何が起こっているか分かるか?」

問いかけるリックの口調は緊張感に包まれている。

「わからない。ただしお前たちも今気づいたように薄い霧が出ている。この霧にはうっすらと魔力が含まれていて、方向感覚や時間間隔を狂わせるような力があるみたいだ」

「どうしてそう思う?」

「俺が道を違えている。それが証拠だ」

平素で聞けば自信に満ち溢れたその言葉も、非常に恐怖を覚える。

「何が原因か分かるか?」

「心当たりはあるが、どれも厄介だ。リック、お前はどうだ?」

「わからない、いったい何が原因だ?」

「おそらく魔物が原因だろう」

「どんな魔物か分かるか?」

「いや、今の状況だけでは全くわからない」

「とりあえず、俺とアイクで先行偵察してくるか?」

その言葉に僕らはピクリと体をこわばらせる。

「ああ、そうだな」

その言葉にモーリスが食って掛かる。

「どうして俺を置いていくんだよ!」

大声を出すモーリスにアイクが冷ややかな目を向ける。

「静かにしろ。お前もリオンもシリウスも先ほどから見ていて疲労がたまってきている。危険とわかっている以上同行は認められない」

「ふざけんな!俺はまだまだ余裕で動けるぞ!」

胸倉をつかみかからんばかりの剣幕で詰め寄るモーリスとアイクの間にリックが諭すように割って入る。

「とりあえず落ち着けモーリス。いいか、お前が残って二人を守るんだ」

「いやだね」

「分かった。じゃあこうしよう。魔物を見つけたらお前らを呼びに来る。それまで体力を蓄えておけ」

「いやだ!」

「いい加減にしろ!」

リックは一喝すると先ほどまでとは打って変わって厳しい顔つきのままモーリスの頬を張り飛ばす。

モーリスはそれ以上何も言わなかったが、地面に倒れたまま憎々し気に二人をにらんでいた。

「行くぞ、アイク」

そういうとリックとアイクは霧の濃くなるほうに歩を進めていく。

残された僕はとても不安でいっぱいだった。

兄さんが隣にいてくれるから少しは安心できるが、モーリスのことも不安だった。

そんな僕の視線に気づいたのだろう、モーリスは起き抜けに突然僕に向かってつかみかかってきた。

「てめえ!俺を見下してるんじゃねえ!」

 そのあまりの形相に思わず僕はびくりと目をつぶり、体を縮こませる。

 「やめろ!」

 目をつぶった僕の耳に兄さんの頼もしい声が聞こえてきた。ふと薄目を開けると

そこにはモーリスと僕の間に割って入り、モーリスに立ち向かう兄さんの後姿が見える。 

 モーリスはおよそ百七十センチ近い上背をしており、兄さんは子供にしては上背が多きとはいってもまだ十一歳のため頭一つ分以上小さい。

 その兄さんの顔面に拳が振りぬかれた。

 思わず僕は目をそむけてしまったが、兄さんはその拳をまともに顔面にもらいながらもかまわずモーリスに組み付こうとするが、モーリスはひらりとかわしながら、再度左手を握りしめ兄さんの眉間にめがけて拳を叩き込んだ。

 思わず膝をつく兄さんにモーリスはさらにその足を振り上げ、思い切り鳩尾めがけて蹴りこんだ。

 「うっ」

 思わず苦悶の表情を浮かべる兄さんの様子に僕は自然と体が動く。

 「やめて!」

 そう叫びながらモーリスの腰に当て身を食わせるが、びくともしない。

 「うざってえんだよ!」

 必死でモーリスを押し倒そうとする僕の頭にモーリスは握りこんだ拳を何度も何度も叩き落してくる。

 ぼんやりと薄れる意識の中、気が付けば地面に倒れる僕を見下ろしながらモーリスは悦に入った表情で笑っている。

 「うおおおお!」

 叫び声が聞こえたと思ったら先ほどまで倒れていた兄さんが身を低くしながらモーリスめがけて突進してきていた。

 「もうやめて・・・」

 止めようと声を絞り出すが、思った以上に弱々しく響くつぶやきは頭に血が上った二人の耳には届かない。

 「けっ!」

 薄く鼻を鳴らし、再度拳を振りぬいたモーリスだが、兄さんはその振りぬかれた拳を潜り抜けると思い切りモーリスの鳩尾に当て身を食らわせる。

 「うっ!」

 うめき声が聞こえたと思うと、二人はそのままもつれるように地面を転げまる。モーリスは兄さんの顔を思いきりつかむと押しやろうとするが、兄さんは決して離れまいとモーリスの髪をひっつかみ力の限り引き寄せようとする。

 そうしてお互いに組み敷きあい、僕がよろよろと立ち上がり、二人を止めようと視線を向けるとそこには仰向けに転がるモーリスの上に馬乗りになる兄さんの姿があった。

 「どけよ!」

 そう叫んだモーリスは仰向けのまま兄さんを掴み倒そうとするが、力が入らないのか全くピクリとも動かない。

 兄さんは暴れるモーリスに思い切り拳を握りこむとそのまま顔面めがけて振り落とす。そのまま何度も何度も顔面めがけて殴打を加える兄さんはいつもの優しい兄さんと違いとても怖い。

 思わずその振り上げた腕に絡みつき抑えると、はっとわれに返った兄さんと、顔面血だらけでぐったりと横たわるモーリスがいた。

 「やれよ。気が済むまで殴れよ!」

 鼻から流れる血が邪魔で少ししゃべりづらいのだろう、聞き取りづらい。

 気まずそうな兄さんと目が合い、何も言わずに兄さんは立ち上がる。

 モーリスは、ペっと口内の血を吐き出すと、「興ざめだな」と言い残すと森の中に入っていった。

 「どこに行くの?」

 思わずそう問いかける僕に、「小便だよ!」という声と「シリウス!関わらないほうがいい!」という声が重なるように続く。

 「兄さん、大丈夫?」

 「ああ、大丈夫だ」

 そう言って微笑みかけてくる兄さんはいつもの優しい兄さんだ。少しホッとする。

 

「あいつらを残してきて大丈夫なのか?」

珍しくアイクが心配している。

「急にどうした?兄弟の心配か?」

にやにやと笑いながら問いかける俺の言葉にアイクが少し苦い顔をする。

「違う。あまり騒ぎすぎて魔物を引き寄せないかと心配なんだ」

そうは言っているが、本当のところはあの兄弟を心配している。長い付き合いだからこそ俺には分かった。

「大丈夫だろう?兄弟で合わせて二対一だ。モーリスには分の悪い戦いだろう?」

「だからそういう心配をしているのではない」

「そうか?」

「そうだ!」

見つめる俺の視線にこらえきれなかったのだろう、はあっと一つため息をつくと聞き返してくる。

「しかし、それにしても彼らはまだ子供だ。もうすでに成人しているモーリスにはどうしても体格的に勝てないのではないか?」

「いや、そんなことはない」

「どうしてそう言い切れる?」

「あの兄弟は『特別』だからだよ」

「どういう意味だ?」

「『暗黒森林』の原住民。これが意味するところを俺は最近まで分からなかったが、帝国が大軍を率いてまで侵略した意味が少しわかったよ」

「そうか」

「聞かないのか?」

「聞かなくてもなんとなくわかる」

「さすがだな」

アイクは頭がいい上に非常に観察力が鋭い。奴隷の過去を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だが、俺はアイクが、彼がたまに語るように決して田舎の盗賊崩れの犯罪奴隷だとは思わない。

そのとき、残してきた三人がいる方角から叫び声が聞こえてきた。

思わず耳を澄ませる俺たちだが、「魔物の気配はないし、声に緊張感がない」というアイクの言葉にうなずく。

「そうだな」と肯定するがため息が止まらない。

はあっと吐き出された重いため息に向かってアイクが、「苦労が絶えないな」と苦笑いする。

「まあ、いいさ。こっちはこっちで早く原因を見つけないとな」

そう言ってあたりを警戒しながらずんずんと霧の深くなっているほうに向かって進んでいく。

少し歩くとぽっかりと開けた窪地が見えてきた。

その窪地を起点にして、霧がどんどん周囲に広がるように、薄く、つまり、その窪地が霧の発生源であるかのように、濃い霧に包まれてい。

おそらくここに何かがいるのだろう。

「止まろう」

示し合わせたように俺たちの歩みが止まる。

「さて、どんな魔物が出てくる?」

そろそろと息を吐き出し、ゆっくりと呼吸を整えるが、ここにきて緊張が止まらない。背中を冷たい汗が伝う。

それはアイクも同様なのだろう、普段はこういう時に沈黙を守るにも関わらず、小さな声で問いを投げかけてくる。

「どんな魔物が出てくるか心当たりがあるか?」

普段であればハンドサインで黙らせるが、今回は逆に気がまぎれる。

「さてな、お前のほうが詳しいんじゃないか?」

「そうかな?」

 その言葉を最後にまた周囲を言い知れぬ沈黙が覆うが、耐えきれなかったのだろう。

「『ファントム』、『ナイトメア』、この二つの魔物が登場する言い伝え、噂によく深い霧が出てくる」

「どんな魔物だ?」

「どちらも霧に紛れて獲物を狩る魔物で、目撃情報も少ない上に、発見して生きて帰った者が非常に少ないからどんな魔物かはっきりとは分からない。ただし『ファントム』だった場合はまだ討伐記録があるからわかる。黒い豹のような魔物だと言われている。非常に発達した四肢と、風の魔法を操り、とらえきれないほどの速度で、そして圧倒的な膂力で、一撃で獲物を狩る森林の暗殺者だ。『ナイトメア』の場合は討伐記録すらも残っていない」

ごくりと思わず喉の奥が震えてしまった。

強く握りこんでいた剣の柄からゆっくりと手を放し、額に垂れてきた汗をぬぐう。手のひらも汗でべとべとだ。

そんな時だった。

かさりと音が聞こえる。

はっと、体をこわばらせながら音のしたほうを振り向くと、木々の間に何かの姿が見えた。

ゆっくりと目を凝らしてみれば、大きな熊がそこにいた。

目がらんらんと赤く輝く、異様に体毛の黒い漆黒の大熊が、四足でのそりのそりと歩きながら、霧が濃くなっていくほうに歩んで行っている。

目を離せないまま、その後姿を見つめていると、ふっと風が吹いた。

その一陣の風に乗って、静寂の森林にボキリという嫌な音が響き渡る。

「ギャアーー!」

獣の叫び声が大音声で響き渡る。

熊が自らの右手を抑えながら蹲っていた。

その右手は肩から先がほとんどなくなっていた。

痛みに耐えきょろきょろと視線をさまよわせる熊にひたひたと何かが近づいてくる。

それは豹とは似ても似つかない。

発達した四肢は、すらりと引き締まっていて、柔軟な筋肉が素早い動きを可能にしている。四足で歩行するその様は確かに豹やトラのような肉食獣を思わせる。

しかし、その顔は獣とは全く異なる凶暴性をにじませている。

目や耳は退化しほとんどなくなっているが、獲物を飲み込む口だけは異様に大きく、顔の約三分の二程の大きさを持つ口元に愉悦の笑みを張り付け、にいっと開いた口からはびっしりと大きく鋭い牙が生えているのが見える。

「グルアアアー!」

熊が大きく吠えたと思ったら一息にとびかかっていった。

速い―。

そう思った時にはその魔物は消えていた。

何もない空間を左の大ぶりの爪が裂く。

ぶおん、という空気を切り裂く音が少し離れたこちらにも聞こえてくる。

どこにいったのだろう?熊が周囲を見渡した瞬間に首が吹っ飛んでいた。

俺は確かに見た。黒い魔物が大きな四肢を広げ、その四肢に張られている薄い皮に風をはらませ、木々の間から文字通り宙を飛びながら躍りかかった様を、どうしてか、はっきりと確認できた。

ゆっくりと倒れる熊に食らいつく魔物を見ながら、俺とアイクは目だけで合図を送ると、音を立てないように、素早くその場を撤退した。


短かったですが、今年最後の投稿になります。よいお年を!

次回投稿は年明け3日を考えております。

ネット環境の整っていない引くほどの田舎の実家に帰省いたしますので・・・。

来年はどんどん頑張りますので何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ