逃亡ーウルの街十一
「待ってくださーーーい!!」
僕らの後を追うようにニールが息を切らしながら追ってきた。
アイクがようやく立ち止まる。
はあはあ、と荒い息を吐きながら、追いついてきたニールは、深々と頭を下げた。
「昨日はようよう言えずに申し訳ありませんでした・・・。改めまして、本当にありがとうございました!!」
アイクが苦笑いを浮かべている。相変わらず律義な人だなあと思わず僕も笑ってしまった。
「頭をあげてくれ。話ができない。もうシエラは体調が回復したのか?」
ようやくニールが頭をあげた。
「ええ、快方に向かっています。何より、魔物病特有の胸のしこりがきれいさっぱり無くなって、ずうっと感じていた不快感がきれいさっぱり消えたそうです」
「そうか・・・。それはよかった・・・。無事に命の水薬はできたんだな?」
「ええ、とても大変な作業でしたけれども、アンネと二人で何とか作り上げましたよ」
誇らしげにほほ笑むニールの顔は、よくよく見ると疲労の色が見える。恐らく昨日一日かけて作業していたのだろう。それでも、その顔はひどく清々しい。
「本当に何も対価を求めないんですか・・・?」
その顔が一転、気づかわし気に問いかけてきた。
「何を求めるというんだ?」
「お金とか・・・・?」
「この街に、あの採取に見合うだけの金があるのか?」
「ない・・・ですね・・・」
とても悔しそうにうつむく。
「なら、無理なことは言わないことだ」
「それでも、望むなら、この街の人々は、あなた方になんでもしますよ!!できる限りのことは!!」
「もし、何かをする余裕があるのなら、この街を支える力にしてくれ。俺たちは、単純に気まぐれ、いや、好意でやったことに過ぎない。俺は、かねてから言っていたようにこの湖を渡れればそれでいい・・・。シリウスはどうだ?」
急に話を振られてびっくりしたが、僕も、お金やほかの何かが欲しくてやったわけじゃない。いや、さっきから気付いていたが、シエラが好きで、一目ぼれしてしまっていてから、情にほだされて、何より気に入られたいと思って引き受けたのかもしれない。
そう思ったら、なんだかちっぽけな存在に思えて、ひどく虚しい気持ちになってしまった。
「僕も・・・同じだよ・・・」
そのシエラも、アイクのことが好きだと言う・・・。
初めての恋は、いや、この時、恋と言う物が何なのかもわからなかったが、それでも呆気なく砕け散ってしまっていた。
「そう・・・ですか・・・?」
ひどく気落ちする僕を疑問に思ったのか、ニールは少し首をかしげている。アイクは何も聞いてこない。もしかしたら、長年の付き合いで、僕の複雑な気持ちなど全部気付いているのかもしれない。そう思うと、かあっ、と恥ずかしさに頬が熱を持ってきたが、あえて何も言わなかったし、アイクもあえて何も聞いてこなかった。
「でも・・・残念です・・・。行ってしまうのですね?」
「ああ」
「うん」
言葉少なく僕らは肯定する。しみじみとした時間の中で、ニールの沈黙が、胸に迫る。今、彼はいったい何を思っているのだろう?
「そうですか・・・。シエラとルシカが悲しみますね」
ぽつりとつぶやかれた言葉は、もしかしたら、ただの独り言だったのかもしれない。
僕らは何も言えずに、そのまま歩き続けた。
「いつ、ここを発ちますか?」
ふと、川近くを通ったときに、きらきらと光を反射して輝く川面を見つめながらニールは聞いてきた。
「そうだな・・・・。三日後でどうだ?」
「分かりました。そのように手配しておきますよ」
ニールが寂しげに笑う。
そのまま一言も話すことなく、僕らはぐるりと街を回り、宿に着いた。
まだ昼前だったが、どこかに出歩く気にもなれない。
そして、ニールに別れを告げようとして、ふと、アイクが何かを思い立ったようで、足を止めた。
「そう言えば、どうしてルシカはシリウスのことを気に入っていたんだ?」
「ああ、あれですか。私たちも驚いたんですよ」
僕も驚いた。ニールがくすりと笑う。つられてアイクも笑っている。
「昨日の夜に、請われるままにシエラとルシカとアンネの三人にお二人の活躍を話したんですよ」
「ええ!?」
急に恥ずかしい話になってしまった。何も活躍などしていない僕の話なんて、ほとんど出なかっただろう。
「そしたら、皆目を輝かせて聞いてくれて。特にシリウス君の活躍にみんな驚いていましたよ!」
思わずびっくりしてしまった。僕の、活躍?一体どんな風に大げさに話しをしたのだろう?そんなに話すことなんてないと思うんだけれども・・・・。戸惑う僕を、アイクがにやにやと見つめている。
「そしたら、ルシカが、強くて恰好いいシリウス君に憧れちゃってさ。何度も話をせがまれて大変だったんだ」
強くて?恰好いい?一体それは誰の話なのだろう?アイクのことを強くて恰好いいと思ったことはあるけれども、僕は今まで一度も自分のことを強い、とも恰好いいとも思ったことなどない。
からかっているのだろうか?そう思ってじっとニールを見るが、茶化すような雰囲気は全くなく、真剣な表情だ。
あまりにも気恥ずかしくなったので、その話はそこで打ち切りにした。
まだにやにやと笑うアイクをしり目に、僕は早々に宿に引き上げていった。僕らが建物に入るまで、ニールはずうっと見送ってくれていた。
昼過ぎに、思い立ってアイクと一緒にヘイルの鍛冶屋に足を運んだ。
相変わらず、家の屋根から突き出した煙突からもくもくと煙が上がっている。
アイクが何も言わずに扉を開けた。
中に足を踏み入れると、むっとした熱気に襲われる。
かん、かん、と金槌で鉄を叩く小気味いい音がする。
ガチャリと扉が開く音に気付いたのか、こちらに顔を向けることなく、ヘイルは背中越しに問うてくる。
「なんだ!!??」
そのまなざしは真摯に目の前の熱せられた鉄に向けられており、まるでこちらを見ようともしない。
「取り込み中だったか・・・申し訳ない。出直そう」
アイクがゆっくりと踵を返そうとすると、がばっ、と音がするほどの勢いでヘイルが振り向いてきた。
「なんだ!!兄ちゃん達か!!それならそうと言ってくれ!!なに、遠慮は無用だ!!!」
打ちかけの鉄を手近に置いてあった水の張った桶の中にするりと入れる。じゅうじゅうと音を立てて鉄が一瞬で冷えていき、真っ赤だったのが、鈍色に変わっていく。
「今日は何の用だ!?」
「いいのか?」
アイクが遠慮がちに聞くが、ヘイルは豪快に笑い飛ばす。
「がははは!!!いいってやつよ!!お前らを待たせたんじゃあ俺の名が廃るってもんだ!!!」
「そうか・・・」
どこか安堵したようにアイクが胸をなでおろす。
そして、担いできた皮の鞄を、どん、と地面に置いた。
「今日はこれを返しに来た」
僕もアイクに倣って、腰に佩いていた剣を鞘ごと手に持ち、捧げる。持つ手が震えた。このことは事前に相談してきたことだ。だから、正当な対価を支払って、剣を贖うことができなければ、剣を手放すと何度も覚悟してきたことだ。それでもなお、この剣を手放したくないと心が震えている。
ぴたりと馴染んだ手が、体が、この剣を手放すことを拒絶するように、ふるふる、と震える。
それはアイクも同じなのだろう、ひどく物憂げな表情をしている。
ヘイルはそんな僕らの様子をまじまじと見つめている。大きく見開かれた瞳で、今何を考えているのだろう。
「馬鹿野郎!!!」
突然大音声で罵倒された。
思わずびくりとしてしまう。それはアイクも同じだったようで、ひどく驚いた表情をしている。
ヘイルの拳がプルプルと震えている。
「それはお前らの命を守ったんだろう?」
「ああ・・・」
「うん」
「その武器に、満足したんだろう?」
「ああ・・・」
「うん」
「俺は・・・・その言葉が聞けただけで満足だ!」
「ならば、この武具を正式に贖いたい!」
「この馬鹿野郎!!!!」
くわっ、と目を見開き、すごい剣幕で怒鳴り散らす。握りしめた拳を振り上げ、今にも殴りかかってきそうだ。
「それはお前らにやるって言ってんだ!!」
「だが・・・・」
「でも、もへったくれもねえ!!お前らはあの娘を助けるために金をもらったのか!!??違うだろう!!??それにその、手放したくねえなあって未練たらたらの顔を見てどの面下げて返せって言えんだよ!!金なんざいらねえ!!!いいからとっととそれ持って帰れ!!」
「本当にいいのか・・・・?」
アイクが困惑したように聞き返す。
「いいって言ってんだろうが!!!」
くるりと背を向けられてしまった。これ以上何を言っても聞かないだろう。
「ありがとう」
アイクが深々と頭を下げた。背を向けたヘイルには、そんなことわからないだろう。それでも、気配で何となく分かったのかもしれない。盛大に鼻を鳴らした。
「ありがとうございます!大事に使います!」
僕も自然と頭が下がった。こんな気持ち初めてだった。
「いいってことよ・・・・。俺からも礼を言わしてくれ・・・・・。あの娘を助けてくれて本当にありがとう・・・・」
最後の声はかすれて聞き取れなかった。それでも感謝をされたことははっきりと分かった。シエラとヘイルに何があったのかわからない。それでも、ヘイルはシエラを深く心配している。だからあえて僕らも何も聞かないし、何も言わなかった。
「それを研ぎたかったらまた来い。あと、他に欲しい武器があればまた顔を出せよ。ただし今度はただじゃくれてやらねえから金持って来いよ!!!」




