寄道ー水竜の祠六
アイクは――――、すごかった。
もはや言葉をなくすほどに。そして、圧倒的な数の暴力に押され窮地に立たされた状況であるにもかかわらず、一瞬目を奪われるほどに。
もはや、暴風だ。
アイクの手や、足が届く間合いに入った敵は、一瞬で命を散らす。
くるり、くるりと回転しながら、腕をしならせ、足を振り上げる動きは、まるで舞のように美しく。
足元からバシャバシャとアイクの動きに合わせて跳ね上がる水が光を浴びて蒼く怪しく輝く。
緩慢な動きに見えて、その実、無駄を徹底的に排除した、効率的な動きをしている。
その死の舞を止めようと、蛇は群れるようにアイクに飛びかかるが、どんなに多数で飛びかかろうが、どんなに死角から襲おうが、アイクの間合いに入った蛇は、一合たりとも耐えることなく、鮮血を飛び散らせ、その命を散らす。
蒼い洞窟を背景に、赤く飛び散る血が、鮮やかに目に焼き付く。
―――この魔物の血は赤いのか―――。
どうしようもなくそんなことをふと思ってしまった。
今も、後ろからアイクに飛びかかろうとした蛇二匹を、まるで視線を向けることなく、ひょいと腰を落とし屈んだ拍子に躱して見せ、そのまま、くるりと上半身から回転し、背中の上を通り過ぎていた蛇を下から正面に見据え、腕を振り上げることで真っ二つにする。
それだけにとどまらず、掬い上げるように振り上げた足の先で、這うように近づいてきていた蛇を蹴り上げ、着地と同時に空中に浮かばされた蛇を逆足の刃物で切り裂いた。
両腕をまっすぐに伸ばしたまま、くるりと一回転し、その勢いに乗せて、左右から襲い掛かって来ていた蛇を二匹、合わせて両断する。
ふわりと飛び上がると、アイクの動きを阻害しようと足元に這い寄ってきていた蛇めがけて、足先の刃を思いきり叩き付けた。
勢いよく水飛沫が上がり、それと同時に、ぐしゃり、と首元を半ばまで断ち切られひしゃげた蛇が三匹ほど吹き飛んでいき、壁に、べちゃり、とぶつかる。
激戦の中で、アイクは笑っていた。
心底楽しむように、「創国祭」の時に見た踊り子のように、舞台の楽の音に合わせて時に激しく、時にゆったりと、舞う。
そこには、美しさがあった。
そして、ただ美しいだけでなく、誰も届かないほど強かった。
僕らのいる空間が、どんどん蛇の死体で埋め尽くされていく。
このまま、通り抜けられるか・・・!?
期待を込めて出口を見ると、すでに半分近くまで来ていた。
そして、部屋を埋め尽くさんばかりにいた蛇たちは、激戦の果てに、ほとんどがその命を散らし、残った蛇たちも、戦意をなくしたのか、先ほどから遠巻きに窺うばかりで積極的に襲い掛かって来なくなった。
ニールがアイクに駆け寄って行く。僕も続けてアイクのもとに向かったが、アイクは小さく息を整えるだけで、随分と余裕があるように見える。
「終わった・・・か・・・?」
「分かりません・・・。ただし、今のうちに進みましょう!ただ、最後まで油断しないでください」
ざばざばと水をかき分け、僕らは先を急ぐ。
出口まであと少しだ―――。そう思った次の瞬間、ずるり、と何かが這いずる音がした。それは、今までの蛇とは明らかに違う、いや、異質な音だった。
思わず足を止めてしまう。
この時、思わず足を止めてしまったことを、のちになって後悔した。一気に全力で駆け抜けるべきだったのだ。
そして、それは姿を現した。
奥の、少し、いや、控えめに言っても入り口付近の巣穴よりも一回りも、二回りも大きな壁の穴から、ずるずると大人の胴ほども太い蛇が、何匹も滑り出てくる。
大きい――。思わず唖然としてしまうほどに大きい―――。
尻尾の先から頭の先まで、五メートル以上はあるだろう。威嚇するように大きく開いた口は、子供だったら丸呑みできてしまうのではないか、と言うほどに大きい。
開いた口から覗く口内は真っ赤に染まり、しゅうしゅう、と吐き出される息はひどく生臭く感じる。
もはや、奥の出口が隠れるほどに埋め尽くす、大量の大きな水蛇に気圧され、僕も、ニールも思わず、じりじりと二歩、三歩と後ずさる。
じわり、と背中を汗が伝う。いやな汗だ。
そんな僕らをしり目に、すっ、と視界の端から影が飛び出した。
―――アイクだ。何の気負いもなく、まるで、何もない道を闊歩するように、するすると歩き、一瞬で先頭の水蛇のもとに飛び込むと、振り上げた足を叩き付けるように落とし、その命を奪う。
アイクに首を斬り飛ばされた水蛇の首が、くるくると宙を舞い、ぼとり、と地面に落ちた。
一斉に水蛇がアイクめがけて飛びかかる―――。
それを皮切りに、僕もニールも、意を決して躍りかかった。
僕は、アイクの右横に回り、右側から飛びかかって来ていた水蛇の首に向かって剣を一閃する。
硬い―――。
先ほど以上に力を込めて剣を振ったはずだった。
それなのに、今、水蛇の首は両断されず、剣は三分の二程まで入ったところで深々と埋まり、そこで止まってしまった。
もちろん、その時点で、命を絶つことはできている。だが、あまりにも重い頭に剣を取られ、思わずよろめいてしまった。
だが、寸でのところで踏ん張り、剣を引きながら、断ち切った蛇の頭部を踏みつけにし、くるりと回転を加え、奥の水蛇の頭部をかち割る。
今度は、回転に乗せて勢いをつけたからだろう、一太刀で両断することができた。
それでも、二匹倒すのにえらく苦労してしまった。
ちらりとニールを見ると、ニールは攻撃を繰り出すことはできているが、致命を負わすことは全くできていない。どころか、逆に、逃げ惑っているうちに壁際に追い詰められ窮地に立たされている。
アイクは、さすがにくるくると舞うように蛇の中心地に居ながらまだ一度も攻撃をもらうことなく立ち回っている。しかし、それでも苦心している様で、体勢を崩したまま振りぬいた刃先は、頑丈な鱗に阻まれ僕と同様に一太刀のもとに倒すことができなくなってしまっている。
そして、それが原因で疲労が出てきたのだろう、額にびっしりと汗をかき始め、必要以上に体を動かしているため、息が上がってきている。
それもそうだろう。いくら、僕とニールが参戦したと言っても、ほとんど蛇の攻撃を引き付けているのはアイクだからだ。
もし、アイクがやられてしまったら―――。
そんな不安が頭をよぎるが、必死で追い出し、そうならないように、懸命に一匹でも多くの蛇の命を奪うことに注力する。
地面を這いずりながら噛みつこうとしてきた蛇の頭を蹴り飛ばし、飛びかかって来ていた蛇の口内めがけて体のひねりを利用しながら剣を突きこむ。
素早く剣を引き戻すと同時に、時間差で飛びかかって来ていた蛇の顔を左手で殴り飛ばす。
拳がじんじんと痛んだが、今はそれどころではない。
とにかく、噛まれないことに注意しながら、ひたすらに蛇を切り殺していく。
早く―――。早く―――。焦る気持ちとは裏腹に、蛇は一向にその攻撃を緩めない。
いったい何匹切り殺しただろう?
あとどれくらいの蛇がいるのだろう?
どれくらい闘い続ければいいのだろう?
地面を埋め尽くす蛇は、最初から全くその数を減らしていないように思えた。
どんどん苦しい状況に追い込まれていく。
そして、ついに均衡は崩れる。
「うわ!!」
悲鳴に似た叫びが聞こえた。そのあとすぐに、がちゃん、と金属が地面に落ちる音が聞こえた。
思わず音のしたほうに目をやると、そこには、左手と右足に蛇が巻き付き、動きを封じられたニールの姿が映る。
まずい!早く助けなくちゃ―――。
駆け出そうとした僕の意識が離れた瞬間、踏み出した足に何かが絡みつき、思わずたたらを踏む。
蛇だ。静かに、そして素早く近づいてきていた蛇が一瞬の隙をつき僕の足に絡みついてきていた。
そして、倒れこみそうになり、思わず地面に手を突いた僕の上半身めがけてもう一匹、蛇が絡みついてきた。
ぎしり、と音がするほどの圧迫感に、思わず悲鳴を上げそうになる。締め付けられている左足首と胸元からミシミシと嫌な音が聞こえる。
振りほどこうと必死にもがくが、それでも蛇は微動だにしない。いや、むしろさらに締め上げる力が強くなっていった。
「うっ・・・!」
苦悶の声が聞こえたのかもしれない。アイクの動きに、ちぐはぐな解れが生じたように見えた。
それは、左足の動きが一瞬止まり、もしくは振り上げた腕をためらうように振り下ろし、そんなわずかな解れだったように思う。
しかし、玄妙を極めたアイクの動きにわずかな遅滞が生まれたのは、確かな事実だった。
そしてその時を待っていたように、アイクの周囲の空間が揺らいだ気がした。
魔法の前兆だ―――。
僕が気付いた瞬間には、大小さまざまな水の弾が空中に浮かび上がり、それが四方からアイクめがけて叩き付けられる。
そして、いかなアイクといえどもそれを防ぐすべはなかったのだろう、腕を交差させ、急所をかばいながら、必死で体を硬直させ衝撃に備える。
そして、激流に飲み込まれるように、一瞬でアイクの姿が掻き消え、その水弾は勢い余って地面や天井、壁を叩き、あたり一面を包み込んでいく。
少し離れたところにいた僕のもとにも、バシャバシャと跳ねた水がかかる。
永遠に続くかに思われた時間の中で、僕はただ茫然とその様を見つめることしかできない。
「アイクーーーーーー!!!!!」
絞り出すような叫びは激流にのまれ、消えていく。
ゆっくりと、水の勢いが弱まっていき、ようやく、視界が晴れた時、そこには地面に両膝をつき、ピクリとも動かないアイクの姿があった。
全身から血のようにぽたぽたと水を滴らせ、微動だにしないため、生きているのか、死んでいるのか、一目には分からない。
「くそおおおおおおおーーーーー!!!!!!」
目の前が真っ赤に染まるような怒りを覚える。どくどく、と血が駆け巡る音が、異常にはっきりと耳元で聞こえてくる。
こんな拘束・・・・振りほどいてやる!!
怒りに、そして焦りと不安に、突き動かされ、必死でもがくが、締め付けはきついままで、まるで身動きできない。
ばたばたと見苦しくもがくその様は、無様に命乞いする弱い獣のようで、泣き喚く幼子のようで、ひどくみっともないが、そんなことは全く気にならない。
ただ、頭の中が真っ白になっていた。




