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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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寄道ー水竜の祠五

一瞬何が起きたのか全く分からなかった。

 呆然とした僕の喉元を、アイクの振り上げた刃が通り過ぎ、僕の前髪を風が攫う。

 ぐしゃり!!

 僕のすぐ後ろで何か肉を叩くような嫌な音が聞こえた。

 急いで後ろを振り返ると、そこには刃物の尖端が、体長一メートルほどの大きな蛇が開いた口の中に突き込まれて貫いている姿があった。

 「なるほど、こうして気配を殺して近づいてくるのか・・・」

 驚きで言葉も出ない僕をしり目に、まじまじとアイクが今仕留めた蛇を観察している。

 蒼白い鱗は水を弾いてつやつやと怪しく輝き、びっしりと体全体を覆っている。

 大きく開いた口からは、ちらちらと長細い舌がのぞき、ギラリと覗く鋭い牙は、ぬめぬめと光沢を放っている。

 全くわからなかった。

 今になってようやく、心臓がバクバクと脈打ち始めた。

 アイクが気付いていなければ、恐らく僕は背中から噛みつかれていただろう。

 「よく・・・・気付きましたね・・・」

 ニールも驚いている。

 アイクが、刃先に突き刺さった蛇を無造作に放り投げる。

 「隊列を変えよう。この中で一番索敵の能力が高い俺が一番後ろを守ろう。そして、ニール、お前も多少は覚えがあるんだろう?」

 「ええ・・・。今のを見せられたら、自信は無くなりましたけれどね・・・・」

 「変わらず先頭を歩いてくれ。そしてシリウスが真ん中だ」

 そうして僕らは再び歩き出した。

 今度は見落とさないように、きょろきょろと油断なく視線を彷徨わせながら進む。

 ふと、後ろのアイクと目が合った。

 アイクは、ゆっくりと前に視線を向けるだけで、全く周囲を探る様子はない。

 驚いた。どうやって索敵しているのだろうか?何か特殊な方法があるのだろうか?

 そう思ってニールを見ると、ニールは僕と同じように油断なく視線を転じながらゆっくりと進んでいる。

 僕がアイクに索敵の方法を聞こうと思って口を開きかけたその時、前方を歩いていたニールが飛び出した。それに続けてアイクも飛び出す。

 急に左側の岩壁に向かって走り出した二人に戸惑いながら行く先を見つめると、岩肌に空いた小さな穴の中から、四匹の蛇がにょろにょろと這いだしてきていた。

 ニールが、壁を這う蛇の一匹の首元に向かって、短剣を突き出した。

 それを、蛇はくねくねと身をねじりながら、思いのほか敏捷な動きで躱して見せたが、それすら見越していたのだろう、左手にいつの間にか握られていた二本目の短剣が、蛇の避けた先に、先んじて突き込まれており、それが吸い込まれるように首元に突き刺さった。

 首元はどうやら鱗がほとんど無いようで、短剣は何の抵抗もなくするりと差し込まれた。

 アイクは、飛びかかってきた一匹の蛇に向かって、叩き落すように上から蹴りを落とす。

 ぐしゃりと蛇が潰れる音と、刃物が地面を叩く、がちゃん!と言う硬質な音とともに、一瞬で両断された。

 そして、壁を這う蛇に向かって思い切り拳を突き込んだ。

 その先についている刃物の尖端が、一匹の蛇の首元に突き刺さり、遅れて飛びかかってきた蛇に先ほどと同じように口内めがけて左腕の刃先を突き込む。

 一瞬で三匹の蛇の命を容易く奪ったアイクと、的確に急所を貫いたニールに遅れて僕も壁際まで駆け寄るが、すでに戦闘は終わっていた。

 「その武器の先についている刃物、すごい切れ味ですね・・・・。あ、もちろんあなたの実力も大したものですけれど!」

 慌てたように取り繕うニールに、アイクは何の感情もないのか、蛇を見つめたまま無表情だ。

 いや、何かを確かめるように腕と足を振り、感触を確認している。

 「お前もなかなかの実力をしている」

 アイクに褒められニールは少し嬉しそうに頬を緩めた。

 「ありがとうございます。そう言っていてもらえると助かります・・・・。なんとか足を引っ張らないように付いていきますよ!」

 僕は、二人の会話を聞くともなしに聞いていたが、喉の奥に何かがつっかえたような不快なもやもやとした気持ちがした。

 もしかしたら、今、足手まといは僕かもしれない・・・・。そんな思いが鎌首をもたげてきたが、必死で頭から追い出す。

 「シリウス。どうやらこの蛇共は首の後ろか、もしくは腹のほうに鱗が少ないからそこが弱点だ。・・・聞いているのか?」

 返事がないことを不思議に思ったのだろう、アイクが怪訝な表情でこちらをうかがうので、何とか作り笑いを浮かべてごまかした。

 「頼むぞ。ここではお前頼みなのだからな」

 僕の肩にポンと手を置いてまるで励ますかのようにアイクが言ってくれたが、それが世辞だとはいくら何でも僕にもわかる。

 引き攣った笑いを浮かべたまま、歩み出した二人の後を追うが、その後も、すぐに接近する敵を見つける二人がそのまま倒してしまうので、僕は一度も剣を振ることが無く、悶々とした気持ちを抱えたまま突き進む。

 「もう少しです」

 一度休憩を入れて、進み続けた僕らは、今が何時なのか全くわからなかったが、ニールの言葉に緊張を高める。

 「この先に「水蛇の巣」があります。気を付けてください。僕はここまでしか来たことがありませんが、恐らく文献ではこの先に、水竜が生息していると言い伝えられております。月雫草も近くにあると思います」

 ここまで来るとはっきりと分かるが、水が魔力を多く含んでいる。

 ニールがゆっくりと歩き出す。そして、ロックタートルと闘った広い空間と同じような広さを持った空間が見えてきた。

 そして、そこに足を踏み入れるための入り口から見えた光景に、さすがに背筋が凍る思いがした。

 そこには、壁一面に、等間隔で小さな丸い穴が開いており。

 地面には数えるのもばからしくなるほどの数の蛇が、足を浸すほどの浅い水の中をすいすいと泳いでいる。

 中には遠目にも、体長三メートル近い大型の個体がいた。

 大小様々な大きさの蛇が、音を立てることなく身をくねらせながら、するすると水の中を泳ぐ光景は圧巻だったが、それ以上にひどく嫌悪感を抱かせる。

 ニールが一人で挑戦できなかった理由が分かった。

 「これは・・・・」

 流石のアイクも絶句し、躊躇うように立ち尽くしている。

 ニールも顔をしかめながら、ゆっくりと中の様子をうかがっている。

「いつ見ても慣れない・・・・嫌な光景だ・・・・。どうします?進みますか?」

 「進むしか・・・ないだろう・・・?」

 僕もアイクの言葉に賛成だ。ただし、進むと決めたことと、嫌悪感が沸かなくなることは必ずしも同じではない。いかに勇気をもって飛び込もうが、嫌なものは嫌だ。

 それは二人も同じなのだろう。アイクは言ったものの、二の足を踏むように呆然と立ち尽くし、ニールは、諦めたようにため息を一つ吐く。

 そして、後ろに背負っていた背嚢から、丸薬を五個ずつ僕らに手渡してきた。

 「取りあえず急ごしらえで作ってきた「解毒薬」です。水蛇の麻痺毒は弱い毒なので、これで十分に効きます。もし、噛まれて痺れを感じたらすぐに服用してください」

 「使わないに越したことはないな・・・・」

 素直に受け取ったアイクが、上衣のポケットに突っ込みながらぽつりとつぶやくが、僕も賛成だ。

 「行くぞ!駆け抜ける!!」

 ここまで来れば索敵など関係ない。気付かれずに近づく以前の問題で、もはやがむしゃらに攻撃を避けて、できるだけ最小限の動きで、最小限の敵を葬りながら突き進むしかない。

 意を決して広い空間に飛び込んだ僕らに、一斉に水蛇が飛びかかってきた。

 一気に抜き放った剣を横薙ぎに振りぬく。

 目の前から飛びかかって来ていた水蛇を二匹、首から切断する。

 くるくると弧を描いて、切断された首が勢いよく後方に飛んで行った。

 驚いた。

 もっと抵抗があるのかと思っていたが、まるで、切れ味鋭い刃物で柔らかい肉をするりと断ち切るような、そんな手応えのなさにひどく驚いた。

 思わず立ち止まった僕の後方から、しゅるしゅると這いずる音が聞こえ、一瞬でその場を飛びのく。

 数瞬後に僕がいた場所に向かって水蛇が三匹同時に飛びかかるが、すでにその場に僕はいないため、そのまま地面に落ちる。

 飛び避けたそこに、待ち受けたように這う水蛇が、右足に絡みつくようにぐるぐると巻き付いてきた。

 思わず足を取られ、身動きが制限された僕めがけて、後ろと正面から二匹ずつ飛びかかってくる。

 もう一度横薙ぎに剣を振り、前から飛びかかってきた水蛇を一太刀のもとに葬ると、その勢いのまま後方の一匹を剣の峰で弾き、もう一匹を切り捨てる。

 足に絡みついた蛇の頭めがけて思い切り剣を突きこんだ。

 固いうろこをものともせず、ずぶりと肉を断つ感触を手に残しながら、血を吹き出し絶命させる。

 思い切り足を振り上げ、蛇の体を蹴り飛ばす。

 剣がよく手になじむ。

 これなら行ける!!

 奮い立った心は、感覚が研ぎ澄まされていき、四方八方から襲い掛かってくる蛇を、いつも以上の剣の冴えを見せ、勘だけで一太刀のもとに切り捨てていく。

 地面を這う蛇も、足元で踏みつけ、剣で突き殺し、蹴り上げ、空中で切り捨て、付け入る隙を与えない。

 僕がたどってきた道が頭と胴体が泣き別れた蛇の死骸で埋め尽くされ、足元の水は真っ赤な血で見る間に染まっていく。

 ちょうど、三分の一程まで到達しただろうか、ちらりと二人の様子を見る余裕があったので、目線を送ったが、ニールは危なげなく、躱しながら、時に、両手に構えた二本の短刀で蛇の急所を狙って刺し殺していく。

 ただ、どうしても数に圧倒されてしまっているのか、入り口付近から、ほとんど動けていない。

 今も入り口を背にしたまま、正面に蛇を見据え睨みあっている。

 不思議なことに、蛇は、この空洞の中からほとんど出ることはなく、追い詰められるとニールは一目散に入り口から逃げ出し、距離を置いて戻ってくる、と言うことを繰り返しているようだ。


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