寄道ー水竜の祠三
「なら僕がやる!!」
急いで魔力を練り上げる。
左手に丸盾を構え、右手にすらりと抜き放った剣を下げ、体の中にある魔力を腹の下に集める。
足元の水から、魔力の高まりを感じ、思わず横に飛びのけた。
すると、細い水の線のようなものがゆっくりと、うねりながら立ち上り、僕めがけてうなりをあげて振り下ろされる。
「避けろ!!」
アイクの声が聞こえたが、間に合わない!いや、軌道が読めない!
左手の丸盾を目の高さまで掲げて、必死に後ろに飛び下がった。
ばちん!!
水の鞭のようなものが丸盾を叩く。思っていた以上の衝撃を感じる。思わず盾を手放しそうになってしまった。
左腕がしびれて、まともに動く気がしない。だらりと左腕をたらしたまま、開けた視界の中に、ロックタートルが大口を開け、魔力を集めているのが飛び込んできた。
まずい!!
思ったときにはすでに遅く、勢いよく水の砲弾が僕めがけて射出される。
それは、まさに砲弾と呼んでいい速度だった。
咄嗟に身をよじって躱そうとするが、反応が一泊遅れたために、左腕に構えていた盾にあたり、盛大に水が弾ける。
腕が外れるほどの衝撃が走った。
あまりの激痛に、思わず盾を取り落としてしまう。しまった!!臍を噛む間もなく、二発目が放たれる兆候を感じる。
「くそおおおおおお!!!」
必死で右前方に体を投げ出すように転がり、何とか二発目を避けることに成功したが、左腕は真っ青に腫れて使い物にならない。
体勢は崩れて、三発目を避けることはできそうもない。
流石に終わったか?
ゆっくりと身を起こした僕の視界に、アイクがロックタートルの意識をそらすように僕とは反対側から頭めがけて手足の剣を振り回すのが見えた。
回転するように縦横無尽に手足を振りぬき、時には、バックステップを踏みながら顎を蹴り上げ、時には横っ跳びに飛びのきながら腕をしならせ剣を叩き付ける。
だらりと両腕をたらしたまま、ひらり、ひらり、と風に舞う落ち葉のように、居所を掴ませない。
くるりと身をひねったかと思うと、そのまま蹴りを放ちながら頭の上を飛び越え、死角から拳を落とし、剣を突き立てようとする。
しかし、アイクの攻撃は、固い表皮に阻まれて、ほとんど痛痒を与えていない。それでもなお、ロックタートルにとっては、近間の間合いでちょろちょろと動き回る物がいれば、ひどく目障りなのだろう。
苛立たし気な咆哮をあげると、爪による斬撃を二連撃放ってきた。
それをするりと躱したアイクだったが、そこに水の鞭がうなりをあげて襲い掛かる。
咄嗟に飛び下がって威力を減衰しようとしたが、足首に絡まるように勢いよく巻き付いてきた水に一瞬足を取られてバランスを崩す。
ばしゃり、と盛大な音を立てて、アイクが地面に片膝をついたとき、目の前から、勢いよくアイクめがけて水の柱が立ち上がった。
それをアイクは上体を思いきり後ろに引き倒すことで躱して見せた。
すごい!!
改めて、アイクの動きに見惚れた僕の目に、思いがけないものが飛び込んできた。
それは、水の弾だった。アイクの横腹めがけて叩き込まれたそれは、アイクの体を強かに打ち据えると、アイクは吹き飛ばされ、壁に激突した。
「そんな・・・!」
水の弾が飛来したほうに目を向けると、一番近くにいたロックタートルが、すでに射程内に入っていたようで、水魔法による攻撃を行ったのだ。
アイクがよろよろと立ち上がった。
衝撃はあったが、それでも威力はそこまで高くなかったようだ。
後ろから迫っていたロックタートルとの距離に助けられた。
しかし、あの状態では、アイクがこれ以上闘いを続けることは困難だろう。
僕は、左手の激痛を頭の中から追い出し、意識を集中する。
運よく、ロックタートルの意識はふらふらと立ち上がったアイクに向いている。
痛い、痛い、と喚く心の声を必死で押し殺し、腹の下から、魔力をゆっくりと集める。
そのまま、魔力を高めていく。
まだ―――。もう少し―――。
早く!早く!と急かす心を必死に落ち着かせる。
ぽう、と体の奥から熱が沸き上がるのを感じた。いつもと同じだ。その瞬間、体の奥底から力が沸き上がってきた。
ふつふつ、ふつふつとそれは熱を持ち、そして、それとは対照的に頭の中はすうっ、と冷めていく。
すべての動きが緩慢になった。
止まったように静まる世界の中で、真っ赤に赤熱した剣を抱えた僕は遅いと思えるほどゆっくりと立ち上がり、目の高さに、地面と水平に構えると、身を低くし、全身を連動させ突進する。
「はあああ!!!!」
腹の底から吐き出した裂帛の気合が空気を震わせる。
ロックタートルがこちらに視線を向ける。
ひどく緩慢な動きに思えた。
それでは、もうすでに間に合わない。
なぜか、僕はこの剣が届くことを確信していた。
勢いよく突き出した剣身が、風を切り裂く甲高い音を耳に、ずぶり、とまるで固い何かを溶かすような不思議な手ごたえを感じた。
ロックタートルは、己の頭に深々と突き刺さった剣身とそれを携える僕をきょとん、とした瞳で見つめている。
いや、僕がそう思っただけかもしれない。
事実、次の瞬間には、絶叫が轟く。
「ぐおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
そしてみるみる膨張していった頭部は、そのまま爆散し、血肉をまき散らしながら、跡形もなくはじけ飛んでしまった。
噴き出した血が、そしてはじけ飛んだ血肉が僕にかかったが、その中で、僕は不思議と冷静に剣を引き、鞘に納めた。
「よくやった・・・!行くぞ!」
アイクがよろよろと近づいてきて、出口を指さす。まだ、横腹を抑えている。もしかしたら肋骨を折ったのかもしれない。
アイクに肩を貸してやりながら、僕らは何度も後ろを振り返り、他のロックタートルの様子を見てみる。
仲間を殺されたからなのか、怒りの咆哮をあげ、のっし、のっし、と近づいてくるが、速度はほとんどないため、恐らく追いつかれることもないだろう。
先ほどアイクに痛手を負わせたロックタートルも、頭に血が上っているのか、必死で四本の手足を動かし、こちらを引き潰さんと迫っているのみで、魔力を行使しようとする様子がまるでない。
おそらく射程の問題もあるのだろう。だが、それ以上に頭に血が上って、魔法まで意識が向いていないのだろう。
それならばと、僕らは急いでその場を後にする。
死んだロックタートルは、出口を半ば塞ぐように存在しているため、大人二人がようやく通れる幅が開いているが、恐らくほかのロックタートルはこの死体がある以上、ここから先に進むことはできない。
そして、非常に重いこの死骸を、ここから移動させることなどできないだろう。
これで僕らは安心して進むことができる。
ようやく、出口を潜り抜けると、そこにはひどく心配した表情のニールがいて、駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ・・・、なんとかな・・・・」
「ここから少し行ったところに安全な洞があります!そこでいったん体を休めましょう!」
血相を変えたニールの案内に従って、ぽっかりと岩肌が抉れたような空洞にたどり着く。
「横になってください!!」
「分かった・・・」
僕はアイクを横にする。
しかし、それではニールは不満だったようで、怖い顔をしながら僕を睨む。
「シリウス君!あなたも横になりなさい!!」
「え!?」
「え、じゃない!!あなたも左腕を怪我したでしょう!?」
そう言われてようやく思い出したが、左腕の痛みが消えている。恐らく僕が魔法を行使したから、治ったんだと思っていた。
事実、左腕を持ち上げると、先ほどまで真っ青に腫れあがっていた左腕の腫れが引き、少し青みが残っているが、それでも大分血色が戻ってきていた。
「大丈夫だよ」
「そんなわけ・・・・・あれ・・・?本当だ・・・」
僕が持ち上げて見せた左腕をじろじろと見ながら、途端に怪訝な顔つきになった。
「え・・・・?傷が・・・・消えている・・・・?一体・・・・。あれ・・・?もっと大きな傷を負っていましたよね?」
「うん。でも魔法で自己治癒できるから、傷はすぐに治るんだ」
ニールの表情が驚愕に染まった。
「そんな話、聞いたこともありません・・・・。いったいどういった魔法なのですか・・・・?」
改めて聞かれると困ってしまった。普通に身体強化するのと同じように、ただの魔力を身にまとっているだけで、こんなことは魔法を使う人間なら当たり前にできると思っていたのだから。
「こいつは特別なんだ・・・。シリウス、普通は、魔力を身にまとった時、身体能力が格段に上がったり、自然治癒力が高まったりするが、お前ほどすぐに傷が無くなったりはしない。初めて見た時も思ったが、お前のそれは、回復魔法並みの早さで治っている。それは少し、いや、ひどく異質だ・・・。もし、皆がそんな技を持っていたのなら、回復魔法の使い手はいらなくなる・・・」
確かに言われて見ればその通りだ。でもそれは、そもそも魔法の使い手が少ないからなのではないか?と思ったが、アイクの真剣な目つきと、ニールのあまりの剣幕を見ていて、僕の魔法は少し普通とは異なるんだなあ、と理解した。
アイクの苦しそうなうめき声で、はっ、とニールが我に返る。
「今はそれよりも、あなたの治療のほうが先ですね!!」
そう言うと、断りを入れて、アイクの横腹をゆっくりと触る。
何かを確かめるように腹を触るが、その手が触れる瞬間、アイクは痛みに声をあげる。
「折れていますね・・・。とりあえず、これを飲んでください」
そう言ってニールは茶色い丸薬を手渡す。アイクはそれを何かと問うこともせずに一息に飲み込んで見せた。
「なんだか・・・、眠くなってきた・・・・」
そう告げると、アイクはそのままぐっすりと眠りに落ちてしまった。




