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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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狩猟三

昼食を終えると、アイクは一人で偵察に向かう。

僕たちは罠になる毒キノコの煮汁を加えた毒を作成していく。

しばらく待っていると、アイクが戻ってきた。

「ここから北に四半刻(十五分)ほど歩いたところに川がある。その川には生き物の痕跡が多くある」

「そうか、ならその川を目指そう」

「いいか、シリウス、森で最初に困ることは飲み水の確保だ。だからこそ、水源を見つけることができなければ、生き残れない」

小さな声で兄さんが教えてくれる。

「隊列を乱すな、先頭はアイクが、その後ろにモーリス、シリウス、そして後ろから俺とリオンが警戒する。もはや「暗黒森林」に足を踏み入れている。いくら入り口近くだとは言ってもこの森林では何があっても不思議じゃない。絶対に気を抜くな!」

リックがいつになく真剣な表情をしている。

そうして警戒しながら進むこと四半刻、水の流れる音が聞こえてきた。

ただし、水の流れる音に交じって何かが水浴びするようなバシャバシャという音が聞こえてくる。

「静かに」

先頭を歩くアイクも気付いたのだろう、後ろにいる僕らにハンドサインを送ると、木々の隙間からこっそりと覗き見る。

僕らもそろりと音を立てないようにアイクの横に並ぶと、そこには川の中に入り、その鼻づらを水面につけ、ごくごくと水を飲む大きな牙が特徴的なイノシシがいた。

「ファングボアだ。一匹だけなのが不思議だ」

そういうときょろきょろと周囲を見回すアイクに、リックは尋ねる。

「群れを成すことが多いとはいっても、一匹でいることはそんなに珍しいことではないんじゃないか?」

「いや、珍しいことではないが、あのファングボアを見ろ。なんだか疲労しているように見える」

「そうか?」

「ああ、何より、けがをしている」

そういわれて見てみると、確かに水面が少し赤くなっている。何より、鳴き声が少し弱弱しい上に、後ろ脚を引きずるようにしており、動きに精細さがない。

「だったら早く仕留めちまえばいいんじゃないかよ?今がチャンスだろ!」

モーリスがいらいらしたようにせっつくが、リックは逆に顔を険しくする。

「よく考えろ!群れを壊滅された上に、おそらく群れ一番のファングボアすらもけがを負い逃亡している可能性が高い」

「だったらなんだよ!」

「馬鹿が!ファングボアの群れじゃ敵わない強敵が現れた可能性が高いだろ。その上まだその強敵に付け狙われていたら、今ここで姿を現すのは得策じゃない。だろう?」

アイクはうなずく。

「ああ」

モーリスにははっきりといら立ちの色が見える。

「ちっ!だったらどうすんだよ!」

「まあ少し待て」

そういわれしばらく待っていると、水浴びをしているファングボアがピクリと耳を澄ませる。

遠くからうなり声が聞こえてきた。

目に見えてファングボアが焦っている。

「何か来るぞ」

アイクがそうつぶやいた瞬間、光り輝く体毛を持った何かが数匹、いや数十匹か?数がわからないが飛び出してきた。

その何かは、逃げようとするファングボアに食いつく。

「シルバーウルフの群れだ」

ファングボアはまとわりつく狼たちを引きはがそうと必死に暴れているが、多勢に無勢のため仕留められるのも時間の問題だろう。

「アイク、やれるか?」

リックは一言尋ねる。

「ああ」

アイクはそれ以上の言葉は不要とばかりにそろそろと背に負う弓を手に取ると、矢をつがえ、ぎりぎりと引き絞る。

一息の間に放たれた矢は前回と違わず、狼に当たっていく。

しかし今回は数が多い上に、動きが早かったため、うまく当たらなかったようだ。

狼は全部で八匹いたが、アイクの矢を受け絶命したのは四匹で、残りの四匹は足や肩に矢を受けたのみで、殺すには至っていない。

残ったシルバーウルフは、一度ファングボアから離れると、矢が放たれた森林に向け牙をむけ唸り声をあげる。

初めての戦闘の予感に足が震える。この震えが恐怖からくるものなのか、緊張からくるものなのか、極度に集中する僕は気付く余裕すらない。

「待て。まだ飛び出すな」

アイクの言葉に、気が急いていた僕とモーリスの足が止まる。

「何言ってんだよ!今がチャンスだろ!」

モーリスの罵声も聞き流し、リックとアイクと兄さんは真剣な表情でその時を待つ。

少し経つと、明らかにシルバーウルフたちの唸り声に苦し気な音が混ざり始める。

口元からよだれがだらだらと垂れていた。

その瞬間、シルバーウルフたちはいっせいに森めがけて突撃してきた。

「行くぞ!」

その短い一言と同時に飛び出したリックの後を追うように兄さんが、数泊遅れてモーリスが飛び出す。僕もあわてて飛び出したが、僕が木の間を抜け、開けたところに出るころにはすべてが終わっていた。

まず、リックが、飛び出すと同時に、二匹のシルバーウルフがとびかかってきた。しかし、一匹に前蹴りをすると、「きゃん」と短い鳴き声を上げ、木の幹にぶつかり動かなくなってしまう。そのまま、もう一匹のとびかかってきたシルバーウルフを左の盾で抑え、離れ際に一太刀で絶命させる。

兄さんはとびかかってくる一匹のシルバーウルフに対し盾を使って受け流すと、バランスを崩し、倒れこんだところに体重を乗せて首筋に一太刀。こちらも一瞬で命を刈り取っている。

モーリスは僕と同様に数泊遅れたためか、後を追うようにアイクが放った矢を受け、最後の一匹はすでに絶命していた。

リックはゆっくりと川辺に向かうと、血を流し、死にかけのファングボアに対し、「ごめん」と一言つぶやくと、流麗な動きで首筋に一太刀浴びせ、倒した。

「いやー、シルバーウルフの群れが出てきたときには焦ったが、アイクがいたおかげで助かったな」

ふうと息を吐いたリックがこちらを見ながら笑いかける。

「シルバーウルフは何より速い。それに毛皮はただの獣にあるまじき硬度を誇る。そのため攻撃を当てるのも一苦労だが、先ほど採取してきた毒キノコがあって助かった」

そう言ってアイクが回収した矢尻には、確かに毒々しい色合いの液体が塗ってあった。

いつの間に準備していたのだろう?しかし、三人の活躍によって狼の群れは一掃できたが、僕とモーリスの出番がなくなってしまった。

やり場のない緊張に僕はどうにもやりきれない感情を持て余していたが、モーリスもひどく苦い顔をしている。

「シルバーウルフの毛皮は、耐寒、耐熱性能に優れているうえに刃物が通りにくい。その性質から軍の防着として正式採用されている国もある。なにより、きらきらと輝くように光るシルバーのその毛皮は金持ちも好んで欲するものだ」

リックは大物をしとめることができ嬉しそうだ。

「だが、その肉は筋肉が多く、筋張っていて食べごたえがない」

少し残念そうなアイクに「毛皮だけ剥ぎ取って持ち帰ろう」とリックが提案する。

「手早くやってしまおう」

全員で毛皮の剥ぎ取りを行ったが、僕が一匹分剥ぎ取る間に、全員剥ぎ取りを終わらせてしまっている。ここでも僕はただの足手まといでしかない。

だから僕は提案する。

「僕の背負い袋に詰めて、僕が全部運ぶよ」

その言葉にぴたりとみんなの動きが止まる。リックとアイクは複雑そうな表情をしている。

「気持ちはうれしいが、かなりの重さになるぞ?」

「それで動きが鈍ってしまってはこちらの負担が増えるからやめたほうがいい」

 やんわりと断るリックとにべもなく拒否するアイクに心が折れそうになるが、それでも僕は譲れない。戦闘では足手まといの僕が、荷物持ちとしてでもいい、みんなの力になりたい。必死の表情で食い下がる僕の気持ちをわかってくれたのだろう。兄さんが助け舟を出す。

 「じゃあ、俺も持つよ。それで、シリウスが足手まといになりそうだったら助けるよ。それでいいだろう?」

 「いや、それでもなあ・・・」

 それでもリックは言いよどむ。普段は寡黙なアイクが口を開く。

 「ふざけるな。お前らが戦闘で足手まといになったとき誰が助けると思うんだ?皆の命を危険にさらしてまでそれは通さなければいけないわがままなのか?森林をなめるな。ほんの些細なことで、ちょっとした気のゆるみで俺らですら命を落とす危険性があるんだ。それでもなおお前らは意地を張るのか?」

 普段とは違うその厳しい口調に僕と兄さんは思わず体を震わせる。

 「それでも、だ。これは僕が、足手まといの僕が、どうしても通さなければならない意地だから!」

 泣きそうになりながらそれでもキッと口元を結んではっきりと主張する。

 「そうか。ならばその力で、おのれの強さで、証明して見せろ」

 そう言い残し、川の中に血を落とすため入っていくアイクの後姿を見送ると、ふっと力が抜ける。

 「驚いたな」

 リックはそう言い残すと、勇気づけるように僕の肩をたたくとアイクの後を追って川に入る。モーリスは、ふんと鼻を一つ鳴らし、相変わらず小ばかにしたような表情で僕ら兄弟を見下した後、二人の後を追っていく。

「ありがとう兄さん。でも僕のせいで兄さんに荷物を負わせるわけにいかないから・・・」

「それ以上言わなくていいし、いいよ、これくらい。早く荷物を背負ってみんなの後を追おう」

兄さんはそういうと毛皮を半分持つが僕は申し訳なさでいっぱいだった。


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