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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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寄道ー水竜の祠二

誰も何も言わない。

 ただ、アイクの澄んだ瞳を見つめて分かった。理解した。アイクが問うたのは僕の決意、覚悟だ。もしかしたら命を投げ出さなければならない覚悟を問うたのだ。すでにアイクは答えにたどり着いていた。ただし、言わなかったのは、アイク一人ではどうにもできないから・・・。僕の力が必要だったから・・・。そして、僕に命を賭けろとは、遠慮しているのかアイクは決して言わない。

 信用してもらっていないのかな・・・?

 少しだけ、寂しい気持ちがした。

 薄く笑いかけると、アイクは諦めたように一つ息を吐く。

 「それしかないだろうな・・・」

 ニールが勢いよくアイクを振り向く。

 その表情には、呆れと、そして恐れの感情が浮かんでいた。

 「ニール、もし俺たちに何かあったら、お前は先に進め」

 アイクは僕を見つめたままだ。

 声をかけられたニールは一瞬何を言われたか分からないようで、ぽかんとしていたが、意味を理解すると、少しうめき声をあげる。

 「いえ、それは無理な相談です・・・・。なぜなら、僕はこの先まで進んだことがあるんですよ。そこで、強敵に出会い撤退しました・・・・。だから、こんなこと言いたくはないのですが、もうお二人にすがるしかないんです・・・・」

 絞り出すように吐き出された声は、苦渋に歪んでいる。それは何もできない無力な己を呪う怨嗟の言葉なのか、それとも、申し訳ないと、祈りを込めた謝罪なのか・・・・。

 「そうか・・・・。なら、生き抜かないとな」

 アイクが僕に笑いかけた。

 それは、リックに似ていた。あの夜に、自分の命を投げ打ち、僕らを自由にすると語ったあの夜のリックに・・・。

 ひどく胸騒ぎがした。だからこそ、僕は、提案していた。

 「ここで今日は休憩にしない?もしかしたら、あの出口のロックタートルも、明日になったら動くかもしれないし・・・・。何より少し疲れたよ・・・・」

 アイクの視線が、ふい、と僕から逸らされた。ひどくきまり悪げに顔を歪めている。

 「そう・・・ですね・・・・。そうしましょう」

 「ああ・・・ここまで来たら、一日、二日の遅れなどどうとでもなるだろう?」

 「ええ・・・。それにシリウス君の言う通りです。ましてや、あの空間を抜けたら休憩にする心づもりだったのです。だとすれば、ここで休んでしまっても、変わりはないです」

 そうして、僕らはその日の行軍を中断した。

 火は起こさない。

 薄く発光する洞窟内で、昼も夜もわからずに歩き回り、火を熾さずに、冷たく固いパンと干し肉で空腹を癒す。

 ひんやりとした洞窟内は長く滞在していると体温を下げ、火を熾すこともできないため、温かい食事をとることもできず、じわじわと体力が低下していく。

 僕らは少し早めに床に就き、三人で固まって眠り、少しでもお互いの体温で温め合うことにした。

 太陽の光が届かないことがこんなにも窮屈で、そしてひどく不快なことだとは想像もしていなかった。

今の時間がわからないことが、こんなにも心をざわつかせるとは思ってもいなかった。

 急がなければならない状況だからこそ、時間がわからないことが、進まない探索が、焦りを募らせる。

 その夜は、ひどく寝つきが悪かった。

 

 翌日、ゆっくりと起きだしたアイクとニールの気配に、僕も夢から醒める。

 何の夢を見ていたか分からない。それでも何となく嫌な夢を見た気がする。

 ひどく喉が渇いていた。

 ゆっくりと起きだし、二人が近くの水場で顔を洗っているのに習って、僕も水場に近づき、ゆっくりと手のひらで水をすくい、ごくごくと喉を鳴らして飲み干す。

 乾いた体に染み渡るように、冷たい水が隅々まで流れ込む気がした。

 半ば眠っていた意識がどんどんと覚醒していく。

 そのまま水でバシャバシャと顔を洗うと、一気に眠気が吹き飛んだ。

 驚くことに疲れがほとんどなくなっている。

 その理由をニールは教えてくれた。

 「ここは、普通の場所よりも多くの魔力を蓄えている場所なのです。特にあなた方お二人のように魔力を使う人たちは、自然に漂っている魔力をゆっくりと体が吸収しようとしますので、魔力の多い場所だと、必然的に回復が早くなるのですよ」

 言われて見れば、暗黒森林にいた時も、疲労の回復がかなり速いと思っていたが、あれはそういうことだったのだろう。

 「じゃあ、ニールもそうなの?」

 何気なく聞いた質問に、ニールが薄く笑いながら答える。

 「私は、非才な身です。魔力を行使など、できませんよ・・・・」

 人は誰もが、魔力を有している。それは魔力を実感し、使えるようになった日から気付いたことだ。

 まるで光のように漂い、寄り添う魔力はその人それぞれで、見え方が違うが、周囲を包んで見える。

 その光は時にぼんやりとしていたり、ほとんど見えない者もいるため、初めて魔力を実感した時には、気付かなかったが、それでも大なり小なり誰もが己のうちに魔力を持っている。

 それは、なんと言えばいいのか分からないが、生命力のようなものだと思っている。

 ニールももちろん魔力を持っている。

 しかし、その魔力を使うことができる人間はひどく少ない。

 僕の知るだけでも、兄とリックとローグ、そしてアイクと僕は使うことができる。

 ただし、剣闘士の中でも、魔力を使うことができる人間はかなり珍しかったし、帝国兵の中では、ニコライくらいしか魔力を使いこなしている人間を見たことが無い。

 それはひどく稀有な才能なのだろうか?

 僕にはそうは思えなかったから、後でアイクに聞こうと思った。

 こんなことでさえも、僕自身の無知を実感してしまう。

 それでも、そんなことは気にならなかった。なぜなら知らないことは学んで、覚えていけばいいのだ。僕は、今は自由の身だ。今までできなかったことも、これからはいっぱいできるだろう。

 だからこそ、こんな場所で死にたくはない。

 どうしてか、全くわからないが、この時強く思った。

 

 僕らは曲がり角を曲がりすぐに広い空間に抜けた。

 ゆっくりと休んだこともあって疲れは大分抜けている。

 昨日と同じようにニールが先頭を歩き、ゆっくりと壁に沿うように、足音を立てないように進んでいく。

 ニールが足を止めた。

 前方を注意深く見ていた僕は、気付いた。

 出口には、大きな岩が陣取っている。

 おそらく昨日ニールが話していたロックタートルだろう。パッと見には分からない。どこからどう見ても岩にしか見えない。

 もし一人でここに来ていて、気付かずに通り過ぎようとしていたら、と思うと少しぞっとした。

 「いますね・・・・。昨日と変わらない位置に」

 「そうだな・・・・。じゃあ、昨日話した通り、お前は先に行け。俺とシリウスが奴の注意を引き付ける」

 「分かりました・・・。充分にお気をつけて」

 ニールは僕らを何度も心配そうに振り返りながら、ゆっくりと出口に近づいて行った。

 そして、ある一定の距離まで行くと、ぴたりと止まる。

 おそらくあの距離が、ロックタートルに気付かれずに近づける間合いなのだろう。

 僕らも岩の間を縫うように、もちろん十分な距離を取りながら、近づいていく。

 「心の準備はいいか?」

 アイクがにやりと獰猛な笑みを浮かべる。

 もう余計なことを考えることはやめた。僕は目の前の岩に意識を集中する。

 ぴん、と張り詰めた空間の中で、ゆっくりと岩に近づいていく。あと数歩で岩に触れる間合いに入った瞬間、地面が揺れた。

 「ぐおおおおおおおおお!!!!」

 腹の底に響く地鳴り声をあげながら、岩がゆっくりと傾き、その中から、にゅっ、と何かが姿を現した。

 大人の体ほどもある四本の手足と、大きな頭が、勢いよく水飛沫をあげながら地面から這い出してきた。

 無機質な瞳が、ゆっくりと僕らの姿を捕える。

 すると、最悪の事態が起こってしまった。

 今の地鳴り声を引き金に、近くにいた二匹のロックタートルが同じように身を震わせ、ゆっくりと体を起こしたのだ。

 そしてそれは、その空間中に広がっていき、気付けば、合計九匹のロックタートルが一斉に面を上げ、こちらを見つめている。

 僕はあまりの出来事に呆然としてしまった。

 瞬間、頭の中から抜け落ちた目の前のロックタートルから、魔力の高まりを感じる。

 まずい!

 そう思うよりも先に、横にいたアイクが突き飛ばすように僕の体に体当たりしてきた。

 あまりの衝撃に吹き飛ばされ、僕らは一緒になってゴロゴロと硬い地面を転がる。

 僕が、アイクに突き飛ばされた瞬間、僕が立っていたところを、圧縮された水の塊が通り過ぎるのを見た。

 それは、ある一定の距離まで離れると、ばしゃり、と音を立てて地面に落ちてしまったが、恐らく直撃していれば、ただでは済まなかっただろう。そう思えるほどの、速さと威力だった。

 「これはまずいな・・・」

 アイクが必死に起き上がるが、その顔は引き攣っている。

 「どうするの・・・?」

 「もうこうなったら・・・・」

 「こうなったら?」

 アイクが、出口を塞ぐように体を横たえるロックタートルをきつい視線で見据える。

 「まさか・・・」

 「目の前のこいつをここで倒して、他のロックタートルが進めないように、出口の障害物にするしかないだろう」

 そう言うやいなや、バシャバシャと足元の水を盛大に跳ねながら、飛ぶように一瞬でロックタートルの頭めがけ手甲の刃物を叩き付けた。

 それは、恐ろしい速度で振るわれ、確かに、その頭に届いた。

 やった!!

 思わず歓声を上げそうになって驚いた。

 ロックタートルの頭に過たず叩き付けた刃物が弾かれ、アイクが体勢を崩した。

 頭の部分には、うっすらと傷がついているだけで、血すら出ていない。

 それでも、傷をつけられた、と言うことがロックタートルにとってはひどく苛立たしいことだったのだろう。

 「ぐおおおおおおおおおおお!!!!」

 先ほどよりも明らかに大きな地鳴り声をあげると、体勢を崩したアイクめがけて、その鋭い牙で食らいつこうとしてきた。

 危ない!!

 そう思ったのもつかの間、アイクは、右足を振り上げると、思い切り体重を乗せ、回転をつけた回し蹴りをロックタートルの口元めがけて叩き付けた。

 がきん!と硬質な金属を叩いたような音がする。

 またもアイクの足環に付けられた刃物を防いで見せたが、その反動でアイクの体はロックタートルの頭の軌道から少し逸れ、噛みつきから逃れて見せた。

 アイクを追いかけるように右前脚の爪がうなりをあげ迫ってきたが、後ろに飛び下がることで難なく躱して見せた。

 僕のところまで戻ってきたアイクが、ひどく悔しそうに告げる。

 「相性が悪すぎる。これはまずいぞ」


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