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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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寄道ー水竜の祠一

ニールを先頭に、僕ら三人は、洞窟の中を進んでいく。

 地面はほとんど岩でできており、ひどくごつごつとしていて、歩きづらい。

 そして、その歩きづらさに輪をかけるように、岩肌がしっとりと水気を含んで濡れており、ひどく滑る。

 何度も足を滑らせ、転びそうになるが、壁を掴んだら、あまりにも角ばった岩で少し手の平を切ってしまい、それ以降は足元に注意しながら懸命に進んだ。

 ニールは、ほとんど足を滑らせることなく、すいすいと進んでいく。まるでこういった足場の悪い道を歩きなれているようだった。

 僕も、山や森を歩いてきたから多少は自信があったが、それでもニールには勝てない。

 そしてそれ以上に驚いたのはアイクだった。

 あの、刃物がついた重そうな手甲と足環を入り口から装着し、それでもなお、足を滑らせることも、踏み外すこともなく、すいすいと歩いていく。

 そして、一番後ろにいるため、僕が転びそうになった時に支えてくれる。

 何より、ニールもほとんど足音を立てることなく歩いているが、アイクはそれ以上に足音を、いや、物音を全く立てないで進む。

 刃物がこすれ合う音もなく、手甲や足環が弾む金属音すらも抑えている。

 「もう少し歩幅を狭くして、歩け。そうすれば滑りにくくなる」

 何度も足を取られ息が上がってきた僕を心配したのか、アイクが教えてくれる。

 言われた通りに、先ほどまでの歩幅からもっと小さく、そして小刻みに歩くようにしてみた。

 すると、驚くことに、今まで少し足を踏み出しただけで、つるり、と滑っていた身体が、安定して、動かしやすくなる。

 「そして、もっと足の裏で安定する地面を探るんだ。すぐに体重を乗せないで、ゆっくり足を置いたら、滑らない、安定した地面をじりじりとにじり寄るように」

 今度も言われたようにしてみると、断然違いが分かった。今までぐらつく岩や石に足を取られていたのが嘘のように、全くバランスを崩すことなく歩くことができた。

 しかし、慣れていないからか、思いのほか時間がかかってしまい、行軍速度が落ちてしまう。先頭を歩くニールが気付いて立ち止まってくれるまで、僕は夢中になって地面に意識を集中していたせいで十メートル以上の間隔があいてしまっていた。

 「ごめんなさい・・・」

 「いえ、いえ、まだ子供なのに、これだけ体力があるのはすごいことですよ」

 ニールは手放しに誉めてくれたが、どうにも気遣ってくれている気がしていたたまれない。

 「膝を少し柔らかく曲げて衝撃を抑えるんだ。そして、もっと上半身の緊張を抜け。それでは歩くことに夢中になって、意表を突かれるぞ」

 アイクはいつもと変わらずだ。

 疲労をためた様子の僕を気遣ってニールが休憩を申し出てくれたが、僕は首を横に振ってそのまま進むことに決めた。

しかし、本当に歩きづらい。幻想的な群青の光はとても美しいのだが、これほど青く染め上げられていると少し気が滅入ってくる。

 何より、洞窟の中は極めて暗く、日の光は全く入ってこない。それを照らしているのは岩から放たれる弱い灯りだ。

 それでなくとも群青で見づらい色である上に、足元すらよく見通せないときがある。

 光は洞窟内をぼんやりと照らしているだけで、遠くに視線を送れば、明るい気がするが、近くの足元を見ると、暗い夜のようで、ひどく心もとない。

 本当に月明かりの夜の中にいるようだ。

 「ねえ、なんで松明を点けないの?」

 ふと、今更ながら、疑問に思ったので聞いてみた。当然のようにこの洞窟の高源のみで歩いているが、松明を照らせば、もっと歩きやすくなるのではないかと思った。

 「この洞窟で松明を照らせば、魔物を集めてしまいます。傭兵と言いながらあまり世事に疎いようですので教えますが、こう言った魔物や魔獣がひしめく洞窟や迷宮では、よっぽどのことが無い限り、松明などは持たないのが常ですよ」

 「ふーん・・・」

 「まあ、もちろん、真っ暗だったら松明を持たなければ進むことすら困難なので照らしながら進むこともありますが、できる限り、松明や、それ以外の高源は持たないほうがいいです。もちろん例外もありますがね・・・」

 「暗闇だろうが、なんだろうが、目で見たことを信じすぎると、痛い目にあう。だから、目で見るな。心の眼で、感じ取れ」

 アイクが訳の分からないアドバイスをしている。なんだろう?心の眼って?よくわからなかったので、適当に相槌を打っておく。

 「さて、そろそろ危険地帯に入ります。気を付けてください」

 ニールの言葉に、僕らは一気に気を引き締める。

 「ここを抜ける時はできるだけ音を立てないでください」

 曲がり角を曲がる前に、ニールが静かに告げてきた。

 それにしても、よく道順がわかる物だと感心してしまった。途中何度か分岐があったが、ニールは全く迷う様子もなく進んでいく。

 そしてアイクはそんなニールを信頼しているのか、全く何も言わずに付いていく。

 そんなニールの後を追って、曲がり角を曲がると、そこは控えめに言ってもかなり広い空間だった。

 その洞窟の空間は、足元がすべて水で満たされており、足を踏み入れた瞬間から、水嵩が急に下がる。言われた通り、できる限り、音を立てないように僕らはゆっくりと進む。

 そこかしこに大きな岩が無造作に転がっており、大小さまざまな岩はまるで迷路の壁のように視界を遮る。

 壁沿いにゆっくりと歩いていると、先頭を歩くニールが少し顔をしかめる。

 そして、手ぶりで合図するので、ゆっくりと立ち止まっていると、そのまま、来た道を引き返していこうとする。

 戸惑う僕らをしり目に、付いてくるように指示されてので、僕らもゆっくりと注意しながらその広い空間を後にした。

 先ほどの曲がり角まで来たときに、ニールが口を開いた。

 「少し厄介な事態が起きました」

 「どうした?」

 「出口が塞がっています」

 その言葉に僕はしばし呆然としてしまった。よく見えなかったため、気付かなかったが、もしかしたら岩盤の崩落でも起こったのかもしれない。

 「出口が塞がっている、だと?そうは見えなかったが・・・・?」

 アイクは怪訝な表情で口を開いた。

 「確かに出口付近に大きな岩があったが、あの横を大人二人なら通り抜けられる隙間はあったと思うぞ?」

 「どんな視力をしているんですか・・・・?」

 ニールが少し呆れたようにつぶやくそこまではさしものニールも目視で確認できなかったようだ。しかし、アイクの言う通りなら、問題はない。

 「でも、あれが岩なら問題なかったんですよ・・・・」

 「どういうことだ?」

 アイクの眉がピクリと動いた。

 「あれはおそらく魔物です。ロックタートル。大型の亀のような魔獣ですね。魔力を含有した岩を主食とし、その岩と同じ性質の甲羅を背負うことで、外敵の攻撃をすべて防御してしまう厄介な魔物です。そして、奴らは、普段は襲ってくることはないのですが、不用意に近づいたり、大きな音を立てると、それを不快に思って襲い掛かってきます」

 「ロックタートルだと!?あれは、聞いた話では、人を好んで襲う厄介な魔物だと聞いたが・・・・?それに、仮にそうだったとしても、あれの動きは非常に鈍重で遅く、簡単に逃げ切れるとも聞いたが・・・?もちろんお前の言うように簡単に攻撃の通る相手じゃないから、討伐したという話も聞かないがな・・・・」

 「よくご存知ですね。しかし、いくらか訂正させてください。奴らが平地で人を襲うのは、魔力を蓄えるためです。魔力を含有した鉱石など、レッドストーン山脈付近でしか手に入りません。では、海の近く、もしくは森の水場で見かける奴らはどうやって生活しているか・・・。簡単です。魔力を持った生物を食らい、そして、岩を食べる。そうして魔力を蓄えるのです」

 「詳しいな」

 「ええ、ここを攻略するために調べましたから」

 「だが、それでも問題はないのではないか?奴らはひどく動きが遅いから、仮に襲われたとしても、急いで通り抜けてしまえば問題はないだろう?」

 「もう一つ訂正を。奴らは、確かに動きが遅いです。しかし、射程範囲のひどく短い水魔法を好んで使います。自分たちは甲羅に閉じこもって鉄壁の守りをして見せながら、射程を極端に短くした代わりに威力の高い水魔法で延々と攻撃してくる。厄介な敵です」

 気まずい沈黙があたりを包む。

 状況を打開する方法を、三人が三様に必死で考えている。

 「どうすれば攻撃が通じる?」

 「鈍器で甲羅を叩き割るか、もしくは、強力な火魔法を叩きこむ以外に聞いたことがありません」

 「本当にあの出口付近の岩がロックタートルなの?あそこの広場?みたいな空間にあった岩すべてがロックタートルなの?」

 ふと疑問に思った。なぜならあの空間からは全く生き物の気配を感じられなかったからだ。

 「すべてロックタートルではありません。それでも、位置が変わる岩があればそれがロックタートルの可能性が高いです。あの出口付近には、以前来たときは岩などありませんでしたので、あれがロックタートルとみていたほうがいいでしょう」

 「違う可能性もあるんでしょ?」

 「そうですが・・・・」

 「いいか、シリウス。どんなことがあっても、最悪の事態を想定するんだ。その最悪の事態に想定した備えをしていれば、どんな場合だろうが、乗り越える可能性が格段に跳ね上がる。覚えておけ」

 アイクの言葉に僕は目が覚める思いがした。確かに、あの岩が、ロックタートルでなければいい、と願いながら近づき、もし強力な水魔法を撃ちこまれていたら、恐らく死んでいただろう。

 しかし、アイクの言うように、ロックタートルだと思って準備していれば、もしただの岩だった場合、それは幸運だった、と笑っていられるだろう。

 その心構えが、僕には圧倒的に足りない。今も、そして今までも・・・・。

 だからこそ、アイクも、ローグも、そしてリックも、どこまでも、誰よりも強く、いられたのだろう・・・。ふと、そんな当たり前のことに気付いた。

 「気付かれないようにするにはどうすればいい?」

 闘うことはどうしても避けたいようだった。それはニールも同じのようで、しばし考え込んでいたが、頭を横に振る。

 「いえ、恐らく無理でしょう・・・。奴らは、ほとんど視覚に頼らないで闘います。何かほかの、もしかしたら魔力か何かを使って相手の位置を特定しているのでしょう」

 「そうか・・・・」

 「じゃあ、必死に水魔法を避ける、もしくは防ぐなりして時間を稼いで、その間に出口から逃げてしまえば動きが遅いなら追って来られないんじゃない?」

 ニールはそんなことできるのか?と疑わしそうな目を向けるが、アイクはゆっくりと考え込み、結論を出す。

 「恐らく、魔法には必ず兆候があるから、俺とシリウスなら、避けることも可能だろう。充分に注意を引き付けて、ニールを逃がし、その後を追って逃げる、と言うこともできるかもしれない・・・」

 「じゃあ・・・!」

 「だが、それをしてしまうと、あの出口に魔物を残していくことになってしまうぞ?出口の大きさと岩の大きさから考えても、通り抜けるのが精いっぱいの大きさだった。もしかしたら出口でつっかえてしまい、帰り道で、岩に潰され、出口が無くなってしまうかもしれない。それを考えれば、出口付近で闘うよりも、出口を背にさせて闘うほうが安全だ。だが、そうなると、他のロックタートルも引き付けてしまうかもしれない・・・・。そうなれば、いくら俺達でも攻撃をかわし、もしくは防ぎ続けることは至難の業だぞ?」

 皆一様に黙り込んでしまった。

 「でもさ・・・。それしか方法が無いんじゃない?」

 僕は意を決して、ゆっくりと顔をあげ、ニールとアイクを見詰め、問う。

 アイクは、僕の目を真摯に見つめ返している。

 ニールは驚いたように目を見開いている。


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