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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街九

ニールの表情が一転、ひどく気落ちしたものに変わった。

 「あの時はひどく落ち込みました。ただし、誰も彼女を責めません。ジーンが、俺が何とかしてやるって、僕とアンネも、三人で何とかシエラを治そうって必死になったんです。あの時には、もうシエラとジーンが結婚してルシカと言う子供を授かって、僕とアンネも結ばれて・・・・」

 何から話したらいいかもわからないのだろう。悔しさと無力感にさいなまれるような、歯がゆさに、ぎゅっとこぶしを握り締めている。僕も何度も味わった感情だ。だから、とても心に刺さった。

 「僕とアンネは必死に薬草の勉強をしました。何とか、シエラの命をつなぎ留めながら、必死に勉強していたら、「命の水薬」という霊薬があれば、「魔物病」に効くという文献を見つけたのです!死に物狂いで勉強した三年の間に、僕らは熟練の薬師に負けないほどの腕と知識を身に着けることができていました。でも、シエラの病状はどんどんと悪化していきました。それでも、皆の治療をやめない、懸命に人助けする彼女をだれも止めれませんでした・・・・」

 少ししか話す機会がなかったから僕にははっきりと分からない。それでも、シエラさんはきっと、自分の命など人のために簡単に投げ出すことができる人なのだろう。もしかしたら、気丈にふるまっていただけで、歩くことすら、いや、話しをすることすら困難だったのかもしれない。

 「「命の水薬」はたいていの病気は直すことができる霊薬です。特に、体の抵抗力をあげ、体の中に存在する毒や、悪い魔力、そして呪いすらも分解して直してしまうと伝えられています。必要な材料は大体そろえることができたのですが、二つだけどうしても入手することができませんでした・・・。それが、あなた方が持参された「竜血花」と今から採取に向かう「月雫草」です。この近くで「竜血花」を採取できる場所は、「迷いの森」中央部にあるとされる「精霊の泉」だと言われています。そして、「月雫草」が採取できる場所は今僕らが向かっている「水竜の祠」です」

 「あえて言わせてもらうが、「迷いの森」に入って、「精霊の泉」を目指すことは絶対にタブーだとされていることだ。決して、慣れた人間ですらあそこには近づかない。まさか・・・・?」

 アイクの言葉にニールは薄く笑う。

 「そのまさかですよ。僕らは、そこそこ名の知れた傭兵となっていましたから、少し、いや、もしかしたらかなり、自分たちの実力を過信していたのかもしれません・・・。それでも!それでも、私とアンネは、止めたんです!!ジーンに「迷いの森」にだけは行くなと止めたんです!!というのも、三人で「迷いの森」を目指しました。そして、向こうに到着した時に案内人を雇おうとしたのですが、僕らの行き先が「精霊の泉」だと知ると、全員が首を横に振るのです・・・・」

 「あそこで生き抜くためには決して足を踏み入れてはならないところだからな。当然だ」

 「ええ、それを理解していませんでした・・・。今となって考えれば、馬鹿なことをしました。結局、気付いたらジーンは一人で「迷いの森」に足を踏み入れて・・・、そして、帰らぬ人となりました・・・」

 それを知ったときのシエラの気持ちはいったいどんなものだったのだろうか?シエラが自分の命に頓着しないのは、もしかしたらもう生きることを諦めているからだろうか?最愛のジーンを失い、何もかもに嫌気がさしたのだろうか?兄を失った僕のように・・・・。

 「話はこれでだいたい終わりです。もう僕もアンネも、心のどこかで諦めていたんです。シエラはもしかしたらジーンが死んだときに諦めていたのかもしれない・・・・。だからこそ!あなた方が竜血花を持ってやって来た!!そして、あのシエラが自分の我儘を言ってくれた!!!これが、どんなに嬉しかったか!!!言葉では言い表せませんよ・・・」

 甲板に立ち、吹き付ける風に髪を攫われながら、目指す先を見つめるニールの横顔から涙が一筋零れ落ちた。

 後ろで聞き耳を立てていた船員も皆、すすり泣きをしている。

 「ありがとうございます・・・」

 かすれた声は、風に流されほとんど聞き取れなかった。それでも今はそれでいい。無事に月雫草を手に入れて、生きて戻ることができた時に聞けばいい言葉なのだから―――。

 

 船はかなりの速さで進んでいく。それでも、周りの風景が変わり映えしないため、その速度がどれだけの速さなのかはいまいち分からなかった。

 時に風を掴むことができない場合がある。向かい風だったり、風がぴたりとやんでしまった時だ。

 普段は水流に身を任せ、風待ちをしたり、怒りを下したりして浅瀬で停泊したりするというのだが、今は急いでいるため、船の下に取り付けられた櫂を四人で漕いで進む。

 ほとんどの場合、ニールとグラントの使わせてくれた三人の男が漕いでいるが、僕とアイクも時たま手伝いを申し出る。

 最初のころは断られたりもしたが、疲れがたまった男たちを何とか宥め、手伝うと、これがまたとても難しくて、大変な作業だと分かった。

 櫂はとても重くて、自分の思い通りに動かすことができない。

慣れないうちは、僕の動かす櫂だけ、流れに逆流していまい、船の進路がおかしくなってしまっていたが、教えてもらいながら、動かすうちに、どんどん慣れていき、すぐにみんなと息を合わせることができるようになっていった。

 四人で息を合わせて櫂を漕ぐのがとても面白く、熱中していたら、腕が熱を持ったようにジンジンと痛みだし、しまいには背中や腰がとても痛んだ。

 そうこうしているうちに、目的地の洞窟が見えてきた。

 「あれだ!」

 「あれですね!!」

 ニールとアイクが指さす先には、ぽっかりと魔物が大口を開け、今にもすべてを飲み込まんとするほどの大きな入り口の洞窟が姿を現した。

 「どうやってあそこに入るの?」

 しかし、その洞窟には、上陸することができる陸地がない。もしかして、このまま船で奥まで入って行くのか!?そう思ったが、ニールが否定する。

 「いえ、あの洞窟は少し中に入って行くと、きちんと陸があります。さあ、乗り込みますよ!準備はいいですか!?」

 準備も何も、もうすでに心は決まっている。僕以外のみんなも真剣な顔で洞窟をにらみつけ、ゆっくりと首を縦に振っている。

 そのまま船は洞窟の中に入って行く。

 中に入ると、日の光が届かないからだろうか、ひどくひんやりとした空気が流れている。肌寒さを感じるほどだ。

 今まで浮かんでいた汗が一瞬で引いていくのを感じた。

 わずかに差しこむ日の光に照らされ、水面がキラキラと光を放っている。

 不思議なことに、水面がうっすらと青く発光しているように見えた。

 いや、水面だけではない、この洞窟の岩盤が、わずかに蒼く発光している。

 突き出した岩石の尖端からポタリと零れ落ちる水滴が、蒼く光を反射し、まるで、洞窟全体が、月の輝きを閉じ込めているようで、とても綺麗だった。

 言葉に言い表せない美しさがある。

 青空の青よりも濃い、群青とも呼べる青が、周囲の景色をすべて染めあげている。

 皆、見とれるように言葉もなくゆっくりと進み、ついに、水の流れが少し狭くなった、入り江のようなところにたどり着く。

 ニールがゆっくりと音を立てないように、ぽちゃん、と碇を下した。

 そして後ろを振り返り、三人の男に指示を出す。

 「あなた方はこの船を守っていてください。滅多に魔物は出ませんが、それでも警戒するに越したことはない」

 「はい!!」

 「さあ、行きましょう」

 そして、僕とアイクを促す。僕はまだ呆然としたままだが、アイクは、すぐにニールの後に従って船を下りた。

 「早くしろ!」

 アイクに言われて僕もようやく、はっ、と我に返り、急ぎ船を下りる。

 「とてもきれいでしょ?初めて見た者は誰でも見惚れてしまいますよ。僕も何度か来ていますが、何度来てもきれいだ・・・」

 ニールの言葉に僕はうなずく。

 「でも、どうしてこんなにきれいなの?」

 「ここの岩肌には、いや、この洞窟全体の岩肌には、光を放出する不思議な性質の石があるんですよ。「群青石」と呼んでいます。これがあるために、「月雫草」も育つことができるんですよ?」

 「え!?そうなんですか?」

 「ええ、月雫草は、太陽の光の下では、決して育ちません。水分量が多く、葉が薄く焼けやすいからだと言われております。それでも、光がないと発育できない・・・・。とても繊細な植物なのですよ。そのため、魔力をたっぷり含んだ水場で、一年中絶えることが無い、月の光のように優しい明かりが降り注ぐ中でしか決して育たないんですよ。まさに理想の環境ですね・・・」

 「へえー・・・。じゃあ、すぐに見つかるんですか?」

 ニールの表情が曇った。

 「いえ、奥に行かなければありません。と言うのも、ここの入り口の水はほとんど魔力を含んでいない、普通の水だからですよ」

 言われて見れば、全然魔力を感じない。それに、入り口付近で簡単に採取ができるのなら、それこそ今まで苦労はしなかっただろう。


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