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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街七

「お待ちください!!」

 決して現れるはずがないと、どこかで諦めていた声を聞き、思わず後ろを振り返ると、そこには、息を切らしながら、今にも倒れそうなシエラがいた。

 胸を抑え、ぜえ、ぜえ、と荒い呼吸を吐き出す彼女を、周囲にいた人々が支えている。

 「お待ちください!!」

 「シエラ・・・・」

 「シエラ様・・・・」

 その場にいた皆が不安そうに見守る中、彼女は、こちらにゆっくりと近づいてくる。

 その瞳は不安に揺れている。あんなにも凛とした、美しい、女神のような女性は、今はどこかみすぼらしい、普通の町娘に見えた。

 「シエラ・・・・どうしたの・・・?」

 「シエラ様・・・・一体・・・?」

 その場に居合わせた人々が、突然の出来事に困惑しきっていると、突然、シエラが頭を下げた。

 「助けてください!!」

 がばっ、と音がするほどの勢いで頭を下げたシエラを、数秒、何が起こったかもわからずに、呆然と見つめる。

 「私を・・・・・助けてください!!あなたに支払えるものなんて一つもない・・・・、だから・・・、こんなこと頼むのなんてお門違いなんでしょうけれど・・・・」

 「とにかく頭をあげてください」

 ゆっくりと上げられた顔には一粒の涙が流れていた。

 「ごめんなさい・・・・。こんなことを頼むつもりなんて・・・・、本当はなかったんですけど・・・・」

 ぽろぽろと涙をこぼしながらとぎれとぎれに語る女性に、普段の儚さはない。

 「いったい急にどうしたんですか?」

 「死にたく・・・・ないんです・・・・。こんなことおこがましいと思いますけれども・・・・。昨日あの子が、死なないでって・・・・泣きながら、何度も・・・・、何度も・・・・私にしがみつくんです・・・・。だから、私は死なないよって・・・・」

 そこまで話すと、ついに何も言えないほど大泣きし始めた。

 今の今まで、辛いとも、そして苦しいとも弱音を吐いたことが無かった彼女が、わんわん声を出して泣き続けるので、みんな、おろおろとしており、何もできない。

 ゆっくりと近づき、軽く肩に手を置き、背中をさする。

 そうしていると、だんだん落ち着いてきたのか、しゃくりあげながらも、ひどく聞きづらい声でその先を語り出した。

 「でも・・・。私・・・・、娘に嘘をついてるんだ・・・・、って思ったら、もうどうしていいか分からなくて・・・・。助けてほしい・・・、死にたくない・・・・って・・・」

 「そうか・・・」

 ようやくシエラ本人から、その言葉を聞くことができた。

 俺の心は決まった。あとは、シリウスが望まなければ、俺一人でも、たとえ命を懸けることになったとしても、救ってみせる!そう決意して、後ろを振り向くと、シリウスはすでに船から降りてきていた。

 「助けてあげようよ」

 「簡単なことじゃないぞ?」

 「簡単なことなんて、今まで一つもなかったよ?」

 「そうだな・・・。命がけの闘いになるぞ?今度は守ってくれる仲間は誰もいない・・・」

 「誰かに守られるのはもううんざりだ・・・。残される人間の気持ちを知っているから・・・助けたいんだ!」

 「そうか・・・」

 決意は決まった。シリウスがいれば、月雫草の採取確率は跳ね上がる。

 ゆっくりとグラントに視線を向ける。

 「アイク・・・」

 「グラントさん。腕のいい鍛冶師を教えてくれ。「ガルガロスの八剣」を注文したい」

 グラントの顔が驚きに変わる。

 「ありがとう。アイク」

 ゆっくりと頭を下げたグラントは、顔をあげるとすごく嬉しそうだった。

 「実はな、アイク。お前が昔使っていた、「ガルガロスの八剣」なんだが、ウル城で壊れた物を皆で回収して、この街の鍛冶師に預けていたんだ!いつかお前に返そうと思ってな・・・。ただ、すまんが、すべて回収できたわけでもないから、修復したが、完璧とはいかんぞ?」

 とてもありがたい話だった。俺が昔使っていた、親父から譲り受けた武器が、あると聞いて心が躍った。

 あまりにも特殊すぎて、この街の鍛冶師で再現できると期待はしていなかった。

 しかし、それでも、あれがあるのとないのでは大違いだ。だから、聞いてみたが、まさか、あの専用武器が復元されているとは思ってもみなかった。

 これで、採取の確率がまた少し上がった。

 「ちょうどいい!このシリウスの剣も、こんな鈍らじゃ駄目だ!一番いい剣を見立ててくれ!」

 「付いて来い!!」

 打てば響くような返答にわくわくしながら、グラントの後を追う。

 「あの・・・!」

 その足を、未だに泣き止まないシエラが引き留めた。

 「あの・・・、ありがとうございます!!」

 深く阿賀間を下げるシエラに、ぶっきらぼうに告げる。

 「その言葉は無事に戻ってくるまで取って置け」

 そのまま、嬉しそうなシリウスと連れ立ってグラントの案内する鍛冶屋を目指して駆け出した。

 

 よかった・・・。ホッと胸をなでおろしながら、僕は、駆け出すアイクの後を追う。

 僕らの後ろを多くの人々がついてきている。

 ぞろぞろと連れ立って、街を走っているが、シエラさんは川べりで泣き崩れ、それをアンネさんとニールさんが支えている。

 もしかしたら、昨日アイクが出かけた後に何かがあったのかもしれない。

 でなければ、あんなにも冷たく、他人事だったアイクが親身になるとは思えない。そう思うと、少しアイクに嫉妬してしまっている自分に気付いた。

 もし、アイクがシエラさんと何かあったなら・・・・。

 なんだか、胸の奥がひどく痛んだが、それは、とても個人的な思いの気がしたので、ふるふると頭を振って、とにかくシエラさんを助けることに意識を集中した。

 「もうすぐ着くぞ!!」

 グラントの声に、視線をあげると、そこにはスラムには珍しい、と言うよりも、この一軒だけなのだろう、石造りの立派な建物が見えてきた。

 壁は堅牢な石が組み上げられ、屋根から覗く大きな煙突からは、もくもくと煙が上がっている。

 「おい!親父いるか!?」

 挨拶もなくグラントが入り口の扉に手をかけ、いきなり開け放った。

 「なんじゃ!!??」

 中からひどくしわがれただみ声が響いてきた。

 グラントの後に従って、中に入ると、一瞬、むわっ、と尋常じゃない熱気が全身を包む。

 思わず顔をしかめてしまったが、中にいたがっしりとした上半身裸の壮年の男性は、轟轟と燃え盛る暖炉の前にいながら、眉一つ動かさない。

 ただし、全身に玉のような汗を浮かべ、瞳に落ちる汗をうっとうしそうに拭いながら、こちらを振り向いた。

 「親父!!武器をくれ!!」

 「おい!!貴様も親父だろうに!!それに、急に武器をくれとはいったいどんな料簡じゃ!!!貴様戦争でもする気か!!??」

 怒鳴るように叫ぶ男性の瞳が僕とアイクに向けられる。

 「お前たちは・・・・?」

 僕らの後ろから、室内をのぞき込む多くの人々の視線に気づく。

 その瞬間、何も言わずとも合点がいったようだ。

 「そうか・・・・。あの娘を・・・・助けてくれるのか・・・・」

 あの娘、とは、シエラのことを指すのだろう。しかし、どうして分かったのだろうか?驚いて目を見開いた僕と対照的に、アイクは当然といった表情をしている。

 「よし!!!得意な得物を言え!!!俺が最高の武具を準備してやる!!!」

 「では、俺は、「ガルガロスの八剣」をくれ」

 親父の顔が強張る。疑うような視線をアイクに向けると、はっ、と驚いたようにグラントに視線を向ける。

 グラントは何も言わずにうなずいている。

 「そうか・・・・。お前が・・・・」

 その先は言葉にしなかった。まるで言わなくても伝わるだろう、と言わんばかりにしきりにうなずいている。

 グラントもアイクもうなずいているが、僕には何のことか分からない。

 「よし!!今取ってくる!!小僧!!お前は何を使う?」

 「僕は、片手剣と丸盾を・・・」

 「何!?貴様、まるで噂に聞く剣闘士のようだな!!」

 どきりとした。豪快に笑う親父には、微塵もいやらしさがない。恐らく、本心を言っただけで、何か探りを入れているということはないだろう。曖昧にうなずく僕に手を差し出してきた。

 「お前の今使っている剣を見せてみろ!!!」

 腰に佩いている剣をすらりと抜き放ち、手渡す。

 渡された剣の刀身を、目にした瞬間、見る見るうちに親父の顔が険しくなっていった。

「なんだこの鈍らは!!??こんなぼろぼろの刃こぼれした剣でどうやっててめえの命を守ろうってんだ!!?馬鹿野郎!!!ちょっと待ってろ!!!!」

 言うや否や、建物の奥に引っ込んでしまった。

 グラントはやれやれと言った顔をして、呆れたように苦笑いしている。

 しばらくすると、親父が先ほど僕が手渡した剣よりも少し刀身の長い、それでいて剣の身幅が狭い、つまり、長くて細長い剣と、大きめの重たそうな皮の鞄を手に戻ってきた。

 「ほら!!小僧!!これをやる!!」

 そういうと、手に持った剣を手渡してきた。

 その剣を手に持ったとき、ドクン、と心臓が一つ脈打った気がした。

 それは、ひどく質素だったがそれでも一目で美しいと思わせる鞘だった。

 そして、何より、今まで少し軽いと感じていた剣の重さが、まるで体の一部であるかのようにしっくり来た。

 手になじむ柄は、僕のために誂えられたような握りやすさだ。

 すらりと剣身を抜き放つ。

 今までは、どこか引っ掛かりを感じ、その度に力づくで、引き抜いていた鞘が、何の引っ掛かりもなくすらりと抜けた。

 刀身には不思議な波紋が浮かび上がっている。柄から一直線に先端まで伸びた波紋は美しく、そして、ほの白い光を放つような光沢を帯び、不思議な色合いをしている。

 おそらく鉄ではないのだろう、鉄の鈍色とは明らかに違う黒い光沢を放つ刀身は、見る者を引き付けるような輝きを放っている。

 その磨き上げられた黒色の刀身は、僕ののぞき込む顔さえも映し出す程だ。

 「気に入ったか?」

 見惚れるように言葉も忘れて見つめる僕に、親父は満足そうに問うてきた。

 僕は、剣身から目を話すことなく、魂が抜けたように、「うん」とだけつぶやいた。

「んで!!こいつがお前さんにだ!!ほれ」

 そう言うと、片手に持ってきた重そうな鞄を開ける。

 僕は、がちゃん、と言う随分と硬質な金属音に、はっ、と我に返り、彼らが盛んに口にする「ガルガロスの八剣」と呼ばれる武器を目にした。


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