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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街三

肩まで伸ばした金髪を後ろでゆるく一本に束ね、ゆったりとした白い上衣とズボンに身を包んだ女性は、ゆっくりとこちらをうかがうように眺める。

 顔はとても小さく、ぱっちりとした大きな瞳に、つんととがった鼻、小さな口元はとても愛らしく、ともすると女の子に見えるほど幼く見える。

 腕を組み、仁王立ちし、そして、ぞんざいな言葉を投げかけるその女性は、その容姿と相まって、ちぐはぐさが特に際立っていた。

 「アンネさん!!よかった・・・。こちらにいらっしゃらないかと・・・」

 フェイルがほっと安心したように息を吐く。

 「大声でわめいて近所迷惑だろうが!!」

 アンネと呼ばれた女性が、身長の高いフェイルを精一杯見上げて、叫ぶが、迫力はない。どころか、彼女のほうがうるさい。

 「今日はいったいどうしたんだい?またお前らのとこの血の気が多い若者が喧嘩して怪我でもしてきたかい?」

 フェイルの後ろに立つ僕らを視線の端に入れながら呆れたように話すアンネの言葉に、フェイルが恥ずかしそうに頭をかく。

 「いや、今日は違うんですよ・・・。このお二人が、用があるってことで、連れてきたわけです」

 そう言って、後ろに立つ僕らを手招きする。

 「初めまして、アイクと申します。こっちがシリウスです」

 アンネは僕らの全身を、まじまじと見つめる。

 「あんたら、外からやってきた人間だろう?こんなスラムの、寂れた薬屋にいったい何の用があるっていうんだい?」

 「アンネさん!それがですね・・・」

 フェイルが説明しようとしたが、それをアイクが手で制する。

 そして、いぶかし気に見つめるフェイルとアンネの前に、背嚢からゆっくりと竜血花を取り出した。

 「それは・・・!!」

 アンネの表情が驚きで見開かれる。

 「非常に珍しい回復魔法の使い手、そして、その回復魔法の使い手の親しい人間で竜血花を求める夫婦の薬屋、と聞けば、答えは自ずと分かってくる。「魔物病」だろう?」

 アンネが、ゆっくりとフェイルに視線を向ける。

 問うような視線を向けられたフェイルは慌てたように言い訳をする。

 「いや・・・、道中少しだけ説明しましたが、シエラ様の「魔物病」のことまでは話していませんよ!!ただ、この話は、アンネ様達にもきっといい話だと思って、グラントさんが連れて行けって!!」

 アンネがゆっくりとこちらに視線を向ける。

 「そこまで分かっているのなら仕方ない・・・。何が望みだい?」

 「望みは一つ」

 アイクがゆっくりと背嚢に竜血花をしまった。アンネの瞳は竜血花に釘付けで、喉から手が出るほど欲しそうな表情をしている。

 「この湖を渡って対岸の「迷いの森」まで行きたい」

 アンネが弾けるように笑いだした。しばらくその笑いが、あたりに響く。

 何がおかしかったのだろう?訳が分からずに呆然と成り行きを見つめていると、急にアンネの顔が真顔になった。

 「笑わせてくれるね。そんな安い報酬で本当にいいのかい?何か裏があるんじゃないのかと疑っちまうよ」

 ぎろりと睨まれたアイクはそれでも顔色一つ変えない。

 「俺の、いや、俺たちの目的はただ一つ。故郷に帰ることだ」

 その言葉に、じいっとアンネが目を細める。

 しばらく見つめ合ううちに、ついにアンネが再び笑い出した。

 「ははは!面白い男たちだね!そうか、そうか・・・。あんたはミダス王国の出身だったのか・・・。しかし、あんたら程腕の立つ傭兵は久しぶりに見たよ・・・。随分自分たちの腕を安売りするんだね」

 アイクは黙って見つめるだけで、探るようなアンネの視線を受けても何も返さない。

 ゆっくりとお互いに見つめ合う。

 ふっ、とアンネの視線がアイクから外れて、僕に向けられた。それは時間にしたら一瞬のことだったろう。それでも僕は思わずびくりとなりながら見つめ返したが、随分と長いこと見つめ合ったように感じられた。

 再び視線がアイクに戻る。ふう、とため息を一つ吐くと、アンネはゆっくりと背を向ける。

 「付いてきな!」

 店の中に消えていったその背中を追って、アイクとフェイルが何のためらいもなく後を追う。僕は、恐る恐る後を追っていった。

 店の中は、入り口を入って両側の壁が、天井まで続く戸棚となっており、そこには丸や四角の透明な容器が並び、濁った色味の薬品とともに、ぷかぷかと草花が浮かんでいる。

入り口の正面には、大きなカウンターが置かれており、その上には様々な草木が並べられている。その草木の中にも、乾燥し、干からびたような物もあれば、まだ瑞々しい光沢を放つ物もある。

 カウンターの奥には、さらにその先へと続く一枚の扉があり、アンネはその扉を開けると、その中に姿を消していってしまった。

 店の中の雰囲気に見入っていた僕らも、慌てて後を追う。

 そこには人一人が寝ることができる大きさの、質素な寝台が一台置かれていた。

 寝台は木でできており、非常に粗末なものだったが、その上にかけられた布は、真っ白で非常に清潔感のあるもので、何となく、この雑多なスラムに似つかわしくないように感じてしまう。

 そして、その寝台の上には一人の女性が寝ている。

 真っ白なシーツを肩まで掛け、瞳を閉じる女性は、ひどく美しく見えた。

 さらさらと綺麗な黒髪が、白い布の上に広がり、まっすぐに伸びた鼻筋は、形よく、少し太い眉毛が、意志の強さを際立たせ、そして、ふっくらと大きめの口元が、優し気な印象を強めている。

 少しほっそりとした頬も、色白の肌も、ともすれば病人のようなやつれた印象を与えるかと思いきや、その寝台の上に横になる女性はその美しさを更に際立たせている。

 まるで、作り物のようだった。

 ゆっくりと上下する胸元が、その女性が生きていることを証明しているが、目を吸い寄せられるように、瞳を離せなくなってしまった。

 「どなたかいらっしゃいましたか?」

 僕らがその部屋に入った後に、寝台に横たわる女性が、ゆっくりと瞳を開く。

 ぱっちりと大きな瞳、優しく少し垂れた目元を見て、さらにその女性の美しさに目を奪われる。

 「このままの姿勢では失礼でしょう?」

 ゆっくりと女性が体を起こす。その表情は涼し気で、優しい笑みさえ浮かべているが、ひどくゆっくりと緩慢な動きをしており、まるで体がうまく動かないようだ。

 「シエラ!辛いなら眠っていていいんだぞ?」

 寝台の横にある一脚の椅子に腰を下ろしながら、心配そうにアンネがのぞき込む。

 「大丈夫よ、アンネ。今日は少し調子がいいの」

 微笑みながらシエラと呼ばれた女性が告げる。それでもアンネはひどく不安げだ。

 「初めまして。私はシエラと申します」

 僕らに向きなおった彼女は寝台の上に腰かけながら、ゆっくりと軽く頭を下げる。

 ぴん、と伸びた背筋に、膝の上に重ねられ、きれいに揃えた両手。その所作のどれをとっても美しかった。

 僕は、自分の頬が熱くなるのを感じ、どうしてか、不意に感じた気恥ずかしさに、俯いてしまった。

 「今日は私に何か御用かしら?」

 小首をかしげながら尋ねてくるシエラの目の前に、アイクがゆっくりと背嚢から取り出した竜血花を掲げる。

 それを見て、シエラはひどく驚いた顔をした。

 「ええ、と・・・。お名前をお聞きしても・・・?」

 「アイクと申します」

 「シリウスです!」

 アイクが僕を紹介するよりも先に、僕は少し上ずった声で答える。自分で考えるよりも思いのほか大きな声が出てしまったことに、再び気恥ずかしさを覚える。少しでも自分を見てほしかった。そう思ってしまった自分になぜかひどく惨めな思いがした。

 「まあ!お元気な方ですね」

 僕を見てシエラが、くすくすと少し笑う。体がふわりと軽くなるような心持ちがした。

 「それで、どうしてこちらに竜血花をお持ちになっていただけたのかしら?アンネ?あなたとニールでこの方々に依頼をされたの?」

 「いや、違う。彼らがここに、竜血花を持ってきたのは偶然だ。ただ、竜血花を私たちに譲る代わりに条件があるそうだ」

 「いったいどんな条件なの?」

 ひどく不安そうにアンネと僕たちを交互に見やる。

 「船で、ウル湖の向こう岸、「迷いの森」に送り届けてほしいそうだ」

 「まあ!」

 ひどく驚いたように目を瞠った。そしてシエラは僕らに向きなおると、ひどく不安そうに口を開く。

 「本当にそんな対価でその貴重な竜血花を譲ってくださるのですか?」

 「この際なので正直にお話ししましょう」

 アイクがついに口を開く。

 「私たちは、ついこの前まで、剣闘で有名なスパーダの街で剣闘士として闘う奴隷でした。仲間の命がけの反乱で、自由を手に入れたのですが、私の故郷であるミダス王国まで何とかして帰りたいのです!私たちに、お金の持ち合わせなどないです。そして通常の方法では帰ることが叶いません。そのためであれば、こんな嵩張る荷物でしかない花など、いくらでもお渡しします」

 「そうですか・・・・」

 シエラもアンネも、そしてフェイルも言葉すらなく、少し考え込むように黙り込む。

 「それに、私たちにとっては不要でも、あなたにとっては必要な物。その物が本来あるべきところに、あるべきなのだと思います」

 アイクは、ゆっくりと視線を下す。その見つめる先は、シエラの胸元、ゆったりとした上衣に隠れた、ふっくらと豊かな胸だった。

 僕はその視線の先を追って思わず赤面してしまったが、その意味ありげな視線にシエラは、はっ、と驚いた表情を浮かべる。

 「私の病気のこと、ご存じなの?」

 「ええ、割と有名な病気ですからね。「魔物病」。この病気は、唯一回復魔法の使い手に多いと聞きます。原因はいまだにはっきりとしていませんが、他人の厄に触れ、それを取り除くため、厄をその身に受け、蓄積していってしまうからだ、と言われており、回復魔法を酷使する者に症状が現れやすいと聞きます。そして、これが魔物病、と呼ばれる一番の理由は、心臓近くの胸の中心に、魔石のような固いしこりができること、それ以外にも手足のしびれや体の怠さ、最悪の場合、失明や命を落としてしまうこともあると聞きます」

 「ずいぶんとお詳しいですね・・・・」

 驚いたようにシエラが胸を抑える。

 「それなりには・・・」

 少し照れたようにアイクが頬を掻く。

 「ところで、特効薬には「命の水薬」が必要とされていますが、それで竜血花をお求めだったのでしょう?」

 「そうだ。この辺では竜血花が採れるところなど、「迷いの森」の中にある「精霊の泉」くらいしか思いつかなかったが・・・・。本当に運が良かった・・・・」

 ホッと安堵の息を吐くアンネの表情はそれでも優れない。

 「精霊の泉とは・・・・。これはまた随分なところに行こうと思い立ちましたね・・・・。なるほどだから船をお持ちなのですね・・・・」

 「そうだ。だからこそ、その花を対価に船で対岸まで送り届けることができる・・・・。だが・・・・」

 そう言いよどむアンネに、フェイルが何とも言えない表情を浮かべている。

 「アンネ、それ以上は彼らに望んでは駄目よ。これは私の問題。あなた方の好意に甘え続ける私も本当はよくないのだけれども・・・、あなた方はそれを言っても聞いてはくれないでしょう?それでも、見ず知らずの彼らにそれ以上のことを頼むのは決して正しいことではない」

 シエラが、アンネに向きなおり、真摯な表情で何かを諭すように告げる。

 「でも!」

 アンネは泣き出しそうな表情をしながら、シエラに何かを言いすがろうとしたが、シエラの表情を見て、口をつぐんだまま、俯く。

 僕は、何があったのか全く分からない。何を思っているのかわからない。それでも、何か懸念があり、それを助けるためだったら、何かをしてあげたいと強く思った。

 だから、隣に立つアイクをすがるように見つめるが、何を思っているか分からない無表情で、アイクは、じいっ、とシエラを見つめるだけだった。

 「アイク様、シリウス様、お二人ともありがとうございます。すぐにでも、あなた方を対岸に送り届けるようにニールにお願いしましょう。ねえ、アンネ?それで充分でしょう?」

 シエラがゆっくりと笑顔を浮かべるが、アンネとフェイルは浮かない顔をしたままだ。

 アイクはずっと、無言のままシエラを見つめている。

 その時、入り口の扉がガチャリと開く音がした。


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