冒険者ギルド六
「さて、話を戻しますが、預け入れ、ですが、あなた方がお持ちのような、特殊な魔道具を持たない、一般的な冒険者の方々が」
そう言ってちらりと、僕ら全員が持っている、魔法の鞄へと視線を向ける。
一目見ただけで見抜ける、と言うことは、もしかしたら、このギルドマスターも、魔法の鞄を持っているのかもしれない。
やけに一般的な、の言葉に力を込めていたのは気になるけれども・・・・。
「金銭を持ち歩くのは非常に危険極まりないです。特に護衛依頼などで遠出する際に、わざわざ嵩張る上に重くなる硬貨を持ち歩けば、それだけ命の危険が付きまといます。それに、あなた方のような装備の充実した冒険者の方々でも、大量の硬貨を持ち歩けば、それだけ容量が足りなくなってしまうのは自明の理」
「そうですね・・・・」
確かに言われて見れば、僕らの魔法の鞄は、たった一つを除いて、ほとんどすっからかんだ。
それは、ミアルイーズにほとんどすべての魔道具や素材を譲渡してきたから、そして、五十階層へと挑むにあたって、数え切れないほどの準備や、装備、消耗品を積み重ねて、消費してきたから。
ただし、確かに、今後迷宮へと挑むとき、もしくは冒険者として、様々な依頼をこなしていくときに、重さによって容量が決まる、魔法の鞄は硬貨が増えれば増えるほど邪魔にしかならないだろう。
「そんなときに、私ども冒険者ギルド、商業ギルド、それ以外にも鍛冶ギルド、そう言った寄合組織であるギルドが、金銭を預かり、厳重に保管しておく制度です。代わりに預け入れを行った人に対して、いくら預け入れをしているか、と言うのを、証明章として発行いたします」
「へえ・・・・それは、それは・・・・。もしよろしければ、預け入れをさせてもらっても宜しいですか??」
早速と、ラサラスがそれを望むと、
「はい。了解しました。では、早速預け入れを行いますので、どなたかの冒険者証をお借りさせてもらうことはできますでしょうか??」
「冒険者証・・・・??」
「ええ。基本的に、冒険者ギルドでは、預け入れが行われると、その冒険者の冒険者証に、金銭の記載が行われます。冒険者証をご覧ください」
今までしっかりと見たことが無かったけれども、言われるがまま僕ら全員が胸からぶら下げた、金貨二枚分くらいの大きさの四角い金属のプレートをのぞき込んでみれば、上から、冒険者の名前と、バベル支部、の記載、そして、ランクの記載があるばかり。
「上から、その冒険者証の冒険者氏名と、初回登録を行った冒険者ギルドの名称、ランク、そして、下にもう一行ほど空白があると思いますが、そこに預け入れした金額が表示されるようになっております」
ちなみに表の面には、何も彫り込まれてはいない。
つるつるの、全く材質も何も分からない、金属プレート。その表面には、今までの激闘にもかかわらず細かい傷一つ見られない。
一体何でできているのだろうか??
「ああ。ちなみにですが、そちらの冒険者証は、冒険者ギルドにしか存在しない、古代の魔道具で造られており、今の技術では再現不可能です。冒険者証に使われている金属すらも、一体何なのか?それすらも解明されておりませんので」
「へえ・・・・??一体どこで発見されたものなのですか??」
「太古の言い伝えでは、バベルの天空迷宮で昔、昔に九十階層まで登り、生還した冒険者たちが持ち帰ってきた魔道具の中に『証明章発行装置』とでも言うべき、今の冒険者証を作り上げている魔道具があったとか・・・・」
・・・・無かったとか??
まあ、あったんだろうね。そうでなければ、確かに、これだけの冒険者証を作り上げている技術力の意味が分からないよ。
だって、裏面の名前とかの記載はどう見ても、金属を彫りこんで造られている物なんだから、傷一つ付けられない金属にいったいどうやって傷をつけるって言うんだ??
そもそも、名前は不変かもしれないけれども、ランクや、金銭なんて変動するんだから、どうやって変えるのかな??って疑問に思っていたけれども、これでようやく理解できた。
「さて。本題に戻りますが、どなたの冒険者証に預かり金の登録をいたしましょうか??」
ちらり、と皆に視線を送ったラサラスは、最後にサニアを見つめ、一つ頷き、
「皆の冒険者証に均等に金額を割り振って、登録することはできますか??」
何のためらいもなく言い切ったけれども、僕はついに、今まで手にしたことが無い、大金を手にしてしまうのか・・・・!?
「ええ。勿論それは可能です」
嫌な顔一つせずに、いや、どころか顔色一つ変えずに、息を吸って吐くように言い切ったギルドマスターに、ちょっと感動したのはさておき。
「すみません・・・・。ジューンとハンナの二人は、冒険者証を作れないので、お金を分けることはできませんが、お小遣いはきちんと渡しますので、今回ばかりは許してください」
申し訳なさそうなラサラスに、
「ううん!!全然いいの!!!私!!皆と一緒って言うだけで嬉しいから!!」
「ハンナ・・・・!?」
ハンナ、いい子!!
「ぼ、僕もです!!お金なんかよりもよほど皆と一緒に居る時間が大切です!!!だから、お金をもらわなければ、誰かと一緒に居られるから・・・・!!だから僕!!お金なんて一生要りません!!!」
「ジューンまで・・・・!?」
ジューン、超いい子!!
僕なんて、今まで触ったことが無い金貨ごとき輝きに目が眩みそうになってしまったよ・・・!?
そうだよね・・・・!!そうだったよね・・・・!?
二人が大切なことを思い出させてくれた!!
大切なのはお金なんかじゃない!!!大切なのは・・・・!!
「でもお金が無ければ、何もできませんよ??逆にお金さえあれば、ほとんど大抵の物は買えてしまいますからね。なので、あって困るものではないと思いますけれども??」
・・・・・このギルドマスター、もしかしてゴーレムか何かなのかな??血も涙もないどころの騒ぎじゃないよね??
流石にその言葉には、僕ら全員が引いたし、何なら、さっきまで煩いくらいにぎゃあぎゃあ、と騒いでいた近くのギルド嬢たちまでもが、うわー・・・・、それは無いわー・・・・、みたいな白けた表情で固まっちゃったくらいなんだけれども??
それなのに、そんな空気なんて、全くまるっきり何もなかったとばかりに、
「では、そのように冒険者証を書き換えてきますので、皆さん冒険者証をお出しください。そして、少々お待ちください」
「・・・・あの。彼女の、スピカの分も冒険者証を作ってもらえますか??」
「ええ。いいですよ」
そのまま、じろりとスピカを一瞥した後に、不愛想なまま奥の扉の中へと姿を消したギルドマスターを見送りながら、
「あのおじさん・・・・なんであんなに怖いの・・・・??」
「僕・・・・、僕らが間違っているのでしょうか・・・・??」
びくびくと怯えるジューンとハンナが可愛い・・・・!!じゃない・・・!?二人は何も悪く無いよ!!悪く無いんだよ!?
「間違っていないさ。間違っているのは、あの扉の奥へと消えていったおじさんのほうさ」
二人に皆で言い聞かせてようやく納得してくれたからよかったけれども。
なんてことを言うんだあのギルドマスターとやらは!!
まだまだ、二人には大人の世界のどろどろとした汚い、穢れた物なんて見ないで欲しいからね!!
それからしばらくも待たされずに、奥の扉から再び姿を現したギルドマスターの手には、スピカを含めて僕ら十人分の冒険者証が。
「どうぞ。それと、ランクについてなのですが」
手渡されたそれをまじまじと見て驚いた。
そこには勿論金額もかかれていたけれども、
『六等級三ツ星』の文字が躍っている。
期せずして僕らは、六等級、つまり最低辺なわけだけれども、その最低辺の中でも、最も高いランクへと飛び級してしまったのだ。
「申し訳ありませんが、冒険者としての簡単なテストを是非受けていただきたく」
「それは何のために??」
簡単なテストっていったい何だろう??
心得みたいなものか??
「あなた方の実績を加味して、このまま六等級に置いておくわけにはいきません。さりとて、階級アップには、必ず試験が付きまといます。六等級から五等級へと昇級するには、冒険者テストを受けていただくこと、五等級から四等級へと昇級するには、護衛依頼を受けて、無事に達成すること、と言ったようなものですけれども」
「ああ、なるほど、そう言うことでしたか・・・・。ちなみに、それを受けるメリットは??そしてデメリットは??」
何に納得したのかは僕には分からないけれども、ラサラスは何かを理解したようで、その上で、更に問いを重ねていく。
「デメリットは、皆さんのお時間を少々いただくことでしょうか??少々、と言っても、普通は六から五等級へと昇級する試験は、筆記と実技テストとなりますが、皆さんの実績を考慮して、実技は行われません。筆記も、冒険者の心得数問と、後は、単純な読み書き、計算といったもの程度の、非常に簡単な問題ばかりですので、文字が書けない限り、落ちるということはありません。ちなみにどなたか文字を書けないという方は??」
「文字が読めない全盲の場合はどうすればいいの??」
「そしたら、私たち職員が問題を読み上げますので、ご心配には及びません」
・・・・よかった。その程度なら僕でも受かりそうだ。一応、フレイアとアイクに教えてもらって、文字の読み書きと、計算くらいはできるからな。
「メリットは??」
「メリットも簡単です。ランクを上げれば、受けられる依頼は増えていきます。例えば、四等級以上の冒険者でなければ、普通は、護衛依頼を受けることはできません。例外として、五等級の三ツ星冒険者が、試験を受ける時に、試験管の同行を伴って、もしくは・・・・」
「専任冒険者に選ばれた者が、護衛依頼を直接頼まれた場合、ですか」
「その通りです。理解が早くて助かりますね」
皮肉なのか、冗談なのか??はたまた本気なのか、全くわからないけれども、ちなみに言うと、ラサラスとスバルと、あと数人くらいしか、理解していないんじゃないだろうか??
ちなみに言うと、何が??も、何を??も僕は全く理解できていないんだけれどもね。
「あとは、迷宮もそうです。魔導学院に迷宮があることはご存知ですか??」
「ええ、それは道中に聞いたのですが・・・・」
・・・・ええと、確か・・・・??『暴食』の迷宮??だったっけ??そんな名前で呼んでいる人はこの街でまだ出会っていないけれどもね・・・。
「それならば結構。大陸中に、バベルの迷宮とは比べ物にならない危険な迷宮がいくつか存在しております。そして、もしかしたら発見されていない迷宮がもっとあるかもしれません。それらの危険な迷宮には、できる限り低位の冒険者は入らないように、となっている迷宮もあります。特に学院の迷宮は、授業の一環としまして、学院の生徒も使う性質上低位の冒険者にも、門戸を開いていますが、必ず誰か一人以上、四等級以上の冒険者を同行すること、と言う決まりがございます」
「その決まりを破ろうとして迷宮へと挑んだ者は??どうなります??」
「どうも。ただ、単純に言えば、死ぬ可能性があるでしょうね。そして、そのようなことにならないように、門衛がいますので、そもそも入ることすらできないでしょうけれども」
・・・・まあ、あなた方なら、簡単に押し入ることくらいはできる程度の実力しかない門衛ですよ・・・・。
その呟きは、わざと僕らに聞かせるためのものだっただろう。
そうでなければ、あんなにはっきりと聞こえるわけがないし、むしろ、どこかそれを望んでいるような色が見えるのは何故なんだ??
「もし試験を受けて合格ができれば、護衛依頼を達成していますので、あなた方はそのまま四等級三ツ星冒険者へと昇級できますから、是非受けてみてください」
・・・・・・え??
・・・・・・は??
「「「「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!??????」」」」
まさかの、二階級昇級とは・・・・。
そんなことってあっていいの??




