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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街二

「入れ」

 言われるままに僕らは家の中へと入って行く。

 中には強面の男たちがずらりと左右に一列ずつ並んでおり、奥にいたのは、ほとんど坊主ではないかと思うほどの短髪に刈上げ、頬にざっくりと傷を持つ、一際精悍な顔つきの壮年の男が一人立っている。

 その鋭い瞳で、入り口から中に足を踏み入れた僕らをぎろりと睨み付ける。その眼光で人すら殺せてしまいそうな鋭さがある。

 僕は、思わず一歩後ずさりしてしまった。

 しかし、次の瞬間、男の顔が、笑み綻ぶ。

 「久しいな!!!アイク!!!元気にしていたか!?いつ奴隷から解放された!!??」

 腹の底にずしりと響くようなだみ声だが、その声音はひどく嬉しそうだった。

 「ああ・・・・。仲間たちのおかげで何とかな・・・」

 うつむきがちに答えるアイクの表情には、後悔や、悲しみや、そしてどうしようもなかったことを飲み込む複雑な色があった。

 だからだろう、その男性もそれ以上何かを追及することはなく、申し訳なさそうに顎を撫でる。

 「そうか・・・。いろいろあったんだな・・・・。まあ!お前が元気でいることは喜ばしいことだ!!で?これからどうするつもりだ?」

 「船で湖を渡りたい。当てはあるか?」

 その言葉にグラントが一瞬物悲しい表情を浮かべる。

 「帰るつもりか・・・」

 「そうだ」

 だが、それも一瞬のことで、すぐに豪放に笑いだす。

 「がはは!!まあ、それも当然のことだわな!!あっちで親父さんに会ったら伝えてくれ!!ありがとう!!ってな!!」

 真剣な顔で頭を下げるグラントにアイクは何も言わずに首を振る。

「しかし・・・船・・・か・・・・」

 それもつかの間、グラントの表情が再び曇った。

「難しいか・・・?」

 「ああ・・・難しいな。自前の船を持っていれば違っただろうが、港では必ず身元を改められるぞ?」

 「そうか・・・・」

 アイクが少し気落ちしたようにうつむく。グラントもひどく申し訳なさそうだった。

 そのとき、後ろに控えていた僕らをここまで案内してくれた兄貴と呼ばれる男がおずおずと口を開く。

 「グラントさん・・・・。いったい何がどうなっているのかはわからないんですが・・・。一つ申し上げてもよろしいですか?」

 「おう!!なんだ?フェイル!?」

 「シエラ様でしたら、いえ、アンネ姐さんと、ニール様なら、それも解決できるのではないですか・・・?」

 グラントが、はっ、と身を強張らせる。そして、感慨深げに、アイクが手に持っている竜血花を見つめる。

「確かになあ・・・・。これも、天のお導きか・・・・」

 ポタリ、と何かが地面に落ちた。ふと目をやって、僕は驚いてしまった。

 グラントが泣いている!!いったいどうしたんだろう!?不思議に思ったのは僕だけではないようで、アイクも、目を瞠っている。

 「こんなこと昔なら絶対に言わなかったんだがなあ・・・。しかし、今、この時にお前が竜血花を持って現れたことが、そして、そのお前が船で湖を渡ろうとしていることが、俺には天の配剤にしか思えないよ・・・・」

 しみじみとつぶやくグラントに僕らは何が何だかわからないまま固まっている。

 そのとき、後ろからもすすり泣く声が聞こえてきて、思わず振り返って驚いてしまった。

 その場にいる強面の男たちが、全員鼻をすすりながら、泣き出している。

 「おい!フェイル!!お前、この二人をアンネとニールのところに案内してやってくれ!!!」

 「あい!!!」

 そう言うと、グラントが、アイクの顔をのぞき込む。

 「すまんなあ・・・力になれなくて・・・・。命を助けられた恩は命で返せ、いつも俺が言っていることなのに、その約束を果たすことすらできやしねえ・・・・」

 「いや、いいさ。当てがあるのだろう?」

 「当てはある。だが・・・・」

 グラントが言いにくそうに言いよどんだ。

 「なんだ?」

 「だがな・・・・。またお前に迷惑をかけちまうかもしれねえと思うと、俺は情けねえ・・・・」

 「気にするな。昔のことは俺が望んでやった結果だ。その結果が、だれも望まない結末だったとしても、それはそれで諦めがつくさ・・・」

 「そう言ってもらえるとありがてえ・・・・」

 「あの・・・・。グラントさんは、アイクとどういう関係なんですか?」

 僕はこらえきれずに聞いてしまった。

 「なんだ坊主?アイクの話を聞いたことが無いのか?」

 その言葉にひどく胸がざわざわする。

 「・・・うん・・・」

 「そうか・・・・。そんな顔するな坊主。こいつは昔から不器用なだけで、何も、お前を信用していないわけじゃないさ」

 そう言われたが、僕は何も答えることができない。この時ばかりは、僕がアイクのことなど何も知らなかったと痛感してしまったからだ。

 「おい坊主、お前は一緒にここまで旅をしてきた仲間だろう?胸を張れよ!!」

 そういうと僕の胸を拳で叩く。一瞬息が詰まるほどの衝撃だった。

 「まあ、行けば分かるさ。俺の故郷に」

 そう言うと、アイクは僕らに背を向け、すたすたと歩きだしてしまう。

 「ああいうやつなんだ・・・・恥ずかしがり屋でもあるからな」

 「ありがとう」

 僕は無理やり笑顔を浮かべて、遠く離れていくアイクの後を追いかける。

 僕が追いつくと、入り口に立つ男が改まって自己紹介をしてくれた。

 「改めまして、俺はフェイルと言う。よろしく」

 差し出された手を握り返し、握手をすると、フェイルは、先頭に立ち、歩き出す。

 「先ほどはすまなかったな。グラントさんの恩人とは知らずに、失礼を働いてしまって」

 「いや、いいさ」

 「いや、よくはないさ。何せ、グラントさんの命の恩人であるだけにとどまらず、竜血花を持ってきてくれたのだからな・・・・」

 「さっきから気になっていたが、どうして竜血花を欲しがる?アンネとニールとは誰だ?」

 フェイルは何かを考え込むように黙り出した。

 ゆっくりと顎に手を当て、それでもひょいひょいと入り組んだ道を足取り確かに歩きながら、しばし沈黙する。

 「そうだな・・・・。別に大した話ではないんだが・・・・。ここはスラムだ。それは分かるだろう?」

 スラム?それはいったい何なのだろう?街の名前なのだろうか?いや、街の名前はウルだから、土地か、地域か?全くわからない僕とは正反対にアイクはゆっくりと頷く。

 「まあ、自慢できる話ではないが、分からないはずもないか・・・」

 「そうだな」

 「このスラムには、皆から尊敬され、そして頼りにされている人間が何人かいる。その一人がグラントさんだ。あの人がいなければ、今頃スラムは無法地帯だっただろう。あの人が、スラムでくすぶる俺たちに声をかけ自警団を作り、そしてこのスラムの治安を守っているんだ」

 少し自慢げに語るフェイルの言葉の端々に、グラントに対する信頼が窺えた。

 「そして、それ以上に皆から慕われているのは、もともとこのスラムの近くの孤児院で育ったシエラ様だ。あの方は、昔から、修道女としてこのスラムに顔を出していらっしゃったが、使い手の少ない回復魔法を、惜しげもなく、貧しい者たちにも無償で施していらっしゃった・・・・。傭兵としても活躍する、本当に徳の高い方だった・・・・。あんなことにならなければ・・・・」

 ぎゅっと握りしめた拳が、強く手のひらに食い込んだ。

 「そして、そのシエラ様と血のつながりはないが、一緒に孤児院で育ち、本当の姉妹のように仲のいいアンネ姐さんとそのご主人のニール様だ。この二人は、腕のいい薬師だが、シエラ様に合わせて、このスラムで今は薬屋を営んでいる。もちろん、お二人とも、こんなスラムなんてもったいないほどの、それこそ町の中心に行けば、もっといい暮らしができるほどの腕だが、それでも、シエラ様を見習って、このスラムで、格安で薬を住民に提供し続けてくれている」

 「それがどうして船と関係があるの?」

 僕は全く関係のない話に思えてしまい、問わずにはいられなかった。

 「まあ、行けば分かる・・・」

 説明しづらいのだろうか?多くを語らないフェイルに何か理由があるのだろうと納得し、それ以上は何も聞かなかった。

「ふーん・・・。ところでさ・・・・スラムっていうのはここの地名なの?」

 僕の何気ない一言に、その近くを歩いていた、僕らと変わらない、貧しそうな衣服をまとい、やせ細った住民たちが一斉にぎょろりと僕をにらみつけてきた。

 フェイルが、呆れたような顔をしている。アイクは、しまった!と言う表情をしていた。

 「すみません!こいつ、あの「暗黒森林」の近くの小さな村で生まれ育った人間なので、こういう大きな町のことなんて分からないんですよ!」

 アイクが、周りの人々に申し訳なさそうに言い訳する。

 先ほどから僕をにらんでいた人々がふっと表情を和らげた。しかし、それでもなお、僕の周りを取り巻く雰囲気には多少の険が残っている。

 「スラムっていうのはな・・・」

 アイクが僕に向きなおって、周りを気遣うように声を潜める。

 「お金がない貧しい人々が、寄り集まって住んでいる地域のことを言うんだよ。税を払っていない、もちろん違法滞在だから隠れるように街の隅に住んでいるし、何より、違法に滞在しているから、法すらも彼らには及ばないんだ」

 「極端な話をしてしまえばな、坊主。このスラムは、違法に滞在している、それこそ奴隷一歩手前の奴らや犯罪者も多いからな、帝国の兵士たちに火を放たれて、街ごと燃やされても、最悪ここにいる全員が切り殺されても文句は言えないんだよ」

 フェイルは悲しそうな表情を浮かべる。

 「それでもな!このスラムが今もこうして存在しているのも、そして治安がいいのも、全部グラントさんのおかげなんだ!グラントさんがいるから、街の衛士や兵士たちもここに手出しできないし、このスラムに隠れ住む犯罪者共も無法なことなんてできやしないのさ!!」

 胸を張るフェイルは、目を輝かせてグラントのことを語る。

 随分と頼りにされているようだ。

 「おっと!話しこんでいるうちに着いたな」

 フェイルがゆっくりと足を緩め、前方を指さす。

 そこには、周囲と変わらぬ木でできた掘っ立て小屋が建っていたが、屋根はきちんと木で造られている。

 店先には乾燥した草や、細い枝が束になって吊るされており、独特の匂いを放っている。ただ、枯草のようなその匂いは決して嫌な匂いではない。乾燥した木も、少しつんと鼻につく匂いを放っているが、不思議とずっと嗅いでいたくなるような、そんな香りを放っている。

 店の前には、これも薄い木でできた看板が一枚出ていた。それが、入り口の扉の横に掛かっている。そこに書いている字は全く読めない。よく考えたら、僕は文字を読むことができない。

 「ねえ、あれはなんて書いてあるの?」

 「あれか?あれは、「アンネとニールの薬屋」って書いてあるな」

 どうやらアイクは文字が読めるようだ。目を細めながら看板に書かれた文字を読むアイクが何だかかっこよく見えて、僕も時間があれば文字の読み書きを習いたいと思った。

 フェイルが入り口の扉の前まで歩いていき、とんとん、と戸を叩く。

 「アンネさーん!!ニールさーん!!いますかーー!?」

 中から返答は何もない。

 「おかしいな・・・?アンネさーん!!!ニールさん!!!いませんかーーー!?」

 フェイルが、ゆっくりと裏側に回ろうとしたその時、がらり!と音を立てて、内側から勢いよく引き戸が開け放たれる。

 「なんだい!?」

 そこには、小柄な女性が立っていた。


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