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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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狩猟二

そして僕らは大森林の入り口に立つ。

見上げるほどの大木は日の光さえ遮り、太陽がほぼ頭の真上にあるにもかかわらず、森林の中はひどく薄暗い。

意を決して森林の中にはいる僕とは裏腹に、班のほかのメンバーたちの動きに不安や迷いといった感情は見えない。

森の柔らかい土が、生い茂る枝葉が、生物の音や気配さえ消し去り、心臓をつかまれたような不安がずっと付きまとっている。それなのにどうしてだろう、枯葉を踏み抜く自分たちの足音がこんなにも大きく響くからだろうか、ずっと何者かに付きまとわれるような言い知れぬ恐怖に肌がひりつく。

初めての狩猟に怯える僕の頭にぽんと大きな手が置かれる。

「安心しろ。俺たちがついている」

「シリウス。ここは俺たちの生まれた地だ。そう考えると、安心しないか?」

リックと兄さんが不安に震える僕の様子に気付き勇気づけてくれる。

みんなの前を一歩先行しているアイクがふっとしゃがみ込む。

地面にぐっと顔を近づけると、何かを懸命に探している。

何かを見つけたのだろう、急にふっと顔をあげると、右手の獣道に向かって、

「こっちだ」と一言つぶやくように話す。

いったい何がわかったのだろうか。よっぽど不思議そうな表情をしていたのだろう。リックが説明をしてくれる。

「アイクは森の中での狩猟が得意なんだが、あれはおそらく獣の糞や排泄物、食べ残しを見つけたんだろう」

「獣の糞や食べ残しで何かわかるの?」

「ああ、それだけでいろんなことがわかる。例えば獣の糞の大きさでその獣のだいたいの体の大きさが推測できるだろう?それに糞や排泄物の状態を見るだけでその獣がいつそこにいたかがなんとなくわかるだろう?それがアイクの場合はほぼ正確に特定できるんだ」

「へえー、じゃあ食べ残しを見て何がわかるの?」

「何がわかると思う?」

「うーん、なんだろう・・・大きさとかかな?」

僕の答えにリックは少しうれしそうに微笑む。

「ああ、よく分かったな。それ以外にも肉を好んで食べるか、草を好んで食べるか、そういったこともわかる」

「へえー。今回はどんなことが分かったの?」

「おーい、アイク、獲物は何だ?」

「ウサギだな。糞の状態、食べ残しから見てもすぐ近くに四、五匹の群れで巣がある」

パッと見ただけでは絶対に見つけられなかっただろう、言われて見てみればアイクが屈んで見つめていた地面には小さな糞が落ちている。それ以外にもその近くに自生している草が小さくかみちぎられたような跡がついている。

少し歩くと草むらに隠れたところにこちらも見落とすほど小さな穴があった。

アイクは少し離れた木の陰に身を隠すと、こちらに振り向き口元に人差し指を当てると静かにするように合図を送ってくる。

待つこと数分、穴の中から数匹のウサギが出てきた。きょろきょろと周囲に目を配り、穴周辺に何もないことを確認すると一度巣穴の中に戻る。そして中から五匹のウサギが出てきた。

それを確認するや否や、背に負う弓を取り出し、矢をつがえると、一息の間に五本射掛ける。

一息の間に五本の矢を射かける素早さにも驚かされたが、視線を転じるとそこには一本ずつ矢を受け絶命するウサギの姿が見えた。その高い精度に二度驚かされる。

そして、呆然とする僕をしり目に、さらに弓に矢をつがえると、今度はぎりぎりと思い切り引き絞り、何を思ったのか上を向くと天に向かって矢を放つ。

するとその矢の進行方向に、まるで自ら飛び込むように大型の鳥が飛んでくると、その身に矢を受けて絶命し地に落ちてくる。

「ほう、ウサギを狙って舞い降りてきたオルニトケイルまで撃ち落とすとは」

感心したようにリックがつぶやく。

「オルニトケイル?」

おそらくさっき撃ち落とされた鳥のことを言っているのだろう。先ほどまで天高く飛んでいたためその全容がはっきりとわからなかったが、今地に落ちてきたところを見るとその大きさに驚く。両翼を広げた大きさはおそらく大人をゆうに超す大きさで、非常に獰猛そうな顔つきをしており、鋭くとがったくちばし、そこから覗く、鳥類にはあるまじき細くとがった牙がその鳥を一段恐ろしく見せている。

喉にアイクが放った矢が突き刺さっており、おそらく一瞬で絶命したのだろう。その技量の高さに改めて戦慄させられる。

「オルニトケイルは肉食の大型鳥類だ。大きな群れになると、人間の集落も襲う獰猛な猛獣だが、見かけによらず力は弱く、一匹、もしくは小さな群れになると自分よりも体の小さな弱い草食動物や、弱った、もしくは死んだ獲物に食いつく、通称森林のハゲタカと呼ばれている。飛んでいるのは非常に厄介だが、動きが遅く体が大きいため狙いやすいことから、弓士の練習として昔から的とされてきている。しかしそれを抜きにしてもこの大森林の限られた視界の中で、急降下してくるこいつに弓を当てるのは至難の業だぞ」

リックが手放しに誉めているのをアイクは全くの無表情で聞き流すと、獲物に近づき、

「ここらへんで昼にするか?」と聞いてきた。

「そうだな。もういい時間だろうから昼にしよう。シリウス、リオンは落ちている枝を拾ってきてくれ。アイクは周辺の警戒と、食べられそうな山菜の収穫。モーリス、お前は俺とこの獲物の解体だ」

リックの号令一言、うえっといやそうに顔をしかめるモーリス以外は各人が散らばってリックに言われた仕事をする。

「兄さん、落ちている枝を拾ってどうするの?」

しかし僕はいまいち僕らに課された仕事の意味が分からない。

「拾って火を熾すための薪にするのさ」

「ふーん。でもどうしてわざわざ落ちている枝を拾い集めに行かなきゃいけないの?木なんてそこらへんに生えているんだから、切って薪にしてしまえばいいんじゃない?」

「それがそうもいかないのさ。地面から生えている木は水を含んでいるんだよ。ほら見ていてご覧」

そういうと、兄さんは近くに生えている木の枝を無造作につかみ、そこから葉を何枚かむしり取ると、ぎゅっと握りしめた。そしてその手のひらを僕に見せると、緑色に染まったその手の中にこれまた緑色の水滴のようなものが垂れてきた。

「そうなんだ。でもそうするとどうしてだめなの?」

「簡単なことだけど、俺が教えてしまったら意味がないから考えてごらん。昼食までの宿題だ。リックとかアイクに聞いちゃだめだぞ」

いたずらっぽく笑う兄さんに僕は少しむっとした。

必死で考えていたが、全くわからない。考えることに夢中になりすぎて転んでしまいそうになる僕を兄は抱き留める。

「あんまり考えすぎるとわからなくなるぞ」

「でも、いくら考えてもわからないよ」

むすっとした様子の僕に思わず兄さんは苦笑し、「じゃあ、ヒントをあげるよ。火を消すときはどうやって消す?」と教えてくれる。

その言葉に僕ははっとひらめく。

「わかった!水をかけて火を消すように、火は水に弱いから水を含んだ木には火が付かないんだ!」

「お、よくわかったな。正解だ」

そういって兄さんは僕の頭を撫でてくれた。

ちょっぴり照れ臭かったけれども、知らないことを一つ知ることができて純粋にうれしかった。まだ、幼い僕には知らないことがいっぱいある。この、初めての狩猟はそんな当たり前のことを教えてくれる。

休憩地に戻ると、リックが淡々と、モーリスが顔をしかめながら、ウサギの解体をしている。

「お、戻ってくるのが早かったな。お前らも手伝うか?」

僕はその解体の様子を見て少しためらったが、兄は進んで手伝いに向かったため、僕も与えられたナイフを手に向かう。

「シリウスは初めてだろうから、俺の近くに来い。この機会に解体を教えてやるよ」

言われるがまま、ウサギを一匹つかむと、リックの隣に座る。

「まず一つだけ言っておく。獲物を解体するのは慣れないうちはどうしても心が痛む。だからできるだけ、生き物だと思わないほうがいい。『食料』だ、と自らに言い聞かせるんだ」

「うん」

僕はできるだけ手に持つウサギを見ないようにしている。見てしまえば、なんだか手が鈍ってしまいそうな気がしたからだ。

「よし。まず、生き物の解体で真っ先にすることは『血抜き』だ。これをできるだけ早くしないと肉に血なまぐささが残って食べるときに気持ち悪くなる」

そういうとリックは手に持つナイフで一息にウサギの首筋にナイフを叩き込む。パキッという嫌な音が鳴り響くが、全く意に介さず、さらに首の真ん中で止まったナイフを、手首を返しながら根元を引き戻し、勢いをつけたまま切断してしまう。

僕も見よう見まねでナイフを首に突き立てたが、見るほど簡単ではないことに気付く。

まず、ウサギの皮が邪魔してナイフが滑ってしまい、思っていたところに刺さらない。

そのまま切ろうとしたが、非力なためか、いくら力を込めても、全く刺さっていかない。

そればかりか、肉を割く感触、手に持つウサギの骨ばった手触りに、そしてナイフを刺してすぐに流れ出てくる大量の血に、その匂いに、どんどん気持ちが悪くなっていく。

それでも何とか首の真ん中、リックが言うには「背骨」の位置までナイフを切り入れることができたが、「背骨」があまりにも固く、全くナイフが入らない。

そうしているうちにどんどん気分が悪くなり、思わず嘔吐してしまう。

「まあ、この作業は慣れが大事だから、あんまりあわてるな」

リックは優しく言ってくれるが、その後ろで、モーリスは小馬鹿にしたように嘲笑っている。その姿に頭に血が上った僕は、すぐにナイフをつかむと、もう一度切断しようと躍起になって挑んだ。

なかなか切れずに躍起になる僕を見かねたリックがアドバイスしてくれる。

「切ろうとしてのこぎりのように前後にひくんじゃない。たたき折るように刃をたたきつけるんだ。こんな風に」

そういって手本を見せてくれる。

同じように、手首のひねりを利かせてたたきつけるようにすると今まで全く歯が立たなかった「背骨」にナイフが突き立った。

しかし、今度は抜けなくなってしまう。顔を真っ赤にしてナイフを抜いた僕は再度たたきつけるように切断し、その後二度、三度と繰り返すうちに首を切断することに成功する。

「お、よくやったな。次は体内の血を抜くために足をもって逆さにつるすんだ」

そう言うとリックはウサギの足首に起用に縄を巻き付け、それを近くの木につるす。

僕も真似して近くの木につるす。

「こうして血が流れ切った後は、内臓を取り出す」

そういって、お腹にナイフで切れ込みを入れると、そのまま手を入れ中から内臓を引き出した。

僕も同様にやってみたが、お腹の中のあまりの温かさ、そして内臓をつかんだ時のぬるりとした柔らかい感触にまた吐いてしまう。

「大丈夫か?」

心配そうにのぞき込むリックに強がりを言って続きを教えてもらう。

「次は、皮を剥ぐんだが、これが一番難しいかもしれん」

そういってナイフで皮と肉を器用に剥いでいく。すごくうまい。皮に余計な肉が全くついていない。剥ぎ取られた皮はもはや、毛皮として売られているものと遜色ないほどだった。

僕もやってみたがこれが一番難しいという意味が分かった。まず、皮が思った以上にぶよぶよしており手元が滑って全く切れない。何より、切れたと思っても、肉がついたまま切れてしまったり、皮がぶちりと途中で切れてしまったり、リックがやったように完全に皮と肉を別々に、しかも皮を一枚で切ることができない。

それでも何とか皮を切り、肉と別々にする。

「まあ、初めてにしてはよくできているんじゃないか?」

リックがそう言ってほめてくれるのが手放しで嬉しかった。

「そしたらあとは解体していくだけだ。料理に使うなら食べやすい大きさに切り分けて、取れるだけの骨を取り除いたり、もしくは骨付き肉にしてそのまま焼いて食べるなら食べやすい大きさに切ったり」

そう言って一口大に切り分けるリックの手さばきに淀みはない。

「あとは保存食にしたり、いろいろできるし、さっき切り離した毛皮ももっと大型獣の毛皮なら寝るときに毛布代わりにすることで暖を取ったりできる。ただし、頭と内臓はよっぽど好きなやつしか食わんな」

初めての解体は、何度も嘔吐し、毛皮をぼろぼろにし、肉も見栄えが非常に悪かった。

しかし、それを見てもリックと兄さんは、よくやったとほめてくれるので少し得意げになってしまった。

そうこうしているうちにアイクが戻ってきた。

背負い袋にはたくさんの山菜と茸類がまとめて入れられている。

「おお、大量だな」

うれしそうなリックの横に袋を下したアイクは僕らにも見えるように袋の中を出し始める。

「これは、キハダダケ、そしてこれはシメジダケ、これがオオダケ」

普段寡黙なアイクにしては珍しく、袋の中から一つ一つ採ってきたものを取り出しながら教えてくれる。

キハダダケと呼ばれたキノコは、木の肌のようにごわごわしている。シメジダケは傘の丸い小さなキノコが何本もまるで花弁のように膨らんでいる。オオダケと呼ばれたキノコは大きな傘が特徴のキノコだ。

リックがいちいち嬉しそうにつぶやく

「キハダだけは炒め物にするとうまいんだよな。シメジダケはスープにすると出汁が出てうまいし、オオダケはそのまま焼いても、一口サイズに切って炒めても、スープに入れてもうまいぞ」

「これが、ベニテングダケで、こっちはユメタケ、それでこれがシビレタケ」

今取り出したキノコはどれも毒々しい色をしている。ベニテングダケは真っ赤な傘に黄色い斑点があるし、ユメタケは、紫とピンクが層のように円を巻いていて、見ているだけで酔いそうだ。シビレタケはキノコ全体が黄色をしていて本当に食べれそうなのかと疑ってしまう。

そんな僕の表情を見たのか、アイクは僕をまっすぐに見つめると、「これらのキノコはすべて毒があるから食用にはできない」とつぶやくように言う。

「じゃあなんで採ってきたの?」

「ベニテングダケもユメタケも猛毒のキノコだ。これらは食べるのではなく、お湯でその成分を煮出して毒を作る」

「要は狩りの罠に使うってことだよ」

兄さんが教えてくれる。

「シビレタケは?」

「これは薬の材料になる。乾燥させて砕いたものを煎じて飲ませると痛み止めになる」

「へえーそうなんだ。食用以外にも使い道があるんだ」

「ああ、山菜にも様々な用途のものがあるからおいおい教えてやる。しかし今はそれよりも昼にしよう。待ちきれない人間がいるようだ」

ふっと微笑み視線を向けた先を見やると、リックがすでに待ちきれなくなったのか木の枝にキノコをさし、たき火であぶって口にしている。

「いいからみんな早く昼にしようぜ」

こうして久方ぶりのちゃんとした食事を満喫する。


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