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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
南大陸ー魔導国家イシュタル
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謝罪と報酬と八

ゆっくり、ゆっくりと。微睡の淵から起き上がるように。

いや、まるで瀕死の重傷を負った戦士が、それでもなお、諦めまいと覚悟を決めるかのように。

「行く・・・のか・・・・・!?・・・・また・・・・!!何も・・・言わずに・・・・!!どこかへ・・・・!!去って行って・・・・!!しまうというのか!?」


それは、私からそれほど離れていなかった大柄な男性。


「・・・・レグルス!?・・・・あんた・・・・まだ起きていたのかい!?」

「・・・・ああ!!・・・・・こんな・・・・!!予感が・・・・!!していたからな・・・・・!!なぜか・・・・!!シェダル・・・・!!が・・・・!!去りそうな・・・!!そんな気がしたから・・・・・!!」


だからあまり、供された食事に口を付けないようにしていた、と。

それでも、この魔法には抗うことはできなかったはずだ。

見覚えのある、あまりにも見覚えのある馴染み深い魔法。

シェダルは、使えなかったはずだ。ミアは当然使えないし、使える者は、私と、そしてもう一人くらいしか覚えがないのに。


「・・・・そうかい。その意地、と、そして私を想う心意気には頭が下がる思いがするよ・・・」

「・・・・じゃあ!!!」

ゆっくり、ゆっくりと近づいて行くシェダルに、何を思ったのか、彼は、喜色を浮かべるけれども、ああ、駄目だ。

油断してはいけない・・・・!!

「それでも、あんたらとは共に行けない。あんたらと一緒に生きていくことはできないのさね」

「・・・・それは!?」


もう目と鼻の先まで近づいたシェダルに、何かを問いかけようとした男の言葉は止められてしまう。

あまりにも真剣なその口調に。

まるですべてを予見し、何もかもを見透かすようなその瞳に。


「真の歴史を探して来るんだよ。真実の歴史の中にこそ、本当の姿が、本来の想いが、眠っているから」

「・・・・どういう!?」

「そうしてお願いだ。一人孤独に閉じ込められ、深い、深い地下の底で、その才能を腐らせた可哀想な少女を助けてあげておくれ」

「・・・・それはどういうっ!?」

「そして願わくば・・・・。願わくばでいい・・・。二つの凶星を、殺すことなく生かしてあげておくれ。あの二人も可哀想な犠牲者なのさね・・・・・。本当に可哀想で、とても、とても気の毒な・・・・」

「・・・・・それはどういうことなんだ!?」

「残念。もうお別れだ。元気でいるんだよ??そして、また会う日まで」


重ねられた唇の温かさに、彼は何を思うだろうか??

それは、私のせいで、ほとんど心を開こうとしなくなった彼女の類稀なる親愛の証であると同時に、最後通告。


「なっ・・・・!?」


まるで世界が歪むように。

意図が切れた操り人形のように。

ぐにゃり、と崩れ落ちた彼を優しく抱き留めた彼女は、そのままゆっくりと大地へと下ろし、そうして、ミアへと向き直る。


「頼んだよ」

「あんたって女は酷い奴だねえ」

「はいはい、分かった、分かった。そう思ったんなら起きた時に慰めてあげる事さね」

「そんな慰めなんて、もっと心の傷を増やすだけだろうに・・・・。はあ・・・・。いやだ、いやだ。人と交わることを極端に無くしていくと、こういうろくでもない人間ができちまうんだねえ・・・・」

「あれ??それは私のことかい??それとも、ミア、あんた自身のことを皮肉っているのかい??」

「誰が・・・・!!」


覚醒の時は近い・・・・!!

体の自由が、ようやく馴染んできた・・・・!!あと少し・・・・!!あともう少し・・・・!!



『ふふっ。二人とも相変わらずだね』



どうしてだろうか??

それでも、あの日から、あの時から、決して叶うはずがないと、そう思い続けていたのに。

今この瞬間。今、この一時だけ。

どうして私は、(うつつ)へと戻ってくることができた・・・・??

いや、私自身が、ではない。よく見ろ。人の姿を借りているんだ。

・・・・ああ、この子、か。


「・・・・まさか・・・・!?・・・・ははっ!!・・・・悪い冗談だ・・・・・!!」

「・・・・そんな馬鹿な・・・・!?『夢』を・・・・!?『夢』を渡って来たってのかい・・・・!?」

二人とも驚いているようだけれども、それは私だって同じことだ。

このスバルって子が、私と同じ『夢』を渡る魔法を使えなければできなかっただろうし、私と同じ『夢』を共有して、向こうの世界で出会っていなければできなかったことだ。


『ふふ。ここに居られる時間も少ないけれども、いつまでも変わらないね』


「・・・・ああ!!!・・・・ああ!!!会いたかった・・・・!!本当に・・・・!!どれだけ年月を積み重ねようとも・・・・!!あなたを忘れた日はない・・・・!!!あなたを・・・・!!」

感極まって泣きついてきたミアと、

「・・・・私!!・・・・私!!!あなたに逢いたくて・・・・!!ごめん・・・・!!ごめんなさい・・・・!!一人にしてしまって・・・・!!!本当にごめんなさい・・・・!!!いつか・・・・!!いつの日か・・・・!!!必ず助けに行くから・・・・!!!」

まるで少女のように、ごめん、ごめんと頭を下げ続けるシェダル。


『いいんだ。いつまでも、いつまでも二人のことをここで待っているから。そして、いつまでも、いつまでも諦めないで旅を続けてくれて、ありがとう』


時間がもうない・・・・。

残念ながら、旧交を温めていられるほどの時間が、もう私にはほとんど残されてない。

だから・・・・!!


『じゃあね!!もう行くけれども、二人も決して無理はしないで!!そして・・・・』


そこで意識が、ぷっつりと切れた。

気付けば、そこは、いつもと同じ。

輝かんばかりの生命力が満ち満ち、溢れる大いなる命の大河。

そして、そこにポツンと、まるで迷い子のように、所在なさげに佇む一人の青年。


・・・・どうか彼女らと、そして彼らの行く先に、光が、希望がありますように。




(シリウス)

朝起きたとき・・・・・。

そこにシェダルの姿は無かった。

まるで最初から、全く存在すらしていなかったかのように。

そこに、確かに昨日までいたはずなのに、煙か靄のように消えて無くなってしまった。

彼女がそこにいたという痕跡すらも、全部、全部一緒くたに消え去って。


ぱちぱち、ぱちぱちと爆ぜる焚火の残り火が、弱々しく、それでもまだ、確かに消えることなく灯っているというのに。

すでに、ほとんど崩れ去って、芯まで炭となった薪は、思い出したようにその身を一瞬朱に染め、そして、真っ白に乾いて崩れ落ちていくだけ。

僅かな、仄かな残り火と、そして、恐らく彼女が僕ら全員に掛けてくれたのだろう厚手の毛布が、確かに、昨日までそこに彼女がいたことを確かめられる唯一の証なのかもしれない・・・・。


それでも・・・・。


別れは突然やって来るだろう、とは何となく、心のどこかで理解していたはずなのに。

それでもどこか、心の奥底で、いつまでも僕らを導いてくれるのではないか?と、信じて、いや、期待して願っていたのもまた事実。

けれども、そんな僕らの中で、それを一番願いながらも、しかして彼女を最も理解していたのは間違いようもなくレグルスだったろう・・・・。


「ああ・・・・。また・・・・か」


項垂れたまま天を見上げるレグルスを見て、それでも周囲を探そう、と息巻く僕らは、ようやく彼女を真に理解した。


「何か知っているのですか??」

「私かい??知っていると言えばすべてを。ただし、知らないと言えば、ほとんどを」

ただ一人、眠ってしまった僕らをしり目に、たった一人火の番を続けてくれていたミアルイーズに、

「だったら・・・・!!」

問い詰めようとしたサニアを、

「無駄だ・・・・。何も語ってはくれないだろうし・・・・。何も、知ってはいないだろう・・・・」

止めたのは誰あろうレグルスだ。

彼女の言葉の意味を真に理解できたのだろうか??

レグルスの言葉に、驚いたのは僕らだけではない。ほんの僅か、ミアルイーズもまた、その言葉に、僅かに目を見開く。


「彼女もまた、シェダルと同じ。すべてを知っているのかもしれない・・・・。それでも・・・・。それでもシェダルを理解し、その行先を知っているわけじゃあないはずなんだ・・・・」


「へえ・・・!?驚いたねえ・・・・!!私の言葉をしっかりと理解するとはねえ・・・・」

ミアルイーズの言葉に、レグルスがようやく、ゆっくりと体を起こして、儚い笑みを浮かべる。

「意味深な言葉に惑わされることには慣れているつもりだからな・・・・。シェダルが消えたら、彼女が本気で姿を隠したとしたら、見つけることはできないだろうさ・・・・」

「そんな・・・・!?」

「でも・・・・!?」


「それでも分からないことがあるんだ。教えてもらうことはできるだろうか??」


ゆっくりと体を起こしたレグルスは、ただ、迷いもなくまっすぐな瞳でミアルイーズを見つめる。

「どうぞ。それが私に答えられることだったら、いくらでも」

次にどんな質問が飛んでくるかなど、もしかしたら彼女は全て理解しているのかもしれない。全て理解したうえで、それでも、にやりと笑う彼女に、


「シェダルが残した最後の言葉の意味を」


シェダルが残した最後の言葉・・・・??

それはいったいどの言葉を指すのだろうか??

思い出そうと努力しても、何か意味があるような言葉を、いや、意味が分からない言葉を残したような記憶は無いけれども・・・・??

僕らには分からない。僕ら、そして、恐らくぽかんとただ成り行きを見守っているオプトにも、無表情ながらも何かをじっと考え込むクラウスにも、分からないかもしれない。

それでも。

いや、それなのに。

僅かに、ふっ、とミアルイーズは微笑んだのだ!!

それはまるで、僕が難解な計算問題を解き明かすことができずにフレイアに答えを聞いたときのような。

いや、できの悪い教え子に、懇切丁寧に指導してくれる教師のような。


「しっかりと胸の中に抱えて、忘れないように大切に、大切に取っておくんだよ。それが、あんたらを導く道標になってくれる。困った時は、シェダルの言葉を思い出すといい。きっと、すぐに、分かる時が来るだろうから」

それは満足な答えだったのか??それとも、それ以上聞くのが馬鹿らしくなってしまったのか??

それは僕らには分からないけれども。

分からないけれども、レグルスは、ひとまずその答えでそっと口をつぐんで、それ以上何かを言うことは無くなってしまった。


「さて、と!!今日の昼すぎには魔導都市イシュタルへ到着するだろうからね!!さあ!!さあ、さあ、さあ!!!商人にとって時間て奴は時に命とか、金よりも貴重なんだ!!!こんなところで道草食ってるわけにはいかないからね!!とっとと準備して、すぐにでも出発するよ!!!」


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