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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街一

僕らはぐるりと街を迂回しながら、小さな村を何度か訪れ、補給しつつ進んでいく。

 アイクの話ではウルの街には、入らなければいけないようだ。そもそも「ウル湖」と呼ばれる大陸最大の湖があり、そこに「ウル」の名前を冠する街以外にも、大小さまざまな街があるため、アイクの故郷に抜けるためには、「ウル」の街に立ち寄り、そこから船で「ウル湖」を抜けていかなければならない。でなければ、街をぐるりと迂回するルートは一、二年以上かかってしまうらしい。

 それでも、不安があった僕は、「ウル」の街に入ることはできるのか?と聞いた。

 やはり正面からは入れないようで、街は「ウル湖」とレッドストーン山脈に北東を囲まれるように存在しているが、南西にはぐるりと大きな塀を巡らせ、それぞれ南門と西門と呼ばれる大きな関所があるそうで、その関所で身元が確かめられる。

 その際に、僕らは逃亡した元奴隷だから、自分の身分を証明するものがないため、絶対に捕まってしまうそうだ。

 では、どうするのか?と聞くと、大きな街にはそれなりに抜け道がある。それがレッドストーン山脈だ、と教えられた。

 そして、今、僕とアイクは、今までに見たことが無いほど大きな街並みを見下ろしながら、ごつごつとした岩ばかりが転がり、ほんの申し訳程度に緑が点在する山肌に佇んでいる。

 見上げる山は高く、崖のように峻険で、ごつごつとした岩肌は、ひどく歩きづらく、足を取られる。

 それほど登っていないにもかかわらず、息が上がってしまう。

 そこは不毛の土地。生き物の影すらない土地だった。なるほどアイクがこの山を歩いてこなかった理由がよくわかる。

 「ようやく街が見えてきたな」

 息を整え、感慨深げにアイクがつぶやく。以前にもここに来たことがあるのだろうか?

 ふと、そんなことを思ってしまったが、なぜだか尋ねることができなかった。

 「よし!行くぞ!」

 こうして、森を抜けてから二月ほど経ったその日、強い夏の香りが漂う湖畔の街「ウル」に向かって僕らは歩みを早める。

 

 見上げるほど大きな石組みの壁の前に来た。

 堅牢な壁は僕が少し強く押し込んだだけでは全く動かない。

 見上げるほど高いそれはおよそ五メートル近い高さがあり、乗り越えようと思っても昼間では目立つだろう。

 「どうやって街に入るの?」

 日陰になっており、日が当たらないためひやりと冷たい石の壁を手で触りながら何かを探すようにきょろきょろと周りを見回すアイクを振り返る。

 「まさか、夜にこの壁を縄か何かを使って乗り越えるの?」

 「いや、あの壁の上には魔法陣が組み込まれている。恐らく乗り越えようとしても、警報が鳴りだして兵隊がたちどころに駆け付けてくるだろう」

 魔法陣!?言われて思わず上を見上げるが、ここからは全く見えなかった・・・。時たま思うが、アイクの目は非常にいい。いや、よすぎる。

 「じゃあ、どうするのさ?」

 「ちょっと待て・・・。ここら辺にあったと思うんだが・・・・」

 何かを探るように壁に手を当てながら、ゆっくりと歩き回る。

 何をやっているのだろう?不思議に思いながらも、真剣なアイクの姿に気圧され、それ以上聞くことができずに、黙って見つめていることしかできない。

「あった!!!ここだ!!!いや、何せ昔のことだったから・・・・見つけるのに手間取ってしまったよ」

 示されたそこは――――。そこは、何の変哲もない石だった。

 「ここがどうしたの・・・?」

 「まあ待て」

 いぶかし気な僕の視線もよそに、アイクはこんこん、と何かを確かめるように石を叩く。

 すると、アイクが叩いた石が、一瞬で無くなった!

 何が起こった!?驚いて、穴を見ると、そこからこちらをうかがう鋭い瞳が浮かぶ。

 ぎょっ、と驚きで思わずのけぞってしまった。

 「何の用だ!?」

 冷たい誰何の声にアイクは簡潔に告げる。

「街に入りたい」

 「それなら、南門か西門から入りな」

 取りつく島もない返事だ。壁の向こう側にいる男は、そう言うと、先ほど取り除いた石を元に戻そうと屈みこむ。

 「ここを通してくれれば、「竜血花」を渡す」

 そのアイクの言葉に、男はピクリと動きを止める。

 「「竜血花」だと!?どこで手に入れた!?」

 「「暗黒森林」で」

 「見せてみろ!!」

 「ここを通してくれれば」

 アイクはどこまでも簡潔で淡々としている。男は少し苛立ったようだ。

 「いいから見せてみろ!!」

 アイクは肩をすくめると、背中に背負う背嚢から水筒に保存した竜血花を一束取り出した。

 「本当にそれは「竜血花」か!?バラの花ではないだろうな!?」

 「これが本当に竜血花かどうかは、ここを通したら分かるだろう?」

 石がもう一つ抜かれた。その穴から男の手がにゅっと伸びてきた。

 「こちらに渡せ!確認する!」

 伸ばされた手に奪われそうになった水筒をアイクはひょいと後ろに下げる。

 「何をしている!?こちらに渡せ!!でなければ確認ができないだろう!!」

 「俺たちを通してからでも確認ができるだろう?」

 「いいから早く渡せ!!でなければ貴様らは一生ここを通さん!!」

 「ふん!下らん脅しだな!」

 僕は言いあいの結末をはらはらと見つめている。

 向こうの男のあまりの剣幕と、アイクの強気に、僕はどうしていいか分からない。

 そのまま膠着状態が続くかと思われたその時、壁の向こうから、別の男の声が聞こえてきた。

 「開けてやれ」

 「でも!兄貴!!」

 「いいから早く開けてやれ」

 先ほどから言い争いをしていた男が、しぶしぶうなずくような気配があり、すぐに石を抜き始める。すると驚くことに人一人が楽に通り抜けることができる穴が、壁に開いてしまった。

 アイクが何の恐れもなく足を踏み入れていく。

 僕は慌てて後を追った。

 視界が開ける。

 壁を抜けた向こう側は、雑多な建物が並ぶ迷路のようなところだった。木造の建物がいくつも建っている。

 ぐにゃぐにゃと、入り組み、木でできた家の上に、さらに木造の家が、道の上の空を塞ぐように増築されている。そして、ほとんどの家が、屋根がなく、ただ、ぼろ布を家屋の上に被せているだけだった。

 中には、その壁が木ですらなく、ただ、四本の細い枝に布をかけただけの家と呼べないような家もある。

 少し奥に目を向けると、街中のはずなのに、畑があった。畑は深い緑が生い茂り、秋に向けて、多くの実りを蓄えているようだった。

 そして僕らの目の前には、剣を構えた三人の男と、兄貴と呼ばれた男が一人、立っている。

 「確認するか?」

 ひょいとアイクが手に持つ竜血花が保管されている水筒を掲げる。

 「確認しなくてもその水から漏れだす魔力の高さを見ればわかる。普通の花だったら、そんなに高い魔力の中では枯れてしまうからな」

 「よく分かったな」

 「そんなことより、どうしてここの抜け道が分かった?」

 男の視線が鋭くなる。

 「グラントのじいさんはまだ生きているか?」

 アイクが気軽にその名前を呼んだとき、四人の男たちの空気が一瞬にして変わる。

 「貴様!!その方が誰を指すのかわかっているのか!?」

 剣を構えた三人の男が声を荒げる。兄貴と呼ばれた男が手をあげ、殺気立った男たちを抑える。

 「兄貴・・・!」

 「少し静かにしていろ。話が進まない」

 「でも・・・!」

 「黙れ!!」

 ぴしゃりと遮るように一喝し、睨み据える男の眼光は鋭く、思わず僕もびくりとしてしまう。

 ゆっくりと男がアイクに視線を向ける。

 「貴様、俺たちが誰か知っているのか?」

 「いいや?」

 アイクはそれでも一歩も引くことなく言葉を返す。しかし、その言葉に、先ほど一喝され静かに成り行きを見守っていた男たちがにわかに殺気立つ。

 「貴様・・・ここが・・・・」

 「グラントのじいさんに、アイクが来たと伝えてくれ」

 口を開いた男を遮るようにアイクが名乗りを上げる。

 「貴様!!」

 兄貴と呼ばれた男が、一瞬で怒りの表情を浮かべ、腰に佩いた剣に手をかけた。あわや戦闘になるか!?僕は、どうすればいいか分からず、混乱していたが、それでも呼応するように剣の柄に手をかけた。

 アイクはいまだに、水筒を片手に仁王立ちし、ゆっくりと四人の男たちを睥睨している。その表情に、そしてたたずまいに、緊張の色はない。

 緊張感が膨れ上がり、今にも斬りかかってくるか!?そう思われたそのとき、兄貴と呼ばれる男の眉がぴくりと動いた。

 「待てよ・・・?アイク・・・?だと?もしかして・・・・あのアイク・・・か?」

 「お前が言っているアイクがどのアイクかは知らんが、グラントのじいさんにアイクが来たと言えば通じるさ」

 「兄貴・・・?どうしたんですか?」

 ゆっくりと考え込むように、目の前の男がうつむく。しばし、何かを考え込んだのちに口を開いた。

「おい!お前ら!グラントさんに聞いて来い!!」

 「いいんですか・・・?」

 「いいから早く行け!!」

 「はい!!」

 一人の男が駆け出していく。それを見送りながら、僕は急展開する状況に全くついていけていなかった。きょろきょろと忙しなくアイクと男たちを見比べるが、お互いに見つめ合ったままで、誰も何も言わない。じりじりとした沈黙の時間が続く。

 どんどん不安になってきた。一体、アイクは何者なのだろう?アイクの言うグラントとはいったい何者なのだろう?

 突然、今まで一緒に過ごし、旅してきたアイクという男が全く分からなくなってしまった。足元が崩れるような不思議な錯覚を覚える。

 僕は今まで、アイクの何を見てきたのだろうか・・・?

 そのとき、男が息せき切って戻ってきた。

「グラントさんがお会いになるそうです!!」

 「そうか・・・。付いて来い!!」

 その言葉とともに、男たちが、歩き出していく。

 複雑に入り組む街並みを抜けていく。

 先ほど、山の裾野から見下ろしたとき整然と整理された街並みで、きれいに舗装された道路と、石造りの建物が印象的な街並みだと思ったが、これはどういうことだろう?

 しかし、前を歩く四人の男たちはよく迷子にならないな、とひどく感動してしまう。

 しばらく歩いていると、少し大きく、そして、ここら辺では立派な木造の家にたどり着いた。その家は二階建てで、さらに屋根もきちんと木でできている。


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