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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―辺境の村五

ふと、夢と現のはざまで何か、かさかさと物音を聞いた。

 毎日追っ手を気にしながらびくびくと過ごしてきたからだろうか?

 それとも、暗い夜の森の中で、魔獣や魔物の気配におびえながら寝起きしてきたからだろうか?

 とにかく、普段以上に感覚が鋭敏になっていた。

 そのため、がさがさ、がさがさ、と外から聞こえる物音が次第に大きく、そして多くなってくると、はっ、と目が覚めた。

 外はまだ真っ暗闇の中だった。

 静かに、眠っていた床の中から体を起こすと、隣に寝ているはずのアイクがすでに起き上がり片膝をついた状態で耳をそばだてている気配が伝わってきた。

 僕も同じように耳をそばだてる。

 かさかさ、がさがさ、と衣擦れの音が聞こえてくる。

 ひたひた、ひたひた、と革靴が土を踏む足音が聞こえてくる。足音の中に、時たま、じゃりっ、という石ころを踏む音が混じる。

 音の数からして、十数人前後だ。すでに眠気は吹き飛んでいる。

 アイクがゆっくりと入り口に近づき、建物の隙間から外の様子をうかがう。

 僕も足音を立てないように気を付けながら、隣に歩み寄る。

 気付いたが、気配の消し方からして素人だ。

 動くたびに物音がするし、恐らく数に頼って来たのだろう、ばらばらに、包囲するわけでもなく入り口目指して正面から固まって歩いてきている。

 足音は、僕らに貸し与えられた建物の前でぴたりと止まった。

 足音が素人だからと言って、僕らは油断しない。もしかしたら、素人で油断をさせている間に帝国兵士たちの包囲網が敷かれているかもしれない。

 ふと、外で明かりがともった。建物の隙間から、ちらちらと炎の舐めるような光が漏れだしてくる。

 とっさに、僕とアイクは影ができないように身を隠すが、外の人間に気付いた様子はない。

 中の様子をうかがっているようだ。

 数人の男の合図で、一斉に扉に向かって十数人の襲撃者たちが体当たりをしてきた。

 どーーーん!!!と言う大きな音とともに、木でできた粗末な造りの扉が思い切り吹き飛んだ。僕らは陰に身を隠していたため、巻き込まれて吹き飛ばされることはない。

 一斉に外から中に駆け込んできた襲撃者たちは、僕らが寝ているはずの板敷きの室内に踏み込み、手に持つ剣を、先ほどまで僕らが寝ていた毛布に叩き付けた。

 おそらく、極度の緊張と、松明に点した明かりしかない薄暗い状況のため、きちんと見えていなかったのだろう。

 毛布はすでに、もぬけの殻で、剣の刃が板を噛む、かつん!という硬質の音を聞きながら僕とアイクは後ろから飛びかかる。

 呆然と立ち尽くす一人の後頭部を思いきり蹴り飛ばし、その横にいた男が、ぎょっ、としながらこちらを振り向いた瞬間に、その鼻先に握りしめた拳を叩き込む。

 思い切り吹き飛ばされた二人をしり目に、地面に落ちていた剣を拾い上げ、構えた瞬間、すでに二人を昏倒させたアイクが叫んだ。

 「殺すな!!」

 奇襲が失敗に終わったことで、ひどく混乱し、浮足立っている襲撃者たちをゆっくりと見まわすと―――――それは村人たちだった・・・。

 「くそおおおお!!!」

 自棄になったのか、剣を突きだしながら、僕めがけて突進してきた。

 その剣身を、僕は自分の剣で軽く弾くと、勢い余って僕の懐にもつれるように飛び込み、思い切り隙をさらした敵の頭の上めがけて、剣の柄を叩き付けた。

 そこからはあっという間だった。僕もアイクも、相手に傷を負わせることなく、危なげなく昏倒させていく。

 十数人いた男たちが全員地面に倒れ伏すまでに、さして時間がかからなかった。

 男たちが持っていた松明と剣を手に、アイクが僕に指示を出す。

 「俺はこいつらを縛り上げているから、お前は長のルイズを呼んできてくれ」

 その言葉に、僕は、村目指して駆け出した。

 長は家で眠っていたが、入り口の扉を何度も叩き、そして、何度も大声で呼びかけるうちに、寝ぼけ眼をこすりながら起きだしてきた。

 「いったいどうなさったのですかな?」

 そのころには村の至る所に松明の明かりがともり、多くの村人たちが起きだしてきた。

 それでも、そんなことなど僕は全く気にしない。いや、気にならなかった。

「襲撃されました!!」

 長の表情がみるみる驚愕に染まっていく。

 「なんと!?いったい何者に!?村は・・・!村は大丈夫ですかな!?」

 それでもまだ少し寝ぼけているのだろう、必死に周りを見回し、異変がないことを確かめると、少しホッとしたように肩の力を抜き、改めて、僕をまっすぐに見つめる。

 「いったい何があったのですかな?」

 「僕たちが襲撃されました!!付いてきてください!!」

 そういうが早いか、僕はまだ状況を飲み込めていない長の腕をつかみ、引っ張るように村の外れを目指して連れていく。

 その後ろをぞろぞろと多くの村人たちが付いてくる。

 僕らが村のはずれにある建物に着いたとき、アイクがすでに襲撃者たちを縄で縛り終えたところだった。

 長は、蹴破られた扉と、地面に転がる男たちと、そして剣に、順繰りに視線をたどり、どんどん、青ざめていく。

 「なんと・・・・!!とんでもないことを・・・・!!」

 後ろについてきた村人たちの中にも、そこかしこから悲鳴が上がる。

 長がゆっくりと一人の男に近づき、頬を叩き、起こす。

 目覚めた男は縛られた己と、目の前に顔を青ざめながら普段には滅多に見せない怒りの表情を浮かべ、見つめる長の姿に、ぶるぶると震え出す。

 「一体、お前たちは何をしようとしたのだ?」

 長の声は怒りに震えている。

 「お、長よ・・・。俺たちは・・・・、これは・・・・何かの・・・・間違いで・・・・」

 必死に言い繕おうとする男の声は恐怖と動揺に震えている。

 「言い訳など聞きたくはない!!!!!お前たちはお客人を襲おうとしたのだな!?」

 長は、我を忘れたように怒りに身を任せ、手近にあった剣を拾い、振り上げた。

 村人の間から悲鳴が上がる。

 地面に転がり詰問されていた男もみっともなく怯え、後ずさりしながら悲鳴を上げている。

 その時だった。アイクが剣を振り上げた長の腕を、ぐっ、と掴むと、憤怒の形相で振り返った長の視線を平然と受け止め、告げる。

 「それくらいにしてください。でなければ、私たちがこの者たちを生かして捕えた意味がなくなります。彼らには家族がいて、そして、彼らの死を悲しむ友がいる。だから、明日の朝いちばんに、私たちはこの村を出ていきます。そうすれば、恐らくこれ以上の惨劇は起こらない、そうでしょう?」

 ゆっくりと語りかけるアイクの言葉に、長の顔がみるみる落ち着きを取り戻していった。

 「そう・・・・ですか・・・・。いや、そうですな・・・・。寛大なご処置を賜り誠にありがとうございます」

 深々と頭を下げる長に、アイクは手で止める。

 「止してください。頭をあげてください。もとはと言えば外からやってきた私たちが、この者たちを今回のような凶行に走らせたのですから。それに彼らは今回このようなことをしてしまったとは言っても、村の仲間でしょう?であるならば、あなたほどの方がかっとなって殺してしまっては、ひどく悲しいですよ」

 顔をあげた長は、感動に打ち震えている。

 「おお!なんと慈悲深いお方であることでしょう・・・・。私ルイズはひどく感銘を受けました。あなた方が、この村を発ってしまわれることは非常に残念ですが・・・・止めることはできません・・・・。せめて、安心して夜を過ごしてもらうため、私の家に来ませんか?」

 「いえ、私たちにはこの家で十分ですよ」

 固辞しようとするアイクに長は何度も頼み込んだが、それでもアイクは頑として譲らなかった。そのまま、破壊された入口の戸をその場に集まった村人たちと僕らで直す。

 その際、村の多くの若い女性たちが、もじもじと身を震わせて、アイクと、そして僕にまとわりついてきたが、なんだか甘い、いい匂いがするし、何より、僕らと違って体が柔らかくて、触れたらすぐに壊れてしまいそうで、それでいてずっと触っていたいような不思議なもやもやとした落ち着かない心持になって、なんだかひどく悪いことをしているような気がした。

 必死に目をそらし、体を縮めるたびに、嬉しそうな女性たちと、僕とは裏腹に、全く何も意に介していないような平然とした態度のアイク。

 そうして、それ以上何も起こることなく、扉が直ると、アイクがその場にいた全員に感謝の言葉と別れの言葉を述べる。

 女性たちは、不服そうで、もっとその場にいたそうにしていたが、殺気立った村の男たちに引きずられるように村の中に姿を消していった。

 一つため息をついた。ひどくホッとしている自分がいる。そして、それと同じくらい名残惜しく感じている自分がいる。

 そんな僕をにやにやと見つめるアイクに、思わず不機嫌な声で問いただしてしまう。

「なんだよ?」

 「いや何も?」

 まだ、にやにやとしている。

 「なんだよ!?」

 「はは、そう怒るな。何、若いな、と思って羨ましかっただけさ」

 そう言い残し、家の中に入って行くと、さっさと寝てしまった。

 僕は、少しだけもやもやとした思いを抱えながら、それでも体は疲れが出てきたのか、しばらくまんじりとしていると、気付かぬ間に眠りに落ちていった。

 翌朝、アイクに揺り動かされて、僕はゆっくりと目をこすりながら起き上がる。

 もうすでに起きだしていたアイクは身支度を終え、昨日の夜に食べたスープの残りを温め、パンと干し肉を器に盛り、寝起きの僕に差し出してきた。

 「んう」

 何とも言えない言葉を発しながらゆっくりと食事をとる。

 食事を終えると、はっきりと目が覚めてきた。

 僕も身支度を整え、荷物をまとめ終えると、僕らは村を後にした。

 僕らがやってきた村の入り口とは反対側にもう一つ入り口があり、そこから先に進む。朝早かったため、まだ寝静まった村を抜けながら出口に向かう。出口にたどり着くと、驚いた。そこには、多くの人々が見送りに詰め掛けていた。

 なんだか女性が多い気がする。

 その中にいた長が皆の前にゆっくりと歩みだし、名残惜しそうに預けていた武器を手渡してきた。

 「本当はずっとこの村に滞在し、この村の一員となってほしかったのだが・・・・」

 僕らは何も言わない。

 「いや、これはただの我儘だな・・・聞かなかったことにしてくれ。重ね重ね、申し訳なかったですな・・・・。そしてありがとうございました」

 「こちらこそ、ありがとうございました」

 アイクが手を差し出す。

 それを握り返しながら、長は僕にも手を差し出してきた。その手を強く握り返す。なんだか名残惜しくなってきたが、それでも、僕らは歩みを止めない。

 多くの人々に見送られ、その村を後にした。


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