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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―辺境の村四

「どうした・・・?」

 「大丈夫か・・・?」

 心配そうな声が後ろからかかる。その瞬間、男の瞳が、かっ、と見開かれる。

 「うめええええ!!!!」

 突然放たれた男の叫びが広場に木霊した。

 皆驚いたように男を見つめる。男は、そんなことなど全く意に介していないようで、アイクに詰め寄ると、まくしたてるように問いただす。

 「なんでこんなに獣臭さがないんだ?それに、この、なんというか香ばしい香りは一体なんだ!?本当にファングボアの肉なのか?できれば塊でもらいたいんだが・・・?」

 アイクが、手を前に出し、ゆっくりと落ち着くように促す。

 「落ち着け。そんなに急に言われても、答えられんさ」

 「おお、そうだったな!!」

 言われて初めて、男が気恥ずかしそうに頭をかく。

 「で、この肉だが、正真正銘ファングボアの肉だ」

 「そうか!!おーーい母ちゃん!!こっちに来いよ!!」

 男が後ろを振り返りながら、大声で誰かを呼び立てると、気のよさそうな恰幅のいい女性が眉をしかめながら歩いてきた。

 「あんた!!うるさいよ!!」

 そう言うと、ぴしゃりと男の頭を叩く。

 「で?いったいどうしたっていうんだい?」

 「この肉だよ!!お前も食べてみろって!!」

 「ごめんなさね・・・、こんな亭主で・・・。もしよければ私もいいですか?」

 「ええ、もちろんいいですよ、奥さん」

 女性に請われて、アイクはにっこりと笑いながら、先ほど同様薄く切り取ると、手渡す。

 手渡されて肉を食べ、女性は、「ほう」とため息を一つ吐いた。

 「うちの馬鹿な亭主が、大げさに言っているんだろうと思ったけれど・・・。本当に美味しいねえ・・・。どうやって作ったんだい?もしよければ教えてもらえないかしら?」

 「いいですよ。少し手間ですけれど、生肉に匂い消しと香り付けのために香草を塗ります」

 そう言って、手じかに置いてあった一見には何の変哲もない、葉っぱを三種類手に取る。

 「この三種類の葉が香草と呼ばれるもので、少し森の中に入って行けば、すぐに見つかる物です。俺は、よくこの三種類を使っていますね」

 「ふむふむ」

 「で、香草を満遍なく塗った後に、木の枝なんかに吊るして、焚火の煙で燻すんですよ。そうしたら、虫よけにもなりますし、味も香りもよくなります。何より、塩を塗りたくって普通に乾燥させただけの干し肉より柔らかく、日持ちしますよ」

 アイク謹製の干し肉だ。昔から美味しいと思って食べてきたが、やっぱり普通の干し肉より断然おいしいものだったようだ。

 アイクは、意外と料理がうまい。だからこそ、昔から、狩猟に出かける時の楽しみの一つがアイクの作る料理だった。

 「なるほどねえ!!いい話が聞けたよ!!できればこれを一ついただきたいんだけれど、私たちはいったい何を持ってくればいい?」

 両手で持てるほどの大きさの肉を指さしながら女性はアイクに問いかける。

 「できればパン、もしくは芋、豆でもいいです。それか、弓矢をください」

 「お安い御用さ!!おい!!あんた!!すぐに家にひとっ走りして取ってきな!!」

 女性の言葉に、先ほどの男が、嬉しそうにうなずくと、すぐさま家に向かって走り出した。

 そのやり取りを見ていて、どんどんと人が集まってきた。

 「俺にも肉を味見させてくれ!!」

 「いいですが、一人一回とさせてください!何せ売り物ですから!」

 「ねえ!さっき言っていたこの香草とやらも、譲ってくれるのかい?」

 「ええ、いいですよ。もちろん何か持ってきていただければ!」

 「この水筒の中身は何が入っているんだ!?」

 「ココヤシの実から取れた甘くておいしい飲み物ですよ」

 「一口飲んでもいいか?」

 「それでは無くなってしまうので、匂いだけで勘弁してください」

 「なんだよーー」

 「でも、本当に甘くていい匂いがするぞ!」

 僕とアイクの周りでは絶えず人々が何かを聞いてくる。

 アイクが懸命に答えているが、質問は次から次へと飛び交い、答えるのがやっとのようだ。

 ふと、一人の女性が、僕に水筒に入れられた薬草の束を示しながら尋ねてきた。

 「これはいったい何?」

 それは一目には薬草と分からない、血のように赤く、バラのように何枚もの花弁を咲かせた花だった。僕もアイクに教えてもらっていなければ、それが薬草だとは分からなかっただろう。

 「それは薬草ですよ」

 「これが!?バラの花の間違いじゃなくて!?」

 女性が驚きとともに、水筒から一本の花を取り出そうとしたが、慌てて止める。

 「あ!やめてください!それは、よくバラの花と間違われるんですが、魔力を多く含む、きれいな清流の中でしか生きられない貴重な薬草なんですよ」

 思わず女性の手を取って止めてしまった。

 手を取られた女性は、少し気恥しそうにこちらを上目遣いに見つめ、しげしげとその花を眺める。

 「ふーん・・・。ねえ、この薬草?はいったい何に使われるの?」

 「なんにでも使えるそうですよ。毒消しにも使えますし、回復薬にも使えますし、傷消しにも使えますし、もちろん、高位の回復薬として、呪いにも効くそうです」

 「そうなんだ・・・。ねえ、どうやって使うの?」

 「それは、本当に特殊な花だそうで、魔力を多く含んだきれいな水から引き抜いた瞬間たちまち枯れるんです」

 初めて見た時には驚いてしまった。アイクは、その群生地で、それを僕に見せるためだけに一本無駄にしたのだが、何とも言えない複雑な表情をしていた。

 「その花弁を一枚一枚丁寧にすりつぶして、一日太陽の下で乾燥させると粉状になるのですが、その粉末が、様々な薬の効果を高める作用を持つそうです」

 「へえーー・・・。この花に名前はあるの?」

 「はい、ひどく貴重で、薬効が非常に高いこと、そして花弁が真っ赤なことから竜の血に例え、竜血花と呼ぶそうです。そして、この花は、その採取がひどく困難なことからよく物語の中に登場します。お姫様への好意と一番の愛を伝える象徴のような花ですよ」

 そう言って笑いかけると、目の前に立つ女性が、しばしぼうっとした表情を浮かべた後、ゆっくりと顔を赤らめ、弾けるように手を放し、足早に去って行った。

 「どうしたんだろう?何か気に障ることしちゃったかな・・・?」

 少し気落ちしてつぶやく僕に、アイクが、ふん、と鼻を鳴らす。

 「お前は・・・何をしているんだか・・・」

 呆れたようにつぶやくアイクに「ごめん」と、しゅんとしながら謝ると、複雑そうな表情を浮かべる。

 「そういうことではないんだがな・・・。はあー、これじゃあ、リックに怒られちまうな・・・」

 ため息を吐かれてしまった。

 その後もひっきりなしに村人が訪れては、干し肉やココヤシの実の飲み物、そして香草なんかと物々交換していくが、そもそも、僕らは二人だけだ。必要な食糧も途中から揃い、弓矢を求めたが、それも揃うと、早々に品物を片付け始めた。

 それを残念そうに村人たちが見つめている。

 長が近づいてきた。

 「もう少しいいのではないですかな?村人も残念がっていることですし」

 「いえ、そもそも二人だけの旅です。入用の物など限られておりますので・・・」

 「しかし・・・」

 「それに、これらの品々は、私たちにとっても必要なもので、不要なものなど一つたりとてないですから」

 アイクのその言葉を受け、ようやく長は渋々ながらも納得してくれた。

 「そう・・・ですよね・・・。差し出がましい口をはさみました・・・」

 しかし、その落胆ぶりは、なんだか申し訳なくなるほどだ。

 「いえ、いえ。どこの村も同じで、村の外からの品物が珍しいのですよね・・・。しかし私たちも、二人の旅なので、荷物などもできる限り少なくしておりますので、ご理解ください」

 「ええ、そうですよね。申し訳ありません。こちらの我儘でした」

 それ以上何かを言ってくることはなかったが、それでもまだ名残惜しそうに僕らを見つめる。村人の中には明らかに不満そうな人々がいたがアイクは彼らをまるで気にしていない。

 「では、私たちは先ほど案内された建物に戻ります。よろしいでしょうか?」

 その言葉を背にアイクに促され僕たちは広場を後にした。

 先ほど、歩いてきた道を足早に戻る。

 村の人々は先ほどとは打って変わって、挨拶をしてくる者もいる。もちろん遠巻きに見つめるだけの者たちもいたが・・・。

 僕らが先ほど案内された村のはずれにある建物に着いたとき、すでに日が西に傾き、村の中を西日が真っ赤に染め上げている。東の空は夜が顔を出し、暗い夜空と明るい深紅の太陽が混ざり合い、今、僕らが見上げる空は仄明るい紫色に染め上げられている。

 なんだか胸が切なくなるようなそんな色だった。

 ぼんやりと空を見上げる僕に、アイクがぽつりとつぶやく。

 「綺麗だよな・・・。俺はこの空の色が好きだな・・・・」

 「え?」

 思わず聞き返すと、先ほどまで隣に立って空を見上げていたアイクはすでに建物の中に入って行ってしまった。

「どこか物悲しくて・・・・それでいてなぜだか胸躍る・・・・。遊び疲れて家路につく子供のころを思い出す・・・・・」

 アイクの子供のころ、と言うのが全くイメージできなかった。

 しんみりとつぶやいて建物の中に入って行ったアイクは今何を思っているのだろう?

 子供のころに何があって剣闘奴隷となってしまったのだろう?

 そして、辛く、苦しい奴隷から自由になり、今何を思っているのだろう?

 ふと、胸の奥に多くの疑問が浮かんでは消えていったが、それもこれも僕らが無事にアイクの故郷に着けば、何となく分かる気がした。

 だから、今は何も聞かない。

 ただ、思いはせるように空をしばし見上げ、アイクの消えていった引き戸を開けて僕も室内に入る。

 中に入ると薄暗い室内でアイクが竈に火を熾していた。

 竈の中の火が、轟轟と燃え、室内を柔らかく照らす。

 僕らは何も言わずに竈に鍋をかけ、スープを作る。

 そして、先ほど交換で手に入れた、乾燥させて固めたパンと、アイクが作った干し肉を取り出し、ゆっくりと食事をとった。

 日が落ちるとともに、今までの疲れから、僕らはひどく眠くなってきた。

 「寝て、明日朝早くにもこの村を出よう」

 「分かった」

 一日の滞在でこの村を出てしまうことはなんだか寂しかった。それでも、僕らには目的地がある。だから、ここで足止めを食らうわけにはいかない。それに、追っ手の帝国兵たちのこともある。今は一日でも早く帝国領を抜けることが先決だ。だとすれば、僕が一時の感情でわがままを言うわけにはいかない。

 そうして、引き戸に閂を嵌め、入り口をふさぐと、アイクと僕は竈の火を消し、燭台の火を消し、ゆっくりと毛布をかぶりながら眠りにつく。

 体を横たえると、途端に瞼が重くなってきて、たちまち僕らは眠りに落ちていった。


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