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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―辺境の村三

村の集落入り口までやってきた。

 畑と村の集落の入り口の間に、井戸が数か所掘られており、その近くには桶がいくつも並んでいた。

 「ここで水を汲んで、自分の家に、もしくは畑に持っていくのですよ」

 「大変ですね」

 「もう慣れましたから誰も文句など言いません。むしろ、誰かの家の近くに井戸を掘ってしまうと、それを巡って大喧嘩ですよ」

 苦笑しながら長は話す。もしかしたら、長と呼ばれるこの人にも、村の人々を守るため、生活を安定させるための苦労があるのかもしれない。

 「さて、私の家が見えてきましたよ」

 そう言って、指さす先には、村の中でも一際大きな、唯一の二階建ての建物があった。

 「大きいですね・・・」

 思わず口をついて出てしまった。そんな僕の言葉に、長は少し気恥しそうに笑う。

 「いえいえ・・・。代々、この村の長がこの家を受け継いでいくのですが、居住部分は二階で、一階は皆が集まって会議する応接間のようなものですよ」

 「なるほど」

 「それで、相談なのですが・・・・・」

 長が少し言いにくそうに言いよどむ。

 「どうしましたか?」

 「いえ、「ウル」の街から来られたお二人にこんなことを言うのはお恥ずかしいのですが、この村の人間は、基本的にお金と言う物を使いません・・・。もちろん、近くの街から行商の方もいらっしゃいますので、全く使わないというわけではありませんが、物々交換が主ですので・・・」

 「つまりは、私たちがこの村で何か必要なものがあれば、金で贖うのではなく、物で交換してほしいということですか?」

 「はい、その通りです」

 そう言って、長は僕らが背負う背嚢にちらりと視線を送る。

 「分かりました。いいですよ」

 アイクの了承を受け、長の顔がほころぶ。

 「おお!ありがとうございます!では、こちらへ。今から村の者たちを呼んでこさせますゆえ、中央広場に寄ってください」

 そう言うと、近くにいた男たちに何かを告げ、そそくさと戻ってくると、村の中心に向かって歩き出した。

 少し歩くと村の中心にある広場に到着した。広い空間だった。恐らく村人全員が入っても余裕があるのではと思うほどの広さがある。

 そして、今、その中で、十人ほどの子供たちが走り回りながら、ぎゃあ、ぎゃあと楽しそうに叫び声をあげ、遊んでいる。

 僕らが広場にやってきたのを目ざとく見つけると、駆け寄ってきた。

 「おさーーー!!」

 「あまり急ぐと転んでしまうぞ」

 ばたばたと転がるように足をもつれさせながら駆ける子供たちに、長が苦笑いしながら注意するが、子供たちは一向に聞く耳を持たない。

 近くまでやってくると、長に抱き着く。

 「おさ!この人たちはだれ?」

 「あやしいやつらだな!?」

 「よそものって母ちゃんがいってたやつか!?」

 口々に騒ぎ立てる。そんな彼らに少し困ったように眉をひそめながら、たしなめる。

 「これこれ、やめなさい、大事なお客人だぞ。お二人も気を悪くしたなら申し訳ありません。なにせ子供の言うことですから許してやってください」

 許すも何も、本当に正直なことだから、つられて思わず僕も笑ってしまった。

 アイクも、少し表情を和らげると、背嚢から一本の水筒を取り出し、屈みこむ。

 「坊主たち、走り回って喉が渇いたんじゃないか?」

 「おれはぼうずじゃねえ!!」

 一人の気が強そうな子供が、途端に騒ぎ出した。

 「そうか、そいつは悪かったな。じゃあ何て呼べばいい?」

 「おれのなまえはハックだ!!」

 「そうか!ハックか!いい名前だな!!ハック、これを飲むか?」

 そう言って手に持っていた水筒をひょいと手渡す。手渡された水筒をしげしげと眺め、「なんだこれ?」と聞き返して来た。

 水筒の中は、たっぷりと飲み物が入っているのだろう、両手で少し重そうに抱えている。

 「それか?それはココヤシっていう高―い木になる実の中から取れる甘―い飲み物だ」

 甘い、と言うアイクの言葉に、ハックはゴクリと喉を鳴らす。

 ココヤシとは、全く枝のない、木のてっぺんに上から木を覆うように茂る葉っぱと、その下に実る実が特徴的な、大きいものだと約二、三十メートルほどにもなる高い木だ。

 その実は非常に固く、ナイフで傷をつけると、中から甘い汁がたっぷりあふれ出してくる。僕も好きな物だし、アイクも、ココヤシの木を見つけると必ず登って実を取ってくる。

 ただし、それを狙って、ココヤシの木の群生地には鳥型の魔獣、オルニトケイルやそれ以上に危険な魔物もいるため、ココヤシの実を取るのは案外大変危険なことだったりする。

 そのことを長も知っているのだろう、驚き、目を瞠っている。

 「いけないんだあーーー」

 「おれの母ちゃんが言ってたぞ!しらないやつから食べものもらうなって!」

 ハックが仲間の子供たちから、なじられている。

 「はは、怪しい物じゃないさ」

 そういうとアイクは、ハックが重そうに抱える水筒をひょいと奪い取ると、上蓋を開ける。あたりに甘い匂いが立ち込めてきた。

 おもむろに口に当て、ごくりと一口飲みほす。

 「お前らも飲むといい」

 その匂いにつられて、子供たちが羨ましそうに見つめている。差し出された水筒をまじまじと見つめながら、どうすればいいか問うように長と水筒を交互に見つめている。

 長は少し苦笑いすると、ちらりと疑わし気な視線をこちらに向ける。

 アイクが肩をすくめた。

 その様子を見て、長が、「いいよ」と許可した。瞬間、「わーーーーい!!!」と叫び声をあげて水筒を奪うように受け取ると、皆で回し飲みし始めた。

 「うまーーーーい!!!!」

 「あまーーーーい!!!!」

 「なんだこれ!?」

 「こんなの、のんだことねえよ!?」

 口々に喚きながら、ごくごくと水筒の中身を飲み干す子供たちに、アイクが注意した。

 「それ一本だけだから、他の人たちには内緒だぞ。それに、仲良く分けるんだぞ」

 その言葉に、子供たちは少し残念そうな表情をしたが、ゆっくりと味わうように回し飲みし始めた。

 長が、ぎゃあ、ぎゃあ、と騒ぐ子供をしり目に、アイクと僕に近づき、小声で尋ねてきた。

 「いいのですかな?貴重な物でしょうに・・・」

 「いいんですよ。まだありますから」

 「ほう」

 長が驚きの表情を浮かべ感嘆の声をあげる。

 そうこうしているうちに、広場の入り口から多くの声が聞こえ、振り向くと、多くの村人たちが集まってきたのが分かった。

 「さて、皆も集まったことですし・・・」

 そういうと、長は広場に集まってきた村人たちに歩み寄っていくと、大声で語りかける。

 「皆の者よ!!よく集まってくれた!!今日この村に、ウルの街の傭兵のお二人が寄られた!!彼らは二人ながらも非常に精強な傭兵であり、礼儀を知る者たちであるため、無礼は決して働かないように!!そして、食料や、武器をお望みとのこと!!お二人が訪れた「暗黒森林」で採れた品々と、我らが持つ作物とを交換することに相成った!!もし、欲しいものがあれば、自分たちの家にある物を持ち寄って交渉するように!!!」

 アイクは、長が話をしているうちに、背嚢を下し、中から取り出した毛皮を地面に敷くと、その上に干し肉や山菜、そして薬草などをきれいに並べ始めた。

 僕もそれに習って自分の目の前に背嚢の中身を並べていこうとしたが、アイクに止められ、アイクの隣に座らせられる。

 村の人々は長の言葉と、僕らを、交互に見つめながら、戸惑うようにゆっくりと近づいてきた。

 まず、恐る恐る近づいてきた村人たちの中でも、先頭に立つ、大柄な男が、草に包まれた干し肉を指さしながら聞いてきた。

 「これは何の肉だ?」

 「これか?これはファングボアの肉だ」

 アイクの答えに、どよめきが起こる。

 「ファングボアだと!?あのイノシシを仕留めたってのか!?俺たちですら、十人がかりでやっと仕留められるっていうのに・・・」

 呆然とつぶやく男の言葉に、僕は少し驚いた。弱い―――。

 改めて、一般的な人々の戦闘力のなさを痛感した。

 今、目の前にあるファングボアの干し肉など、僕とアイクで仕留めた物だ。それも、アイクが遠くから弓矢を目に射掛け、突進をひらりと躱し、動きが鈍ったところを狙って僕が首を両断しただけで、全く何の危なげもなく仕留めてしまった。

 「でも、少し獣臭いんだよなあ・・・」

 少し残念そうな男のつぶやきを聞き、アイクが長に頼み込んでナイフを借りると、干し肉を包む葉を開き、薄く切り始める。

 葉を開いた時から、ふわりと香ばしい匂いが立ち込めた。

 「食べてみるか?」

 そう言って、男に差し出す。

 男は匂いにつられるように、差し出された肉の切れ端を受け取ると、その香ばしい匂いを嗅ぐ。そして、食べ始めた。

 しばし、男が肉を咀嚼する音があたりを支配するほどの沈黙が続く。

 皆、不安そうに、それでいて興味深そうに男を見つめている。

 ゆっくりと肉を嚥下した男は、しばし呆然としたように立ち竦む。


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