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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―辺境の村二

「何者だ!?」

 頭上から誰何の声が降りかかる。

 「旅の者です。傭兵なのですが、故あって「暗黒森林」に入り、狩猟を行っておりましたが、それを終え、今から、我々が拠点としている湖畔の街「ウル」に向かって帰路についておりました。不足した物資の補給と、一夜の宿を求めることができればと思い、こちらに寄らせてもらいましたが、村の中に入れてはもらえないでしょうか?」

 アイクがよどみなく告げる。

 しばし、櫓の上で数人が話し合う声が聞こえる。

 「そうか、分かった。とは言っても、我々では判断ができないから、今、村に長を呼びに行った。長が来るまで少し待ってもらえないだろうか?」

 どきりとした。思わず体をこわばらせる僕を肘で小突きながら、アイクはそれでもなお表情を変えない。

 「はい、分かりました」

 そうしてしばらく待っていると、柵の向こうから、あわただしく駆け寄ってくる複数の足音が聞こえてきた。

 「そこで待っていろ!」

 上からかけられた声に思わずそちらを見上げようとして、アイクに止められる。

 「見るな」

 どうして?と聞こうとすると、ぎりぎりと何かを引き絞る音が耳に届く。

 がらがら、と目の前の柵が上に上がり、皮の鎧に身を固め、槍を手に持つ数人の屈強な男たちに囲まれ、白髪ながらも、背筋をしゃんと伸ばした一人の老人が歩み寄ってきた。

 「長!?危ないです!!」

 「あまり近づかないほうが・・・・!!」

 ひどく警戒されている。今すぐにでも捕えられてとしても不思議ではない雰囲気である。緊張で口の中がからからに乾いてきた。

 「すまんな、旅の者よ。何分この村はこの大陸のはずれにあるもので、滅多に外から人がやってくることなどないのだよ。気を悪くせんでくれ」

 穏やかな笑みを浮かべる。

 その笑みが、心からの物なのか、それとも本心を隠したものなのかは分からない。

 「いえ、当然のことです」

 アイクは淡々と表情を変えることなく話す。

 「して、貴公らはあの「暗黒森林」から来られたとか?真ですかな?」

 「はい。もともと「ウル」の街を縄張りにする者なのですが、故あって「暗黒森林」に赴かねばなりませんでした」

 「そうですか・・・。その故、と言う物を聞くことはできますかな?」

 きらりと老人の瞳が光った気がした。

 「なぜですか?」

 アイクの眼光が鋭くなる。

 そのまなざしを臆することなく受け止め、老人は豪胆に笑いだす。

 「はっ、はっ、いや、なに、今どきの若者にしては命知らずだと思っただけですよ。その話が本当であれば、あの「暗黒森林」に赴き、そして、ほとんど無傷で帰ってこられた、と言うことですからな」

 「ははあー、信じておりませんな?」

 「いえ、いえ、決して、恥じることはありませんよ。何せ、あそこは魔が住むとされる森です。あの森に入って、無事でいられるはずもありません。特にお若い二人は・・・」

 僕のほうをちらりと見る。

 「まだ、お連れの方に至っては、成人して間もない子供ではありませんか?」

 その、低く見るような言葉に思わずむっとしてしまう。

 「そんな、お二人で、あの森に入るなど、よっぽどの実力者の方か、もしくは命知らずの愚か者ですよ」

 どうやら、アイクの話を信じていないようだった。

 アイクが、背中に背負っていた背嚢を下す。

 そのとき、後ろに控えていた男たちがにわかに槍を構え、騒ぎ出す。やぐらの上も剣呑な空気が漂い始めた。

 アイクが、ゆっくりと両手を、見える位置に置きながら、動きを止めた。

 「武器を下しなさい」

 老人の言葉に、周りから、困惑したような空気が漏れる。

 「しかし・・・」

 「長よ・・・何かがあってからでは・・・」

 「いいから下しなさい」

 有無を言わせぬ言葉に、ゆっくりと、だが、不承不承に剣呑な雰囲気が解ける。

 アイクが、それでもまだ、両手を見える位置に置き、背嚢の中からビックフットの毛皮を取り出し、老人に向かって投げる。

 老人はピクリと肩眉をあげ、その毛皮を見下ろしている。

「これは・・・?」

 ゆっくりと拾い上げ、その放り投げられた毛皮をまじまじと見つめる。

 次第にその表情は驚きに染まっていった。

 「これは・・・?この手触り・・・・、そして、この弾力・・・。この色味と言い・・・、もしや!?」

 そう言うと、顔をがばっ、と音がするほどの勢いであげ、アイクをまじまじと見つめる。

 「もしや・・・これは・・・!?」

 「思っている通りだと思います。たとえそれが違ったとしても、その毛皮を見てもらえば尋常の魔物ではないことは分かっていただけるかと・・・」

 呆然と立ち尽くす老人に、周囲の男たちが困惑する。

 「長・・・?」

 「どうかされましたか・・・?」

 窺うように、歩み寄る者も何人かいた。

 「大変失礼をいたしました!」

 ゆっくりと老人が頭を下げる。あまりの変わり様に思わず驚いてしまった。

 「長よ!?」

 「どうされましたか!?」

 周囲の諫めるような、咎めるような言葉を受け、それでも、なお、面を上げない。

 「頭をあげてください。私たちはそんなあなた方が頭を下げるような者ではありませんよ。ただ、この村で尽きかけている食料と、装備の補充ができればと思っただけです」

 老人がゆっくりと顔をあげた。

 「大変失礼をいたして本当に申し訳ありませんでした・・・。ただ、言い訳を言わせてもらえるなら、最近、この街道に盗賊が出ると噂で聞いたものですから・・・」

 ポリポリと頭を掻きながら、気まずそうに老人は話す。

 「いえ、いえ、それは当然の警戒ですよ」

 ほっ、と体の力が抜けてきた。

 「ただし、皆の者の手前、武器などはこちらの物見で預かることとさせてもらってもよいですかな?お帰りの際にはお返しいたしますので・・・」

 「ええ、いいですよ」

 そういうと、アイクは背に負う弓と矢筒を下し、腰に佩いていた剣を地面に置き、そして、背嚢の中に入っていた解体用の短刀を近くの男に渡す。

 僕もアイクに倣って剣と短刀を手渡した。

 「お前らの荷物を改めさせてもらうがいいか?」

 男が数人近づいてきた。

 「やめなさい!!お客人を疑うような真似など!!」

 その言葉を受け老人がしたためるが、アイクが、背嚢を手渡す。

 「いいんですよ。見てください」

 ゆっくりと背嚢を改める男たちは、中を見るたび驚きの声をあげている。

 そうして武器をすべて預けることで、僕らはようやく村の中に通される。

 老人の案内に従って、柵が閉まる音を背中越しに聞きながら、村の中に足を踏み入れた。

 「先ほどは失礼いたしましたな。改めまして、この村の長役をしております、ルイズと申します」

 「私はアイクと申します。隣に居るのが、私の相棒で・・・」

 「シリウスです」

 アイクが本名を名乗ったことに驚いて、思わず問われるままに本名を名乗ってしまった。

 「ははあ、アイク殿とシリウス殿ですか・・・。お二人は、他にお仲間はいらっしゃらないのですか?」

 その言葉に、僕は一瞬表情をこわばらせてしまうが、その僕をルイズの視界から防ぐようにしながら、全く何の感情も感じられない声音で、嘯く。

 「いえ、もちろん「ウル」の街におりますが、何分、事情がありましたので・・・」

 そう言ったきり言葉を濁したアイクに、ルイズはそれ以上の追及はしてこなかった。

 「そうですか・・・。いえ、疑っているわけではないのですが、先ほどの、恐らくビックフットの毛皮かと思いますが、あれほどの魔物を仕留めることができる傭兵の方が、しかも二人きりなどとはとても信じられなかった物ですから・・・」

 「あれは、前回、暗黒森林に寄りました際に、他の仲間と一種の時に仕留めました」

 嘘ではない。その言葉に長であるルイズは少しホッとした顔をした。

「そうですよね」

 そうして案内されたのは、村のはずれにある、少し大きな建物だった。

 「もしよろしければ、今日はこちらにお泊りください。何分狭い村ですので、これくらいしか開いている建物がないのですよ。そして、ここは、この村を訪れたお客人用に準備されておりますので、無沙汰はないと思いますが・・・」

 中に入ってみると、板敷きの一間があり、入り口近くの土間には火を熾せる薪と、竈が置かれており、その近くに水を入れる甕が置いてあった。

 「火はこちらの竈で熾してください。水は、少し遠いのですが、村の入り口に井戸がありますので、そこから汲んできてください」

 申し訳なさそうに長が伝える。

「承知いたしました」

 アイクが一も二もなくうなずいた。

 「村のほうも案内させてもらってもよろしいですかな?井戸も案内したいことですし」

 「はい」

 導かれるままに、建物の外に出て、村目指して進む。

 しかし、僕らが宛がわれた建物の周りには、家が一軒となく、ひどく寂しく感じた。

 建物の周りをぐるりと畑が囲み、遠くに村が見える。

 畑には、春先を過ぎたためか、緑の芽が頭を出し、それが等間隔に並んでいる。

 春の、冷たくもほの温かい風に揺れ、小さなその芽はあまりにも儚く、そして、吹けば飛んでしまうほど幼く見える。

 小さく、小さく屈みこむように頭を出し、風に吹き飛ばされまいと必死に踏ん張りながら地面に根を張るその姿が、今の自分と重なり、ひどく物悲しい心持になってしまった。

 畑には多くの村人が作業をしていた。

 「あれは何をしているの?」

 こっそりと隣のアイクに問うと、長が耳ざとく気付いた。

 「あれは、雑草を取っているのですよ。でないと、作物の成長が遅くなってしまいますからな」

 「ふーん」

 畑の近くを通りかかると、村人の多くは、長に向かって手を振る。

 長もにこやかに笑いかけながら手を振り、時たま立ち止まって挨拶をしている。

 ただし、村人たちは僕ら二人を遠巻きに見つめるだけで、僕らに話しかけてくる者はいないし、僕らのことを長に聞く者もいない。


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