二週間三
まだ視力は戻らないけれども、そよそよと吹き抜けていく風が心地いい。
ゆっくりと薄目を開け、眩しい日の光の下、目を慣らしていくと、そこに広がっていたのは・・・・・。
「早速お出ましだぞ!!!何やら怪しさ満点の野だ!!!」
下の地面は柔らかい土で、今まで空を覆っていた木々もそこにはなく、太陽が燦々と降り注ぐまさに草花にとっての楽園。
その中央に、そいつはいた。
およそ目測で二、三百メートルと言ったところか??
森の切れ目から、見渡す限り一面の草花が咲き乱れるその野に。
切り株に腰かけ、まるで日光浴でもするかのように、うつらうつらと眠るそいつが、居た。
「あれが『アルラウネ』か・・・・・」
「・・・・随分とまあ、聞いていた話と少し雰囲気が違うと言いますか・・・・」
「人型の植物モンスターというから、ねえ・・・・・??」
ねえ、なんて同意を求められても、少し困るところだけれども、
「人型の、だから、あんなものなんじゃないのかな??」
「どこが!?どこがモンスターなのよ!?あれならよほど、肌が少し緑がかっている少女、と言われたほうが納得できるわよ!!!」
そういう物なのかなあ??と思って、レグルスとヌルの二人を見てみれば、二人そろて、ん、うん、なんて頷いているから、そう言う物らしい。
魔物、と言われると確かに違和感を覚えるくらいには、人に近しい見た目。
緑がかった髪の毛は、後ろで編み込まれて、まるで蔦のように長く腰まで垂れている。
整った目鼻立ち、小さな口元は、まさに可憐な少女そのもの。
その上、裸で座っているわけでは決してなく、薄紅色の、そして黄色の花で織り込まれた衣服のようなものをまとっている。
肩口から覗く華奢な腕も、切り株からプラプラと投げ出された細い足も、ほんの僅かに緑がかっている、というだけで、それ以外は、人と区別がつかないかもしれない。
「ま、魔物は魔物だろうから、とりあえず倒すか!!」
「なんでそんな簡単に!?」
「・・・・そうですね。あとは、無事に奴の元まで辿り着けるか、なのですが・・・・」
「ヌルまで!?」
僕に言わせてもらえば、逆になんでフレイアは、そこまで、見た目だけで、忌避感を覚えるんだろうか??
「フレイア、フレイア」
「シリウスまで、倒そうなんて言わないわよね??」
「諦めよう」
「・・・・・はあ・・・。もうしょうがないわね!!!」
溜息を吐き、覚悟を決めてくれたようなんだけれども、
「あんな可愛い女の子を殺すなんて」とか、「年端も行かない子供に乱暴を働くなんて」とか、そんなことを言っているけれども、間違ってほしくないのは、奴は、魔物で、決して年端も行かない子供でもなければ、華奢な女の子ではない!!ということくらいか。
華奢な女の子は、間違っても、錯乱とか幻惑の精神魔法なんて使わないからね??
「行くぞ!!」
レグルスが、魔力を解放し、魔法を行使する!!
みるみるうちに、固く、硬く、岩盤上に硬化していく大地を、おお!?なんて感慨深く思っていると、あれよ、あれよと言う間に、そのまま、『アルラウネ』まで伸びる一本の道が出来上がった!!
道幅は、僕ら四人が、かなり余裕をもって駆け抜けることができるくらいに広い!!
これだけの規模の魔法を、あれだけの速度で組み上げていくとは・・・・!!
「・・・・こんなに広くしなくてもよかったのでは??」
レグルスの魔力を心配してか、ヌルはそんなことを言うけれども、
「いや、テリトリーに入ったら起きだすと言うから、念のために敢えて広くとってみた。どうだろうか??」
「うん!!これくらいなら、絶対に大丈夫だよ!!!」
なんて言いあっていると・・・・、
「ねえ!!あれ!!見てみて!!!」
フレイアに言われなくても、その変化はあまりにも劇的だった。だからこそ、一目瞭然に見えてしまう。
そして、目を疑わずにはいられない。
「なんだ・・・・!?あれ・・・・!?何が・・・・!?」
「・・・・・どんどん、どんどん萎れていきますね・・・・??まさか!?『マンドラゴラ』は、柔らかい日の当たる大地にしか生きられないのでは・・・・!?」
「・・・・そうかもしれない・・・・・」
レグルスが作った一本の道の上。
生い茂る草花が、まるで、突然、そう!!急に、見る間に萎れだしたのだ!!
まるで、音もなく息を引き取るかのように・・・・。
声もなく、死に絶えるかのように・・・・・。
それも、全ての草花が、ではない。一部の草花が、ところどころ。
あちらで、へたり、と。
こちらで、ふにゃり、と。
そっちでは、急激に色を失ったように枯れ。
あっちでは、急速に力を失ったように散っていく。
「これなら行ける!!!」
意を決して、ではない。確信をもって。
レグルスが踏み出した一歩の後を、僕らも自信満々に追っていく。
「やはり『マンドラゴラ』は大地を固められると生きていけないみたいだな!!」
踏みしめる大地の上に、それでも力強く生き続ける草は、花は、ただ、そよそよと風に揺れるだけで、飛び出してくる気配もなければ、起きだしてくる様子もない。
あとは、目の前まで迫って来た!!
ほんの目と鼻の先!!
近づけば近づくほど、露わになる。
本当に、息づくように弾む少女の姿。
瑞々しい肌も、しっとりと濡れたように艶やかな髪も。
全てが、美しい・・・・・。
・・・・スバルが切り殺すのを何度か見ていなかったら、躊躇っていただろうな・・・・。
「私が斬る!!!」
勿論のように先頭を走っていたレグルスが、剣を抜き放ち、そのまま振りかぶる。
レグルスには、躊躇いも何もない様だ・・・・。
ヌルは、それを冷めた目で見つめ、フレイアは、いたいけな少女が殺させるのが、まるで見ていられない!!とでも言うかのように、顔を背け、目を瞑る。
・・・・・あれ??なんか僕たちが悪者みたいになっているけれども違うよね??
天高く振り上げられた剣先は、アルラウネに吸い込まれるように、肌に触れ・・・・。
「・・・・・えっ!?」
そのまま、するり、と何の抵抗もなく、首と胴体、を泣き別れにしてしまう!!
その瞬間だ。
大地を転々と転がる少女の顔が、笑み歪み、
・・・・ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!!!!??????
頭の奥底、耳の中から、体を震わせるような・・・・とでも言えばいいのか!?
そんな気持ち悪い音が、僕たちに襲い掛かる・・・・!!
ぐらり、と目の前の景色が歪み、気付けば、大地が目の前まで迫ってきていた!!
きーん!!と耳の奥から鳴り響く耳鳴りも、暗転する視界も、全て、目の前で絶叫する少女が引き起こしたものであることを、数拍かかってようやく理解できた。
しかし、理解できた時にはすでに手遅れ。
手足からは力が抜け、腰が落ちる。
感覚が狂い、立っているのか?それとも座っているのか??はたまた地面に倒れているのか??それすらも分からない・・・・。
必死に起き上がろうともがく僕の視界の端、頭を失い、それでも、なお、地面に転げ落ちた頭部に頓着もせず、ふわりと大地に飛び降り、逃げ出そうとする華奢な少女の体が、二重にも、三重にもなって映る。
・・・・風にはためく服が綺麗だ。
・・・・必死になって手足を動かしているけれども、そりゃあ魔物だって死にたくはないんだろうな・・・・。
そんな今更なことを、考えてしまうのは、あまりにも敵が人間臭かったからだろうか??それとも、もう、諦めてしまったからなのだろうか・・・・??
くるり、と振り返ったその少女は、森の端、野の切れ目で、まるで誘うかのようにきゃらきゃらと笑ったような気がした・・・・。
・・・・そう言えば、逃げたアルラウネを追って、帰らなかった冒険者がいる、と聞いたんだっけ??
逃げた先の森は、駆け抜けてきた森とは明らかに、生い茂る木々の密度が違う。
深い、深い森。
暗く、日の光さえ差し込まぬ、夜か昼かの区別すらつかぬ、魔境。
そんなところに、感覚を狂わされたまま足を踏み込むことの愚かさよ。
もう一度挑み直せばいいことなのに。
欲をかいた冒険者たち程、後悔するもんだ・・・・・。
翻って今の僕たちはどうだ??
時間がない??焦っている??
「畜生・・・・!!馬鹿にしやがって・・・・・!!!」
だからなのか??それとも、それ以上に、アルラウネからしたら、自分を傷つけた憎い敵だから、益々精神魔法での攻撃を強くしたのか??
普段であったら絶対に冷静さを欠くことのないレグルスが、怒りに燃え、立ち上がって追いかけようとする・・・!?
・・・・まずい!!止めなければ・・・・!!
そう思うのに、
「・・・・・駄目だ・・・・!!」
上手く声が出てこない・・・!?
そのことがもどかしくて・・・・!!もどかしくて・・・・!!!
ふらふらと立ち上がって、追いかけようとするレグルスに、まるで、自分はここにいるから捕まえてみろ、とでも挑発するかのようなアルラウネ。
このままでは・・・・!!




