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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
南大陸―始まりの街
503/681

二週間三

まだ視力は戻らないけれども、そよそよと吹き抜けていく風が心地いい。

ゆっくりと薄目を開け、眩しい日の光の下、目を慣らしていくと、そこに広がっていたのは・・・・・。


「早速お出ましだぞ!!!何やら怪しさ満点の野だ!!!」


下の地面は柔らかい土で、今まで空を覆っていた木々もそこにはなく、太陽が燦々と降り注ぐまさに草花にとっての楽園。

その中央に、そいつはいた。

およそ目測で二、三百メートルと言ったところか??

森の切れ目から、見渡す限り一面の草花が咲き乱れるその野に。

切り株に腰かけ、まるで日光浴でもするかのように、うつらうつらと眠るそいつが、居た。


「あれが『アルラウネ』か・・・・・」

「・・・・随分とまあ、聞いていた話と少し雰囲気が違うと言いますか・・・・」

「人型の植物モンスターというから、ねえ・・・・・??」

ねえ、なんて同意を求められても、少し困るところだけれども、

「人型の、だから、あんなものなんじゃないのかな??」


「どこが!?どこがモンスターなのよ!?あれならよほど、肌が少し緑がかっている少女、と言われたほうが納得できるわよ!!!」


そういう物なのかなあ??と思って、レグルスとヌルの二人を見てみれば、二人そろて、ん、うん、なんて頷いているから、そう言う物らしい。

魔物、と言われると確かに違和感を覚えるくらいには、人に近しい見た目。

緑がかった髪の毛は、後ろで編み込まれて、まるで蔦のように長く腰まで垂れている。

整った目鼻立ち、小さな口元は、まさに可憐な少女そのもの。

その上、裸で座っているわけでは決してなく、薄紅色の、そして黄色の花で織り込まれた衣服のようなものをまとっている。

肩口から覗く華奢な腕も、切り株からプラプラと投げ出された細い足も、ほんの僅かに緑がかっている、というだけで、それ以外は、人と区別がつかないかもしれない。


「ま、魔物は魔物だろうから、とりあえず倒すか!!」

「なんでそんな簡単に!?」

「・・・・そうですね。あとは、無事に奴の元まで辿り着けるか、なのですが・・・・」

「ヌルまで!?」

僕に言わせてもらえば、逆になんでフレイアは、そこまで、見た目だけで、忌避感を覚えるんだろうか??

「フレイア、フレイア」

「シリウスまで、倒そうなんて言わないわよね??」

「諦めよう」

「・・・・・はあ・・・。もうしょうがないわね!!!」

溜息を吐き、覚悟を決めてくれたようなんだけれども、

「あんな可愛い女の子を殺すなんて」とか、「年端も行かない子供に乱暴を働くなんて」とか、そんなことを言っているけれども、間違ってほしくないのは、奴は、魔物で、決して年端も行かない子供でもなければ、華奢な女の子ではない!!ということくらいか。

華奢な女の子は、間違っても、錯乱とか幻惑の精神魔法なんて使わないからね??


「行くぞ!!」

レグルスが、魔力を解放し、魔法を行使する!!

みるみるうちに、固く、硬く、岩盤上に硬化していく大地を、おお!?なんて感慨深く思っていると、あれよ、あれよと言う間に、そのまま、『アルラウネ』まで伸びる一本の道が出来上がった!!

道幅は、僕ら四人が、かなり余裕をもって駆け抜けることができるくらいに広い!!

これだけの規模の魔法を、あれだけの速度で組み上げていくとは・・・・!!

「・・・・こんなに広くしなくてもよかったのでは??」

レグルスの魔力を心配してか、ヌルはそんなことを言うけれども、

「いや、テリトリーに入ったら起きだすと言うから、念のために敢えて広くとってみた。どうだろうか??」

「うん!!これくらいなら、絶対に大丈夫だよ!!!」

なんて言いあっていると・・・・、


「ねえ!!あれ!!見てみて!!!」


フレイアに言われなくても、その変化はあまりにも劇的だった。だからこそ、一目瞭然に見えてしまう。

そして、目を疑わずにはいられない。


「なんだ・・・・!?あれ・・・・!?何が・・・・!?」

「・・・・・どんどん、どんどん萎れていきますね・・・・??まさか!?『マンドラゴラ』は、柔らかい日の当たる大地にしか生きられないのでは・・・・!?」

「・・・・そうかもしれない・・・・・」

レグルスが作った一本の道の上。

生い茂る草花が、まるで、突然、そう!!急に、見る間に萎れだしたのだ!!

まるで、音もなく息を引き取るかのように・・・・。

声もなく、死に絶えるかのように・・・・・。

それも、全ての草花が、ではない。一部の草花が、ところどころ。

あちらで、へたり、と。

こちらで、ふにゃり、と。

そっちでは、急激に色を失ったように枯れ。

あっちでは、急速に力を失ったように散っていく。


「これなら行ける!!!」


意を決して、ではない。確信をもって。

レグルスが踏み出した一歩の後を、僕らも自信満々に追っていく。


「やはり『マンドラゴラ』は大地を固められると生きていけないみたいだな!!」

踏みしめる大地の上に、それでも力強く生き続ける草は、花は、ただ、そよそよと風に揺れるだけで、飛び出してくる気配もなければ、起きだしてくる様子もない。

あとは、目の前まで迫って来た!!

ほんの目と鼻の先!!

近づけば近づくほど、露わになる。

本当に、息づくように弾む少女の姿。

瑞々しい肌も、しっとりと濡れたように艶やかな髪も。

全てが、美しい・・・・・。


・・・・スバルが切り殺すのを何度か見ていなかったら、躊躇っていただろうな・・・・。


「私が斬る!!!」

勿論のように先頭を走っていたレグルスが、剣を抜き放ち、そのまま振りかぶる。

レグルスには、躊躇いも何もない様だ・・・・。

ヌルは、それを冷めた目で見つめ、フレイアは、いたいけな少女が殺させるのが、まるで見ていられない!!とでも言うかのように、顔を背け、目を瞑る。


・・・・・あれ??なんか僕たちが悪者みたいになっているけれども違うよね??


天高く振り上げられた剣先は、アルラウネに吸い込まれるように、肌に触れ・・・・。

「・・・・・えっ!?」

そのまま、するり、と何の抵抗もなく、首と胴体、を泣き別れにしてしまう!!


その瞬間だ。

大地を転々と転がる少女の顔が、笑み歪み、


・・・・ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!!!!??????


頭の奥底、耳の中から、体を震わせるような・・・・とでも言えばいいのか!?

そんな気持ち悪い音が、僕たちに襲い掛かる・・・・!!

ぐらり、と目の前の景色が歪み、気付けば、大地が目の前まで迫ってきていた!!

きーん!!と耳の奥から鳴り響く耳鳴りも、暗転する視界も、全て、目の前で絶叫する少女が引き起こしたものであることを、数拍かかってようやく理解できた。

しかし、理解できた時にはすでに手遅れ。

手足からは力が抜け、腰が落ちる。

感覚が狂い、立っているのか?それとも座っているのか??はたまた地面に倒れているのか??それすらも分からない・・・・。

必死に起き上がろうともがく僕の視界の端、頭を失い、それでも、なお、地面に転げ落ちた頭部に頓着もせず、ふわりと大地に飛び降り、逃げ出そうとする華奢な少女の体が、二重にも、三重にもなって映る。


・・・・風にはためく服が綺麗だ。

・・・・必死になって手足を動かしているけれども、そりゃあ魔物だって死にたくはないんだろうな・・・・。


そんな今更なことを、考えてしまうのは、あまりにも敵が人間臭かったからだろうか??それとも、もう、諦めてしまったからなのだろうか・・・・??


くるり、と振り返ったその少女は、森の端、野の切れ目で、まるで誘うかのようにきゃらきゃらと笑ったような気がした・・・・。


・・・・そう言えば、逃げたアルラウネを追って、帰らなかった冒険者がいる、と聞いたんだっけ??

逃げた先の森は、駆け抜けてきた森とは明らかに、生い茂る木々の密度が違う。

深い、深い森。

暗く、日の光さえ差し込まぬ、夜か昼かの区別すらつかぬ、魔境。

そんなところに、感覚を狂わされたまま足を踏み込むことの愚かさよ。

もう一度挑み直せばいいことなのに。

欲をかいた冒険者たち程、後悔するもんだ・・・・・。

翻って今の僕たちはどうだ??

時間がない??焦っている??


「畜生・・・・!!馬鹿にしやがって・・・・・!!!」


だからなのか??それとも、それ以上に、アルラウネからしたら、自分を傷つけた憎い敵だから、益々精神魔法での攻撃を強くしたのか??

普段であったら絶対に冷静さを欠くことのないレグルスが、怒りに燃え、立ち上がって追いかけようとする・・・!?


・・・・まずい!!止めなければ・・・・!!


そう思うのに、


「・・・・・駄目だ・・・・!!」

上手く声が出てこない・・・!?

そのことがもどかしくて・・・・!!もどかしくて・・・・!!!


 ふらふらと立ち上がって、追いかけようとするレグルスに、まるで、自分はここにいるから捕まえてみろ、とでも挑発するかのようなアルラウネ。

 このままでは・・・・!!


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